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0-2.そうして私は思い上がった

闘士武勲伝 第二章 第二節

武を志す者、常に己を戒めよ

 さて、私が五歳を迎えた時である。

 世間ではちょうど、闘士武勲伝が三度目の流行を起こしていた。

 闘士武勲伝のアリオン一世は、実は女性だったのだ! という再翻案を切っ掛けに、再びの盛り上がりを見せていたのである。


 当時、父と母は頭を悩ませていた。

 私に“何の武術を学ばせるか”ということについてである。

 ちなみに兄は色々齧ったが、どうも武術に向いていないと本人の希望で辞めてしまった。

 その分の期待が私にかかるのは、必然でもあったのだ。

 やんごとなき家柄の娘に武術を学ばせる、ということについて何の疑問も抱いていないのは、実に両親らしい。


 そこに、三度目の闘士武勲伝流行である。

 アリオン一世(女)が大の男を打ち倒す様は、大いに観衆を沸かせていた。

 闘士武勲伝について二度の盛り上がりを経験している両親も、案の定この流行に乗っかっていた。

 ということで、つまるところ私は素手の武術を学ぶことになったのである。


 ここで、ひとつ告白をさせて欲しい。

 実は劇作家ライアスの翻案とされる闘士武勲伝。これは、あたらずといえども遠からずなのだ。

 なぜ、そのようなことを私が言うのか。

 それは私に、前世の記憶としてアリオン一世の弟――ジェイル王子の記憶が宿っているからなのである。

 

 ジェイル王子は、オル=ウェルク建国記によると兄のアリオン一世と共に数々の偉業を成し遂げた後、兄の地位と名誉に嫉妬し、反旗を翻したとされている。

 誰よりも忠実だった騎士が、突如として反逆者となった。それがジェイル王子の物語である。

 建国記では嫉妬とされるその理由だが、今となっても本当のところは判明しておらず、歴史上の謎とされている。


 では、私に宿る前世の記憶はどうだろう。

 アリオン一世は、穏やかで人と争うことを好まず、実際のところ武術はからきしだった。

 しかし人柄というか、人間的な魅力が凄まじく、彼の周りにはそれこそ勇者・猛者が集っていたのだ。

 それが建国記でいうところの、十二騎士である。

 そして、十二騎士の中でも最強の呼び声高い男こそが、他でもないジェイル王子だった。

 身長は六尺を優に超え、鍛え上げられた肉体は鋼を薄皮で包んだ様であり、その眼光は龍よりも恐ろしい。

 このジェイル王子、はっきり言って異常だった。


 私が辿れる彼の記憶は、物心ついたときから冒険を終えて凱旋するまでのおよそ三十年間である。

 その記憶を大まかに分類するなら、多い順に鍛練・戦闘・その他の三つになる。

 何が言いたいかというと、記憶のほとんどが鍛練と戦闘で占められる程に、延々と鍛え戦い続けていたのだ。

 まさしく戦う為に生まれたような人間で、それ以外のことへの興味が欠落しているようだった。


 肝心のアリオン一世を裏切る時の記憶は私の中に無いようだが、とても仮説のように名誉や地位を欲するような人間には思えない。

 というよりもそんなことには興味の無い、戦闘狂――というのが私の感想だ。


 そしてこのジェイル王子は、武器を持たない事を美徳と考えていた。

 もうお分かりになっただろう。

 アリオン一世の伝説は、実はそのほとんどがジェイル王子が素手で打ち立てたものだったのだ。

 アリオン一世の聖剣とは、ジェイル王子の聖拳のことだったのである。


 ともあれ、そんな私が素手の武術を学ぶということが、どういうことだったのか。

 天賦の才を持つ武人が、三十年間寝食を忘れて積んだ研鑽の記憶があるのだ。

 体がついていかずとも、私の技量はすでに達人の域に達していた。

 はっきり言って、指南役としてやってきた武術家はどれも私を教えるには足りなかった。

 天才、神童、どれも聞き飽きたような言葉を並べては、教えることなどないと去っていったのだ。


 さて、幾人もの指南役が頭を下げて去っていった二年後、私が七歳の時である。

 この時には、私をどうこうすることの出来る相手はいなくなっていた。

 辺境に名の知れた武人である母をも、私は既に超えていたのだ。


 そんな私の前に当代一の武術家として招聘されたのが、ハガード・ミズリジル――今に至るまでの師匠だった。

 その当時で御年七十歳の高齢だったが、私は生まれて初めて自分より強い相手と出会ったのだ。


 七歳にしてすでに天狗となっていた私は、日常生活では杖を必要とするような老人に、打たれ投げられ叩きつけられた。

 今にして思えば七歳の女児を容赦なく打倒した師匠は、大人げないというか負けず嫌いが過ぎると感じないでもない。

 師匠いわく「手加減してはお嬢様には敵いませんでした」とのことだが、いまだに二本やれば一本は取られる怖さがある。

 

 そうして師匠と出会った私は、手にしていた力に溺れて歪むこともなく、すくすくと精進の日々を送った。

 師匠は「正しい力を学べば、どんな相手にも負けやしません」と常々語ったものだが、私がその意味を理解するのはもっと後だった。

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