1-5.そうして説教をされた
闘士武勲伝 第三章 一節
己に確かな義があるならば、百騎を前にも退くべからず
確かに傍目には、私が家名を出してセルバンを恫喝したように見えたのかもしれない。
しかし事情も聞いて貰えないのは、あんまりだった。
「であるからして、ここでは貴女がどこの家柄だろうと、何の関係もないのです」
「あの、しかし」
「言い訳は無用!」
先ほどから私は、目の前の教師――ジュディス・カリーナーからお説教を受けていた。
年のころは二十半ば過ぎだろうか、長い赤髪を一つにくくった、活動的な印象を受ける女性だ。
結局私は入学式が始まる前に、有無を言わさず別室に放り込まれたのだ。
本校舎、教師詰め所近くのその部屋が、説教部屋と呼ばれていることを知ったのは後のことだ。
「毎年、貴女のような生徒は何人も現れます。ですが、ここには王によって定められた学則があるのです」
「その話は、もう聞きました……」
まさしく聞く耳持たずという風に、ジュディス先生は何度も同じ話を繰り返していた。
王によって定められた学則とは、ただ一つ。
――王立学園は広く若人を育成する場であり、一切の政治・宗教から隔離された場所である。
「ですから貴女のしたことは、王の定めた学則に反することなのですよ!」
「本来なら退学となってもおかしくないところを、反省文で免除すると。そうですよね?」
「分かっているではありませんか。では……」
ジュディス先生の言葉を、私は遮った。
「ですが、何度も言うように反省文は書きません」
「退学になってもいいのですか!? いかに貴女がカーレン家の人間といえど、学則は学則なのですよ!?」
「私は何一つ、恥じることはしていません」
先ほどからこの調子で、平行線だった。
人の話を聞かないのも、ここまでくれば立派だ。
「人の話を聞かない子ですね、まったく!」
「どっちがです!?」
今頃礼拝堂では、晩餐が始まっているのだろう。
一体どんな御馳走が並んでいるのか、思い浮かべるだけで腹の虫が鳴いた。
流石に空腹を誤魔化しきれなくなってきたようだ。
「いい加減、自分の非を認めなさい。それも勉強ですよ」
「私に非はありません」
諭すような言い方に、私は真っ向から歯向かった。
確かにここで認めて、一筆書けばそれで終わりなのかもしれない。
賢いやり方は、きっとそうなのだろう。
しかしそれを認めるのは、私の矜持が許さなかった。
「闘士武勲伝 第三章 一節」
私は席を立って、見下ろすような形で宣言する。
ジュディス先生は突然のことに、呆けたように硬直した。
「己に確かな義があるならば、百騎を前にも退くべからず」
それは闘士武勲伝において、アリオン一世が無実の罪で追われた時に放った台詞だった。
私の特に好きな一節だ。
「それでは、失礼させていただきます」
「あ、ちょっと! 待ちなさい!」
引き留めようとするジュディス先生の言葉も聞かず、私は説教部屋を後にした。
◆ ◆ ◆
行く当てもなく寮室に戻ってきたところで、私は我に返っていた。
「退学……よね」
ハルはまだ戻って来ておらず、寝台に腰掛け一人呟く。
一人には広すぎる部屋に、溜息が響いた。
頭に血が昇っていたとはいえ、説得を諦めて一方的に出て行ってしまった。
どれだけ時間をかけてでも、あそこできっちり話をして誤解を解くべきだったのだ。
――交渉は粘り強く、諦めないことだ。
父がいつぞや言っていた教訓を、私は今になって思い出していた。
「怒られる……というより、失望されるのかしら」
手持無沙汰な私は、いつ退学を言い渡されてもいいように身の回りの荷物を片付け始めた。
一日も在学出来ないとは、学園始まって以来のことだろう。失態もいいところである。
その時、寮室の扉が控えめに叩かれた。
「どうぞ」
扉を開けて入ってきたのは、ハルだ。
ハルは私の姿を確認するなり、手を広げて抱き着いてきた。
「え? な、なに?」
戸惑う私の体を、ハルは強く抱きしめる。
別れの挨拶だろうか――などとぼんやりしていた私の耳に飛び込んできたのは、予想外の言葉だった。
「ありがとう!」
「はい?」
まだ状況を飲み込めない私は、ハルの言葉を待った。
「嬉しかった、ワタシを友人と呼んでくれて、ワタシの為に怒ってくれて」
見ると、ハルは涙を浮かべていた。
「それに、もう安心して」
ハルの話に、私は心底腰が抜けた。
入学式が終わってすぐ、歓迎会が始まるまでの僅かの間に、ハルはなんと学園長に直談判してくれたというのだ。
いわくミナスティリア・フィナ・カーレンには、何一つ非は無い、と。
それに賛同してくれる生徒も一定数いたらしく、私の嫌疑は晴らされたのだった。
「説教部屋に行ったら、もうミナはいなかったし、ひょっとしたらもう出て行ってしまったのかと」
声を詰まらせながら泣くハルの背を、私は優しく撫でた。
「よ……」
「え? どうしたの?」
「良かったぁ~……」
ハルを抱いたまま、寝台に倒れ込む。
入学初日に退学を免れ、また頼もしい友人も出来た。
安堵の溜息をついたところで、私は隣のハルと目が合った。
「あの、その、これからよろしく……ハル」
まだ愛称で呼ぶのは照れ臭く、私はつい目を逸らしてしまう。
「よろしく、ミナ」
そんな私の頬を、ハルはそっと撫でた。
くすぐったくて、寝返りを打って逃げようとする私を、ハルが追いかける。
やがて私たちは、どちらともなく声を上げて笑い合った。
次回は近日中に更新します。




