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第16話 今は亡き惑星(ほし)の光跡(1)

 ニシキギと瑞樹を乗せたシャトルは、ナスカの地上絵にあるような鳥の模様が開口した侵入口から火星の地下へと進んだ。アグニシティの中は薄暗がりで、ナンディーの中とよく似ている。

「で? どうするつもりだ?」

 ニシキギは完全に停止したシャトルの操縦席から振り返って問う。

 瑞樹は慌てたようにニシキギから顔をそらした。

――やだ。何でだろう……ニシキギの顔を見ると心臓がドキドキする。

「降ろしてくれたらそれでいい。ナンディーに戻るなり、ここに残るなり好きなようにしてよ」

 瑞樹は努めて平静を装ってそっけなく言った。

「俺がどうするかなんて訊いていない。お前がどうするかだ」

「あなたには関係ない」

 瑞樹は接岸したタラップをさっさと一人降りていく。

 アグニシティは想像していたよりも広くて陰気で鉄錆の匂いがする。

 タラップを降りきった所に立っていた人に、エリアEの場所を聞くと瑞樹はニシキギを振り返りもせずに立ち去った。

 

 ニシキギは軽く溜息をつくと自らもタラップを降りた。

 アグニシティに降りたのは二度目だが、前回よりもかなり作業が進んでいるのがよくわかる。来たついでにあちこち見て回るかと考えていたところに声がかかった。

「遅かったね」

 声がする方を見るとカナメが立っている。

「何であんたがここにいる?」

 ニシキギは苦虫でも噛み潰したように顔をしかめた。

「ラークスパーに頼まれて機材を運んだんだ」

 カナメはニシキギを見て微笑んだ。

「なかなか着陸許可が出なかったのはあんたのせいか?」

 ニシキギは睨みつけた。

「ラークスパーが急いで届けて欲しいと言うものだから優先させてもらったよ。でも、そのお陰で色々情報が得られたんじゃないかな? 僕も聞かせてもらったけどね。これは言っておかないとフェアじゃないから」

 カナメから笑みが引いた。

「……盗聴してるってわけか」

「彼女は地球人だ。野放しにはできないだろう?」

「本当にそれが理由なのか?」

 ニシキギは嫌味っぽく笑う。

「君の弟さんは気の毒だったと思うけど……ディモルフォセカのことをあまり悪く思わないでやってくれないか。彼女は自分のことだけを考えて逃げ出したわけじゃないんだ。それに……君が思っているほど、彼女は地下都市で安穏と暮らしていたわけでもない。僕は彼女をそれ程守ってやれなかったからね」

