第8話:最下層のメシア
「サーシャ!」
「―――ディアお兄ちゃんなの?」
瞳を擦って。それから瞳をパチクリと見開いて。
サーシャはもう一度春樹を見た。
「あぁそうだよ。大丈夫か?」
「うん! どこも痛くないの!」
血の気の戻ったサーシャは、色白い美しい肌の元気そうな少女の姿を取り戻している。
「良かったな!」
抱きしめることも、頭を撫でることもできない。
もどかしそうに地面を掴みながら、春樹は仮面から見える口元を大きくほころばせた。
「お兄ちゃんが助けてくれたの?」
「言ったろ? サーシャを助けに来た王子だってさ」
春樹が背筋を伸ばして、恭しく頭を下げる。
「お兄ちゃん、大好き」
サーシャの投げキスを照れながら受け止めた春樹は、遠くにヨハンの姿を見つけて微笑みかけた。ヨハンは深々と頭を下げて、走り去る。きっと妻子を探す旅路へと出るのであろう。
「サーシャ!」
「ママ! パパ!」
脱兎のごとく駆けだしたサーシャは、再開の涙を流して。厚い抱擁を交わしている。
他の者も同様だ。
家族や恋人、友人との再会に涙を流し、抱擁を交わし、それから次々にひれ伏していく。
頭を下げながら春樹への感謝の言葉を、口々に述べ始めた。
「二つ約束しろ」
数千にも及ぶ人々を前に、念話のスキルを発動した春樹は、一人ひとりに声を届ける。
「ひとつ。生き返らせるのは今回が最初で最後だ。だから命を大事にしろ」
人々が頷いてながら心の中で応諾する声が、春樹に届いた。
「ふたつ。オレの名はディアブロ。だが、名を広めるつもりはない。いいな?」
髑髏の紋様を見た者は、春樹の忌み名を思い出したはずである。
だから名前を隠す意味はない。
春樹が生き返ったという話、ディアブロが人を殺した、生き返らせたという話を広めるなと、春樹は命令したわけである。
人々はただひたすらにひれ伏して、ピクリとも動こうとしない。
「じゃ、じゃあな。元気で」
涙を流し続けて感謝を口にする人々を前に、恥ずかしさを感じたのだろうか。
逃げるように軽く地を蹴った春樹は、自分の跳躍力と速度に両眼を見開く。
今までの感覚と、実際の移動距離や速度に大きな違和感が生じて。バランスを崩しながら駆けること二分。
とうとう春樹は、スタート地点から数キロ離れた大木に正面からぶつかった。
「痛っ⁉……く、ねぇ?」
それどころか、大木の方が倒れそうな勢いである。
どうやら、春樹の成長のせいらしい。
SSSを突破したと表示されたあと、春樹の身体や精神の表記がおかしくなっている。
自分の股越しに空を見上げた春樹は、乾いた笑みをこぼして。
他人から見たら実に間抜けに見えるひっくり返った姿勢のまま、春樹は瞳を閉じた。
「なぁバカ髑髏。身体SSS突破したあと、赤竜域って表示になったんだけど。お前わかる?」
『あぁ。人間のレベルを超えたんだよお前は。赤竜レベルの身体機能ってことさ』
「は?」
『間違いないだろうぜ。そんな人間の伝説を聞いたことがあるからよぉ』
「じゃあ精神SSS突破後の仙人域っていうのも同じか」
『あぁ。たいていの魔法なら連発しても大丈夫だろうぜ』
「じゃ、じゃあお前は? どれくらい強くなったんだ?」
春樹とディアボロは、合計三回、広範囲の陣で救済を行い、魂の力を得た。位の更にあがった三回目ですら、ディアボロは鼻歌交じりで第十層全てを覆う陣を描いたくらいである。
『始祖クラスだろうぜ! こっから先は未知数だなぁ』
「始祖って、悪魔の?」
『あぁ。偉大なる十二貴族。かの大悪魔たちに相当するだろうよぉ』
白銀色に輝く胸の髑髏は、表情豊かにニヤニヤと微笑んだ。
つられて春樹もニヤニヤ笑う。
「いつの間にか俺ら、化物コンビだな」
『違ぇねぇ! だが気を付けろよ? お前は神の怒りを買ったんだぞ?』
「だから知ったこっちゃねぇっての」
『でも向こうさんは違うみてぇだ。ホラ、さっそくお出ましだぜ? クハハハハ!』
樹齢数百年の大木。それくらいのサイズはありそうな土偶が、春樹の頭上から落下してくる。
「なっ⁉」
腹筋と両手に力を込めて慌てて回避したつもりだったらしいが―――ゆうに百メートル程、春樹は巨大な土偶から間合いを取れてしまっている。
『このあたりの土地神―――アラハバキって言ったか?』
ディアブロは楽しそうに笑った。
「怒りを買うってまさか、本人登場でバトルってことか?」
『あん? 他に何があるんだよ?』
「アホか! 普通ものの例えかって思うだろうが!」
『なぁ春樹……お前って本物のアホなのか?』
「う、ウルセぇぞこのクサレ悪魔が!」
アラハバキ―――巨大な土偶姿の神は、春樹をじっと見つめて。
理を正すと吐き捨てながら、巨大な瞳を赤く光らせる。
「―――なっ」
『避けろバカや―――』
アラハバキが放ったのは熱光線。
瞬く間に周囲の地形を溶かしながら、春樹を飲み込んでく。
今日もありがとうございました。