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第17話 Mars quake -地震-(2)

 真っ暗闇で何も見ることはできなかったが、エリアEのど真ん中にぽっかりと穴があいていた。イベリスはその穴に落ちたのだ。手探りで這いずりながら登る。イベリスの身長の倍以上あるであろうその穴は、ついさっきまではなかったものだ。


アグニシティに着いてエリアEの見学をしていたイベリスは、ぼんやりと座っている瑞樹に気づいた。声をかけようと歩み寄った瞬間、地面が波打った。慌ててしゃがみこむ。しばらくして、前方、瑞樹のいた辺りで閃光がひらめいた。その後は何が起こったのかわからない。気づいたら、イベリスはクレーターのような穴の中に落ちていたのだった。

「……何だよ、これは……」

 イベリスは混乱したまま穴から這い上がった。地震が起こったのだろうということはわかったが、あの閃光とこの穴はどういうことなのか、イベリスは打ち身で痛む体に呻き声をあげた。


 辺りは真っ暗闇で何も見えなかったが、たくさんの傷を負った人々の呻き声が聞こえる。

「おぉい、大丈夫か?」

 カナメの声がして、細い電灯の光がエリアEに射しこむ。

「どうなってるんですか?」

 ファームの民の誰かが問いかけた。

「地震だ。電気系統がやられている。動けるものは医療センターへ、余裕のある者は必要な者に手を貸してやってくれ。廊下に出れば、非常灯が灯っている。とにかくエリアEから出るんだ。動けない重症の者はいるか? 声を出してくれ」

 あちらこちらから声があがる。

「今、救援を呼ぶ、動けるようなら少しずつでもこの明りを目指して移動してくれ」

 カナメは、大脳コンタクトの別のボタンを押してニシキギを呼びたした。

「ニシキギ、声が聞こえたら緑色のボタンを押してくれ」

 二度ほど繰り返したところで応答があった。

「エリアEで負傷者が多数出ている。医療スタッフに至急来るように伝えてくれ。それから制御室に電気系に強い技師をやってくれ、アオギリが一人で対応している」

「了解、この器械はあとどんな機能があるんだ? 非常食とかは出たりしないのか?」

 ニシキギの呆れた声が返ってくる。

「そんなもん出るか。非常用の機能はまだいくつかついてるが、今説明してる暇はない」

「了解」

 カナメがかざしている灯りを頼りに、イベリスはヨロヨロと進んで行った。

「カナメさん……カナメさん、イベリスです」

「イベリス! 来てたのか? 運が悪かったな」

 気の毒そうに微笑むカナメの顔にイベリスはホッとする。

「怪我はないか?」

 カナメは灯りをイベリスの体全体を照らした。見事に泥だらけだが、擦り傷と打ち身程度で済んでいるようだ。

「僕は大丈夫です。それよりも、瑞樹を見ましたか?」

 イベリスは心配そうにカナメを見つめる。

「いや、見てない。今のところ、ここを通ったのは全部ファームの民だった」

 カナメはひやりとする。

「僕、見たんです。瑞樹がエリアEの真ん中に座っているのを。声をかけようとしたら地面が揺れて、何かすごい光が閃いて、大穴が……」

「光? 大穴?」

「穴は今でもあいてますよ。光はすぐに消えてしまいましたけどね」

 イベリスの顔は不安で歪んでいた。

「そこに瑞樹が……」

 カナメは呆然としているように見えた。

「カナメさん、灯りを他に持っていませんか? 僕、様子を見に行ってきます」

「灯りはこれしかない。とにかく君は医療センターに行きなさい。もうすぐ救援隊が医療センターから着くだろう。その後で僕が探す。必ず見つけ出すから……」

「でも……」

 イベリスはためらった。もし瑞樹が土の中に埋もれているのだとしたら、事態は一刻を争うかもしれないのだ。

「君の言いたいことはわかってる。だが、この暗闇の中で動くのは二次災害を引き起こす危険がある。君、もし余力があるようなら、ザイルのようなものを探してきてくれないか? 穴が深いのならば必要だろう?」

「わかりました」

 イベリスは大きく頷くと、非常灯が薄暗く灯る廊下の闇に消えて行った。

「瑞樹! 瑞樹! いたら返事をしてくれ!」

 ファームの民達がカナメの大声に驚いて振り返る。

 返事はおろか安否を知るファームの民からの情報もない。カナメはジリジリした思いで灯りをかざしながら、ポケットの中のハル玉を握り締める。ハル玉は光苔のようにひっそりと光った。

