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1-9.そうして熱血指導が始まった

闘士武勲伝 第一章 十節

熱く語る前に、熱く打ち合え

 早朝の学園に、ジュディス先生の叱咤が飛ぶ。


「ほらもっと頑張って、全部出し切って!」

「ぜぇっぜぇっ」


 振り返ると、遥か後方で息も絶え絶えに走るセルバンの姿と、それを鼓舞するジュディス先生の姿があった。

 私の思いついた妙案とは、早朝の特別指導にセルバンを参加させるというものだった。


「はぁ……はぁ……た、体力馬鹿が……」

「教師に向かって馬鹿とは何です!」

「ち、ちがっ! あいつ! あいつのことですって!!」


 遅れること暫し、倒れ込むように走り終えたセルバンと、余裕のジュディス先生。

 セルバンは這う這うの体で、先に走り終えて軽く柔軟体操をしていた私を指した。

 体力馬鹿とは、まったく失礼な物言いだ。


「でも先生、嬉しいわ。こうして自分から特別指導に志願する学生がいるなんて!」


 うっとりしたように、朝焼けの方角を眺めるジュディス先生。

 それをセルバンは、げんなりとした顔で見つめていた。


「じゃあ、始めましょうか!」


 ジュディス先生はやる気に満ち溢れた顔で、私とセルバンの方を向いた。


「始めるって、何を……?」


 ぐったりと座り込んだまま、セルバンが声を上げる。


「とりあえず立って」


 私はセルバンに手を貸して、助け起こそうとした。

 が、セルバンは私の手を取りかけたところで、そっぽを向いて自分で立った。

 意外と見どころがあるのかもしれない。


「セルバン君は武術の心得は?」

「……無いっす」


 不貞腐れたように、セルバンはぼそっと答えた。


「じゃあ、一から教えてあげましょう!」


 ジュディス先生は心なしか嬉しそうだった。


「大丈夫、先生に任せておけば、あっというまにミナスティリアさんより強くなれます!」


 ちょっと待った、それは聞き捨てならない。

 抗議しようとする私の言葉は、思わぬ声で遮られた。


「本当っすか、それ」


 セルバンが意外にも乗り気で、ジュディス先生の発言に食い付いていたのだ。 


「本当ですとも」

「じゃあ、お願いします」


 殊勝な態度で、ジュディス先生に付き従うセルバン。

 と、セルバンは挑戦的な視線を私に向けてきた。


「俺は負けたなんて思っちゃいねぇからな、お前にも、カーレン家にだって」

「誰がどう見ても私の勝ちだったと思うのだけれど……」

「何です? 勝ったの負けたのって、まるで喧嘩でもしたみたいな……」


 私がセルバン達と立ち合った一件は、噂にこそなっていたが公に懲罰の対象とはなっていない。

 仮にそうなっていたとしたら、こうして呑気に体を動かしていられなかっただろう。


「何でもありません!」

「何でも無いっす!」


 同時に誤魔化しの声を上げる。


「そう……? まあ、いいでしょう」


 早く教えたくてうずうずしていたジュディス先生は、それ以上何も突っ込まなかった。


「わたしが修行した武術はオル=ウェルク騎士団の正規課目にもなっているものだから、覚えて損はありませんよ!」


 思えば、他の武術の基礎をじっくりと見るのは初めてだった。

 せっかくなので私も勉強させて貰おう。


「まずは肩幅より少し広めに足を開いて、そうそう」


 ジュディス先生の説明は、傍から見ていても明快で分かりやすいものだった。

 見る間に以前仕掛けられた時にジュディス先生が取っていた構えへと、セルバンの姿勢が整えられていく。


「そうです。軽く膝を曲げて、踵は少し上げてね。これは刺突剣の技法から派生しているんですよ」

「なんか、窮屈っすね」

「じきに慣れます!」


 セルバンは右利きということで、右足を前に出した半身の構えになった。

 少し内側に絞った前足のつま先と、三十度ほど開かれた後ろ足の土踏まずとが一つの線上に並ぶ。

 僅かに踵は浮かせ、その分膝を柔らかく保つ。

 右手は肘を腰の辺りに添え、いつでも突き出せるよう脱力させている。

 対して左手は顎のあたりに構え、顔面への攻撃に備える。

 確かに刺突剣を持てば、そのまま突けそうな構えである。


「さて、ここからは基本の突きですよ。ミナスティリアさん、そこに立ってください」


 言われるがままに、セルバンの前に立たされる。


「人差し指を伸ばしてみて、そう! 人差し指を伸ばした線が、ミナスティリアさんの鼻頭に繋がる様にしてください」


 なるほど、これで真っ直ぐに力の通りを理解させようというのか。


「こんなんで殴って、本当に威力があるんすか?」


 窮屈そうにしているセルバンが、疑問を口にした。


「セルバン君、大きな力というのは正しい姿勢から生まれるものなのですよ」

「正しい、姿勢ねぇ」


 意外だった。

 まさか、ジュディス先生の口から師匠と同じ言葉が出るとは。

 やはりどの武術も、理合いや思想は違ったとしても、最終的には同じようなところへ行きつくということなのだろうか。


「では、先ほど説明したように……そう、手を先に動かして、追随して左足の母指球で地面を蹴って……」


 そうして二度、三度、セルバンは突きをくり出した。


「良い感じです!」

「本当っすか?」

「筋が良いですよ、飲み込みも早いし!」


 褒められたセルバンは、満更でもないという風だった。


「では、この基本の突きを千回やってください」

「……は? 千回?」


 聞き違いかと、セルバンはジュディス先生に聞き返した。


「大丈夫、朝食までには終わります!」


 満面の笑みを浮かべて、ジュディス先生はセルバンに告げた。


「そういう問題じゃねえだろっ!」

「動きを染み付かせるには回数をこなすことが一番! あ、でも手を抜いてはいけませんよ!」


 あくまで今教えた通りに。

 人差し指を立てて言いつけるジュディス先生は、悪魔のように見えた。


「さ、ミナスティリアさんはその間、わたしと組手です!」


 今朝の特別指導も、どっと疲れそうだ。

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