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第2話 宙翔ける船(3)

 アーマルターシュは、すばらしい金髪の持ち主だ。いつもは結わえてひっつめているが、プライベートの時は、見事な髪を滝のように豊かに下ろしている。今はオフだったが、映像ルームで地球人達から採取した記憶映像を寝る間も惜しんでチェックしていた。


 アーマルターシュはラークスパー教授の秘書のような仕事をしている。ハルにいたころはフォボスで森の民の管理官をしていた。フォボスは、惑星ハルの三つの衛星のうちのひとつだった。

 フォボスに送られてくる森の民は、例外なく法を犯した者ばかりだ。アーマルターシュは刑罰に怯える森の民をてきぱきと指示通り依りわけ、監視し、処分した。アーマルターシュは森の民が大嫌いだった。アール・ダー村で、あの光に溢れた村で、ハルの現実も知らされず温々と暮らしていながら、どうして法を犯すのか。腹立たしさばかり感じていた。


 地下都市で、あの奈落の底で細々と暮らしていた父と母は早いうちに分解されてしまった、脱出船に搭乗する、それだけの理由でだ。自分だってフォボスでの仕事がなければ早々に分解されていたはずなのだ。フォボスでの仕事を得ることができ、今回も早々と再生してもらえたのは、当時から目をかけていてくれたラークスパー教授のお陰だった。


「美しいわ……」

 大脳コンタクトのリモコンを自分の脳波にチューニングしながら目を閉じる。この地球人から採取した映像はもう何度も見ていたが、何度見ても飽きる事が無かった。森や川や動物たち、透きとおった水を湛えた湖、雪、雨、雲、空、太陽、星、オーロラ、そして海! すべてがゆっくりと息づいて、調和して、雄大で、時には恐ろしさで、時には慈しみに溢れていて、五感すべてを刺激する。この人間はそんな自然の中で人生を送っているのだ。

 

 ハルにはそんな自然はなかった。海も雲も雨もそんなのは全て昔話だった。伝説だった。ハルにかつて存在した風景、それが地球では、今、存在する。


 地表をジタンに焼かれ、水も大気も地表から失ったハルは、生き残った僅かの人類や動植物を地下都市に養うだけの茫漠とした惑星になっていた。そんな地下生活をも脅かしたのは、ジタンの大爆発だ。ジタンの寿命が尽きたのだ。そしてハルはジタンに飲み込まれた、はずだ。我々はそれを見届けることなくハルを捨てた。いや、一旦は、ハルと共に滅亡したのだ。あの、ハル脱出の時に……。


 地球に降り立ちたい。大地に吹く風を、暖かく照らす光を、荒々しく大地を削る海の波をこの体で感じてみたい。アーマルターシュはこの地球人の記憶が好きだったが、逆に辛く感じてもいた。ひどく喉が渇いているのに、目の前の水を飲めない状態。今すぐにでも脱出艇に乗り込んで、地球に降り立ちたいという衝動を抑えるので苦しくなるからだ。


 もちろん、そんな豊かな自然ばかりの地球ではないことも承知している。戦争をしている国、貧困と飢えが慢性化している国、マネーゲームばかりを重要視する国、他の国を支配する事のみを考えている国。色々な国の様々な事情、様々な地獄。


 アーマルターシュはもどかしくなる。

――どうしてみんな地球を見ないの? こんなに恵まれた惑星をどうして大事にしないの? そんなことやっている場合じゃないでしょう?

 そして、日に日に強くなる思い。

――私達が貰うわ。そんなに地球を苛めるなら、私達が大事に住むわ。私達が森を川を湖を海を守っていくわ。ハルでだってそうしたかったのよ。私たちのハルをそんな風に大事にしたかったわ。なのに……許せない。



* * *



身近にある大切なもの、それは失くしてしまわないと分らないものなのかもしれない。失くしてから気づくのはとても切ない。それが少しずつ褪せる色鮮やかなTシャツのように、いつのまにか失われていくものだと最初から分かっていたら、失う前から切ない。でも、この世のすべてのものが、いつかは失われていくものだとしたら……そう考えたら、幾分気が楽になる。何故なら、この切なさもいつかは失われてゆくはずだから。


(第2話宙翔ける船 終了)

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