第5話:忌み名
村人の救済を終えた春樹は、その足で外へと向かった。
そして今―――戦いの最中に身を置いている。
「クソ、キリがねぇ」
村の外に追い出されたアンデッドは、もはや意識がないらしい。
肉体が朽ちすぎたのか、言葉を出すこともできないのだ。
そんなアンデッドを、春樹は次々と切り捨てていく。
肉体の死後から、長ければ三年経っているアンデッドもいるわけだ。村の中を生者のように彷徨っていた者、例えばサーシャやヨハンのような意識のハッキリとした状態は、肉体の死後そう長くは続かないのだろう。
アンデッドたちは死にたい一心で、自他を傷つける行動を無意識に選択しているのか。
春樹の呼びかけにも応じず、先ほどから襲いかかってくるアンデッドたちに気圧されて。春樹はショートソードを振るい始めた。
「クソっ、なんで俺がこんなことをっ」
ショートソードは春樹の血で清められてた。
死神の加護により、春樹の血で清められた武器は切り傷一つで相手を即死させる。
効果は短時間、その割には血を使わなければならないこともあり、春樹が好む手段ではないのだが。
これだけ大量のアンデッドに囲まれては、確かに一体一体に手間取っている場合ではない。
「―――っ」
疲労からだろう、春樹は片膝をついてしまった。
無理もない。
一心不乱にショートソードを振るい始めて、もう三十分ほど経っているのだから。
「おいバカ髑髏、もう腹は膨れただろ? 力を貸せ!」
髑髏に爪を突き立てた春樹の顔が、苦しそうに歪む。
春樹の激しい感情を喰らい、髑髏は力を増す。
そして髑髏は春樹に、力を貸し与える。もっと殺せるようにと。
春樹は嫌悪し、憎悪し、涙を流して己の無力さを悔いた。
村の中でアンデッドを救済する度に。
そして今も、だ。
アンデッドを切り捨てながら、春樹は自己嫌悪と怒りの感情を抑えきれずにいる。
救済したアンデッドの数は、とっくに百を超えた。
既に、一度目の転移時をはるかに超える数だ。
しかも、アンデッドとはいえ相手は人間。魔獣や昆虫を殺してばかりいたあのころとは違う。
つまり、より大きな春樹の感情の起伏を喰らい、より大きな力を蓄えて。今―――髑髏は目覚めた。
「グハハハハ! いいぜ春樹! 最高じゃねえか!」
両手を広げながらケタケタ笑っているのは、春樹。
正確には、春樹であって春樹ではない。
髑髏の人格が、春樹の体を支配している。
深紅に輝く瞳。短い黄金の角が二本。そして体から立ち上る黒いオーラが、大きな羽のように形を変えていく。
春樹の忌み名―――ディアブロ。
この姿こそ、その名のゆえんである。
「ククク。何やら面白ぇことになってやがるじゃねぇか?」
『おいクソ髑髏! 村の中にいる人は殺すなよ?』
胸元に浮かんだ髑髏の紋章、その中から春樹の精神体がディアブロに語り掛ける。
「あぁ。さすがにそりゃ贅沢ってもんだろ?」
それもそのはず。
ディアブロの前には、まだ二百近いアンデッドがいる。
「ったく。相変わらずショボい武器使ってやがんな」
ショートソードを天に放り投げたディアブロは、大きく口を開いて。落下してくるそれを、飲みこんだ。
「春樹。三つまでいけるぜ?」
『頼む。楽にしてやってくれ』
「まさかお前が殺しを望む日が来るとはなぁ」
『……』
「人を始めて殺った時なんて、お前―――」
『はやくしろ!』
「はいはい」
春樹の懇願に、楽しそうに微笑んだディアブロ。
まさに悪魔のような笑顔を浮かべ、大地に右手を突っ込んだ。
「ひとつ―――悪魔が嗤う。ふたつ―――悪魔が吠えて。みっつ―――大地を刈る」
右手を中心に、漆黒の髑髏型魔法陣が展開していく。
陣は範囲を広げ、、、半径百メートルのサークルが登場した。
「クハハハハ! コイツはすげぇ!」
興奮したディアボロの高笑いが止まるころ、サークルは姿を消して。その代わりに足元に巨大なクレーターが登場した。
地面ごと削り取られたのか、アンデッドも姿を消している。
「最高だ! 最高の気分だ! 見ろよ?」
膨れ上がった布地が、ディアブロの興奮が身体に作用したことを示している。
「お前も反応してやがるぜ」
右手でガツリと握り締められて、春樹の精神体は反射的に腰を引く。
『触んじゃねぇよクソ髑髏!』
「いいだろ? 悪魔には本物の性器がねぇんだ。つい珍しくてな?」
グググっと力を込めて形をなぞる。
『バ、バカ! 擦るな!』
「なんだ? お前まだ童貞なのか?」
『黙れ!』
「なぁこれってデカい方なのか? それとも標準サイズ?」
ズボンの中を覗きこむディアブロに、春樹は全力で抗議する。
『知るか! 見んじゃねぇよ! さっさと代われ!』
「なら、わかってるだろ? 答えろ」
『くそ―――まだ童貞だよ』
「だと思った。でもお代は確かにいただいたぜ? ククク」
オーラが立ち消え、瞳が黒に戻っていく。
この悪魔は人の感情を糧として喰らう。
ディアボロの好む喰らい方は二つ。
ひとつは、殺すこと。
先ほどもアンデッドたちを殺す、春樹からすれば救済する最中に生じた感情を、多いに喰らったようだ。
そして、もうひとつの方法が―――秘密を暴くこと。
暴かれることで生じた春樹の羞恥心を喰らったディアブロは、満足そうに笑いながら契約主に身体を返した。
これらの方法で春樹が糧を喰わせてやる代わりに、対価にみあった力を貸す。
これが死神の眷族である悪魔ディアブロと、春樹の契約内容である。
『……余計な心配だがよ。さっさと童貞捨てろよ?』
「うるせぇ!」
『クハハ! 楽しみにしてるぜ? その時の感情は、きっと美味だろうからな!』
胸元の髑髏に爪を立てながら、春樹は大声で叫ぶ―――クサレ童貞悪魔め、と。
『バカか。悪魔に童貞もクソもねぇよ。それよりも……おぃ、変だぞ』
異変が、春樹を取り囲む。
「な、なんだよコレ」
周囲に浮いてるのは、火の玉だ。
青白い無数の火の玉が、春樹を取り囲んでいる。
その異様な光景に飲みこまれのか。まるで金縛りにあったかのように、春樹は動けずにいる。
ありがとうございました!