1-3.そうして初めての友達が出来た
闘士武勲伝 第六章 二節
目に見えない力に頼るは、恥と知れ
説明を聞いてもなお、ハールウェンは理解出来ないようだった。
私たちは今、寮室に談話用として設置されている丸机を挟んで向かい合っている。
「つまり、アナタは……強くなりたくて」
「そう」
「武術の稽古をしていた」
「その通り」
ハールウェンは一呼吸置くと、やはり訝しげな声を上げた。
「あのカーレン家の、一人娘が……ですか?」
「母の評判はご存知ない?」
「あぁ……そういうこと」
ハールウェンはようやく腑に落ちたようだ。
流石は我が母である。その雷名には今後もあやからせてもらおう。
「で、どうでした?」
「どうって、何がです?」
いまいち要領を得ない私の質問に、ハールウェンは首を傾げた。
「何がって、私の型です」
「えぇ……?」
予想外の質問だったのか、彼女は少し言葉を詰まらせた。
「何と言えばいいのやら……なんだか綺麗、でした。大樹みたいで、故郷の」
故郷の、と言ってハールウェンは「しまった」という表情を見せたが、そんなことは私には関係が無かった。
「そうですか、綺麗でしたか」
少しは深みのある型になってきた、ということなのだろう。
素直に嬉しい感想だった。
「あの、それ喜んでいるんですか?」
私の顔は少しにやついていたらしい。
まだまだ、修行が足りない。
「……ああもう、カーレン家って聞かされて緊張してたけど、馬鹿みたい!」
ハールウェンは居住まいを崩すと、伸びをするように天井を仰ぎ見た。
「ええと、ハールウェン……さん?」
「ハルでいい。皆そう呼ぶし」
「じゃ、じゃあ私のこともミナと」
ハルはその気の強そうな目で私を見ると、頬杖をついて何とも言えない表情を浮かべた。
「じゃあ、ミナって呼ばせてもらうけど……大丈夫よね?」
「何がですか?」
今度は私がハルに問い返した。
「何がって、一応ここは学園で、ワタシとアナタは同室生だけど」
「それこそ、つまらない勘繰りでしょう。私を見損なわないでいただきたい」
つまり、ハルは自分がざっくばらんな態度を取ることで学園外――すなわち政治的な問題や圧力に繋がらないかと懸念したわけだった。
「闘士武勲伝 第六章 二節」
「目に見えない力に頼るは、恥と知れ」
一節を読み上げたのは、ハルの方だった。
今度はお互いの目が驚きに見開かれる。
「もしかして……」
「ミナも……?」
無言で交わされる握手。
どうやら私の学園生活は、前途が明るいようだ。
そうしてどれくらい時間が経ったろう。
私とハルはお互い夢中になって話し込んでいた。
「最終章で八大魔人のギーンが助太刀に入る場面は、よくある展開だけど心踊るわよね!」
「草稿手帖では、そこに至るまでのギーンの葛藤がメモ書きされているのがまた……」
「草稿手帖って『闘士武勲伝』十周年記念の時に限定出版されたあれ? そんな裏設定まで載ってるの!?」
「貸しましょうか?」
「いいの!? あれ、どうしても手に入らなくて読めなかったのよね」
初めて出会う同好の士ということで、会話は尽きることなく弾み、気付いたころには入学式の始まる夕刻に差し掛かろうとしていた。
同じ話題を共有出来ると、こんなにも時間は早く過ぎるものなのか。と、それはハルも同じのようだ。
学生寮の使用人がドレスの着付けにやって来たところで、私たちの会話は一旦中断された。
◆ ◆ ◆
学生寮の使用人がおっかなびっくり私にドレスを着付ける様を、ハルはぼんやりと見ていた。
彼女はというと、あっという間に自分ひとりでドレスを着付けてしまい、早々に談話机で使用人の淹れた紅茶を飲んでいる。
いわく、着付けは九歳の頃から自分でやっていたそうだ。
「やっぱり凄いのね、ミナって」
ドレスの着付けを終えた私を見て、ハルは溜息をこぼした。
そこには、賛美と羨望が入り交じっているようだった。
「貴女だって素敵じゃない」
「カーレン家の御令嬢に言われたって、嫌味にしか聞こえないわ」
「ご、ごめんなさい」
しゅんとする私に、ハルは慌てた。
「ああいや、そんなつもりはなくって」
困ったように頬を掻くハル。何を言いあぐねているのか、何となく予想は付いた。
「ドレスひとつとっても、手が届かないくらい高価なものだって分かるわ。改めて家柄の差が分かっちゃったというか……」
もごもごと口ごもるハル。
ハルの濃緑のドレスは、確かにこれまで社交場で見たものに比べると派手さは無かった。
しかし先ほどまで着ていた平服と同様、相当に質の良い生地を使っていることは見て取れたし、何より彼女に似合っている。
恥ずべきような物では無いし、そもそも私が褒めたのはドレスではなく“彼女自身”だ。
しかし、それをどのように伝えたものか。
「……少なくとも一つ、貴女を見て反省したことが私にはある」
「な、何よ突然」
私の物言いに、ハルは面食らったようだった。
「手伝いがないと自分でドレスひとつさえ着れないことを、これまで意識していなかったの」
「……カーレン家ならそんなこと、これからも意識する必要なんてないでしょうに」
どうしてそんなことを? と、言いたげなハルに、私は真っ直ぐ向き合った。
「武を志す者が……何より自分に厳しく、己を磨かねばならない、武を志す者がです」
すっと息を吸い、はっきりと伝える。
「自分の身の回りのことを、ほとんど人任せにしていたことに気付いていなかった」
私の脳裏にはシンシアの顔が浮かんでいた。
「これは恥です。家柄とかそういった“目に見えないもの”とは関係なく、私自身が恥ずかしく思うんです」
だから、ハルを素敵だと思う気持ちは多分、憧れに近い気持ちなのだろう。
先ほど知り合ったばかりだが、彼女は私よりずっと自分の足で立って、自分の目で物を見ている気がする。
ハルはそんな私を呆けた顔で見ていたが――やがて堰を切ったように笑い出した。
「やっぱり、アナタって面白い」
「ちょっと、茶化さないで」
こうして、私に初めての友達が出来たのだった。
次回更新は一週間以内ですね。