 カナメは顔を歪めた。

「そんなことを俺にしゃべって無事で済むと思っているのか?」

 ニシキギは冷ややかな目でカナメを睨みつけた。

「無事で済ませようなんて思ってないさ。無事で行けるところまでは行こうと思っているけどね」

 カナメは肩を竦める。

「言っとくがな、あれはディモルフォセカじゃない。ミズキ・ヒュウガだ」

 ニシキギは吐き捨てるように言った。

「……そうだね」

 カナメは眉間に皺を寄せる。

 わかっているのに、人に言われるとそれを否定したくなるのはどうしてだろう。でも、それでも、あの体の中にはディモルフォセカも存在しているのだ、今は……。

「あいつがどこに行ったのか知ってるんだろう?」

「エリアEだよ。それ以外に彼女が行くところがあると思うかい?」



*   *   *



 アグニシティのエリアEは広大な草原になっていた。ナンディーの森も広いと思っていたが、アグニシティの草原はそれの五倍以上はあるそうだ。

 その広い草原のそこここに、ハルの気配があった。

 空気の中に草の上に草原を微かに吹きわたる風の中にハルの存在を確認する。

「……ハル」

 初めは呟くように、

「ハル?」

 次にはっきりと、

「ハールー」

 そして声を限りに呼んでみる。声が遠くの金属の壁に跳ね返って木霊する。作業中のファームの民達が顔をあげてこっちを見るのが見えた。


 瑞樹はエリアEの真ん中に立って途方に暮れる。

 ここに来ればハルに会えると……信じていた。

「どうかしたのか?」

 ファームの民ではないごつい感じの男の人が声をかけてきた。ほとんど丸刈りにした濃い茶の髪に明るい茶色の瞳をしている。

「……いえ」

 瑞樹はさらに途方に暮れる。

 どうかしたわけじゃないのに、涙が止まらなかった。


 あと少し手を伸ばせば支柱に掴まれると思って思い切り伸ばした手の先に、掴まるべきものが何もなかったとわかった時のこの気持ちは、蔓性つるせいの植物にしかわかってもらえないのじゃないかと思う。


 声をかけてはみたものの、理由も言わずにただ泣き続ける瑞樹にアオギリは困惑した。ファームの民ではないその女の子は、今ナンディーから来たばかりだという。胸元にかけられているターコイズの玉に目がとまった。

「そのネックレスはどうしたんだ?」

 ごつい顔が最大限優しく見えるように微笑んで、アオギリは話しかけた。

「カナメからもらいました」

 涙を拭いながら瑞樹は言う。

「やっぱりそうか! それはここで俺が見つけたターコイズだな。俺もそれと似たような石を持ってるぜ」

 アオギリはそういうと彼の埃っぽい服のポケットから青い玉を取り出して見せた。

「あれ? カナメさんに渡したのよかよっぽどこっちの方がハルに似てると思ってたけど……さすがカナメさんだなー」

 アオギリが取り出して見せてくれた球は、青色が薄くて雲がたくさん浮いていて、雨模様の惑星に見える。

「……ハル」

 瑞樹は再び涙ぐむ。

「そうだよな、ハルみたいだよな。カナメさんは地球みたいだって言ったけど、俺たちにとっちゃあ、これはハルだ。俺たちの故郷だ」

 アオギリは晴れ晴れと笑った。

「故郷……」

 瑞樹はさらに混乱する。

 自分は地球人なのだ。カナメはそう言った。この玉は地球なのだとそう言った。

「なあに、今はこのアグニシティだのセレーネシティだのって街を作ってるが、そのうち地球にも造るさ。あそこまでハルに似てるんだ、俺達が住めねぇわけがねぇ。今だって、地球に地下都市を造っちまえば住めるんだ。俺に頼めばすぐにでもできるんだがなぁ」

