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第17話 Mars quake ―地震―(1)

「おい、あいつはどうなるんだ?」

 ニシキギはカナメに詰め寄る。

「あいつ? どうなるって? なんのことだ?」

 カナメはアグニシティの司令ルームで仕事をしていたところで、設計図を前に会議中だった為、アオギリを含む数人がカナメと同様にニシキギに注目する。

「あいつを地球に帰すからってあんたは土下座までしたんじゃなかったのか?」

 詰め寄るニシキギを遮るようにアオギリが割って入る。

「こっちは仕事中なんだ。いい加減にしろよ。私的な苦情なら後にしてくんねーかな」

 アオギリが思いっきりすごんで立ち塞がる。

「あと少しで休憩に入る。それまで待っていてくれないか? アオギリ、もういいからこっちへ来てくれ、会議をさっさと済ませてしまおう」

 カナメはニシキギにやんわり提案して、会議を続ける為にアオギリを呼び寄せた。

「おまえ、カナメさんに無礼な口をきくんじゃねーぞ」

 アオギリは憤懣ふんまんやるかたない様子で吐き捨てると会議に戻った。


 アグニシティのランチルームは広くて少々殺風景だ。セレーネシティのはもう少し狭いが巨大スクリーンに地球がいつも映し出されていて華やかだ。アグニシティのランチルームにもやはり巨大スクリーンがあるが、それは赤茶けた火星の地表が映し出されていた。

「で? どうなるってどういうことかな?」

 カナメはモルオーブンから飲み物を取り出しながらニシキギに問う。

「瑞樹のことだ。あいつはもう地球には帰さないのか?」

「……帰さなきゃいけないだろうね。彼女がいた世界へ」

 カナメはニシキギの隣に座って飲み物を啜った。ニシキギの分は本人が受け取ろうとしないのでテーブルに置いた。

「今のあの状態で帰すのか?」

 ニシキギは飲み物には手をつけずカナメを見つめた。

「今の状態で帰すのはまずいだろう。帰る場所を彼女は知らないし、家族の顔さえ分からない様子だし……」

「記憶を戻す方法があるのか?」

「……」

 カナメはすぐに返事をしなかった。かなりの間を置いてカナメはニシキギに訊ねる。

「君は……配偶者がいるんだよね? この船に乗ってる?」

「なんだ? やぶから棒に……脱出の時に俺の配偶者だったのなら、おそらく乗ってるだろうよ」

「配偶者だったなら?」

 カナメは不思議そうにニシキギを見つめる。

「確認してないだけだ」

「確認していない……」

 カナメは今度は呆れたようにニシキギを見た。

「それと瑞樹の件とどういう関係があるんだ?」

 ニシキギはイライラと問いかける。

「君に訊くべきじゃなかったかもしれない……」

 カナメは脱力する。

「もう聞いたんだ最後まで話せ」

 ニシキギは渋面で文句を言った。

 カナメは背もたれにもたれながら顔を片手で覆う。

「そうだね、最後まで話すべきだろうね。瑞樹に記憶を返せばディモルフォセカは消える……らしい」

「らしい?」

 ニシキギは怪訝そうに聞き返した。

「ハルはそうなるだろうと言った。僕が君に訊いてみたかったのは……君だったらどうするかということだったんだけど……」

 そう言ってカナメは項垂れると、大きな溜息をついた。

「……俺には配偶者が二、三人いた。もちろん一度にじゃないぜ。もう名前さえ覚えていない。ある日突然俺の部屋にやってきて政府から割り当てられた配偶者だと名乗る。ハルにいたころ俺はイブキさんの下で働いていて、自室にはほとんど帰らないという暮らしをしていたから、彼女たちを俺はほとんど構わなかった。ああ、いるのかという感じ、たまたま家にいて気が向けば抱いた。気づいたらどの女も俺の家からいつのまにかいなくなっていた。その繰り返しだった。俺は探しもしなかったし、待つこともしなかった。そんなもんだと思っていた。配偶者が誰かにとりついていたとしても俺は配偶者をどうするべきかなんて腐心ふしんすることはないだろう。確かに俺に聞いたのはあんたの失敗だな」

