第81話︎︎わかれみち。
前回のあらすじ
異界に来ちゃってお嫁さんメイドが起きなくなっちゃって消沈気味のギルステア・リット・ヴィストレイ
異界からなんか来たせいで面白いイベントだけどクソ忙しくて娘達とほのぼの微睡む音亜ちゃん
土煙が落ち着き、少しの寂しさと期待を感じながら、青空を舞う鳥をぼんやりと眺めながら思い返す。
ここはレタリス王国軍領有の砦、その防壁上。
数十分前に、様々な兵科で編成された軍が、相手方の軍勢を牽制する為に出撃した。
ネア様とエイナ様の事を考えれば、不安なんて出るはず無い。けれど国のトップとして過度な信用は表に出してはならないし、今回の軍事行動は我らがレタリス王国の威信を賭けた作戦と言って相違ない。
領有している土地が、侵されているのだから。
我らが力を持って制する事実が必要だ。水面下で如何なる支援を受けようとも。
「フィー、まだここにいたの」
「すこし......この空気が惜しくてな」
「......」
いけないな、また寂しそうな顔をさせてしまった。
昔は戦場に身をおいていた故に、戦場へ向かう兵が羨ましく思ってしまう。
だがアナとは婚前に交わした約束がある。
私の熱心な求婚への条件が、安全な場所に居てくれるなら、というものだった。
約束通り戦場からは身を引いてからは暇が出来た訳ではなく、むしろ内政に時間を割くことが多くなったが......アナは一緒にいてくれる時間を増やす為に、宰相としての才覚を発揮してくれている。
レタリス王国では『王配と王妃は、王を精神的に支える事が重要である』と代々伝えられている。であるからして、政務は行わずとも良いし、仕事を終えた王を迎えるまでは自適悠々に暮らしても良かった。
「アナ、おいで」
「ごまかされませんよ」
「誤魔化してるわけじゃないさ」
私を迎える間での自由を私との時間に使ってくれる、愛しいアナスタシアを抱きしめて、女王であるフィアトラは強く決意する。
戦場のフィアトラは封印し、封印を解く時は最愛を守る戦場のみだと。
ただ並行して気づく。剣を握る理由を探してしまう、不義理なフィアトラもいるのだと。
* * *
大きな戦の前の空気が軍全体を飲み込んでる。
ひりつく空気にゲロを吐きそうだ。俺は戦後の伯爵領兵上がりで、実戦は稀に出る盗賊の対処や街に蔓延る犯罪組織の対応だけで、軍対軍の戦闘経験なんて経験無い。
「緊張してんのか?」
「は、はい......」
「大丈夫だ、それぐらいの緊張を持ってりゃ大抵は生き残れる。問題はあれだ」
うちの隊で古参兵の先輩が顎で指し示したのは、まるでお祭り気分で、生死なんて想像してない新兵の集まりだった。
「訓練課程はああいう手合を潰すのが役割なんだが......最近盗賊さえ録に出ない治安と景気の良さ、それにどっかの国のトップがよく出る魔物を根絶させたからな。経験できずに甘い考えを持つのが増えちまった」
「あぁゴブリンか、昔村でもよく狩ったもんだなぁ......でもビビって腰引けてるより勇ましいんじゃないですか?」
「いんや、本当に勇ましいやつなら良いがね。ああいう手合は実戦を目にして、思い描いた戦いより残酷なのを知って逃げるもんさ。帝国がいた頃を思い出す......A級魔物の氾濫なんかより遥かに恐ろしい軍隊を相手にした時を」
先輩が語り出したのは、帝国との国境紛争の記憶。
砂漠化した土地だが昼夜冷え込んでいると矛盾を孕んでいる土地で、真っ黒な軍服で統一された帝国特殊部隊による、近接戦闘を極力省いた遠距離特殊魔術兵器と、近接対応型の特殊魔法士部隊による電撃的な攻勢。
騎士や軽歩兵、弓兵も居たが彼ら正規軍は占領下の治安維持と他国へ回っていた。
だからこそ我らの国境紛争は、剣と弓の戦とは大きく変わっていた。
ただ高度な新兵器の充足率は帝国軍総軍の1割で、帝国特殊部隊が少ないことが幸いした。最初は塹壕から魔法射撃を行うレタリス側を蹂躙する勢いだったが、レタリス主力が帝国の前線を張っていた特殊部隊に大打撃を与えた影響で相手の攻勢限界が来て、そこから講和まで持ち込めた話を語ってくれた。
「戦略の時代が大きく変わった瞬間だったな......小国が帝国に併呑されたのも頷ける」
