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4-8.そうして心を決めた

 オル=ウェルク国において、一年終わりと始まりは基本的に家族と過ごすものである。

 かわりに一年が終わる手前の降誕祭の時期には、男女を問わず大切な相手へ贈り物をするという習慣がある。

 結婚の申込みが最も多いのも、この時期なのだ。


――『オル=ウェルク国の文化』より抜粋――

 肌を刺すような寒さは、一年の終わりを否応なく感じさせる。もう一月も経たないうちに年が明け――年が明ければ成人の儀だ。

 今日までの期間、私はクロッサとの立ち合いで得た感覚を磨くことに集中した。おかげである程度、自分の中でまとまったものが出来つつある。


(エンデとの闘いは近い)


 ディングにルナス白書を渡されて以来、あちら側から目立った動きは無い。

 実家と手紙のやり取りをする中で、それとなくディガルシャ国について尋ねてみたが、特段の動きは無いようだ。


(静かなことが、むしろ不気味だ)


 また何か策略を張り巡らせているのかもしれない。だがそれは、考えても詮無きことだ。

 私は何があっても“私”であればいい。


「ミナは年末どうするつもり?」


 ハルの声で意識を引き戻される。寮室を掃除している途中だった。


「夏と同じかな」


 冬休みもカーレン家へは戻らず、鍛錬に時間を割く。

 相手はあのエンデだ、備えすぎるなんてことは無いだろう。


「ハルは?」

「ワタシも一緒」


 喋りながらも、ハルはてきぱきと掃除を進めている。私の掃除している領域とは、見違えるように片付いていた。


「それでね、その」


 ハルが口ごもる。何か言いにくいことでもあるのだろうか。


「お師匠様に、クロッサと、ジュディス先生、それにセルバンも誘おうと思うんだけど」


 長い耳がぱたぱたと動く。


「年末までに、皆でちょっと集まらない?」

「それは、もちろん……構わないけど」


 今のはそんなに言いにくい内容だろうか? 歓迎できる話で、ハルが口ごもった理由が見えない。


「よかった! じゃあ、約束ね」

「だけどその様子、他に何かあるの?」


 私の質問に、ハルは頬を染めて視線をそらす。


「あるというか、ないというか」

「まどろっこしい、ハルらしくもない」

「贈り物を」


 ハルは自分の口元を抑えた後、やがておずおずと切り出した。


「贈り物を、しようと思うの」

「……セルバンに?」


 黙ってうなずくハル。その姿は一輪の花のようにも見える。


「それで、ミナは?」

「私?」


 真っ直ぐな目は、私を見ていた。

 この時期に贈り物をすることは、すなわち募る想いの告白を意味する。オル=ウェルク国に住む国民なら誰だって知っている風習だ。

 ハルの気持ちは、つまるところそういうことなのである。


「どうして私が」

「それでいいの?」


 ハルの問いに言葉が詰まる。

 ここ数ヶ月、私たちを取り巻く関係は進展していない。いわば現状維持をしていた。

 彼女はそこから、前に踏み出そうというのだ。何と勇気のあることだろう。


「私は……」


 私は二度と自分に負けないと誓った。

 だったら、この問題からも目をそらしてはいけない。きちんと向き合って、答えを出さなければならないだろう。


(私はセルバンのことをどう思っているのか、まだ答えは出ていない)


 彼の言葉に私は救われた。けれど、私を支えてくれたのはハルも同じだ。

 セルバンの気持ちは分からない。私でもハルでもない可能性だってある。

 しかし、誰も傷つかない結末にならないことだけは確かだった。


「ハル、私は」


 喉が渇く。このまま何もせずに、ハルを応援する――それは正しいことなのだろうか?