 ハル玉は瑞樹の地球玉と対になっていて、近くにいると互いに反応し合って蛍光を発するように仕組んである。カナメは絶望的な気分でそれを握り締めた。瑞樹が確かに近くにいるのだ。返事もできない状況なのだ。

――まさか、死んでいる? そんなはずはない……。

 そんなはずはないと自分に言い聞かせる。

 しかし、イベリスは光を見たと言った。それは森の民の力の光ではなかったか、カナメは走り出したい気持ちをぐっと堪えて、灯りを持つ手を支えなおした。


 救援隊は手間取っているらしく、なかなか到着しない。かなり時間が経ってから、カナメの背後で大きな光が閃いた。

「カナメさん、遅くなりました。医療センターもパニくってて、すみません!」

 医療センターの男はそう言った。

「重症者がかなりいるようだ。頼むよ」

 医療センターのスタッフが持ってきた明かりで、エリアEの中は随分明るくなったが、奥の方はまだまだ暗い。カナメは手元の明かりを頼りに奥へ進んだ。

「瑞樹! ディモルフォセカ! どこだ? 瑞樹! ディモルフォセカ!」

 返答はない。イベリスが言ったように、エリアEの中央付近に大きなクレーターのような穴が開いていた。直径は五メートルくらいで、深さは三メートルほどもあるように見える。

「なんだこれ……嘘だろ?」

 カナメはクレーターの斜面を滑り降りて行った。クレーターの底を隈なく照らす。そこには誰もいなかった。

「瑞樹! ディモルフォセカ!」

 名前を何度も呼びながら手当たりしだい土を掘り返してみる。エリアEの空気は冷気を含んできていたが土は予想に反してほんのり暖かく、まだ希望が持てる気がした。

「カナメ! 大丈夫か?」

 上からニシキギの声がした。大きなライトで穴の中が照らされて、イベリスがザイルを投げおろして降りてきたのがわかった。

「カナメさん、瑞樹いましたか?」

「いない……」

 カナメは呻いた。

「本当にここにいたのか?」

 ニシキギが、上から別なライトを照らしながら叫ぶ。

「僕、見たんですよ。地震が起こる前に彼女がここにいたのを……」

「ニシキギ、その辺を少し見回ってくれるか? 僕が見回ったのは小さなライトでだったから見落としているかもしれない」

「了解」

 ニシキギはカナメの言葉に素直に従った。

 その間にも、カナメは土を掘り返しては名前を呼び耳を澄ます。

――すぐにナンディーに戻しておけば良かった。

 後悔が込み上げてくる。ディモルフォセカの時と同じだ、早くアール・ダーに戻しておけば良かったと地下都市ハデスのエリアEで後悔したことがあった。フォボスに助けに行く少し前のことだ。



「……カナメさん、ディモルフォセカ・グラブラはディモルフォセカ・オーランティアカだったんですね」

 すぐ後ろでイベリスの静かな声がした。カナメは手を止めてイベリスを振り返る。

「ああ、そんなに怖い顔をしないでください。僕、何も言いませんから、誰にも……」

「君は……アール・ダーで彼女を知ってた?」

「ええ、知っていましたよ。僕の家の近くのお姉ちゃんで、良く世話になってましたからね。顔を知ってます。フォボスで処分された……いや、されるって母から聞きました。だからてっきり僕は、彼女がフォボスで死んだんだと思ってました。あなたが……助けたんですか?」

 イベリスは泥んこになって土を掘り返すカナメを見下ろした。

「……僕は……あの頃死にたがっていてね、死んでもすぐに再生される自分の命にほとほと嫌気がさしていた。そんな時に、彼女が地下都市の僕の部屋に逃げ込んできた……」

 カナメは土を掘り返しながらぽつりぽつりと語った。

「最初僕らは……僕とイブキは森の民の再生技術の開発に彼女を利用するつもりで匿った。彼女の完璧なデータを採取して、完璧に再生させるつもりだった。まだ、森の民に三つのタイプがあるなんて解明されてなかった頃だ。結局、ディモルフォセカはどうやっても再生されないオリジンタイプで……。僕は、そんな彼女の一度きりの命を……惜しんだ。彼女の命を惜しむことで、自らの命をも惜しむことができた。僕が守ってやらないと失われてしまう命。彼女を守ることは、僕が生きていることの理由になった」