「疑問なんですけど、なんでレタリス王国は生き残ったのですか? 俺等みたいな村上がりの新兵にゃ歴史なんてわからないんですよ」
「あーまーそうだよなぁ......生き残ったのはな、王族の強さにあったんだ。威厳と武力のある王族に対して、貴族も国民も強い忠誠心と愛国心を持ってんだ。そして一定の愛国心と忠誠心を持った騎士と兵士で作られた高練度の王騎士隊が帝国を退けた。最近じゃ帝国が潰れて、帝国を名乗るやべー国も生まれて、歴史の海に沈んでいくかも知んねえけどな」
「ガンツ! あんまそういう事を口にすんじゃねえぞ!」
「しまった......おう! すまねえ!」
「い、今のは......?」
突然遠くで聞こえないはずの上級将校の人が怒鳴ってきた。
バツの悪そうな顔をした先輩が、真面目な顔で話始める。
「口を滑らせた俺も大概だがお前もだな。いいか、時代が進み行く中で言論統制なんざ無くなりつつあるが、王族批判に繋がる言葉は立場を危うくさせる。それにな、ぼかして言うが......帝国に併呑された国、そこの長を立ち上がらせた協力者。その上位存在様の悪しきことを言うのは忌避されているんだよ」
「それって......いつでもどこでも聞かれている......って事ですか? それに上位存在ってのはハイヒューマンだとかそういう......?」
「おめー察しがわりぃなぁ。てかよぉもしかして、あの精霊帝国の話聞いたことねえのか?」
精霊帝国、新たな国立って文明がすごいとしか知らないし、一介の田舎もんにはどうすごいか分からないのが現実だ。魔道具が回ってきて快適さが段違いっ! ってのが今の所トップだぜ?
「まぁ知らねぇならよ、生きて帰ったら調べてみるといいさ。この戦いを超えりゃ褒賞もあるだろうしな」
「じゃ、じゃあその時には先輩が教えてくださいよ」
「ふんっ......まぁいいが。もしかしたらこの戦いで知ることになるかもな。そんな気がすんだ。一目見りゃぁわかるさ」
* * *
丘陵の少ない平地だが、緑があったり砂漠化していたり環境の歪さがある旧帝国地方の中部。前方に展開しているのは種族様々ながら、統一された陣形で展開している大軍。未知国旗が掲げられている。
これから起こるのは戦争......もしくは対話。
「母上も乗り越えてきた道なのだな」
「王太子殿下。相手方に動きが」
「ついに来たか。お前たちはそこから動くなよ、これからにすべてがかかってる。信じて待ってろ」
『はっ!』
遠くからでもわかりやすく高位の人物であると、服装と振る舞いからわかる。
ならば王太子として、一歩先の未来に加えそのまた先の未来の為、皆に器を示しに行こうか......!
「......」
「......」
馬で進み互いに歩み寄ると、表情が見える距離まで近づいた。相手方は亜人のような獣人ではなく、まさに獣が人型になったような獣人だ。
お互い護衛なし、非武装、対話の意志があるという事か、武器が不要なのか、どちらなのかはわからないが殺意を感じないのが答えだろう。
「私はレタリス王国王太子、クリス・フォン・レタリス!」
距離があるため大きく声を貼って名乗りを上げる。
フィリア精霊帝国より、翻訳機なるものを預かっているから言葉は通じるはずだ。
「......アレス。四天魔臣、軍務のアレス」
「言葉は理解出来るようだ。我らは対話を望んでいる」
「確約出来ないが、戦闘を回避する意思はある」
「ならばどうだろうか、鉾を交えずに話し合いをしよう」
我ら二人の空気を感じたのか、互いの軍の空気も幾分か良くなった。
互いに一度引き、大使を引き連れて机や椅子なども運んで、軍と軍の中央に会談場が即席で作られる。
普通はもっと時間をかけるものだが......お互いわかっているのだろう、異質な状況から火急であると。
一方は精霊帝国が出張っている事、一方は異界であると認知してる上に主要人物に悪影響が起きているからだ。
+ + +
時は遡り、レタリス軍と異界の軍隊か睨み合いの時間。
「んっ、動いた」
「そうねぇ〜こっちは問題なさそうね」
私達は相手方の思惑や方針を先に知ってるから、緊張感が辺りを飲み込んでいる中、私達は一足先に安堵している。
「さて、ユース。準備はいいかしら?」
「もちろんです、えいな様......きひっ、ねあ様も成果をご期待くださいねぇ......」
