第41話 指導者、守り決断する。
「では先に行って待っていますね」
「はい、アイリス様もお気をつけて」
最後の非戦闘員の仲間達を受け取り、私は少し減った魔力をポーションで補給します。
これが切れると隠蔽が解けてしまい、大所帯だと被害は免れないですからね。
「皆さん無事でよかったです。今からここから脱出する為の場所へ向かいますので、あそこの集団へ入ってついて来てください」
「おぉアイリス様ありがとうございます......」
どうやら私の事を知っている......そもそも数年経ったとはいえ元族長会議の長でした。知ってる人は知っている様ですね。
何故わざわざ戦力を分散させて主力と護衛に別れているのか、それは戦闘員と非戦闘員の魔力の差です。魔強行軍をする場合自分の保有魔力がオーラとして出てしまい、索敵魔術などで容易に見つかってしまうのです。
なので非戦闘員と少数の戦闘員を伴って、私の隠蔽結界で完全に隠蔽する為別れています。
「それでは進みます! 護衛の方より外を歩かないように気を付けて下さい!」
私が魔法を使って遠くまで聞こえるように忠告し返事は無いですが、最前列の人を見れば頷いているのでちゃんと伝わっているみたいです。
ですが流石に奴隷として扱われてきた日々から唐突な長距離行軍、帝都からの人はみんな疲弊しています。魔強行軍による移動でなくても老人や子供は流石に限界が来ている様ですが、今は他の人に背負ってもらったりして移動できてますね。
かなり無理矢理ですが、船にたどり着けば後は休むだけですから皆さんには頑張ってもらわないといけないのが心苦しい......仕方ないにしろ私自身に力が無いのが悔しいです。
「アリィ、そんな顔しちゃダメよ」
「......そうですね、こんな顔じゃ皆が不安になってしまいます」
「その意気よ。帰りの竜船では癒してあげるから」
「ひ、人前でそんなこと言わないでください!」
「じゃぁいいの?」
「揶揄わないでください!」
辛気臭い顔をしていたから注意され、揶揄われてしまいました。
そう言うのは二人っきりの時に言ってほしいです!
「ほらいい顔になったじゃない?」
「むぅ、まぁありがとうと言っておきます」
「ふふっ素直じゃないわね。もちろん――――」
言葉にしながらルナが私の耳元まで背伸びし、
「帰路ではいっぱい甘やかして癒してあげるわ」
甘い声で何にも勝る魅惑と言葉を発しました。
「ふ、ふふっ」
「むっ、何がおかしいのよ」
「だって、ふふっ、背伸びしてたけど届かなかったから私がわざわざ屈んでたんですよ? それがおかしくって」
私が190ぐらいでルナは160ぐらいで、かなりの身長差があります。
普段の生活で私がルナに合わせて屈む事が多く、今回も不意を突かれるように魅惑的な言葉を聞いた時も自然と屈んでいました。
「ふんっ、まぁいいわ元気になったのなら」
「そうですね、ありがとうございます」
(アイリス様とルナ様は仲がよろしいですなぁ......実に尊いお姿だ)
もちろん近くに随伴している兵士から見られながらの会話だったし、会話内容も歩いてる為足音で聞こえずらいが随伴している兵士には聞こえていた。
それから私達は仲間達と共に鉱山街から離れ、遠くにある山の麓にある船の近くまできました。
「皆さん! 後もう少しで船に着きます!」
私は全体に声をかけ、私達は体力を振り絞り森を進んでいく。
すると森の境目が見えてきて奥には大きな船が見えてきました。
「「「おぉぉ!」」」
「すげぇ......」
「あれが......」
「本当に......」
後ろを見てみると皆さんが驚愕と感動の顔で染まっています。
正直私も初めて見た時はそんな顔だったでしょう。巨大な地上に置かれた船、そしてそこに見える希望。
「おかえりなさいませアイリス様! よくぞ戻った同志達よ! さぁ船へ!」
聞こえてきた声は船からの声......グリムからの声ですね。
グリムからの言葉で沸き立つ皆。ここまで長かったです。女神様のお力を借りてしまいましたが......
