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幕間−ハールウェン・ドルタニカ・アレイン−

その感情は憧れか、嫉妬か、悔しさか。

少女は己に問いかけ、そして前に踏み出した。

 ここ数日、ずっと胸の辺りがすっきりしない。最初は体調不良を疑ったのだけれど、それはどうも違うらしい。

 原因は、思うに私の友人――それも初めての――ミナスティリア・フィナ・カーレンだった。


「今日もまた特別指導……」


 ミナが物音ひとつ立てずに寮室を出て行ってから、ワタシは寝台の上で身を起こした。

 まだ夜明け前の、ともすれば灯燭が必要な時刻。少しばかり、もといかなり風変わりな同室生は、入寮以来欠かさず早朝、ジュディス先生の特別指導に出かけている。

 それはまだいい。ワタシが気になるのは、最近そこにセルバン・ガリア・メイスーンが参加しているということだ。

 はっきり言って、彼に良い感情は持っていない。セルバンは特に貴族的――差別的な思考が強く、王立学園に入学する前から、父に連れられた晩餐会などで酷い言葉を投げかけられたことがある。

 入学式で彼の姿を見かけた時など、ワタシは青ざめていたのだ。

 それは何も、彼が怖かったからではない。貶められるワタシを見て、ミナが離れていってしまうかもしれないと思ったからだ。

 しかし、その考えは杞憂に終わった。ミナはワタシを庇い、さらにはセルバンに真正面から立ち向かってくれた。その姿は、憧れた闘士武勲伝のアリオン一世のように威風堂々で、しかもミナはこんなワタシのことを“大切な友人”だと言ってくれたのだ。それも公衆の面前で。

 だからこそ、今ワタシは芽生えた感情に戸惑っている。


「なんで、あんな奴」

 

 セルバンをジュディス先生の特別指導に参加させて、根性を鍛え直す。

 ミナからその思い付きを聞いた時、ワタシは最初苦笑いを浮かべた。

 もう随分前のことに思えるが、ワタシはセルバンを筆頭に武器を持った男子連中に囲われたことがある。そこでもワタシを助けてくれたのは、ミナだった。

 その強さ、美しさに、内心ワタシは衝撃を受けていた。同い年の、それも同じ女子が、武器を持った男子四人を鮮やかに倒してのけたのだ。

 胸に去来したのは、ワタシも強くなればあんな風に真に堂々としていられるのだろうか、という憧れにも似た感情だった。

 ワタシは、思えばずっと虚勢を張っていたのだ。

 金で地位を買った卑しい移民――アレイン家の娘。それがオル=ウェルク国での、ワタシに対する貴族たちの評価だ。

 そんな評価に負けたくなくて、ワタシは人一倍勉強をしてきたつもりだ。実際、入学早々に行われた学力試験でも成績上位に入った。

 だが、それは劣等感の裏返しでしかなかったのかもしれない。

 誰よりもアレイン家を“金で地位を買った卑しい移民”だと思っていたのは、実はワタシ自身だったのだ。


「家柄とかそういった“目に見えないもの”とは関係なく、私自身が恥ずかしく思う――か」


 初めて会った時に、ミナが言っていたことだ。彼女はワタシを見て反省することがあると、そう言ったのだった。

 本当に反省しなければならないのは――ワタシの方だ。

 ワタシこそが“目に見えないもの”に縛られて、“目に見えないもの”に抗うためだけに生きていた。

 そんな“目に見えないもの”の、象徴のような存在。ワタシにとっては、それがセルバンだったのかもしれない。だからそのセルバンとミナが、ジュディス先生の特別指導のもと毎朝顔を合わせていることに――そう、嫉妬しているのだ。

 この嫉妬という感情は、日に日に大きくなっているように思えた。そして、そんな感情を抱いていること自体がワタシには耐え難かった。


「ワタシ自身を恥ずかしくなんて……思いたくない」


 口に出すと、なおさらはっきりした。

 セルバンは毎朝、ミナより強くなるのだと言って特別指導に参加してきているという。この短期間に何が変わったとは思えないが、ひょっとすると自分自身を恥じる気持ちを、彼も持ったのではないだろうか。あるいは、少なからずミナへの憧れもあるのかもしれない。

 変わりたい――ミナへの憧れは、ワタシだって負けていない。

 ミナとセルバンが特別指導で毎朝顔を合わせていることへの気持ちは、友達を取られているように感じてしまう――嫉妬だ。

 しかし、ずっと胸の辺りがすっきりしないのは、この嫉妬のせいではない。

 セルバンが先んじて変わろうとしていることが――悔しいのだ。ある意味では、彼はワタシより素直に努力している。

 ワタシだって負けていない。いや、負けられない。負けてたまるものか。


「……負けたくない」


 もうワタシは、自分自身を誤魔化すことが出来なかった。

 いつかミナに特別指導に誘われた時、ワタシはやんわりと断った。自信が無かったのだ。ワタシはミナのようになれないと、心のどこかで諦めていた。


「変わりたい……違う、変わるんだ」


 寝台から飛び降りると、ワタシは運動着に袖を通した。

 家柄とか、そういう“目に見えないもの”から解き放たれるために。

 ワタシ自身が、ワタシ自身を恥じることなく“対等な友人”として、ミナの隣に立つために。

 早朝の冷気と朝焼けは、まるでワタシを鼓舞するようだった。

次回投稿はなるべく一週間以内にします。

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