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醜い得体 (R 15版)  作者: 藤沢凪
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十五 衛藤夏妃 6 失望

 衛藤夏妃 6 失望


 悠介は、意外とあっさり別れを受け入れてくれた。そして、齋藤裕也と付き合う事になって、二週間程経ったのだが、三回程会った現時点で、次はこの男に、どう別れを切り出すべきか考えてしまっていた。

 深川の話しを聞いて、心を揺さぶられたのは確かな事だ。その気持ちが冷めないまま、裕也を食事に誘い、×ッてしまった。その後ベッドで、「今付き合ってる人とは別れるよ」と言った。裕也は、「今度こそ、大切にするからね」と言った。その時、憂鬱な気持ちが込み上げてきた。

 だから、大切にする事がお前の一番の事なのか? お前と居ても楽しく無い、笑えない私は、何に期待して同じ時間を過ごせばいい? 

 私もまだ、自分の気持ちを把握出来ていなかった。だから、彼に背を向けて眠ろうと思ったのだけれど、しつこく腕枕をしてこようとして来たので、鬱陶しくて、寝たふりをしていると、わざわざ頭を持ち上げて、腕を滑り込ませてきた。

 そんな細い、骨の感触がする様な腕に乗せられるより、神楽坂の雑貨屋で買った、蕎麦殻の枕の方がよっぽど落ち着く。

 この男は、自分の良かれと思った言動が裏目に出る、要領の悪い人間なのだ。そういう人間はいくらか見てきた。共通点を見つけた。そういう奴らは決まって恩着せがましいのだ。こういう時にこういう事をして、あげている。そういう奴らの思考回路はそうなっている。

 一度だけ、大学時代にバーベキューというものに誘われて行った事がある。

 ただ、そいつらの浮かれた仕様もないノリに苛ついて、あまり絡む事も無く、終わったら一人で肉でも食べに行こうと思っていた時、一人の女が、山盛りの焼きそばを皿に盛ってやってきた。

 その女は、特に男共に相手にされる訳でも無く、それでも話しの輪には入って、群れからはみ出さない様にしている女だった。そいつは、山盛りの焼きそばを私に差し出して、「あまり食べて無かったみたいだから」と言った。

 その気持ちが嬉しく無い訳ではないが、こっちとしては、もう次の飯の予定を立てている。こんなつまらないバーベキューで、腹を満たして家路に着くのは嫌だったのに、断るのはあまりに印象が悪いと思った。

 皿と箸を受け取り、「ありがとう」と言ってそれをよく見ると、焼きそばに玉子を混ぜて炒めたのだろう。グチャグチャの吐瀉物の様なビジュアルに、こいつは喧嘩を売りに来たのかな? 食べ物を粗末にするんじゃない、と思った。そんなモヤモヤを含めてそいつを睨んでみると、「私が作ったんだよ。余った野菜と焼きそばの麺があったから」と、悪意の感じられない、赤点の笑顔で言って来た。

 玉子は? 何で使ったの? 上に乗せるのは理解出来るけど、何で崩して混ぜちゃうんだろ? これもう、ゲロじゃん? そう思っても声には出せず、一口食べてみると、麺が水分を含みすぎ、そして炒めすぎていて、箸で持って口まで運ぶ間に千切れてしまう程だった。

 余った野菜? このキャベツの芯の事か、中まで火が通っていない。麺は炒め過ぎて柔らかいのに、キャベツの芯は噛みごたえがあり過ぎて、なかなか頭が追い付かない料理だな。

 さすがに全ては食べ切れず、こちらを見ていない場面で砂浜に捨てて、鷺共の餌にしてやった。私の、今日楽しみにしていた晩飯への想いを返せ。要らない世話で人を困らせるな。大して飲んでもいないのに、帰りの地下鉄のトイレで吐いた。あんな物が身体に吸収されると思うと、自然に吐く事が出来た。

