グランドフロア:幕間劇
以前、構想を練っていた作品です。
本作は、ちょっとダークな世界観になっています。ご留意ください。
今となっては遠い昔のことようだ。
かつてこの体育館は、スポーツに励む高校生で溢れていた。
しかし今は、、、埃をかぶった床が示す通り。
「それで?」
興味がない―――そう表情で語る勇樹を、春樹は反射的に殴った。
温厚な春樹にしては珍しい直情的な行動に、勇樹の頬を歪む。鳴り響いた床の音が、拳の強さを物語っている。
「はぁ、はぁ―――」
呼吸を乱しているのは殴った春樹の方だ。
倒れ込んだ勇樹は、そのままの姿勢で。ただ静かに春樹を見つめ返している。
舞い上がった埃が、光に照らされて細かく輝く。そしてそれが全て舞い落ちるのを待っているように、二人は動かない。
「もう、止めたい」
「………」
「もう殺したくないんだよっ」
―――春樹は両手で顔を覆い、涙を隠した。
「それで?」
埃まみれの勇樹は床に倒れ込んだまま。機械的に質問を繰り返す。
まるで、春樹の答えが違うと言わんばかりに。
「止めてくれよ。頼むから」
「それで?」
――堪えきれずむせび泣く春樹を、ただ見つめる勇樹。
無人の体育館に響く泣き声は、壁時計の長針が五度進むまで続いた。
何と答えるべきかを春樹が誰よりも理解している―――そう言いたそうな冷たい表情で。勇樹はただ、春樹を眺めている。
「―――止めてくれ」
春樹の懇願は受け入れられない。
「それで?」
「もう黙れよ! うるせぇんだよお前!」
両手で耳を防ぎながら、春樹は吠える。
「それで?」
「黙れよ! お前が―――世界を滅ぼしたんだろうが!」
「それで?」
「もう、誰もいないんだよ。父さんも母さんも、友達だってみんな―――」
「それで?」
「お前が、お前がみんな、殺しちまったんだろ?」
春樹の乾いた笑いとともに、問いかけた言葉が空しく体育館に響きわたった。
「それで?」
「俺が間違ってたんだ。あんなこと願うべきじゃなかったんだ」
床を両手で叩きながら―――春樹は後悔の涙を零し続ける。
「それで?」
勇樹は微動だにせず。
ただ壊れた機械のように質問を繰り返す。
「わかった。オレの負けだ」
「……」
「もう一度願う。弟を、勇樹を返してくれ」
「それで?」
「もう一度誓う。そのためなら何でもする」
「それで?」
「もう一度言ってくれ。お前の条件は何だ?」
その答えを待っていたかのように、音もなく勇樹が立ち上がる。
床に座り込んだ春樹と瓜二つの顔で、勇樹は微笑んだ。
その体に今、魂が宿ったかのように。勇樹は豊かな表情で口笛を奏で始める。
「なら殺して来い」
「ターゲットは?」
「同じだ。前回とな」
「わかった」
「忘れるなよ? これは慈悲だ。間抜けなお前に二度目のチャンスをやるんだからな」
「感謝する」
「またミスれば、どうなるかわかってるよな?」
「……あぁ」
勇樹がニヤリと微笑んで、天に掲げた指を鳴らす。
くたびれた体育館に、一瞬で活気が戻った。
汗を流す若者たちの笑顔や掛け声に、春樹は嗚咽を漏す。
「忘れるなよ?」
再び響いた指先の弾ける音が、世界の時を止める。
「この世界をもう一度滅ぼす」
ゆっくりと、子どもに言い聞かせるような丁寧な口ぶりに、春樹は体を震わせた。
「―――あぁ、わかってる」
「なぁに簡単なことだろ?」
さわやかにほほ笑む勇樹から、春樹は視線を逸らすことができずにいる。
「成功すればこの世界も元通り。弟も生き返らせてやる」
「―――本当だな?」
「あぁ。神に二言はない。ただし―――」
「わ、わかった! 頼む!頼むから止めてくれっ」
右手を掲げた勇樹の足元に、力なく倒れ込んで。春樹は必死に懇願する。
「一瞬で消し飛ばしてやるからな?」
春樹は震える両手を勇樹に差し出して。
その笑顔を優しく包み込んだ。
「待ってろよ? 兄ちゃんが絶対に助けてやるからな?」
涙で歪んだ笑顔を浮かべる春樹に、勇樹は微笑み返す。
「確認だ。ターゲットは?」
「あぁ。異世界アルマダーク、世界を救った勇者アイス」
「ちゃんと覚えてて偉いじゃないか。いい子だな春樹は」
春樹の頭を撫でながら、勇樹は静かに瞳を閉じる。
「失敗から学べ。我も更なる力を授けてやる」
「でも、俺は―――もぅ」
「殺せ。アイスを殺せ。立ちふさがる者はみな、、また殺して来い」
勇樹が瞳を開いたときには、春樹の姿は消え去っていて。
高らかな笑い声が、静止した世界に響き渡った。
ありがとうございました。
現在、構想だけが仕上がっている作品でして。機会があったらボチボチ続きを更新しようと思います。