0-7.そうして私は試された
闘士武勲伝 第十五章 六節
越えるべきを超えてこその闘いだ
三年の時は瞬く間に過ぎ、私は十歳になっていた。
そう、ついに師匠と闘う日が来たのである。
思えばこの三年間は、あっという間であった。
手も足も出ずに破れ去ったあの日から、私は鍛えに鍛えてきたつもりだ。
心技体の調和を目指して積んできた修練は、並大抵ではないと自負している。
体力増強など、本当に吐いて失神するまで鍛えてきたのだ。
師匠の教えは、特別なものなど何もなかった。
技は足るらしかった私に師匠が教えたのは、基礎的な武術の型をいくつかと、あとは心構えのようなものが多かったように思う。
それに加えて、先述した体力増強の鍛練があったが、振り返ってみても特別な奥義のようなものは無かった。
組手はそれこそ毎日のようにやったが、惜しいところまで追い詰められるようになってきたのはここ数日である。
今では武術に特別なことなど無いのだと理解している。
師匠が教えたかったのはそういう小手先の技術ではなくて、もっと本質的なものだった。
それを集約した言葉こそが、心技体なのである。
「師匠、今日は何の日か覚えていますか?」
鍛練場で、私は出し抜けに問い掛けた。
「はて、何でしょうかな」
師匠はすっとぼけてみせたが、これは虚を突くための誘いだ。
現に師匠の重心は、実戦に備えたそれになっている。
つまり師匠は、今日が三年目だと分かっているし、手合わせはもう始まっているのである。
「それでこそ師匠」
「見抜かれましたか」
「おかげさまで」
相対する距離は二間ほど、今の私なら一足で詰める間合いだ。
しかし師匠の闘気がそれを許さない。
「慎重になられましたな、それとも臆されたか」
「安い挑発ですね」
私は右足を半歩踏み出し、軽く腰を落として間合いをはかっていた。
両手は脱力し、如何様な変化にも備えている状態だ。
対する師匠は、自然体。
身体の真正面を私に対して向けている。
隙が無い――というのが、正直な感想だ。
相手の角度が無いというのは、非常に攻め込みにくい。
そして師匠は、こと武術において右利きも左利きも無いのだ。
弱い手を前にする、あるいは強い手を前にする、考え方にはそれぞれ利点があるが、この真正面を向くというのは厄介だった。
「本当に、成長なされた」
「感傷ですか? 手は抜きませんよ」
狙うは顔だ。
顔を打たれると人は、たとえ訓練を積んでいたとしても数瞬だが判断力を失う。
その数瞬を引き出すために、何としても顔に一撃入れるのだ。
「……ちぃっ!!」
一足で間合いを詰め、右拳を真っ直ぐ師匠の顔面に突き込む。
師匠は右に半歩動いて、突き出された私の右腕に対し内側入った。
近い間合いが更に詰められる。
しかしそれは織り込み済みである。
突き出した右腕を戻すと同時に師匠の束ねた蓬髪を掴み、左肘を顔面に叩き込む。
「ほっ!」
だが私の左肘は、師匠の右肘によって阻まれた。
と、同時に鈍い衝撃が右の脇腹に走る。
師匠の左拳が、突き刺さったのだ。
「かはっ……!?」
髪を掴んで体が固定されていたのが仇になる。
たまらず手を離して距離を取ろうとするが、師匠の追撃がそれをゆるさない。
師匠の右足が一歩踏み出され、右拳が真っ直ぐ顔に飛んでくる。
「ふっ!!」
「なんと!」
鋭く息を吐いて身を沈め、左腕で右拳を打ち外して潜り込む。
追撃の左拳を、己が右肘で迎撃。
痛みに歪んだ師匠の顔に向けて、右拳を打ち込んだ。
「がっ!?」
ついに顔に一手入った。
が、浅い。
しかしここで緩める手は無い。
更に距離を詰め、右腕を畳んで肘を師匠の鳩尾に打ち込む。
しかし、それも左手を挟まれ、致命の一撃にはならない。
「ならば!」
ほとんど密着状態から更に右足を一歩踏み込み、頭突きと同時に体当たりをぶちかます。
師匠はたたらを踏んで後退し、距離が生まれた。
「当たれっ!!」
左足を大きく踏み出し、左拳を師匠の顎目掛けて突き出す。
「甘いわ!」
師匠の反応は尋常では無かった。
私の左拳に平行して、それよりも速く右拳を突き出す。
交差法で私の拳は外へはじき出され、師匠の右拳が顔面に直撃した。
後の先だ。
「ぶっ……!!」
視界が白黒し、よろよろと後退する。
鉄錆びた味が口内に広がった。
しかし師匠の追撃は無い。
「衰えましたか、師匠」
口内に溜まった血を吐き捨て、師匠と再び向かい合う。
師匠は鼻血を出していた。
頭突きが鼻っ柱に当たっていたらしい。
追撃が無かったのは、相応の負傷を与えることが出来ていたからだった。
「いや、お嬢様の進歩が目覚ましいのですよ」
不敵な笑みを浮かべると、師匠は鼻血を拭って構えた。
両手を軽く前に伸ばし、掌を私に向ける。
「本気ですね」
「最初から本気ですとも」
私も両手を軽く前に伸ばして、構えを取った。
次の一合で勝負は結する。
私の三年間は、今こそ試されるのだ。