「ね、ミナ。思い上がりと笑われるかもしれないけどさ。たとえば――たとえば、ワタシに遠慮して答えたりとか、そんなことがあったら」


 ハルに手を握られる。冷え切った手はかすかに震えて、彼女の緊張を私に伝えた。


「もし、ミナが自分に嘘をついたりしたら。ワタシはあなたを軽蔑する」


 どんな拳より、重い一撃だった。そこまで彼女に言わせてしまった自分の態度に腹が立つ。


「ごめんなさい」


 そして、ありがとう――私は答えが出ないなりに、ようやく覚悟を決めることができた。


「正直、私はどうしたいのか……まだ決めきれていない」


 ハルの眼差しを受け止め、手を強く握り返す。


「だけど、私も贈り物を用意する。決断は――その日まで待って欲しい」


 ただ先送りにしただけだと、呆れられるかもしれない。

 けれど私は、誰かが傷つくことから逃げないと決めた。これが今の私に返せる精一杯だった。


「……分かった。七十点くらいだけど、今日のところはそれでいいよ」

「ハルは時々、厳しいことを言う」


 くすくすと笑い合う。


「ところで、ミナ。言いにくいんだけど」

「どうかした?」

「手が、ちょっと痛い」


 私は握り締めていたハルの手を、慌てて離した。


◆ ◆ ◆


 年末までの時間は、またたく間に過ぎていった。とはいえ学園で過ごし、鍛練に打ち込んでいたのは変わらない。

 学園もようやく教養の講義に一段落つき、来年以降を見据えた準備をしているうちに年内の課程は終わりそうだった。


「じゃあ、明日ね」


 ハルと挨拶をかわして別れる。問題は、私がまだ贈り物を用意できていないことである。

 各々の予定がうまく噛み合い、明日は全員が参加できることになった。

 それ自体は楽しみだが、ハルに宣言した手前もある。そろそろ覚悟を決めなければならない。


(だけど結局、何にするか決めきれていない)


 考えていなかったわけではない。むしろ毎日のように頭を悩ませていた。


(同年代の男の子に贈り物をするなんて、はじめてなのだもの)


 街までの道を歩きながら再び考え込む。何度繰り返したか分からないが、未だに答えらしきものは見つからない。

 すっかり葉の落ちた街路樹が並び、強い風が吹く。今日はあいにくの曇り空だった。


「なんだ、お前も来てたのかよ」


 出来れば今は聞きたくなかった声。

 街に入ったところで、セルバンとばったり会ってしまった。


「ええ……まぁ」

「ふーん」


 何を言うでもなく、セルバンは私の隣に並ぶ。


「……どういうつもりですか?」

「え、せっかく会ったんだし一緒に行けば良くねぇ? 買い物するんなら荷物くらい持つぜ」


 頭を抱えたくなる。同時に、少しの高揚感と罪悪感。


「……許可します」

「じゃ、決まりだ」


 正直、何を話したのかあまり覚えていない。だけど楽しかったことは、確かだったと思う。


「それでクロッサの蹴りがここまで来たときに、上手く距離を潰せてよ」

「そういう眼力がついてきましたからね、貴方も」

「本当か!? やったぜ、ミナに褒められた」

「褒めたわけでは……!」


 セルバンと目が合う。少し見上げる形で、改めて彼の方が背が高いことを知った。

 いや、正確には背が伸びたのだ。最初に会った時は、さほど変わらなかったはずだ。


「ところで……何を買いに来たんだ?」

「あ」


 気づけば二人とも、手に串焼きなんぞ持って街を散策していた。塩味のよく効いた、サイ鶏の串焼きだ。大ぶりの肉は肉汁たっぷりで、噛むほどに旨味が口いっぱいに広がる。


「そういう貴方こそ」

「俺か? 俺は、もう買ったんだよ」


 セルバンはそう言うと、懐から一冊の本を覗かせた。


「『闘士武勲伝』の新装版じゃないですか」


 まだ全部読んでいなかったから、と、セルバンは照れくさそうに頬を掻く。


「言ってくれれば貸したというのに」

「俺、読むの遅ぇから悪いと思ってよ」


 そこで、私は気付いた。街の入口で会った時には、彼はもう用事を終えていたのだ。

 なのに、セルバンはわざわざ私に付き合ってくれた。


「で、何か買うのか?」


 顔が熱い。まともに彼の顔が見れない気がして、私はそっぽを向いた。

 冷たい風が吹き付ける。寒さに思わず身を縮こまらせたのは、セルバンも同じだった。


「急に寒くなったよな」

「そう、ですね」


 火照った顔が少しは冷める。改めてセルバンの方を見ると、首元が開いていた。


(そうだ)


 どんな答え合わせになるかは分からない。けれど、私はようやく“私自身”がどうしたいか――それに気づくことができた。


「セルバン、先に帰っていてください」

「でもよ」

「……はずかしい、ので」


 今度はセルバンが赤面する。私からの予想外の反応に、どう接すれば良いのか分からない風だ。


「お、おう。じゃあ……また明日な」


 去っていく後ろ姿に、小さく手を振る。喧騒に消えていく背中を、そっと。

 そうして、私の心は決まった。

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