グリムの声に合わせて船から階段が下ろされました。そして待機組であった兵士達が護衛と合流し、仲間達が船へ入っていくのを地上で見届けています。私もその輪の中です。
「アイリス様、ルナ様。無事でよかったです」
「グリム達も無事でよかったです」
「はっはっ! 所詮は待機してるだけですからな! ではそろそろ船へ、私は外の警戒に付いております」
「えぇわかりました」
仲間達が船に入った所でグリムと別れ、私達も船へと入って行った。
それから元奴隷だった仲間へ船の中の大浴場に連れて行き、体を清めてもらってから食事を提供した。
「あったけえ水なんて何年ぶりだったよ!」
「もう覚えてねぇわ!」
「でも気持ちよかったなぁ!」
「はむっはむっ!んぐっ!」
「お、おい折角生きて帰ったんだから、飯詰まらせて死ぬなよ?」
「ごくっ!ごくっ!ぷはぁ!助かるぜ兄弟!」
「こんないっぱい食べれるなんて思わなかったわ......」
「えぇ、もう美味しいなんて感じないまま終わると思っていたわね......」
「うぅ......」
皆が体を清めた事や、食事を食べる事に夢中になっています。
皆が笑顔で幸福を享受できているその姿が見れて、救えたのだなと実感できます。
「アリィ、まだ彼らが戻って来てない以上気を抜いてはダメよ」
「そ、そうですね。隠蔽をしているとはいえ、見つかってしまう可能性もあります」
見つかってしまったら彼らが来るまで防衛戦を展開しなければなりません。
幸い守備戦力がゼロと言うわけではありませんし、非戦闘員でも物資の運搬や食料の生産は出来ます。もし防衛戦が必要となったら必要なのは継戦能力ですからね。
そもそも戦いが起きなければいいのですが......最終手段として私が結界を張れば時間は稼げるはずです。
「では全体の食事や休息時間を決め、既定の時間になったら準備をしましょう」
「そうね、休息が無ければどんな人間も戦えないわ」
今はひとまず皆を休ませ無ければなりませんね......護衛の皆様も激しく疲弊していらっしゃいますし、マナポーションも大量に生産しておいてよかったです。それでも念には念を入れておきたいので生産しておきたい所ですね......
「それでは――――」
「アイリス様ッ!」
時間について決めようとした途端に兵士の一人が私の元へ駆けて来た。
どうやら火急の案件の様ですね......嫌な予感がします。
「はぁはぁ、報告します......北から騎士が隊列を組んで南下してきています......!」
「「っ!」」
あぁ......嫌な予感が的中してしまいました。
北からと言う事は山の方から来ているという事ですね。東から北にかけて山があり、南には砂漠地帯が広がっていて東には森があります。その森の方からグラン達は来るはずなので、東からの進軍でない事に安堵しつつも敵の進軍に対して絶望感が抜けません。
「グリムが外に居るはずなので会議室まで連れてきて下さい。そこの貴方は今休息を人達に混乱を招かないように伝えてください。会議終了後速やかに行動に移ります」
「「は、はい!」」
敵の内訳を知りませんがこちらは疲弊しており、他にも元奴隷で疲弊した者しかいません。強いて言うのであれば待機組ですがこちらは野盗を警戒しての戦力の為、軍を相手するには明らかに人数が足りないのです。
それでもグランが来るまで守り続けなければ。
「ルナ、私達は先に会議室へ行きましょう。グリムの助言を聞きつつ伝令の情報を照らし合わせて防御を固めなければ」
「最悪船に籠城か森に散開して散発的な攻撃をし、同志達を山のルートで逃がすことになるわね」
「そうならないといいのですが......」
今はグロリア様は国に戻っていますが、呼べば数分と経たずに飛んできてくれるそうなので合流してからでも遅くはありません。最初から呼んでしまってはグロリア様を戦火に引き込むことになりますし、それでは私達の手で成し遂げるという約束に反してしまいます。
伝令してくれた兵士はグリムを探しに、近くに居た兵士は食事や休息を行っている者達の方へ、ルナと私は会議室へ。
「すまぬっ遅れてしもうた!」
会議室で準備をしていたらグリムと伝令が戻ってきました。
流石に焦っていつもの口調が表に出てしまっていますね。
「えぇ大丈夫です。それより手短に済ましましょう。敵の情報について細かく教えてください」
「はい――――」
伝令の報告では敵はかなり疲弊しており、まさに敗残兵と言ったような見た目だったそうです。恐らくグランが退けた敵が運悪く私達を見つけてしまったようです。敗残兵とはいえ敵はどうやら正規兵のようで、騎士が中心となって構成されている一方で進軍速度はとて遅いとの事。これならば単純な防衛戦でも犠牲は出ますが乗り越えられます。
ですがやはり......
「時間があるのであれば私の結界魔法を行使しましょう」
「っ! アリィそれはっ」
「そうじゃ、負担が大きすぎる」
私の結界魔法は発動が遅い代わりに広域をカバーできます。
幸いポーションの備蓄もありますからMP切れなんて起きないはずですし、敵の攻撃による結界維持の負担も気合で乗り越えられます。
「私が直接攻撃を受けるわけじゃありませんし、それにここで全力を出さねば。私も本当に共に戦いたかったのです」
私はそれが悔しかった。近接戦闘や局所的な支援が苦手故に戦えていません。ですがこれは亜人が亜人の為に賭ける聖戦です。私だって!
