1-1.そうして都に向かった
闘士武勲伝 第一章 十五節
拳を交え、技を競い合ったならそれは朋友
※『小説家になろう』のみ、最新話を先行公開します。
草原を吹き抜ける風は、春の訪れを実感させた。
オル=ウェルク国は、その国土の多くが平坦な草原で占められている。
一年を通して四季ははっきりしているが、寒暖の差はそこまで激しくなく、隣国のイル=ラセア国ほどではないが過ごしやすい気候で知られている。
カーレン家の屋敷を出て、馬車でおよそ二日半。
そろそろ王立学園のある、首都・アリオニアに到着する頃だ。
車内には私の他に側仕えのシンシアと、見送りとして師匠であるハガード・ミズリジルが同乗している。
私たちの乗る馬車を挟んで前後に三台ずつ、他の使用人や家財道具を乗せた馬車が並んでおり、都入りは車七台の大所帯であった。もちろんこれはカーレン家の地位をアピールするための、華美な行列である。
「はぁ」
私は、わざとらしくため息をついてみせた。
隣に座るシンシアは、膝の上に手を置いて身動ぎもしない。
対して向かいに座る師匠は、こっくりこっくりと船を漕いでいた。
「ねぇシンシア、気付いたのだけれど」
私は意を決して、口を開いた。
「いかがされましたか、お嬢様」
「私、同年代の女の子とお話しをしたことがありません」
シンシアは怪訝な顔をした。
「社交場ではお話しされていたではありませんか」
「そういうお話しではなくて」
「つまり同年代のお友達と、他愛ないお話しをされたことがないと?」
改めて人から言われると、ずしりと胃が重くなった。
さっきから私は、緊張して吐きそうだった。
どんな厳しい鍛練・修行の時もこんな気持ちになったことはない。
しかし、こうして王立学園に向かう最中、はっきり分かってしまったのだ。
私には友達と呼べる同世代の人間が、一人もいないことに。
「武術の天才だなんだと、持て囃されるのを通り越して怖がられていたでしょう?」
「お嬢様の忘れたい過去ですね」
ずけずけとものを言う側仕えだった。
引っ掛かるところはあったが、私は続ける。
「弟子入りしてからは、修行三昧だったし」
「それでも高貴な身分として必要最低限の作法は身に付けたではありませんか、心配は不要ですよ」
やはり引っ掛かる言い方をするが、実際私の立ち振舞いは作法の講師にも褒められたのだ。
いわく、立ち姿が非常に美しいと。
それは多分に、武術修行のお陰だろう。
「つまり、上手くやっていく自信が無いというか……」
シンシアはわずかに目を見開いて、驚いているようだった。
「お嬢様にも不安という感情があったのですね」
「人を何だと思って……そこ、狸寝入りで笑いを堪えない」
肩を震わせて笑いを我慢していたのは、向かいに座る師匠だった。
いつからか目を覚まして私の話を聞いていたらしい。
「これは失敬、珍しいものを見たものですからな」
「師匠はどう思われますか? その、私に友達が出来ると思いますか?」
師匠は目を丸くして、暫し言葉を失っていた。
「そんなに驚くようなことですか?」
「あ、いえ、ひょっとして某は、お嬢様にとってかけがえのない時間を修行で奪ってしまったのかと」
普通なら同年代の子供と遊び、友達を作る時間、私は修行漬けだった。
しかしそれを恨む気持ちや、まして後悔する気持ちはないのだが、どう伝えたものか。
「ハガード様、修行がなければそれこそお嬢様は友達の一人も作れない人格に育っていたかと」
「そこまで言われるほど!?」
「それでしたら、某もほっとしました」
ほっとしないでいただきたい、という反論をぐっと飲み込む。
しかし現実として、友達とはどう作ればいいのだろう。
友達の作り方が、私には分からなかった。
「シンシア、貴女には友達は、その、いるの?」
「人並みには」
「友達って、どう作れば?」
シンシアは少し考える素振りをしていたが、やがて向かいの師匠と目を見合わせた。
「友達の作り方……とは、そもそも存在するのでしょうか?」
「ふむ、難しい質問ですな。いや、実に難しい」
師匠もシンシアも、真剣な面持ちで考え始める。
友達の作り方とは、そこまで難しいものなのだろうか。
「少なくとも意識して作ったことはないような」
「そうですなぁ、気付けば友達になっていた、という方がしっくりきますな」
まるで武術の深奥が如く、修練の果てに自然と体得していたもの――それが友達を作る、ということなのだろうか。
「や、お嬢様。これは深い質問ですが……考えすぎなくても問題はありますまい」
「でも、友達を作るのがそんなに難しいことだなんて……」
「お忘れですかな? 武術は人を打ち倒すためだけのものではございません」
師匠の言葉に、目を覚まされた気分だった。
そうだ、私は何を弱気になっていたのだろう。
闘士武勲伝にもあったではないか。
「闘士武勲伝 第一章 十五節」
「拳を交え、技を競い合ったならそれは朋友」
一節を読み上げたのは、シンシアだ。
流石に良く出来た側仕えである。
「いえ、お嬢様それは」
「自信を失っていました、師匠。でも簡単なことだったんですね」
師匠は何か言い掛けていたようだが、言葉を引っ込めた。
きっと私の“気付き”に満足したのだろう。
「目指すは友達百人、などはいかがでしょう?」
「素晴らしい提案です、シンシア」
師匠が悩まし気に頭を抱える中、馬車は首都・アリオニアへと到着しようとしていた。
なろうでは書き上がり次第、次話投稿します。