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2-5.そうして出会った

 劇作家ライアス・ブラウンの最期を知る者は少ない。

 病によって利き腕を失い、新作を書き上げる前に病没したというのが定説だが、イル=ラセアに渡った後に異端者として処刑されたという説もある。

 オル=ウェルクに住む者なら誰でも知る戯曲となった『闘士武勲伝』であるが、その作者について諸説入り乱れていることには疑問を抱かずにいられない。

 三人がかりの布教にげんなりしていたセルバンも、公演が始まるとすぐ引き込まれたようだった。

 それは私も同じである。なるほど、主演のルウェティア・ジーンは良い動きをしていた。西方の武術大会で優勝したというのもうなずける。

 絹のような長い金髪に、化粧を差し引いても彫りの深い整った顔。上背も高く、舞台での存在感は随一だった。

 それに殺陣の構成も良い。舞台映えする箇所と実戦に即した箇所の塩梅が絶妙で、玄人の目も十分に楽しませるだろう。

 しかし私の目を引いたのは、別の人物だった。


「あの子……」


 ジュディス先生も気づいたようだ。

 舞台ゆえに主演が目立つが、その中でより武術的な動きをしているのは端役の方だった。

 黒い髪に褐色の肌は、ロアルナ国の出身だろうか。彼の国は火山地帯の密林と、そのまわりに砂漠が広がると聞く。


(間違いなく、強い)


 いわばやられ役なのだが、重心の置き方、受け身、どんな所作にも実力の片鱗がうかがえる。

 師匠が言うところの心技体が揃っている印象だ。


(……私より強いのだろうか)


 一度頭によぎった予感は、白い布地に出来た染みのように、くっきりと意識された。

 何より――“彼女”は、私と同じくらいの年頃だった。


◆ ◆ ◆


 公演が終わり、揃えて口を開いたのはハルとセルバンだった。


「「面白かった〜!」」


 互いに顔を見合わせ、ばつが悪そうに逸らす。

 なし崩し的に行動を共にしているからと言っても、セルバンの過去の所業を考えると二人の間にはわだかまりがあった。

 それは当然だろうし、私としてもセルバンを全面的に許した訳ではない。


「……こんなに面白いとは、思わなかった」

「……でしょ」


 それでも、セルバンが改心してハルが許すなら、それはなんだか悪くないことのように思えた。


「ところで、皆さんにひとつお知らせがあります」


 居住まいを正して、ジュディス先生がもったいぶる。


「お知らせとは、何ですか?」

「先生には、お互いに武術の腕を磨きあった友人がいます」


 ジュディス先生はにやりと笑い、私たちを見回した。


「何を隠そう今回の主演、ルウェティア・ジーンその人です!」


 いつぞや私の母に憧れて武を志した女子が一定数いると聞いたが、その一人が舞台女優とは。


「というわけで特別に! これから楽屋へお邪魔させてもらいます!!」


 ハルが声にならない叫びをあげる。セルバンもそわそわしていた。


「先生、本当にいいんですか?」

「いいですとも! ちゃんと事前に許可も取っていますし、安心してください」


 それに、と、ジュディス先生は付け加える。


「“彼女”にも会えるかもしれませんよ」


 見抜かれていたようだ。なかなか抜け目ないところが油断できない。

 私と同じくらいの年頃で、どれほど強いのだろう。私は胸が高鳴るのを感じていた。


◆ ◆ ◆


 劇場の楽屋は、想像していたよりこじんまりとしていた。衣装や化粧道具が雑多におかれ、劇団員たちが所狭しと忙しなくしている。


「ジュディ!」

「ウェッタ!」


 ルウェティア・ジーンとジュディス先生は、互いを愛称で呼び合うと拳を突き合わせた。

 がちりと音がするほどだったが、二人とも痛そうな様子は見受けられない。


「久しぶりね、相変わらずで嬉しいわ」

「貴女こそ見違えて、今や花形役者かしら」

「まだまだ、今回ようやく主演を貰ったばかりよ」


 近くで見ると、ルウェティア・ジーンには際立つ雰囲気があった。本人は謙遜したが、花形役者と呼ぶにふさわしい風格を感じる。

 

「紹介するわね、この子たちが手紙で書いた」

「武術同好会ね!」


 私たちを見ると、ルウェティア・ジーンは役者らしい芝居がかった様子で自己紹介した。


「ルウェティア・ジーン。ウェッタと呼んでくれて構わないわ。ジュディとはかれこれ十数年の付き合いかしら。共に同門で学んだ戦友ってとこね」

 

 同門ということは、今セルバンが学んでいるオル=ウェルク騎士団の正規課目にもなっている武術だろう。舞台上でも直線的な動きの鋭さは、かなりのものだった。

 ハル、セルバンが順に自己紹介する。二人とも先ほどまで舞台で目にしていたルウェティア・ジーンことウェッタを前に、傍目にも緊張していた。


「そして貴女がナイーダ様の娘ね」

「ミナスティリア・フィナ・カーレンです」


 差し出された右手を握る――と、同時に腕を強く引かれた。

 私はウェッタが手を引き切るまでは逆らわなかった。むしろ引かれた勢いを利用して、背後に回る。

 掴まれた手は瞬時に外し、逆にウェッタの関節を極める。


「あいたたっ! 降参よっ!」


 極めていた腕を離すと、ウェッタは驚愕の目を向けていた。

 一瞬の出来事に、ハルもセルバンも頭が追いついていない。ジュディス先生は呆れたように頭を抱えていた。


「ジュディス先生と同じで、いたずらがお好きなんですね」

「……貴女、この子に何をやったの?」


 ジュディス先生は素知らぬ顔でそっぽを向いた。以前、私に突然蹴りかかったことは言っていないらしい。


「試すような真似をしてごめんなさい。噂に違わぬ実力なのね」


 改めてウェッタと握手する。だまし討ちを仕掛けられたものの、さっぱりした人柄に私は好感を抱いていた。


「ところで……」


 私は今一度、楽屋内に目を走らせた。やはり“彼女”の姿は無いようだが――


「ウェッタ、あの端役を演じていた子は……」


 ジュディス先生が代弁してくれる。ウェッタはすぐに合点がいったのか、


「クロッサを呼んで頂戴」


 と、よく通る声で劇団員に呼び掛けた。

 ほどなくして、裏口につながる扉から“彼女”が姿を見せる。

 沈みそうなほど黒い髪に、褐色がかった肌。背は私より目線一つ分くらい低いが、姿勢の良さがそれを感じさせない。狼のような薄灰の瞳は、まっすぐに私を見据えている。

 それが、私と“彼女”――クロサンドラ・ルカ・フィリスとの出会いだった。

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