永那の追想Ⅳ 食事
「はい、お待たせ」
私はデリバリー店長からピザとプリンを受け取り、玄関から音亜ちゃんの元へと戻ってきた。
ピザの箱からは良い香りが漂ってくる。
「音亜ちゃん、私が食べさせてあげるから少し待っててくれる? 飲み物を取ってくるわ」
「(コクリ)」
音亜ちゃんは片手しか残っていない。それに、筋力も全然無い。
本来リハビリ無しで退院はあり得ないが、私のエゴ......音亜ちゃんの事ならすべてやりたいという思いと権力で、リハビリ無しでここに来ている。
だからリハビリも、普段の生活も、全部介護するの。
音亜ちゃんの首肯を見ながら、自分の考えを思い返しつつ、私がこの家に来た時に持参した紅茶を淹れにキッチンへ向かった。
ピザに紅茶なんて......と思うけど、脂っこい食事に合う紅茶もある。
そしてそれは、私が中学生の頃に音亜ちゃんと一緒に楽しんだ紅茶でもある。
「きっと音亜ちゃんは喜んでくれるわ」
独り言を零してから、準備を終えた茶器を持って音亜ちゃんの元へ戻り、机に出して音亜ちゃんの隣へ座る。
それから机の上に置いたピザの箱を開けると......湯気とピザの香りが勢いよく出てくる。
マルゲリータに肉を多く入れてあるピザ。
私が来てすぐ、音亜ちゃんは気絶してしまった。
部屋にはピザの箱があったが、全く量が減っていなかった所を見るに空腹のはず。
だからきっとこれは満足してくれるわ。
因みに音亜ちゃんが頼んだものは破棄しておいたわ。
冷えた物を食べさせる、温めなおした物を食べさせるなんて出来ないもの。
「......!」
音亜ちゃんがピザに視線を向けると、目をいつもより大きく開く。普通の人じゃ気づけない小さな差だけどね。
ソファーから降りて取りに行こうとした所で、私がすぐにピザを一切れ取って音亜ちゃんの前に持って行く。
「大変でしょ? 食べさせてあげるわよ、昔みたいに。だから気にせず食べて良いわよ」
「(こくっ)」
音亜ちゃんが小さな可愛いお口を開いて、パクリと一口食べた。
頑張って頭自体を動かして咀嚼している。
花が咲くように笑顔が広がる......
......けど噛む度に表情が曇っていく。
美味しいけど、何か引っかかるものがあるって感じの顔だ。
まずいわ、食べ物に何か異物が......?
いえ、違うわ。私は......馬鹿ね、リハなしで退院してるんだから、お肉が少し硬いだけでも咀嚼が辛いはず。
............!
「......音亜ちゃん。お肉噛めない?」
「(......こく)」
......それなら、仕方ないわよね。えぇ仕方ないわ。
頑張って今も頭を動かして咀嚼して......そもそもこれを見て我慢出来るとかありえないのよ。
私は手に持っていたピザから肉だけ摘まんで、自分の口に入れて咀嚼する。
そして――――
「......んみゅ」
音亜ちゃんの顔を優しく左右から包んで唇を奪い、舌で口をこじ開けて筋もなく十分ほろほろになった肉を口移しする。
音亜ちゃんが頑張って噛んだ肉は、口を押し付けつつ舌で奪い取った。
まだ若干硬い肉を咀嚼しながら唇を離した。
それから何もなかったかの様に、ピザの肉の乗ってない部分を音亜ちゃんに差し出す。
......自分の欲を抑えられずに勝手なことをして、音亜ちゃんの顔が見れない。
だが差し出したピザを音亜ちゃんは一口、遠慮なく食べた。
こんな欲に塗れた事をしたのに......表情を見ていないが、大丈夫だったのだろうか......?
「(くいっくいっ)」
顔を背けていると、音亜ちゃんが私の服を引っ張ってきた。
おずおずと音亜ちゃんの顔を見ると、口を開いてこっちの目をジーっと見ている。
えっ、なに可愛すぎるわ。
可愛らしく小さなお口を、雛鳥の様に開けてこっちを見てる。
可愛すぎるわ。
「さ、さっきと同じで良いの、かしら」
「(こく)」
私は罪悪感と幸福感によって複雑な気持ちになりながら質問をすると、音亜ちゃんは普通に首肯してくれた。
大丈夫、だったようね。これこそ役得、って事なのかしら。
「そ、そう。わかったわ。口移しするわね」
「(コクリ)」
それからピザに乗った肉を私がほぐしてから口移しをして、肉の乗ってない部分はあ~んで食べさせてあげた。
合間合間に淹れた紅茶を差し出して、ピザを無事完食出来た。
「ふぅ......美味しかったかしら?」
「(こくっ)」
役立っている事と、《《役得》》で満足感を得ながら、美味しかったか質問すると、音亜ちゃんも目尻を下げつつ満足したように首肯した。
「まだ後プリンが残っているから、こっちも食べさせてあげるわよ」
「(じー)」
私がプリンも食べさせてあげると言ったら、音亜ちゃんは首肯せず私の事をジーっと見つめる。
食べるはずなら首肯するはずだから......冷蔵庫に残しておけばいいのかしらね。
「これはまた明日にしておく?」
「(ふるふる)」
私が確認をしてみると、音亜ちゃんは横に首を振った。
どういう事なのだろうか......? プリンは嫌いじゃないはず。
食べず、冷蔵庫にも入れずどうするのか。
――てとてと。すっ......
私が困惑していると音亜ちゃんがソファーから降りて、プリンを手に取って私に手渡そうとしてきた。
「食べて......いいのかしら......?」
「(こくっ)」
お礼、なのかしら。こんな私に......?
それにあれだけの事があった。それで心がズタボロのはず、なのに私にお礼とか考えられる余裕が......?
嬉しさと疑問が残るけど......今は考えるべきではないわね。
私はプリンを受け取って食べたが、それはとても、とても後悔の味がした。
もっと私が早く行動を起こせば、昔みたいに楽しくお話をしながらプリンを食べれたのかしら。
そんな事を考えながらプリンを食べ終えた所で、音亜ちゃんが――――
フィリア精霊帝国万歳!エイネア万歳!今回は過去編Ⅳ
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