永那の追想Ⅰ 再会
「ここがあの子の住んでる所ね」
私は今、親が所有して《《いた》》高層マンションの前に立っている。
大学も卒業。投資で転がしたお小遣いを元手に会社を立ち上げたりして、実家から独立してこのマンションも買い上げた。
環境を何度も変えて、あの子に負担を与えたくないのよね。
だから完全にマンションを私の手元に置きたかった。
そしてそれも終え、これから私はあの子に会いに行く。
「覚えてくれているかしら......」
マンションに入り、管理人としてゲートを通る。
エレベーターへ向かう途中、見知った人間に会った。
「あっお疲れ様です!」
「あら、お疲れ様。今日も大丈夫だったかしら?」
「はい、顔色も良く、いつものメニューを注文しておりました」
目の前に居る男性は、私が買い上げた店の店長。
あの子がデリバリーを注文した時に、下手な対応を取らない様な人格者だから、様子の報告とあの子専用のデリバリー要員に任命していた人だ。
「そう、それは良かったわ。今日までの報酬は送っておくから、家族と旅行でも行きなさいな」
「ありがとうございます......! では失礼します」
「えぇ、お疲れ様」
彼も子持ちだからこそ、あの子の事を軽く話しただけで強い怒りの感情を吐露していた。それだから嘘は感じず任せられたのだ。まぁ彼の事はもういいわね。用済みだから後は店長を頑張って、家族と過ごしていればいいわ。
私はエレベーターに乗り、あの子の居る階層のボタンを押す。
エレベーターが上がる度、私の胸も高鳴り、それと共に不安が過る。
『――だれ?』
『――たすけてくれなかった』
『――きらい』
『――ち、近づかないで』
あの子の口からその言葉が出るんじゃないかと、あの子の声で脳内再生される。
私もあの頃はまだ学生で子供だった。けれど力も持っていたし、視野が広ければもっと早くあの子を救えたはずなのよ。
なのに......でも......。
強く心を蝕む自責の念。その念に対して言い訳してあの子と関わりたいと強く想う心。
今すぐ会いたい気持ちと、会うのが怖くて逃げたい気持ち。
混沌とした心情に揉まれている間に、気づいたらエレベーターの扉は開いていた。
閉じる前に急いでエレベーターから出て、重い足取りであの子の部屋の前まで歩く。
そして扉の前に立ち、インターホンを押す前に深呼吸をする。
「すぅ......はぁ......すぅ......ふぅー、よし。避けて通る道じゃないの、あの子が私を嫌いになっていたとしても......」
インターホンに指を伸ばし、ボタンを押し込む。
――ピンポーン
心臓がバクバクと強く、そして早くなる。
「この緊張以上に緊張する事なんて、この人生にはないわね......」
――ガチャ
扉が控えめに開かれる。
隙間からは顔を覗かせたのは、銀髪で、白い肌で、赤い瞳で......
「......? だれ?」
「っ!」
あっあぁ......わ、分かっていたわ......そうよね。沢山酷いことがあったもの。
記憶にすら残っていない。責められることさえされない。そんな最悪の光景が過る。
驚いて、酷く困惑して、酷く悲しんで、感情の波に攫われ、硬直してしまう。
「ご、ごめんなさいね? ちょっと驚いちゃって」
でも......色々あったから忘れてるだけかもしれないわ。
「私の名前は文月永那、覚えてる......?」
心の余裕が一切ない。思い出して責められた方がまだマシなんて思いを巡らせる。
「ぇーな......?」
ドクンッ......と、一際大きくなる鼓動。
それでもまずは歓喜が押し寄せる。
「そう! そうよ、えーなよ、覚えてくれてたのね!」
「えー、なぁ......! ぐすっ」
私が歓喜からの言葉を出すと、音亜ちゃんは嗚咽を漏らしながら、私の名前を呼び、涙を流しながら目を見開き......笑顔の花を咲かせ、扉の陰から飛び出し私に抱きついた。
「ぁぁぁもうなんで私はもっと早くッ! ほら泣いていいのよ......」
拒絶されない歓喜と、この笑顔を曇らせた原因をもっと早く取り除けなかった私の後悔の念が、莫大な負の感情を生み出す。
結局今までの後悔は、音亜ちゃんが居なくて、実感する物が無かった。
会えて嬉しい気持ちが凄くある。
だがそれ以上に、この胸に抱いている子が受けた被害を実感させる。
右腕が無いのだ。
実感する。
この好意を、私の行動による結果を、それが良い事でも悪い事でも。
* * *
あれから音亜ちゃんは静かに嗚咽漏らしながら、私の名前を呼びながら泣き疲れて寝てしまった。
私は音亜ちゃんを横抱きにして、半開きの扉を肩で開けて部屋に入る。
靴を足だけで脱ぎ、音亜ちゃんの履いてるサンダルも器用に脱がせる。
玄関から直ぐ先のリビングに入って、勝手知ったるまま奥の廊下へ進み、扉が開けっ放しの部屋に入る。そしてすぐにベッドに近づいて、音亜ちゃんをベッドに寝かせる。
改めて音亜ちゃんを見てみると、会えなくなってからの成長が見える。
Tシャツとショーツしか着ていないから良く見える。
胸も随分育って......って、もしかしてデリバリー受け取る時、毎回こんな格好じゃないわよね......?
......さっきの店長から聴取する人を派遣させるとして、考える事は多いわね。
私は音亜ちゃんの事は諦めたくなかったから、嫌われていても拒絶さえされなければ挽回しようと思っていた。だが現時点では嫌われてない様子。勘違いが正しければ好意すら抱かれてるだろう。
「しばらく時間を空けてあるから、まずは......掃除ね」
部屋の中にベッド以外に物が無く、部屋の端には埃が目立っている。
それに、通ってきたリビングにピザの斜塔が出来上がっている。空気も入れ替えなきゃいけないわね。
掃除や家事とかを終わらせて、気分を少しでも上にあげさせてあげたいわ。
それから慣れや余裕が出来てきたら、娯楽系を、そして外出をさせてあげたい。
「後、そうね。義手の研究も進めるべきね」
ポケットから携帯を取り出し、研究馬鹿の集まりにメッセージを送る。
後は入金してしまえば勝手に進めてくれるだろう。
人脈は大事だと実感するわね。
義手については私がどうこう言える段階じゃないから、金を送金して放置。
彼らは《《研究》》に人生を費やしているから、着服する事もない。着服しても結局研究に回るだろうし。
生粋の研究狂い達は、お金とオーダーがあればやってくれるのは楽ね。
まず私は掃除をする前に、持ってきた服に着替える。
これはメイド服。ロングスカートのクラシックなメイド服ね。
私が音亜ちゃんに尽くす意思表明。
なぜメイド服が意思表明なのかというと、私の中でメイドは始めたら逃げれない物だから。私の家では機密事項が多く、メイドでも相応に実力が求められる。
求められるからこそある程度秘密に関わる。
秘密に関わるからこそ、仕事を辞められて情報を漏らされる事を私の家は嫌う。
「よし、まずはリビングの掃除ね!」
私はメイド服に着替え、目の前の強敵に目を向けてそうつぶやいた。
音亜ちゃんが寝てる間に終わると良いのだけど。
フィリア精霊帝国万歳!エイネア万歳!今回は過去編。
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