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0-5.そうして修行は始まった

闘士武勲伝 第五章 十節

力が及ばなければ技で、技で及ばなければ心で、根こそぎ使って上回る

 師匠との修行は、拳を交える他に対話も多かった。

 師事して数日が経った頃、こんな質問を投げ掛けられたことがある。

 体力づくりの修行として、散々走らされ飛び跳ねさせられた後のことだ。


「時にお嬢様は心技体をどうお考えかな」


 私は息を整えながら、恨めし気に師匠を見上げる。

 こちとら体力を限界まで絞り切った後なのだ。


「ぜぇ……ぜぇ……精神力と、技量と、体力ではないのですか?」

「ただの言い換えではいけませんなぁ」


 確かに質問の意図を汲まない回答だった。

 しかし、いちいち癇に障る言い方をするものである。


「……心と、技と、体ですよね」

「それをどうお考えかな」


 心・技・体……そういえば、闘士武勲伝 第五章 十節にはこんな台詞があった。


「力が及ばなければ技で、技で及ばなければ心で、根こそぎ使って上回る……とか」

「つまりは一人を構成する要素だと?」

「待った、今のは私自身の考えではありません」


 はたしてそんな単純な話だろうか。

 例えば心・技・体がそれぞれ十あって、合計三十の者がいたとする。

 対して体のみが四十の者がいれば、両者が戦った時、後者が勝つということになる。

 乗算であったらどうだろう。

 その場合は前者が圧勝だろうが、本当にそういうことなのだろうか。


「計算を要するようなものとは、違いますな」

「……私の考えていることが分かるのですか?」

「ま、なんとなくですがな」


 師匠の言葉に、少し青ざめた。


「武術の修行を長く続けていると、人をよくよく見るようになるからでしょうな」

「それで思考まで読み取るなんて……空恐ろしい話です」


 これではこちらが仕掛けようとしたら、全て見透かされてしまう。

 どれだけ速い技を持っていようと、事前に分かっていたら当たらないわけだ。


「で、どうですかな。心技体とは」


 改めて師匠は先ほどの質問に対する答えを促した。

 しかし、これといった答えが思い浮かばない。


「ではヒントを。お嬢様は料理をしたことは?」

「ありません」

「でしょうな……いや、これは失敬」


 師匠は私の非難するような視線に気づいて、軽く頭を下げた。


「私のような者は、料理などしないと?」

「そう拗ねずに。先入観で物を言ったことは謝りましょう」


 確かに料理を自分でしたことなどないが、こういう家柄の子女は料理などしないと端から決めつけられるのは心外だ。


「では好きな料理はございますか」


 好きな料理、と聞くと少し迷う。

 実際、私は食事というものが好きだった。

 大体の料理は好きだったが、ひとつ挙げるとなると何になるだろう。


「強いて言うなら……サイ鶏のスープでしょうか」

「ほう、意外と庶民的な物を好まれ……あいや、これまた失敬」


 この老人、わざとやっているのではないだろうか。


「いやいや、そう拗ねなさるな。某も修行が足りないということで、ここはひとつご勘弁を」


 サイ鶏のスープは、オル=ウェルク国の郷土料理である。

 地方によって味付けに差異はあるが、基本的にはサイ鶏の卵と首周りの肉を使用する。

 サイ鶏はオル=ウェルク国全土で広く飼育されている家畜でもあるので、確かに庶民の方が慣れ親しんでいる食材だろう。


「で、好きな料理と、心・技・体にどのような関係が?」

「お嬢様はサイ鶏のスープのレシピを言えますかな」


 分からない、と言いかけて私は口を噤んだ。

 考えて答えさせようという、質問の意図に気付いたからだ。


「まず、サイ鶏の首周りの肉。それに卵。水と……アグラ菜の葉の部分。あとは塩と香辛料、でしょうか」

「某の食したスープは、なにやら発酵した調味料を入れておりましたな」

「それはオル=ウェルク西部の味付けですね。バトバ豆を発酵させた調味料を使うとか」


 兄が食通というか食べ物にこだわりが強く、以前教えて貰ったことがあった。


「ほほぉ、それは面白い」


 実に興味深い、という風に師匠は目を輝かせた。


「で、それとどのような関係があるというのです」

「ふむ。一言でいえば調和、ですな」


 調和。

 それぞれの食材や調味料が合わさって出来るサイ鶏のスープ。

 それと武術における心・技・体。


「先ほどのレシピ、塩が無ければどうですかな」


 師匠が問う。


「味が薄いです」

「では塩が多すぎれば」

「しょっぱいです」

「つまりは?」

「どちらも不味い」


 師匠が何を言わんとするか、少し分かってきた気がする。


「何かが足りなくても、あるいは過ぎても、成り立たない」


 私の答えに、師匠はにっこりと微笑んだ。


「ゆえに某はそれらを分かたずに、心技体と呼んでおります」


 それが調和、バランスということだった。

 何かが欠けていても、また何かだけが秀でていても、武術の心技体は成り立たない。


「ま、あくまで某の解釈ですからな。お嬢様はご自身の答えを探されると良い」

「何が答えかも、ありはしないのですね。意地悪な師匠です」

「それが分かっただけ、大きな進歩でしょうよ」


 師匠は大きく笑うと、修行を再開した。


 その日、眠る前に私はもう一度武術の心技体と調和について考えていた。

 ジェイル王子はどうだっただろう。

 はた目には体のみに秀でていたように思えるが、それは私に見る目が無かっただけなのかもしれない。

 心技体を高めれば、もっとこの記憶を理解出来るようになるのだろうか。

 私は改めて、修行に邁進することを誓ったのだった。

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