永那の追想Ⅴ 愛言葉
――ぎゅっ......
ソファーに座りなおした音亜ちゃんが私の左側から抱きついた。
左腕をお腹に回して、胸に顔を押し付けて、持ちうる力でぎゅっと。
驚きのあまり固まっていると......
「ぇーぁ......」
音亜ちゃんが、私と再会してから一切開かなかった口を開いた。
開いた口からは弱々しくも、私の名前を呼ぶ音を出した。
本人は気づいてないかもしれないが、音亜ちゃんは表情が乏しい代わりに、声に感情が乗っている。
今、私の耳に届いたのは、慈愛。
心に染み渡り、安らぎと平穏を齎す優しい《《音》》。
音亜ちゃんの出した音を聞き、私の思考は止まらず、かと言って暴走するわけでもなく、ゆっくりと慈愛の音を反芻していた。
* * *
「......あら?」
音亜ちゃんの体温、音亜ちゃんの声、音亜ちゃんの呼吸、音亜ちゃんの身体。
「すぅ......すぅ......」
それらに癒されて、ぽけーっとしてると気づいたら音亜ちゃんが寝息をたてていた。
音亜ちゃんを見てみると、気絶してそのまま寝ていた時より身体の強張りが無く、安心して寝れている事が分かる。
「慰めてもらったのかしらね......」
子供は感情に機敏と聞く。
子供の純粋さを失わずに、悪く言えば成長出来ずに歳を重ねると、感情に機敏なままになるのかもしれない。
暗い部屋の中で腕時計を見ると22時を越していた。
慎重に音亜ちゃんを横抱きにしてベッドに運んだ。
「そういえば......私は何処で寝ようかしら」
他に部屋があるが、ベッドがあるわけではない。
久しぶりにソファーで寝るのも良いか......なんて考えながら立ち上がろうとすると......
――ぎゅ
私の袖を音亜ちゃんが掴んだ。
音亜ちゃんを見てみると普通に寝ている。
けれど手だけはしっかりと私の袖に伸びている。
「......一緒に居た方がいいわね」
音亜ちゃんは寂しいのかもしれない。
昔、私の家で二人でベッドに入った時、強く抱きしめられながらお昼寝をした記憶がある。
あの日は二人して学校をサボって、朝から遊んでいたわね。
「失礼するわね」
私はその日の事を思い出しながら、寝ている音亜ちゃんに声をかけて、メイド服のままベッドに入る。
ベッドは大きいから二人で寝ても全然余裕。
音亜ちゃんの右側で横になり布団を掛けなおすと、音亜ちゃんが私の左肩に頭を乗せ、左手を私の右肩に置いて抱きつくような体勢になった。
久しぶりの事で、いつもの私なら心を躍らせて興奮していたと思う。
でも今は、さっきの事があったから寧ろ安らぐわ。
「音亜ちゃん、おやすみなさい」
私は音亜ちゃんのおでこにキスして目を閉じた。
すると横から......
「ぉぁぅぃ」
声が聞こえた瞬間、眼を開けて横を見てみると、音亜ちゃんが眠そうな目で口元に微笑みを浮かびながらこっちを見ていた。
私は昔の様に音亜ちゃんを抱き寄せて、そのまま眼を瞑った。
これからは徐々に、喋ってくれるようになると嬉しいわ......それにいつか外の世界も見せてあげたいわね。
* * *
――ちゅんちゅん......
早朝。
カーテンが閉め切られて暗い部屋に、窓越しから聞こえてくる鳥の鳴き声で目を覚ます。
いつものようにパッと目を開けると、音亜ちゃんの顔が目の前にあった。
「ほへっ」
驚きすぎて変な声を出してしまった。
それに対して音亜ちゃんは......
「......ぉぁょ」
私に馬乗りになって、いつもの無表情で挨拶をした。
けれど言葉には嬉しいという感情が良く伝わってきた。
「ん゛っん゛おはよう......朝ご飯、作る?」
至近距離だからうるさくならない程度に咳払いをして、気持ちを切り替えてから音亜ちゃんに聞いた。
「......ん(コクリ)」
昨日までの音亜ちゃんなら、頷くだけだった。
けど声を出そうという意思を感じさせる様に、首肯と共に声を出した。
「何が食べたい?」
早朝からびっくりしたけど、だんだんと心が穏やかになっていく。
「......ぇーぁぉ......ぁんぇぉ」
舌を動かすことに慣れてないのを察せる発音で、でもしっかりと言葉で答えてくれた。
言葉には期待と、嬉しさ、そして間違って無ければ......好意。
その好意が姉に対する様なモノなのか、友人としてのモノなのか、それは分からない。
でもはっきりの、拒絶ではなく受容。それを感じさせて、私を安心させてくれる。
「ならあるもので作るわね」
「......ん」
音亜ちゃんが声で返事をしながら、ゆっくりとした動きで私の上から退いた。
まだ一日、でもこの変わり様。
音亜ちゃんが体験してきたモノは、常人なら既に心が壊れているはず。
でも今はこうして、前へと進もうと音亜ちゃんも努力している。
その結果が発声なのかもしれないし、私を受け入れる事なのかもしれない。
音亜ちゃんは前へ進む。
それなら私は音亜ちゃんを補助して、音亜ちゃんの世界の中で大切な存在になりたい。
「それじゃ行きましょうか。まずは歯磨きから、ね?」
「......ん」
私はにっこりとしながら音亜ちゃんを横抱きにした。
横抱きにされながら、音亜ちゃんはしっかりと返事をしてくれた。
その音は、言葉ではない。でも音亜ちゃんが昔から、私と話すときに使う返答。
さて、これから音亜ちゃんを守りながら、音亜ちゃんと一緒に生きていけると嬉しいわ。
いえ......一緒に生きていく。音亜ちゃんに拒絶されても。それが私の選んだ道なんだから。
フィリア精霊帝国万歳!エイネア万歳!今回は過去編Ⅴ
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