「……とりつく……なんて言い方しないでくれよ……」

 カナメは弱弱しく抗議する。

「そうだ! 一人だけ俺が待っていた女がいたよ」

 ニシキギは嬉しそうに皮肉そうに笑った。

「俺はかつてディモルフォセカ・オーランティアカという女をガイアエクスプレスの駅で何日も待って、探していた。あれが最初で最後だったな」

「……」

 カナメはなんと返せばいいのか思いつかないまま黙り込む。

「俺なら……好きなようにするだろう。俺が残したい方を残す。もし、そうできるのであればな」

「どちらかを選ぶなんて僕にはできそうもない。選べるのかもわからない……」

 カナメは絶望的な瞳で言った。

「……そうしてどちらも苦しめるか?」

 ニシキギは冷たい目でカナメを見つめた。カナメはニシキギを見上げる。ニシキギは続けた。

「瑞樹は苦しんでいた、自分が存在する理由がないと言っていた。ディモルフォセカはどうだ? 楽しそうに生きてたか?」

「ディムは……瑞樹を元通りにしなくてはならないと言った。君の言う通りだ。二人とも苦しんでる」

「……分解できないのか? あんたのお得意だろう?」

「形があるものならばとっくにしてるよ。どうやって人格を分解すればいいんだ?」

 カナメがむっとしてそう言い返したその瞬間、激しく大地が脈動した。


 部屋にあった椅子という椅子が平行に同じ方向に滑っては返って来る、物が割れる音や人の悲鳴が乱れとんだ。カナメは丈夫そうなテーブルの脚にしがみついて落下物や滑り込んでくる椅子から身をかわした。反対側のテーブルの脚にはニシキギがつかまっている。

「地震?」

 カナメとニシキギは同時に呟いた。




*   *   *



 エリアEに座り込んだまま瑞樹は地面からの幽かな振動をキャッチしていた。最初に感じたのは植物たちのざわめきだった。

――何が起こっているの?

 最初はずんずんと地面の下から何かが突き上げてくるような振動が伝わってきた、次いで激しい横揺れ。

 大地そのものが悲鳴をあげているように轟音が響きわたり、ファームの民達の悲鳴がエリアEに響きわたった。

 瑞樹はとっさに地面に四つん這いになっていたが、地面に直接触れている掌に尋常でない力が地の底から這い上がって来るのを感じた。

「いけない! ここはダメだよ!だってハルが残したオアシスなのに……」

 瑞樹は頭から血の気が引いていくのを感じた。

「止めなきゃ!」

 地面についた掌に精神を集中する。

 エネルギーを集める方法はハルを見ていて覚えた。地脈や気脈からエネルギーを吸収する。体の中がまるでマグマでも吸いこんでいるかのように熱くなっていく。

 まだまだだ。まだまだ。体が燃え上がりそうに熱い。瑞樹は限界まで耐えると地面を両手でダン!と抑えた、一気に力を放出する。

 瑞樹の両手から激しい閃光がほとばしり出た。

――アグニシティの広さはどれくらいなんだろうか、これくらいの力で足りただろうか……。

 そんなことをふと思いながら己の体から解き放たれていく力に眩暈を感じる。制御の利かない濁流のように、力は瑞樹の体から出て行く。最後の力を振り絞ったところで瑞樹は胸に鋭い痛みを感じた。

