1-7.そうして窮地に陥った
闘士武勲伝 第八章 七節
窮地をこそ楽しめ
王立学園での生活も、気付けば一週間が過ぎていた。
相変わらず早朝は、ジュディス先生の特別指導という名の稽古に励み、それが終わると寮の食堂で朝食を取る。
学園といっても一年目はほとんどが教養を学ぶだけなので、家庭教師を付けて勉強してきているような貴族の子女にとっては少しばかり退屈かもしれない。
かく言う私もその一人だ。
しかし初めこそ慣れない環境ということもあって、慌ただしさに追われていたが、一週間も経てばすっかり寮生活にも順応していた。
「おはよう、ハル」
「ああ、おはようミナ」
食堂にハルの姿を見つけた私は、同じ机に着いた。
今朝の献立はハルバ麦のパンに、サイ鶏の卵焼き、ロック豚の塩漬け肉と、温かいスープに野菜サラダ。
調和の取れた朝食である。
食欲をそそられた私は会話もそこそこに、パンに卵焼きと塩漬け肉を乗せて、一気にかぶりついた。
「……ミナって豪快な食べ方をするわよね」
ハルが呆れたように呟く。
彼女は小さくパンをちぎって食べていた。
「……あまり良くなかった?」
周りを見やると、確かにこんな食べ方をしているのは私だけだった。
「作法的には良くないと思うけど……実際美味しそうよね、それ」
「ハルもこうやって食べればいいのに」
「うー……ん、ダメ、やっぱ無理!」
名残惜しそうに、ハルはまたパンをちぎる。
あっという間に朝食を食べ終えた私に、ハルは問いかけた。
「ところでよく続いてるわね、特別指導」
「あぁ……特別指導が無くても、日々鍛錬はするし、丁度いいかな」
ハルも来る? と、誘ってみるも、やんわりと断られた。
「今日はどういうことをしたの?」
「いつもと一緒。走って、基本を各々やってから組手」
ジュディス先生も飽きないねぇ、と、ハルは感心したように笑った。
気付けばハルも朝食を食べ終えていた。
「どうする? 今日は授業も無いけれど」
「じゃあ、中庭に行ってみない? ブリアの花が見ごろって聞いてさ」
王立学園の第一学舎にある中庭は、庭園として名高い。
季節折々の花が植えられており、名物の一つであった。
「ハルらしいね」
ハルは植物を見たり育てたりすることが好きだった。
ブリアの花はこの時期に咲く、薄い桃色の花である。花びらが折り重なるようにして咲く、綺麗な花だ。
ちなみに花言葉は『教養』とのことだった。
「じゃあ、一度寮室に戻ってから行こうか」
「あ、ごめん。ワタシはちょっと家に手紙を出してくるからさ、先に行ってて」
中庭で現地集合ということになり、私たちは一度解散した。
◆ ◆ ◆
約束通り中庭で待つ私の元に、ハルは姿を現さなかった。
手紙を出してから来るとはいえ、いくらなんでも遅すぎる。
胸騒ぎを覚える私の前に、気になる言葉が飛び込んできた。
「馬鹿よね、まんまと騙されて」
「これであの移民も、大人しくなるでしょ」
移民――そう呼ばれるのは一人しかいない。
「その話、詳しく聞かせて貰えます?」
話していた二人組の女子生徒に、私は詰め寄った。
「か、カーレン様」
「今すぐ話しなさい」
そうして出てきた言葉に、私は視界を白熱させた。
私が探し物をしていると、そう言ってハルを呼び出したというのだ。
あの入学式で私が叱責した男子生徒――セルバン・ガリア・メイスーンが。
「あの、何か仲間を連れて」
「何処に?」
「ひっ……」
気圧された女子生徒は、竦み上がっていた。
「だ、第三学舎裏です!」
「そう、ありがとう」
伊達に毎朝、敷地内を走ってはいない。場所はすぐに思い浮かんだ。
◆ ◆ ◆
最短の経路を、最速で駆け抜ける。
第三学舎二階――そこだけが建物の四面に窓が付いており、ハルの姿を探すには最適の場所だ。
窓を横目に廊下を疾走する私へ、何事かという上級生の視線が突き刺さった。
「……いた!」
窓の外から見下ろす先には、学舎裏に追い詰められたハルと、それを囲む四人の男子生徒の姿があった。
そのうちの一人は、あのセルバンだ。
「ちょっと、君。何を……ぉわぁ!?」
上級生の制止する声が聞こえた気がしたが、私は窓を開けて――そこから飛び降りた。
「待ちなさい!」
ちょうどセルバン達とハルの間に立ち塞がるよう、私は着地した。
身体にかかった負荷は、足と腰を使って上手く逃がす。
「ミナ!?」
「ど、どっから出てくるんだよ!」
私はすぐさまハルに駆け寄ると、その無事を確認した。
良かった、まだ何もされていない。
「貴方、セルバン・ガリア・メイスーンといいましたね?」
振り返り、睨み付ける。
セルバンの他には、同じく学園の男子生徒が三人いた。
いずれも同じ一年生のようだ。
あろうことか、四人は手に武器を持っていた。
二尺三寸程度の棒きれだが、ハルにとってはとてつもなく威圧的に感じられたことだろう。
「ことによっては、ただではおきませんよ」
「う、うるせえ! 気に入らないんだよ、そいつも、お前だって!」
セルバンは仲間の後ろに隠れるように下がり、悪態をついた。
「だから、まずはハルを痛めつけようと?」
「移民が大きな顔をしているのが悪いんだろうが!」
頭の中が、急激に冷えていくのを感じる。
それでいて腹の底には、燃え滾るようなものがあった。
これは、怒りだ。
私は自らの姿勢が、戦うためのそれに切り替わるのを感じた。




