一 衛藤夏妃 1 彼の瞳孔
割愛した部分は××と付けています。
衛藤夏妃 1 彼の瞳孔
彼の物腰はとても柔らかくて、心の優しい人なんだと思っていた。同じ職場の同僚が開いた合コンで知り合い、普通に話しているだけでも、良い人というオーラが滲み出ていた彼に好意を持ち、彼の隣に座れる様に仕向け、連絡先を交換した。
私から積極的にアプローチをして、四度目の食事の夜に結ばれたのだった。
私は今まで、男に困った事は無い。抜群の容姿に恵まれた訳でもないけど、メイクを学び、服装もある程度男ウケを狙って選び、それなりの出会いの場があれば、目を付けた男は大抵身体を求めてくる。別に出し惜しみをする程の身体でも無いので、素直に差し出し、付き合うかどうかはその後に決める事にしていた。
四度目の食事の夜というのは、私の中では遅い方だった。大体合コンなどで知り合うと、次に二人で会った時にホテルへ行く流れになる。別に求めている訳でも無いけど、幾度も経験を重ねる内に、恋の駆け引きとでもいうのか? そんな段階を踏むのが面倒になってくる。彼の鈍足な恋の進め方に苛立つ事もあったけど、それだけ彼は、私の事を真剣に考えてくれているのかとも思った。彼とは同い年で、まさか二十四歳で××なのかと疑ってさえいた。
その結ばれた夜も、私から××××を促した様な形になってしまった。
「悠介君ってさ、過去に付き合った事のある人っているの?」
私は思わず、彼が恋愛経験の無い様なていで質問してしまっていた。
「多分人並み程度には、夏妃さんは綺麗だから多そうですね」
合コンの日を含めて、五回も会っているのに、彼は同い年の私にさん付けで敬語を使っていた。
「あなたの言葉を借りるなら、人並み程度だよ。ねぇ? そろそろ敬語やめて話そうよ」
真面目なのは良い事だろうけど、いい加減うんざりしていた。
「ごめん。逆に気を使わせてしまってたのかな? これからはタメ口を使わせてもらうね」
それは謝る様な事じゃない。この人に関係の主導を任せていると、いつまで経っても付き合う所までいけないだろうと思った。若干ではあるけれども、私は、彼と恋人同士になってみたいと思っている。交際を続けていくかどうかなんて、その後に決めればいい事なのだから。
「悠介君さ、私と付き合ってみる気ない?」
それは産まれて初めての告白だった。今まで八人の男と付き合って来たけれど、全て受け入れる側の立場だった。
「それは、恋人になるっていう事なのかな?」
「そういう意味だよ」
「嬉しいな、僕なんかでいいのかな?」
「悠介君がいいんだよ」
特に感情も込めずに、そんな言葉を吐き出した。彼は私から視線を外し、俯いて、口元を隠していたのだけれど、何故だろう? 笑っている様に感じた。その笑いは、嬉しくて笑っているのとは少し違う。ほくそ笑んでいる? そんな言葉が似合う笑いだった。
「夏妃さん、よろしくお願いします」
彼は、真剣な表情を携えて応えた。先程の多少の違和感など、その時には忘れていた。そんな事より、私と彼はこれから、恋人として関わっていくのだ。
「明日は、朝早かったりする?」
私は、関係の進展を急かす為に聞いた。また日を改めて、今度は手を繋いで、その次はキスをして、その次の次にやっと結ばれて等と考えるだけでも億劫で、取り敢えず身体の関係だけでも済ませておこうと思っていた。
「全然早くないよ。気にしないで」
出来れば、この段階で気付いて欲しいものだった。でも、今までの会話でこれだけじゃ伝わらない事も承知はしていた。
「私今夜、悠介君と離れたくないなぁ」
家では、ジョニーウォーカーかボウモアを、ストレートで飲んでいる私が、氷を溜めたグラスに、ジンをトニックで割ったカクテルなんかに酔う筈が無かった。でも、シラフでこんな事を言っているとは思われたくなくて、左肘を突いて、人差し指で下唇を弄りながら、ゆったりとした口調で話した。
「僕だって、夏妃さんと離れたくないです」
思わず吹き出しそうになった。この男は、さっき敬語を止めると言ったばかりなのに、畜生の染み付いた習性の様に敬語を使ってきた。もしかしたら××でもしてるんじゃないか? とも思ったけど、わざわざテーブルの下に潜り確認する事は避けた。
「夏妃でいいよ」
私は、口元が緩むのを堪えながら、彼に呼び捨てにされるのを許可した。
「ありがとう。大事に使うよ」
聞き間違いか、言い間違いだと頭の中で処理を済ました。でも、彼の瞳孔が、恐ろしい程開いていく様は、どうしても忘れる事が出来なかった。