「っく……」

 息ができなくなる、鼓動が激しくなる、目の前に半透明な光の玉が飛び始め、あまりの激しい苦痛に瑞樹は意識を手放した。



 そのころアグニシティの真裏ほどの位置に火山が突如噴火した。地震によるアグニシティの被害は尋常でなく、電気系の回路が寸断され真っ暗闇になった。

「おい、大丈夫か?」

 カナメはニシキギに声をかけた。

「大丈夫だ。それよりも電気系統が……」

「ああ、やられたようだね」

 カナメはポケットから小型の大脳コンタクトの器械を取り出してスイッチを入れた。明かりが灯る。

「ライトを持ってるのか?」

 ニシキギは不思議そうにカナメを見つめる。

「これ大脳コンタクトの小型版なんだけど、緊急非常時対応にしてあるんだ」

「用意のいいこったな」

 カナメはニシキギにもう一台放って渡した。

「何台持ってるんだ?」

 ニシキギは呆れて訊いた。

「だからこれは大脳コンタクトの器械なんだよ。二台ないと使えないだろ?」

 カナメは肩を竦めた。

「僕は電気系統のチェックをする。このままだとアグニシティは凍りついてしまうからね。君は負傷者を医療センターに誘導してくれ。あそこなら自家発電装置があるからしばらくはしのげるだろう。それからナンディーに連絡を頼む」

「わかった」

 ニシキギは神妙に頷いた。

今火星は真夏だが、それでもその最高気温はマイナス二十八度だ、夜明け前にはマイナス九十三度まで低下する。外壁は熱を伝えにくいように造ってはあるが、それでも電力が供給されなくなったアグニシティの内部は、かなりな速度で気温を下げ始めるだろう。

「医療センターへ行け! 負傷したものも、そうでないものも、医療センターへ行くんだ。電気系統が復活する前に凍死してしまうぞ!」

 ニシキギのどなり声が響きわたった。



「アオギリ! アオギリはどこだ!」

 カナメはアオギリを探していた。アグニシティの建設の責任者だ。誰よりもここの構造に詳しい。

「カナメさん! ここです」

 アオギリは倒れてきたスチール棚の下敷きになっていた。

「大丈夫か?」

 カナメは顔色を変えて駆け寄った。

「足を挟まれてるんでさ。ちょっと手を貸してもらえますか?」

 カナメはアオギリの上に覆いかぶさっているスチールに手をかけて渾身の力で持ち上げた。僅かにできた隙間からアオギリがほふく前進して出てきた。

「他の人は?」

「残ってたのは俺だけだったんで、恐らく現場に行ってるんだと思うんですが……」

 アオギリは顔をしかめながらそれでも何とかつかまって立ちあがった。

「大丈夫なのか?」

「制御室に行きましょう、電気系統の情報が手に入ります。ここにいても何から手をつけていいのかわからない」

 カナメは頷くとアオギリに肩を貸した。

「アグニシティはどれくらいもつ?」

「このまま電気系が回復しなければ十二時間くらいでしょう。断熱構造にはしてありますが、間もなく日没です。外気は下がる一方だ」

 アオギリは唇をかみしめた。


制御室は非常用の電気系統が立ち上がっていて、カナメは制御盤に表わされている回路を食い入るように見つめた。

「ズタズタだな」

 寸断された回路の先を順に確認していく。エリアE付近でほとんどの回路が寸断されていた。

「こりゃ、まずいな」

 アオギリも唸った。

「エリアEの被害が大きそうだ」

 カナメはひやりとした思いで見つめていたが、アオギリの言葉に現実を確認する。

「エリアEに行ってくる。君は寸断した回路を回避して電力を保てるようにルートを組みなおしてくれるか? この制御室がしばらく使えるならだけど……」

「カナメさん見くびらないで下さいよ、ここが駄目になる時はアグニシティが駄目になる時です。医療センターよりもここは安全なくらいですよ。大丈夫回路はすぐに組み立てなおします」

 アオギリは胸を張った。

「それよりも心配なのはエリアEです。早く行ってください。あそこが駄目になると真綿で首を絞められるみたいにジワジワ死ぬことになっちまいますからね」

「わかった。後ですぐに応援をよこすよ」

 カナメはそう言い残して足早にエリアEに向かった。ガルダでもエリアEが甚大な被害を受けた。嫌な予感を打ち消すようにカナメはエリアEへと足を速めた。


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