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0-10.そうして私は成長した

闘士武勲伝 第八章 六節

強きを求める者にこそ、進歩は与えられん

 そうして四年余りの歳月が流れた。

 私は王立学園への入学を許される、十四歳を迎えていた。


「お誕生日おめでとうございます」


 作り笑いで手を振るのも、もう何度目だろう。

 私自身がジェイル王子の人格を有している訳ではないのだが、曲がりなりにも三十年あまりの記憶を持っているのだ。

 誕生日会というものに、どうも気恥ずかしい思いは拭えなかった。

 が、十四歳を迎えた私に両親ならびに使用人達の喜び様は凄まじく、大々的な誕生日会が開かれたのだ。

 家人を思えば、無碍にする訳にいかなかった。


「いよいよミナも王立学園に入学か」

「早いものね……」


 感傷に浸る父・ウォルターと母・ナイーダをよそ目に、私は押し寄せる来賓客の対応に苦慮していた。


「学園に入学された際は、是非我が息子を」

「いやいや、当家こそを」


 そんな言葉を延々と受け流し続け、私はすっかり気疲れしていた。

 王立学園というのは、このオル=ウェルク国の高等教育機関である。

 主に上流階級の子女が、十四歳から十八歳までの四年間通うことになる学府だ。

 成人の儀を行う十五歳までの一年間で教養を学ばせ、その後三年間で家柄や本人の特性に合わせて専門知識を教え込む。

 そうして国の支配階級たる優秀な人材を選別、育成し、王立政府に迎え入れようというのだった。


 あるいは適齢の子女が、自らの伴侶を探す場所という見方も出来る。

 というのも、この十年ほどの行政改革によって、国の重要な役職が流動的になったのだ。

 それまでは世襲制で、どんなボンクラでも将来的な地位は保証されていたのが、それがなくなってしまった。


 学園は完全実力主義のため、個人の優劣がはっきりと出る。

 学園で良い成績を修めれば、政治的な働きかけが生じることが全く無いとは言わないが、王立政府内である程度の役職は保証されるのだ。

 そのため学園での成績というのは、一つの地位であった。

 そういう実情もあり、もちろん今でも見合いは主流だが、自分自身でより良い伴侶を見つける恋愛結婚もずいぶん容認されてきていたのである。


 が、それもまだまだ男子に限った話であることは、否定できない事実だった。

 女子はやはり家と家の結びつきとして嫁に入るという考え方が強く、王立政府で活躍する女性もいなくはないが、やはり家柄というものは重要視されていた。

 由緒ある家柄ということは、潤沢な資金と政治基盤を持つということである。

 そのため、男子が成り上がるには良家の娘を嫁に取るということが最も手っ取り早い。またその逆も然りである。

 この誕生日会は、いわばやんごとなき家柄であるカーレン家の長女に、自分の息子を売り込む場でもあった。


「いや、立場というものは大変ですな」


 ようやくひと段落ついた、という私を労ったのは師匠だ。

 しかしその労いには、多分にからかいの気が含まれている。


「何が大変なものですか……」

「とはいえ、兄君は去年婚約なされたでしょう」


 兄であるオルストは、ちょうど一年前に婚約をしていた。

 相手はカーレン家に負けずと劣らぬ名家で、学園で交流を深めた恋愛結婚――ということになっている。

 兄の婚約相手には一度会ったことがあるが、非常に気位の高い女性だった。とはいえ、少なくとも腕っぷしで負けるとは思わなかったのだが。


「私は当分は婚約なんて、そんな気になれません」

「奥方も結婚は遅かったようですしな」

「それ、母上の前では言わないように」


 母に聞かれていないか冷や冷やする。

 しかし、言われてみればそうだ。

 母が結婚した二十三の歳まで、まだ十年近くある。

 焦る必要は無いし、いずれは結婚したいと思うような相手にも出会うことだろう。


「しかしお嬢様、一つ申し上げても?」


 おずおずと訊ねる師匠を、私はどうぞと促した。


「婚約相手の理想と掲げられました“自分より強い男”――これは並大抵ではないとご理解されたい」


 私の断りの文句を、師匠はさも可笑しそうに笑った。


「笑わないでください、師匠」


 そう、先ほどから息子の売り込みにやってきた来賓客――つまりは貴族達だったが、私が一言告げるとすごすごと退散していったのだ。

 それが“婚約は私より強い御方と考えています”という一言だった。

 ほとんどの貴族はこれを聞くと、引き攣った笑みを浮かべて言葉を詰まらせた。


「私、それほどおかしなことを言っていて?」

「いやはや、今のお嬢様に敵うものなどそれはそれは」

「引っかかる言い方をしますね」


 私の怒気を察した師匠は、そっぽを向いて誤魔化した。


「ま、これでも学園は楽しみにしているんですよ」


 意外だ、という風に師匠は目を開いた。


「王立学園にはそれこそ、オル=ウェルク国全土から若者が集まります」


 ならばその中に、私より強い者がいるかもしれない。


「何と言いますか、すっかりお嬢様も武人気質に染まりましたなぁ」

「すっかり? 私は初めからそうでしたよ」


 なんせ、ジェイル王子の記憶を持っているのだ。

 それに、私の根源を成しているのは他でもなく――


「闘士武勲伝 第八章 六節」

「強きを求める者にこそ、進歩は与えられん」


 にやりとした師匠と顔を見合わせ、私は腹の底から笑った。

 学園への入学は、もうすぐだ。

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