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1-2.そうして同室生と出会った

闘士武勲伝 第七章 二節

何故に強きを追い求めるのか、是非を問え

 結局、師匠は何か言いたそうだったが何も言わなかった。

 ということは、これは私の課題だ。

 師匠の見送りもそこそこに、私は学生寮へ荷物を運び終えた。

 といっても、荷物を運び入れたのはシンシアをはじめとするカーレン家の使用人達であるが。


 王立学園の校舎は、オル=ウェルク国の旧王城を改装したものである。

 学生寮も元が王城だけあって、外観はさることながら、内装から装飾品に至るまで行き届いていた。

 ここで王国中から集まった学生が、四年間勉学に励むのだ。

 王立学園は全寮制で、これから私はしばらく親元を離れて過ごすことになる。

 掃除・洗濯など身の回りの世話は、寮母を中心とした使用人がしてくれるらしいのだが、それでも今まで人任せにしていたことのいくらかは自分でやらねばならない。


「それでは、私共はこれで失礼させていただきます」

「ちょっと待って」

「何か?」


 使用人達を引き連れて立ち去ろうとするシンシアを、私は咄嗟に引き留めた。

 思えば、シンシアと離れて過ごすことは初めてかもしれない。

 私の側仕えとして、シンシアはずっと一緒に居てくれた。

 家族よりも共に過ごした時間は多いだろう。


「何というか、その」


 シンシアは黙って私の言葉を待っていた。


「ありがとう。それだけです」

「……お嬢様は、本当に変わられましたね」


 シンシアは、ひょっとしたら初めて見るかもしれない微笑みを浮かべた。


「シンシアでも、笑うことがあるのね」

「私を何だと思っていたんです?」


 お互いにぎこちなく笑いあうと、シンシアは静かに一礼して去っていった。


◆ ◆ ◆


「さて、と」


 私は自らの荷物が運び入れられた寮室を見渡した。

 原則として二人部屋になっており、向かい側にはまだ見ぬ同室生の寝台が空いている。

 衣装箪笥や机、寝台込みでも部屋は広く、これなら武術の鍛練も出来そうだ。

 時間は昼下がりといったところ。入学式を兼ねた歓迎会は、遠方からの入学者もあって夕刻から始まる。

 それまでは手持ち無沙汰なので、私は日課をこなしてしまうことにした。


「すぅー……」


 肩幅より少し広く立ち、静かに呼吸をしながらゆっくりと腰を落としていく。

 自身の重心、力の配分、細かなところを確認しながら、まず姿勢を作り上げるのだ。

 そうして脱力した状態から、軽く二~三発、拳を突き出し、力の通りを馴染ませる。


「よし……」


 調子は上々、ここからは師匠から教わった型を行う。

 地味な動きながら、そこには無駄を削ぎ落とした、ありとあらゆる動きの本質が織り込まれている。

 静かに動き、時折爆発するような拳打が炸裂するこの型は、見る人が見ればあっという間に実力をさらけ出されてしまうだろう。

 簡素なだけに誤魔化しの効かない型だ。


 そうして四回ほど型を通し、五回目に差し掛かる頃だった。コンコンと音がするや、寮室の扉が開かれた。


「……えっ?」


 入ってきた少女は、武術の型を練る私を見て硬直した。

 腰辺りまである長い白金の髪に、派手では無いが生地質の良さそうな平服。

 見たところ中流貴族の出身といったところだろうか。

 耳がぴんと長いところを見ると、大陸中部に位置するジュマ国の出身なのかもしれない。

 深緑の国とも呼ばれるジュマ国に住む彼ら・彼女らは、森の中で音を聞くために長い耳を持つという。

 気の強そうな赤褐色のつり目は、私に釘付けになっていた。


「ふっ……」


 心の準備が出来ていなかった私は、とりあえず型を続行した。

 何と声を掛ければいいのだろう。まるで思い浮かばない。

 同室生であろう彼女も、扉を開いたまま固まっている。

 そうして時間にすればわずかだったろうが、私は型をやり終えた。


「あの……」


 おずおずと、同室生が声を掛けてくる。


「っ……!」


 答えようとして、言葉に詰まった。緊張し過ぎて、吐き気さえ感じる。

 確かに社交場で世間話というか、表面を取り繕うような会話くらいはしたことがある。

 だがああいう場所での話というのは、定型文から始まり、お決まりのやりとりを交わすだけのようなものだ。

 いや……? 待て、そうだ。定型文があるではないか。


「ごきげんよう」


 姿勢を正して、定型の挨拶をしてみる。

 が、相手は更に面食らったようだった。

 今なら隙だらけだ、どこに打ち込んでも倒せそうな気がする。


「私はミナスティリア・フィナ・カーレンと申します。あなたは?」

「じゃ、なくて」

「……は、はい?」


 何か間違えてしまったのだろうか。背中に冷や汗を感じる。


「何を……やってたんですか?」


 それは至極もっともな質問だった。

 同年代の女子ともなると、武術の型など見たことがなくても不思議ではない。

 カーレン家の情操教育は、この際一般とかけ離れていたものとする。


「武術の型を少々」

「…………何で?」


 難しい質問だった。

 要約すれば強くなりたいからなのだが、では何故強くなりたいのだろう。


「深い質問、ですね。少し時間をいただけますか?」

「あ、いやそういう意図ではなく」

「では一体どういう……」


 私が問い詰め掛けたところで、同室生は落ち着きを取り戻した。


「えっと……あの、あ、そうそう。申し遅れました。ワタシはハールウェン・ドルタニカ・アレインです」


 名乗り遅れた非礼を詫びるように、ぺこりと頭を下げる。

 それがハールウェン・ドルタニカ・アレインこと、ハルとの出会いだった。

次回更新は一週間以内ですね。

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