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0-3.そうして師匠と相まみえた

闘士武勲伝 第二章 三節

努力を忘れたものに、戦女神は微笑まない

 ハガード・ミズリジル――師匠との出会いは私にとって転機だったので、この際だから詳しく話すことにする。


 当時七歳の私は、それはもう天狗の鼻も高々であった。

 なんせ達人三十年分の記憶を持つのだから、戦いにおける勘や駆け引きはすでに相当なものであった。

 そして何より、ジェイル王子の技によって実際の体格よりずっと大きな力を扱うことが出来たのだ。

 具体的に言うと当時四十斤にも満たない体重だった私が、体重百六十斤を超す指南役を吹っ飛ばしていた。


 両親は「天才だ」「さすが我が娘」などと最初は喜んでいたが、正直七歳の少女には過ぎた力である。

 指南役や使用人は、私に対して恐怖の感情を抱くようになっていた。

 また領民にも噂は漏れ伝わっており、鬼の生まれ変わりなどと陰口を叩く者もいたそうだ。

 それはそうだろう、如何に武才に優れていたとしても、武術の鍛練を始めて二年そこそこの小娘が大の大人を叩きのめすのである。

 人間以外の存在に思えるのも無理はない。


 とはいえ私に対して直接何か言える者はいなかったし、私自身も力を見せればそういった雑音に煩わされることもないと思っていた。

 むしろそうやって私を畏れ疎むなら、力ずくで従わせてしまえとさえ考えていた。

 私は、今にすれば恥ずかしいことだが、七歳にして自分より強い者はいないとまで思っていたのだ。

 流石の両親も、私のそうした思い上がりには気付いており、実は手を焼いていたという。

 そんな分を超えた力に増長していた私の前に現れたのが、師匠だった。


「お父様、よろしいですか」

「どうした、やけに改まって」


 公務と公務の間、僅かな休暇に帰宅した父――ウォルター・アル・カーレンに、私は正直な気持ちを吐露した。


「今の武術指南役ですでに五人目ですが、今回も私の相手は務まりません」


 父は一瞬「やはり」という表情を見せたが、黙って続きを促した。


「当代一と呼ばれる武術家を呼ぶこと五人……これ以上の鍛練は、はたして必要なのでしょうか?」

「実は、前々から指南役からも申し出を受けていたのだよ」


 父は私に受け継がれた栗色の髪を、まいったというように撫で付ける。

 指南役からの申し出とは、はっきり言えば、とても私の相手は務められないからお暇を頂戴したいと、そういうものだった。


「我が娘ながら、まったく恐れ入る武才だ」

「では……」


 しかし、と父は私の言葉を遮った。


「闘士武勲伝 第二章 三節」

「努力を忘れたものに、戦女神は微笑まない」


 条件反射的に、私は答えていた。

 出会いのきっかけも闘士武勲伝であった両親である。

 私の情操教育さえも、それであったのだ。


「その通りだ、我が娘よ」

「しかし、お父様。相手にならない者を相手にするのは、それはもう弱い者いじめですよ」

「案ずることは無い。次の指南役こそは、きっとお前の相手足る武術家だ」


 何を根拠にそういうのか、不思議と父の顔は自信に満ち溢れているようだった。


「ちょうど明日、当家に来られる予定になっている」

「行動が早いですね」

「でなければ今の王立政府では働けんよ」


◆ ◆ ◆


 そうして翌日、私の前に立っていたのは、杖を必要とする小柄な老人だった。


「お父様、これは何かの冗談ですか?」

「冗談ではない。この方こそ当代一の武術家と呼び声高い、ハガード・ミズリジル殿だ」


 ハガード老人は、私に向かって軽く会釈をした。

 白い蓬髪を後ろでまとめており、絵物語の隠者のようである。


「何人目の当代一ですか……私は表演をしたいわけではないのですよ」

「しかしだな、このハガード殿はディガルシャ国全土に武名を轟かせた……」


 ディガルシャ国といえば、遥か北方に位置する小国だ。

 痩せた土地に厳しい気候で知られるが、一粒で邸宅を買えるとまでいわれている高純度の魔石を産出することでも有名である。

 また激しい訓練を積むディガルシャ兵は、一兵卒に至るまでが相当な練度であり、凍土の獅子と謳われる。


「凍土の獅子、ね……ただの老いぼれではありませんか」


 その時、ハガード老人の目が鋭く光った。


「とりあえず好きに掛かってきなさいや、小さいお嬢ちゃん」

「……見た目で判断しているなら、痛い目を見ることになりますよ」

「やれ、見くびっているのはお嬢ちゃんの方でしょうよ」


 それが勝負の始まりであった。

 酷く自尊心を傷付けられた気がした私は、目にものを見せてやるとばかりに、拳を握りしめる。


「さ、どこからでも」


 ハガード老人はというと、杖にもたれかかったまま、自然体で私と相対していた。


「当たり所が悪くても、恨みっこ無しですよ」

「いちいち御託の多いお嬢ちゃんですなぁ」

「減らず口を……ッ」


 一足飛びに間合いを詰め、右拳を老人に向かって打ち込む。

 体重百六十斤の指南役を、六尺吹っ飛ばした一撃だ。

 老体でまともに喰らえば、どうなるかも分からない。


「はっ……!?」


 が、その右拳は、見事に空を切った。

 私は確かに捉えていた老人の姿を、その瞬間見失っていたのだ。


「お嬢ちゃん、あまり人を舐めるんじゃねえよ」


 背中に強い衝撃。

 思わず息を吐きだすも、胸を突き抜けた呼吸は戻ってこなかった。

 私は仰向けにひっくり返り、床に背中を打ち付けられていた。

 そう、投げられていたのである。


「技は足る。が、心と体がなっとらん」


 見上げた先には、先ほどとは打って変わりまさしく獅子の形相となった老人がいた。

 それが、私と師匠の出会いであった。

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