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死神の寵愛を授かった少年  作者: ユウ
第Ⅱ部:最下層
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第1話:シ者

 

「―――くっせえ」

 深い霧のあちこちから漂う異臭に、春樹は腕で鼻を覆う。

 天を見上げても陽の光は少なく、じめじめとした独特の空気。

「どうやら最下層だな」

 異世界アルマダークは、巨大な世界樹の世界。

 最下層にあたる第十層は上層の影に隠れ、一年中、夕刻のような薄暗さに覆われている。

「ご明察です」

 振り向いた春樹は、視線の先に灰色のローブに全身を包んだ男を見つける。

「ガイアスか」

「お久しゅうございますハルキ様。お待ち申し上げておりました」

 死神から天啓があったと告げて、ガイアスと呼ばれた男は深々と頭を下げた。

「久しい?」

「既に三年の時が流れておりますれば」 

「俺が埋められてから、もう三年経ったのか?」

「左様にございます」

(どうやら、地球とここでは時間の流れが違うらしいな)

 足元の石碑を見て、春樹は舌打ちする。反逆の大罪人をここに封じる―――そう記された石碑の高さは、十メートルを超える。

「ふざけんなよ。封じる? 生き埋めにしたの間違いだろ?」

 石碑を蹴りつけながら、春樹は顔を歪めた。

(あの時の苦しみと憎しみ、忘れねぇ)

 前回、勇者の暗殺に失敗した春樹は群衆に捉えられ、生きたままここに埋められたのだ。

 手足を縛られ、頭に袋を被せられ、獣に引きずらられて。

 罵声を浴びせられながら、抵抗空しく地中深くに埋められた。

「我らの力が足りず、助けることも叶わず。誠に申し訳ございませんでした」

「いや、ガイアスには感謝している。またよろしく頼む」

「もったいないお言葉にございます」

 細身で小柄な初老のガイアスが深々と頭を下げると、百七十センチちょっとある春樹の身長、その半分以下に縮まってしまう。

 そこまで頭を下げるのは、視線を合わせないためであることを、春樹は理解している。

「ところで、三年の間に何か変化はあったか?」

「はい。この三年、死者が出ておりません。そして勇者は姿を消しました」

「姿を消した? 最上階から?」

「左様です。いずこかに身を潜めているものと思われます」

「逃亡中ってことか」

 勇者アイス。世界樹の最上階に住まう神々を追放し、最上階層を人民に解放した英雄―――だったはずだ。

「何があった?」

「すぐご覧になれるかと。今はお時間がございません」

「あぁ。そうだな。俺もお前を殺したくはない」

「ありがたき幸せにございますが―――」

 ガイアスはそこで言葉を詰まらせた。

 目を見開いた春樹は、小さく息を吐き捨てる。

「まさか?」

 もう一度深々と頭を下げたガイアスは、無言のまま大きく頷いて。春樹の言葉を肯定した。

「どうやら私も‘糧’になれるようです」

「しかしお前は―――」

 死の神を祀る司祭として信者を率いるガイアスには、死神も一目、置いていたはずだ。

「私はこの三年、病に苦しんでおりますれば」

 微かに顔を歪ませた春樹は、肩に手を置いて。グッと力を籠める。

「苦しいのか?」

「えぇ。想像を絶する痛みにございます」

「―――わかった。楽にしてやる」

 弟の身体に憑依した死神―――その加護を受けた春樹は、死を司る。

 シャツの襟を右手でずり下げた春樹の右胸に、微かに浮かぶ髑髏の紋様。

「安らかに眠れ、ガイアスよ」

 春樹の声に応えるように、髑髏がケタケタと笑う。

「ありがたき―――」

 礼の言葉が最後まで紡がれる前に、ガイアスはその場に倒れた。

 小柄な老人を抱き抱え、春樹はローブをそっと捲る。

「始めて見るけど、なかなかイケメンじゃん」

 もちろん、ガイアスは答えない。ただ、幸せそうな笑みを浮かべているだけだ。その最後が苦痛とは無縁であったことを物語るように。 

「汝の死を我の糧に」

 音もなくローブがへこむ。

 抱えていたガイアスの身体は霧散して、髑髏が赤く輝いた。

「―――病魔属性、習得完了」

 春樹は両手を合わせて、ガイアスを包んでいたローブに頭を下げる。

 ローブの裾から手紙が一通、宛名には春樹の忌み名が記されている。

 死神から授けられたこの世界での春樹の忌み名は―――ディアブロ。本名を知らぬ者はみな、大逆の犯罪人ディアブロと春樹を呼ぶ。

 手紙を開いた春樹は、微かにほほ笑んだ。

「ガイアス、ありがとう」

 手紙には、ガイアスの資産の埋蔵場所、隠れ家、近隣にある装備や衣装の隠し場所も記されている。

 そして、厚い礼の言葉も。

「こちらこそ世話になった」

 灰色のローブを身にまとった春樹は、装備や衣装を手に入れるため、深い霧の中へと歩み始めた。

 また一つ、復讐を誓いながら。






ありがとうございました!


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