「待ってる。気をつけて」
「きひひっ、もちろんですとも!」
これからゆーすちゃんは自律兵器と新設された特務隊を率いて、敵意のある存在領域へ侵行を開始する。
実質国防軍と対を成す、侵略軍の結成だね。
「行ったわね。結構凝ったけれどどうかしら」
「んっロマンがあって最高」
何も無い空間に深淵の様な光を一切寄せ付けない、闇の霧が広がっていく。
ゆーすちゃん旗下の特殊作戦軍、ベザッツェン=ベルガン特務部隊。国防軍と対を成す堕天使の様な姿で、赤色でフィリア精霊帝国の模様が描かれたヘイローを浮かべ、全員が軽機関銃を模した魔術兵器を装備している。
ロマン満載で逆にありふれそうな個性の軍が、霧の向こうへと消えていった。
にしてもせっかく異世界に来てるのに最初の数週間と、異世界召喚の時ぐらいしか実力行使というか、戦えてないんだよねえ......まったりえーなとイチャついて生きてれば満足だから良いんだけど、欲に貪欲なのもチラつく。
えーなといちゃつけなかったらめっちゃ暴れるビジョンが見えるもん。
「神界侵略似合わせて機械的なピディーも鳥型にして、母艦は廃止して拠点からに出撃に変わったから、どれほどの変化と成果があるか気になるわね」
「ん、イーグルアイ。成果が楽しみ。一部のピディーは残したままだよね」
「ピディーたちの中でも自意識が芽生えてる者や、予兆を感じさせる個体がいるのよねぇ〜リセットして新型にするのも面白くないし、とりあえずそのまま哨戒させておいてるのよ」
「新しい仲間になるのかな、楽しみ」
敵になるかもしれないけど、ね。
それはそれで面白い。
「さ、ゆーすちゃんがリーダーのベザッツェン=ベルガン特務部隊、最高の結果出して欲しい」
やっぱり命名と言えばドイツ語。ほぼ造語だけど語呂が良くてかっこよければ何でもいいよね。
この部隊は私の好奇心や未知を知る機会を省き、先手を取って処理や対応する部隊で、統括と兼任になるけどゆーすちゃんが隊長だね。
私の知らないモノや、あえて知ろうとしないモノはえーなが既に情報を集めてる。とはいえ、権能の向き不向きがあるから、先に気づいてやばいかなって思ったモノを処理してもらうのが主任務。
「ふふっ......」
「ん、どしたの?」
「争いって手っ取り早い刺激で、ヒリついて、胸が高鳴るでしょう? それがたとえ物理でも経済でも、影響のある争いは」
私の中で数年間感じていた違和感の解像度が上がってくる。
怒りの衝動や、特定の対象に向かう冷徹さ、それらは地球に居た頃はもっと身近に消化していた。
暴力性の衝動、あるいは幼き残虐性。
――――そして危険性を理解し、他者にも存在する可能性を否定できない不安。
「......ふひっ。確かに我慢してた部分かも」
無意識に避けていたモノに気づき、タガが外れた音が心でした。意識したら......あはっ......やばい楽しくなってきたね!
えーなと暮らし始めて慣れてきてからの刺激に満ち溢れてた、その頃を思い出す!
「両軍に迫るナニカ、私達の国に這い寄る神、大陸外からゆっくりと近づく船、糸を引いてる神、亡命を目指す元帝国将官、国も興されていない魔物の大陸。異世界召喚に次元の攻撃。あぁ、あは......たのしみ、どうしてあげよう。助けようか、壊そうか、裏切ろうか、神として導こうか」
「昔ゲームでもはっちゃけてた頃を思い出すわね......折角だし暴れちゃう?」
「んっ、悪い事は悪い奴に、良い事は......気分で。あいつらとは一緒になりたくないし」
「ふふっ、それでこそよ。自分の意志ではっちゃけて欲しいわ!」
「できそうならね」
私の盛り上がりを感じて、えーなの方が盛り上がってきてる気がする。嬉しそうならいっか。
えーなといちゃついて生きていければ事足りるけど、もっと、もっと面白く楽しくしてもいいかも。
その為には......そうだ。
「えーな、思いついたことがある」
「なにかしら」
盗み聞ぎなんてされない場所だけど、耳に口を寄せて囁くように、今まで避けてたけど楽しそうな事を伝える。
フィリア精霊帝国万歳!エイネア万歳!
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