 それでも、それから食欲など湧く筈もなく、仕様も無いので、スロットを打ちに行って、確か三万くらい負けた。

 悪意は無いけど頭が弱い。他人と自分の立場を、入れ替えて考える事の出来無い人間なのだと思った。

 悦に浸るな、笑うな、そしてもう、要らない事はするな。

 そうだ、裕也の笑顔が嫌いだったんだ。

 高校生の頃、雨の帰り道に、私も傘を持っていたのだけれど、「歩道は狭いから、僕の傘で帰ろう」そう言われて彼の傘に入るのだけれど、私の左肩がずぶ濡れになっていく。そういう事に気が付かない。それだったら、私も傘を差して、縦に並んで歩いた方がまだマシだった。

 モヤモヤしながら見た彼の顔は、何の悪びれも無く、分かっていないのだから当たり前か? その笑顔に苛ついていた。

 東京に来て、寄りを戻して、二回目に会った日。裕也を家に招いてみると、よく分からない細長いダンボールを持って来た。部屋に入り、何の説明も無く、あの笑顔で、ダンボールから細長い棒を何本か取り出して組み立て始めた。出来上がったのは、タッパのある鉄棒の様な物だった。

「ぶら下がり健康法って知ってる? 場所もそんなに取らないし良いでしょ?」

 これを部屋に置けというのか? まず、私の家だから。私の部屋に置く物を勝手に決めるな。あと、場所を取る取らないにしても、そんな物いらない。部屋で酒でも飲んでる時、それが目に入って来ただけで苛つくわ。

 三回目、部屋に招いた時、四角いダンボールを持って来た。中から取り出したのは、部屋でハンモックが作れるキットだった。裕也は嬉しそうに其れを組み立て、出来上がったハンモックを見て昂揚していた。

 彼がハンモックを組み立てる間、私は笑う事無く、彼の言葉にも素っ気ない返事をしていたつもりなのだが、彼はその事に気付く事は無かった。

 完成すると、彼はハンモックに乗って、「わーい」と言った。私は笑ってしまった。こんな、誰に見せても恥ずかしい男と寄りを戻してしまったのだと思うと、胸糞が悪くなった。彼は、勿論私を笑わせ様と思ってわーいなどと下らないボケをかましたのだろう。私の裏笑いを本気だと勘違いして、悦に浸る笑顔が気持ち悪かった。

 恋愛、というものを求めているのだけれど、私には、きっと、心を満たしてくれる事など起きない。もう、やめてしまおうか? 愛だの恋だのを求める日々。周りが、恋は素晴らしいモノだとか、かけがえのないモノだとか言うから、つまんなくても続けてみた。でも、もう暫く要らないな。

 いつ頃別れ話しをするか、迷っていた。もう少し、様子を見てもいいのかな?

 でも、長引けば長引く程、私の家によく分からないグッズが増えていく事は確かだった。

 二週間程間を空けた。正直、会うのが億劫だったから。それでもまた、私の家のマンションのエントランスで待ち合わせをした。彼には、七時くらいに帰るからと伝えていた。

 マンションの前に着くと、裕也の姿は無かった。いつもは、時間の何分前に来てた? と思う程早く来ていたのに、それが、私を大切にしている一環の様に。

 珍しい事もあるものだなと思い、オートロックの鍵を開けて、エレベーターで四階に向かった。エレベーターを降りて、自分の部屋へ向かう時、裕也の後ろ姿が見えた。

 こいつは、本当に、何をしてるんだ。何かに紛れてここまで来たのか? 気持ちが悪い。大人しくエントランスで待ってろよ。そして、誰かと喋っている。勘弁して欲しい。ご近所付き合いなんてしたくないのに、顔見知りにすらなりたくないのに、意味不明な手間を掛けさせるな、だからお前が嫌いなんだよ。

 完全に失望さえした裕也を、家に入れるのかさえ迷って近づいた時、裕也が話しをしている相手の顔を見て鳥肌が立った。

 仲睦まじげに話しをする相手は、鷲宮悠介だった。

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