「……そうだったんですか」

 イベリスも別の場所の土を掘り返し始めた。


「……僕もカナメさんほどの力と能力があれば、母を助けられたのかな、ああ、でも無理か、母は父を殺めてしまったんだから……。母にもディム程の勇気があったら……僕なんかを生まずに逃げたしていたら良かったんだ。僕なんか生まれなければ良かったのに……」

 イベリスは小さく呟くとさらに小さく溜息をついた。

「生まれなければ良かった命なんてないよ。そんな命は一つもないと僕は思う……」

 カナメはイベリスを振り返ってきっぱりと言った。

「そもそも君たち森の民がそれを証明したんじゃないか。政府に見捨てられて、君たちはアール・ダー村に隔離された。結果はどうだい? 君たちの力なしで僕たちハル人は生き残れなかったよ」

「見捨てられた?」

 イベリスはショックのあまり茫然とする。

「そう、ショックだろうけど、それが森の民の真実だった」

「森の民は……そんなこと誰も知らない」

「森の民は何も知らないよ。知らせないことがとても重要なことだったから」

「何故?」

「絶望した森の民は力を生み出せない。政府は力を欲しがっていたからね。政府は森の民が現実を知って絶望することを恐れていた」

「じゃあ、ディムはどうだったんですか? 地下都市で色々な情報を得て、それで力を使えなくなったんですか?」

「否、使えなくなったのはほんの一時のことだったよ。人間の絶望なんて永遠に続くわけじゃないだろう?」

「じゃあ、政府のやったことは……」

「やり過ぎ……だったんだろうね、今にしてみれば……」

「そんな……」

「人間はもっとしぶとくて強いものだよ。政府は過小評価していたんだと思う」

「俺もそう思うぞ」

 突然上から声が降ってきて、カナメもイベリスもビクッと上を見上げた。

「ニシキギ! 今の話を聞いたんですか?」

 イベリスが狼狽する。

「彼は大丈夫だよ」

 カナメがのんびりとイベリスに微笑みかけた。

「彼も知ってるんだ。ディムのことも僕が過去にしでかしたことも……森の民である君にこんなことまで教えたこともだな……」

 カナメは小さく笑った。

「僕はまた公安にいつ捕まってもおかしくない立場らしい」

 大した事でもなさそうにそう言うとカナメは再び土を掘り始めた。大したことがないと思えるのはニシキギのせいなんだと、ふと思いつく。彼なら、カナメが居なくても、瑞樹を地球に帰してくれそうだ。


「俺は森の民の両親から生まれた。十歳までアール・ダーにいたんだ」

 ニシキギの言葉に再びイベリスが驚愕する。

「だからディモルフォセカのことも、イベリス、あんたのことも実は知ってた。今まで黙ってて悪かったな」

 ニシキギはズザザと音をたてて滑り下りてくると、土を掘り返し始めた。

「だったら、何故あなたはカナメさんを公安に通報したんですか? ディムが同一人物だって……」

 イベリスが不満げにニシキギを問いただす。

「俺は何もしてないぜ」

 ニシキギも不満げに言い返した。

「俺は森の民の側にいる人間を政府に売ったりなどしない。虐めるつもりなら直接本人に俺が手を下すさ。その方が楽しいからな」

 ニシキギは最後の言葉をニヤニヤしながら言った。

「君じゃなかったんだー」

 カナメが邪気のない声で言った。

「じゃあ、誰が?」

 イベリスは困惑顔で呟いた。



*   *   * 


傷のないエメラルドが無いように、永遠に存在できるものなど何一つ無いように、確かなものなどこの世には存在しない。大地は揺らぎ、水は溢れ、炎は万物を蹂躙し、風はそれを煽る。すべての自然が敵にまわった時、我々に何ができるだろうか。取るに足らないちっぽけな存在だと思い知らされて、唯々(ただただ)その強大な力が通り過ぎるのを待つことしかできない。しかし、その後に生き残ったものたちが再び生活を取り戻した時、自らを理解するだろう、我々も自然の力を内包したその一部なのだと


 (第17話 Mars quake-地震- 終了)

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