「これだからアリィは......」
「意思は固いようじゃな......それじゃこの老骨も本気を出すとしよう」
「私だってアリィが全力で臨むなら本気を出すわ。幹部が本気を出して守り抜いて穴抜けを戦える者に受け持ってもらうのが良いわね」
「二人とも......ありがとう。なら準備は早いです、すぐに仲間達に伝え私達の準備に取り掛かりましょう」
眼下に見えるのは敵の隊列。
それに相対するは私達亜人の守備隊、元奴隷の志願者や待機組の老兵達だ。そこにグリムとルナが入っている。
そして私は今船のデッキから見下ろし、術式を床に書き、魔法陣を乗せ、”魔導”具の起動準備を行っている。
「後はこの触媒をこの道具に嵌めて......よしっ! 無事間に合いました......」
準備を終えた私は術式に魔力を流し込み結界を展開。魔導具を起動、結界魔術の魔力強度を上げる。
すると相対していた二つの軍の間に濃い光の壁が出来た。
これは私を起点にし船を超え、森の近くまでカバーしている結界です。
「お願いします、グラン早く戻って来て......!」
壁が出来た途端敵の軍が隊列を乱し攻撃を始めました。私の結界によって魔法や矢を防いでいますが、威力の高い魔法や我が国が滅した時に使われた弾丸が結界の損耗を強くします。
「くっ......! 攻撃によって穴がッ......! そこは修復、ここも修復、あそこは味方が居るから......」
結界に意識を強く寄せ周囲の味方の位置を照らし合わせて、優先して修復する所を修復していきます。余裕が、全然ないです。
「早いですがこちらも起動っ!」
今起動したのはあらかじめ書いておいた魔法陣で、上位魔法<ホーリーリカバリー>を結界を対象に展開できる魔法陣です。魔力を注ぎながら先程までの作業に戻ります。
これによって魔力消費量が格段に増えましたが、意識の向けられてない所でも徐々に結界が修復されて行ってるのでカバー範囲は広がりました。
ズガーン!
「っ!? うそでしょ......」
結界に対して強い衝撃が来たと思ったら森側......東側からも敵が展開してきました。
そちらには兵士が居ません。
「皆っ......!」
ですが私は結界の維持に全力を注いでいます。通常なら風魔法やなんやらで伝えられるのですが......余裕がない今その魔法だけの魔力は捻出できません。試してもし結界が崩れたらそれでおしまいです。
「――――アリィ! 東は私達が行くから安心してっ!」
焦っていると愛しの人の声が聞こえました。いえ愛しの人って......あぁもう余裕が無いからって何自問自答してるんですかっ! ルナがグリムと少数を伴って東方面に移動しているのが見えます。
気づいてくれてよかった......二人が抜けた事によって厳しさは残りますが、戦力差はこれで北、東で五分五分になります。そして東からグランが来てくれたら東を撃滅し、そのまま北も包囲撃滅する事も可能なはず......!
ドドドドドドド!!!
ギィィィィィィィ!!
音のする方......ルナが居る方を見てみると、ルナが血統魔術で戦場に流れた血を操り大量の刃を降らせています。そしてグリムが死霊魔術で死体を操り戦わせ、憎しみが籠った魂を惑わし攻撃させています。
あの二人が居れば人数差もひっくり返す事が出来る。
とはいえ敵は多いです。結界と言う壁があるから何とかなっている状態です。
――――うぉぉぉぉぉ!!!
「やっと来ましたかっ! って!?」
グランかと思いきや敵の増援っ!?
声が聞こえてきたのは北。北側から雄たけびが聞こえてきました。
「いや違う......敵の一部が反転してる」
北の前線に居た敵の騎士の一部が切っ先を向け、後方へと進んで行きました。
これは恐らくグランが何かの理由をもって北から迂回して来たのでしょう。
ならばっ!
「亜人達よっ! 今こそ戦うのです! 北に我らが仲間がいます! 挟撃です! 亜人の魔法、爪、牙、力を見せてやりなさいっ!!!」
危険な決断です。これで何か別の要因であれば危険にさらされます。
それでも、賭ける所で賭けてここまで来たのです! その判断を信じてっ!
私もデッキから飛び降り味方と合流します。
「すすめぇぇぇ!」
「んっらぁ!! 帝国のくそ共がっ!」
「がはぁ!」
私も軍に混じり突撃を敢行します。まったく戦えないわけではないのでっ
ぞわっ......
「「「「ッッッ!」」」」
......なっなん、なんです!? この魔力の奔流は!?
敵も味方も関係なく金縛りにあったような緊張感が走り体が動かせていません。
グランが居たわけではなかったのですかっ......!? 間違えだったと......?
「い、一体何が......」
フィリア帝国万歳!エイネア万歳!アイリスが頑張った回。
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