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第2話 宙翔ける船(2)

「ブラキカム、この子助かったようですね」

 黒髪を(まげ)に結って紫色の髪留めを付けたスラリとした女が、赤みがかった金髪の背の低い太った男に話しかけた。

「ええ、ダメかと思ったけど、もち直しましたよ。なかなか生命力の強い子だ」

 ブラキカムは、瑞樹の入った水槽に表示されているバイオリズムメーターをチェックしながら言った。

「いつ話せるようになりますか?」

「マダム・ムラサキ、それははっきり言えないな。生命体は機械じゃないからね。治ったら、とでも言っておこうかな。それに言語が全く異なるようですよ。我々の言葉には反応しないから」

 ブラキカムは口の片方を持ち上げて笑った。

「まあ、あなたには関係のないことかもしれないがね」

 今度は言外に皮肉っぽさが滲み出ている。

 それまで黙っていたもう一人の濃い茶髪の男が口を開く。

「でも、大脳コンタクトならすぐに会話できるでしょう?」

「イベリス、今はまだ地球人とそのような接触をするべきではありません。大脳コンタクトをするということは、相互に情報が交換される危険があると言うことです。採取した地球人の情報を分析してみなければ、こちらの情報を開示できるかどうか、まだ判断できません。この地球人は、事故でたまたまこのようなことになってしまっただけで、ここに地球人を置いておく事さえ、既に想定外なのですから。あまり勝手なことをしないようにお願いしますね」

ムラサキは駄々っ子をあやすような口ぶりで言った。

「いつ話せるかって、あなたが先に言ったんですよ?」

 イベリスは不満げに反論する。

「話すことと大脳コンタクトは別です」

 ムラサキは無表情に言い捨てた。

「言語が違うなら、あなたが話すと言ってるのは大脳コンタクトをすることなんじゃないですか?」

「イベリス、私はあなたがたと違います。お解りだとは思いますが」

「分かってますよ。あなたには心がない。だから情報も搾取されないそう言うことですよね」

 ムラサキは屈託なく頷いた。

「やめろよ。ムラサキにそんなことを言ったって意味がないだろう? どうしたんだ、イベリス、早速地球人の女の子をお茶にでも誘うつもりか?」

 ブラキカムが茶化すように言う。

「そんなんじゃないですよっ」

 イベリスは弾かれたように反論した後、耳まで赤くなった。

「悪いことは言わん。この子に特別な感情を持つのはやめとけ」

 ブラキカムは急に真顔になって言った。

「何故です? この子が地球人だから?」

「それもある。だがな、この子はもうすぐ死ぬことになるからさ」

「どういうことですか? さっきこの子は助かったとあなたは言いましたよ」

 ブラキカムの言葉に動揺してそう訊いたのは、しかしムラサキの方だった。ムラサキの動揺した様子にブラキカムもイベリスも驚く。

「どうしたんです? あなたらしくない様子だな。この子は悪性の腫瘍持ちなんだ。地球の医学ではまず助からないでしょうな」

 ブラキカムが静かに言った。

 その時ドアが音も無く開いて、白髪に榛色の瞳をして落ち着いた雰囲気の初老の男と素晴らしく美しい金髪を結いあげた女性が入ってきた。


 瑞樹は水槽の中で自分を取り囲んでいる人達をぼんやり眺めながら、懸命に考えを廻らせていた。

――なんだろうこの違和感。病院にしては雰囲気が違うみたいだし……。

 ふと気づいた事実に瑞樹は納得した。

――そうか、分かった。この人たちみんな色が薄いんだ。外国人なんだね。それで雰囲気違うんだ。そうか、そうか。

 瑞樹は納得して、再び深い眠りに落ちていった。


「ムラサキ、どうかな、地球人の分析は進んでいるかね。どの程度の文明なのか、どの程度の知能なのか、人口はどれくらいか」

 初老の男は、穏やかな眼差しでムラサキを見つめる。


「ラークスパー教授、その前に医師としての私の意見を聞いてもらって構いませんか?」

 ブラキカムは、話に割り込むと返事を待たずに続けた。

「地球人と我々は身体的に似ている……というよりもむしろ同じと言っていいですね。体の形状つまり指の数、目の位置、歯の形などから遺伝子を構成する四つの塩基、細胞を構成しているミトコンドリア、ゴルジ体、クエン酸回路、神経伝達方法、速度、脳の構成に至るまでほぼ同じです。骨格や色素の量や聴力の音域、識別できる光線の波長などに多少違いはありますが、これはハルと地球の環境の違いによるものでしょう。気圧や重力や大気の構成などが多少違いますからね。つまり地球人と我々は同じ系統樹に属していると考えてほぼ間違いないでしょう」

