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0-9.そうして師匠と語らった

闘士武勲伝 第二章 十節

自己を高めることに限界は無く、遅すぎるということもない

 師匠が目を覚ました。

 その一報を聞いて、私は慌てて師匠の部屋に駆け込んだ。

 しかし部屋に姿は無く、まさかという思いで修練場に向かった私は、そこで師匠を見つけた。


「師匠、まだ安静にしていなければ」

「……久し振りのことです、負けたのは」


 私の言葉を遮り、師匠は語り始めた。


「お嬢様に武術を教えた理由、もう一つありましてな」


 立合いに勝ったなら語ろうという、もう一つの理由。

 今の私には聞く権利があった。


「かつて某は、この世に自分より強い者はいないと思うておりました」


 私と同じだ。

 ジェイル王子の記憶を持ち、彼の技量を知っていた私は、向かうところ敵無しだった。

 そんな思い上がりを正してくれたのが、師匠だったのだ。


「しかしある時、某は敗北しました」


 そう語る師匠の口振りは、どこか誇らしげだった。


「二十九になる頃でしたな、八十を越えようとする老人に、手も足も出ず破れ去ったのです」


 だから、と師匠は照れ臭そうに付け加える。


「どこかお嬢様に、かつての自分を重ねていたのかもしれませんなぁ」

「それが、もう一つの理由ですか?」

「いいえ、違います」


 師匠の目が真剣なものに変わる。


「お嬢様の身に付けておられた武術、それが同じだったからです」

「同じとは……誰と?」

「某が破れた相手――某の師匠とです」


 私の身に付けていた武術とは、言うまでもなくジェイル王子の武術だ。

 それと同じ技を、師匠はそのまた師匠から学んだという。


「その、師匠の師匠だから……大師匠は今どこに?」

「随分前に逝かれました」

「大師匠は、どこの生まれだったんですか?」


 首を横に振る師匠。

 ただ、と、師匠はぽつりと話してくれた。


「伝えるべき者に出会った時、この武術を伝えてくれと」

「伝えるべき者……それは才能がある者にということですか」

「某はそう思いませんでした」


 では、と問い掛ける私に、師匠は膝を折ってこう言った。


「然るべき血筋、すなわちジェイル・オル=ウェルクの子孫に返すということです」

「それって、あの反逆者として知られる……?」

「その通り、ジェイル王子ですな」


 青天の霹靂だった。

 まさか、師匠の学んだ武術がジェイル王子と同じものだったとは。

 確かにいくつかの基本的な型の他には、技らしい技を教わらなかった。

 しかしそれが、私が既に教わるべき技を身に着けていたからだったとは。


「我が師は、これはオル=ウェルク王家に連なる武術だと仰いました」

「それがジェイル王子の武術だと、そういうのですか」


 師匠は黙って頷いた。

 事実、カーレン家は血筋を遡ればオル=ウェルク王家に行き着く。

 アリオン一世には子供が十一人いたが、その十一番目の子がカーレン家の先祖ということになっているのだ。

 だが、アリオン一世の子供達にはとある言い伝えがあった。

 それは、アリオン一世の子とされる王子・姫達の中には、ジェイル王子の子供が存在する、というものだ。

 反逆の王子であるジェイル王子の一族は、表向きは根絶やしにされたことになっている。

 しかし慈悲で知られるアリオン一世は、共に旅をした実の弟には冷徹になりきれず、密かにその子らを養子にしたというのだ。


 だからこそ私は、何故自分の中にジェイル王子の記憶があるのか、ということにそれほど疑問は抱かなかった。

 カーレン家がジェイル王子の子孫だという確証は無いが、遠い親戚にあたる彼の王子の記憶が、私の中にあってもおかしくはないと思ったからだ。

 しかしそうなると、大師匠の出自が気になる。

 私の中には、ジェイル王子の晩年にあたる記憶は見当たらないのだが、そこに秘密がありそうだった。


 何故、反逆の王子の技が遠く離れた異国の地で受け継がれていたのだろう。

 闘士武勲伝では、アリオン一世の聖拳は遠い異国の武人に師事したものとされている。

 が、ジェイル王子は記憶にある限り誰かに師事したことは無く、その技はほとんどが我流で、数え切れない実戦に根差したものだった。

 ひょっとすると、晩年にジェイル王子は異国の武人と出会ったのだろうか。

 しかしそうなると、私の技と師匠が学んだジェイル王子の技が共通していることに説明がつかない。


「しかし、これでようやく肩の荷が降りました」

「伝えるべきことは全て伝えたと……そうなのですね」

「いいえ、これからは某自身の修行が出来るということです」

「……はい?」


 と、言うや否や師匠の闘気が膨れ上がった。

 私はすかさず距離を取り、構えを取る。


「焦りがあったのは事実ですな、某ももう歳なもので」

「言っていることが今一つ分からないのですが、師匠?」

「対等な修行相手が欲しかった、というのが三つ目の理由でしてな」


 隠そうともしない闘気に、思わず中てられそうになる。


「某とて、奥義にはまだ至っておりませんで」

「そこに至るには、より強い修行相手が必要だったと……?」

「覚えておきなされ、武人というものは徹頭徹尾、自分の強さを追い求めるものなのだと」


 負けず嫌いも、ここまでくるといっそ清々しい。

 しかし、私はまだ師匠に学べることをどこか嬉しく感じていた。


「なら、仕方ありませんね。一手授けてあげますよ、師匠」

「何を思い上がりも甚だしい」


 こうして私と師匠の師弟関係は、三年を過ぎてさらに続くことになった。

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