1-10.そうして同好会が出来た
闘士武勲伝 第一章 二節
朋友に勝る財宝は無い
早朝の学園に、裂帛の気合いが響いた。
今や日課となった、ジュディス先生との組手である。
「せぁっ!!」
ジュディス先生の鋭い左突きをいなすと、間髪無く左の横蹴りが前髪を掠めた。
同じ線上を通る、二段構えの連携技だ。
「これも躱す!? 素晴らしいですね」
距離をとって調子を取るジュディス先生。
毎朝手を合わせているが、相当な実力者であることはよくよく分かった。
「反撃してもいいですか?」
「いけません、これはわたしが攻める練習なのですから!」
言いながら、ジュディス先生は一足間合いを詰めてまたも左拳を突き出す。
私とは違って、縦拳だ。
手で払うと、ジュディス先生の体が回転した。
「っと」
右脚が眼前を過ぎ去る。
何度か見せて貰ったが、後ろ廻し蹴りというらしい。
過ぎ去った右脚は、着地するなり跳ね上がって前蹴りに変化する。
内側に入って避けると、待ってましたとばかりに外から右の拳が飛んでくる。これは鉤突きといった。
まともに受ければ腕の外から入ってしまうそれを、私は間合いを詰めて上腕を叩くことで防ぐ。
「痛ったい!!」
ジュディス先生がたたらを踏んで後退したところで、組手は中断された。
「なんですか、それは!」
「当流の受けです。本当は拳でやります」
拳で、という言葉に、ジュディス先生は引き攣った笑みを浮かべた。
「すっげぇ……」
セルバンは、私とジュディス先生の組手を見学していた。
今日も今日とて千本の打ち込みをさせられていたが、意外にも毎日続いている。
「じゃあ、次はセルバン君! ミナスティリアさんに相手をして貰いなさい!」
「え、ちょ、いきなり!?」
指名されたセルバンは、たじたじの様子だ。
「勝負にならないと思います」
「胸を貸す、という言葉があるでしょう?」
ふと、ジュディス先生と自分の胸を見比べてみた。
いや、まだ十四歳なのだ。比べる相手が間違っている。
しかし、こう言っては何だが、ジュディス先生は我が母・ナイーダに勝るとも劣らない豊満な肢体をしていた。
「まな板」
ぼそっと、セルバンの呟きが耳にはいった。
「……いいでしょう、相手をしますよ」
「おい、やる気だろそれ!?」
私の殺気を読み取ったようだ。
なるほど、着実に進歩はしているみたいだ。
「ちょっと待って、ミナスティリアさん。あれは、貴女のお友達ではないの?」
「私の?」
ジュディス先生が指す先を見ると、木の陰から長い耳が出ていた。
「……ハル?」
「お、おはよう」
声を掛けると、ばつの悪そうにハルが顔を出した。
「どうしたの、早起きして」
「ええと……」
見ると、ハルの服装は動きやすそうな運動着である。
まさか、と思う前に、ジュディス先生が喜色ばんだ声を上げた。
「貴女も特別指導を受けたいのですね!?」
「は、はい……」
恥ずかしそうに、ハルは小さく頷いた。
「正気なの?」
「だってさ、なんか……悔しくて」
私の問いかけに答えたハルの目には、何か決意が宿っていた。
ならば、止めることはあるまい。
「はぁ? いみ……はあるよな、俺が言うことじゃないけど」
言いかけて、セルバンは私の目に気付いて言葉尻を修正した。
また性懲りもなく、ハルを傷付けようとしたのかと嘆息する。
「うーん……」
「ジュディス先生?」
見ると、ジュディス先生は口元に手をやって何かを考え込んでいた。
「ねえ、ミナスティリアさん。人数も集まったことだし、同好会を作ってみない?」
「同好会って……なんのです?」
「この集まり……言うなれば武術同好会かしら」
眩暈がした。
「ほら、顧問はわたしがやりますから」
「そういう問題ではなく」
「それ、賛成!」
「ハル!?」
ハルに背中から刺され、私は頭を抱えた。
「別に、俺も入ってやっていいぞ」
この男も、いちいちどうしてこう乗り気なのだ。
「まあ、セルバンは置いといて……」
「置いとくなよ! 入れとけよ!」
何だか話がおかしな方向に進んでいる。
私は別に、仲間を作って武術の研究をしたいとか、そういうつもりは無いのだ。
「ジュディス先生、私は……」
「同好会を作れば、稽古場所が確保出来ます」
確かにそれは、少し魅力的だ。
雨が降った時はどうしようかと、悩んでいたのだ。
寮室でもいいが、そのためにハルの眠りを妨げるのは気が引ける。
「ですが、ジュディス先生……」
「同好会を作れば、成績もさじ加減ひとつです」
私の脳裏に、入学早々に行われた学力試験がよぎった。
お世辞にもいい結果では無かったのだ。
「それでも、ジュディス先生……」
「同好会活動の一環で、闘士武勲伝・復活公演を見に行きます」
「やりましょう」
二つ返事で私は答えた。
「では、決まりですね!」
ジュディス先生に促され、円陣を組む。
「ミナスティリア・フィナ・カーレン」
「セルバン・ガリア・メイスーン」
「ハールウェン・ドルタニカ・アレイン」
お互いに顔を見合わす。
数日前まではこの面子で、こんな集まりが出来るとは想像もしていなかった。
「武術同好会の立ち上げです!」
ジュディス先生が高らかに宣言する。
昇る朝日に照らされ、悪くない気分だった。
次回投稿は、一週間以内の予定です。