 ブラキカムはてきぱきと説明した。

「我々の同朋だという意見ですね? つまり、我々の他の船が着いていたと……」

 イベリスは興奮して口を挿んだ。

「その結論は性急過ぎるね。我々は、今やっと太陽系にたどり着いたばかりだ。同朋が既に住み着いていると考えるのはちょっと無理があるだろう」

 ラークスパー教授は、少し困ったように言う。

「ラークスパー教授、性急もなにも、同朋ですよ。間違いなく。違う惑星で違う条件で進化しているはずなんです。もし同じ進化の系統樹に属してなくて、ここまでお互いに似ることができたら、それは奇跡と言うんですよ」

 ブラキカムは捲し立てた。

「その奇跡が起こったんだとしたらどうするね?」

「ありえませんね」

 ブラキカムはラークスパーが言葉を終わる前に否定した。

「ラークスパー、もし他のハルの宇宙船が先に、例えば記録も残らないくらい昔に着いていたという可能性があるのだとしたら、対処の方法を考える必要がありますね」

 ムラサキが気遣わしげに問いかけた。

「ムラサキ、それは今後ゆっくり考えるとしようじゃないか。そんな昔では同朋かどうかの確認さえできるかどうか分からないのだし。(いず)れにしろ、後の決定は上で判断することになるだろう。君達は情報の収集と地球環境対応プログラムを進めておいてくれたまえ」

 ラークスパー教授と金髪の女性は、先に部屋を出て行った。


「この子は……ハルの医学でなら助ける事ができるのですか?」

 ムラサキが瑞樹を見ながら訊いた。

「微妙なところですね、ハルの医学でもかなり高度な医療を施さないとならないでしょう。詳しく調べた訳じゃないので、なんとも言えませんが、最悪の場合、遺伝子にも手を出さないといけないかもしれないな。カナメとイブキが開発した分解再生装置を医療用に改良したんですよ。ついこの前ね、と言ってもハル脱出前ですが……試してみますか? 地球人の治療の許可をもらえるのならすぐに使えますよ」

 ブラキカムが興味津々な顔でムラサキを覗き込んだ。

「分解再生装置を?」

 ムラサキは、少し顔をしかめて言った。

「気に入りませんか? ニシキギという人物を御存じですか? 彼はなかなか優秀なエンジニアでね。そりゃ、あなたのお気に入りのイブキやカナメに比べれば見劣りはするでしょうが、ちょっとした小細工は得意です。役に立つやつですよ。イブキはこの船には乗っていないんだし、カナメは使い物にならんでしょ? 仕方がないんですよ」

 ムラサキは小さくそうとだけ答える。

 ブラキカムは溜息をついた。

「あなたがどうしてもこの地球人を死なせたくないって言うんなら、話は簡単じゃないですか。むしろ、あなたがこんな小娘一人にどうしてそこまで拘るのかそっちの方が気になりますけどね」

 ブラキカムが好奇心剥き出しの表情でムラサキを見つめる。

「いえ、大した理由ではないのです。そうですね、この子には何のメリットもないでしょう。私の勘違いです」

 ムラサキは急に無表情になって部屋を出て行った。


「おい、見たか? さっきのムラサキの顔。あんなムラサキの顔初めて見たぜ。なんであの子をあんなに助けたがってるんだ? ムラサキでも人の命が惜しいと思ったり、勘違いしたりするのかな?」

 そう言いながらブラキカムはイベリスを振り返った。イベリスは何か考え込んでいるらしく反応がない。ブラキカムはイベリスの顔の前で手をひらひらさせた。

「おーい、生きてるかー?」

「ねえ、ドクター、代わりに僕がどうしてもって頼んだら、この子を助けてもらえるよう上に頼んでくれますか?」

 イベリスの言葉に、ブラキカムは更に不思議そうな顔をした。

「お前達、何か、どうかしたのか? この子の親戚か? いやムラサキに親戚がいるわきゃねーか」

「この子は森の民だ」

 瑞樹を見つめたまま、イベリスは呟くように言った。

「森の民? この地球人がか?」

 ブラキカムは訝しげにイベリスを見る。

「……いや、わからない。違うかもしれない。でも、なんでだろう……」

――僕はこの人を助けたい。

 イベリスは、心の中でざわざわするものを感じながら呟いた。

「地球にも森の民がいるってことになれば、益々他の船が着いていたってことになるんじゃないか? 彼らはハルでも、かなり特殊な存在だし……」

 ブラキカムは勢い込んでイベリスに問いかけた。

「いや……どうかな。そう念押しされると自信がなくなるよ。僕たちは普通なら、お互いが森の民であるかどうかなんて分からないんだ。なのに何故だろう……僕はこの子が森の民じゃないかと感じるんだ」

「なーんだ、勘ってやつか?」

 ブラキカムは急にテンションを下げて肩を竦めると、先に部屋を出て行った。


 一人瑞樹の前に佇んだイベリスは、今度は小さな声で瑞樹に囁くように言った。

「……僕は君を助けたいよ」


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