 アオギリは物足りなさそうに言った。

「オジサンは街を造るのが仕事なの?」

 瑞樹は目を見張って言った。

「おい、オジサンってのはやめろよ。俺はアオギリってんだ。あんたは?」

「瑞樹」

「瑞樹か、あんまり見かけねぇ顔だが、こんだけ早く目覚めさせられたんだったらあんたにも何か特技があるんだろ? 俺はあんたが言ったとおり街づくりが本業だ」

 アオギリは胸を張った。

「目覚める?」

 瑞樹はこの世界のことをあまりよく知らない。知っているのはハルとエリアEのことくらいだ。

――やっぱり私は地球人なんだろうか。地球の記憶も無いけど……。


「瑞樹」

 後ろから聞き慣れた声がした。

「瑞樹……アグニシティのエリアEに来ても何もないと言っただろう」

 カナメはちょっと怒っているような、困っているような顔でそう言った。

「カナメさん、あのターコイズ、うまいこと加工しましたね。俺の持ってるのがみすぼらしく見えちまう」

 アオギリは野太い声でガハハと笑った。

「アオギリ、ここの宿泊施設はどうなってる? 瑞樹みたいのでも少しくらい滞在できるのかな」

「もちろんでさ、宿泊もできない街造ったって誰も住めねぇでしょうが」

 アオギリは憮然とした様子で腕組みをした。

「じゃあ、少し泊めてもらうよ」そしてカナメは瑞樹に向き直って言った。

「ハルがここにいないということをその目でしっかり確かめるといい」

「ハルは……ここにいないの?」

 瑞樹はカナメを縋るような目で見上げた。

「いない。ハルは君が自分の足できちんと立って生きていけるようにして欲しいと頼んで行った。僕は……君を戻さなくてはならない」

 カナメは辛そうに見えた。

「戻す?」

 瑞樹は恐ろしそうに呟いた。

「私を地球に戻すの?」

 そんな行った記憶もない惑星に一人で戻されるのだろうか。恐怖で目の前が真っ暗になる。

「いや、その前に元の君に戻さなくてはね。ただ……もう少し待ってほしいんだ。僕に時間をくれないか?」

「元の私?」

 どうして私は元の自分を失ってしまったのだろうか。ハニーが元の私ではないんだろうか。ハルはすべてを知っている様子だった。ハルに聞いておけばよかった。自分のこともハニーのことも、地球のことも……。


「なんか事情があるみたいだけど……とりあえず居住区の案内をしておきましょうか?」

 アオギリが少し困ったような顔で言った。

「ああ、頼むよ」

 カナメは小さく笑った。




*   *   *



 それから何日も瑞樹はアグニシティの中をさまよい歩いた。

 エリアAからエリアHまで一つ一つ確認していく。基本的にはナンディーと同じだ。しかし、ナンディーは宇宙船なのでコックピットがあるが、アグニシティにはもちろんそんなものはない。

 それ以外を除けばほぼ機能的に同じなのだとアオギリが説明してくれた。もう一つ違うところがあった。アグニシティの道路はいくつかのレーンに分かれていて歩かなくても移動できるように動いていた。


「これだけの広さがあるからな。乗物で移動するか道路を動かすか検討したんだが、やはり地下都市で乗物は良くないだろうってことになってな。もちろん特殊な場合の乗り物はあるがね。重力も地球の半分だし、歩いた方が体にもいいだろうってことで……」

 アオギリは実に細かいところまで説明してくれるので、会話が途切れて気づまりになることはなかった。もちろんそのせいではないと思うがハルの気配は全く感じられない。その残滓を感じられるのはエリアEだけで、ハル自身は影も形もなかった。

「あんたハルを探してるんだって? この前カナメさんと話してるところを聞いちまったんだが……ハルって人を探してるのかい?」

 ぼんやりしている瑞樹を心配そうに見ながらアオギリが聞いた。

「……人じゃないと思う……たぶん」

 瑞樹はぼんやりとしたまま呟く。

「人じゃない……」

 アオギリは困り果てた様子で言った。

「アオギリさんはカナメのことをよく知ってるの?」

「アオギリでいいっすよ。カナメさんが呼び捨てで俺にさんつけられると寝覚めが悪いんでね」

「ふうん。カナメってそういう立場の人なんだ」

「瑞樹の方がカナメさんと親しいのかと思ってたが……」

「私は何も知らない、何もわからない、自分が誰なのかもわからない……」

 瑞樹は頭を抱え込む。

「おい、大丈夫だ、心配するなよ。カナメさんが元のあんたに戻してくれるって言ってたじゃねーか。大丈夫だ」

 アオギリは瑞樹の背中をポンポンと叩くと、そんなによく知ってるわけじゃねーがなとカナメのこと、イブキのこと、フェリシアのこと、コブのことやその他諸々のハルでの出来事を教えてくれた。


 アオギリは瑞樹のことを単純な記憶喪失だと思ったらしい。ハルのことを話してくれた後、決まった様に「どうだ? 何か思い出したか?」と聞いた。アオギリはディモルフォセカのことは全く知らなかった。


 アグニシティのエリアEには高い木がない。木の実をつける樹木を植えたいんだがとファームの民達が話しているのを瑞樹は聞いた。木の実をつける木の苗はおろか、食用にはならないが丈夫なことが取り柄の木の苗でさえ、人の背丈ほどの大きさまでしか育たないのだという。何が原因なのかわからないらしい。土壌のせいなのか磁場や重力のせいなのか、さっぱりわからないのだと彼らは言った。


 瑞樹は草原の上に寝転がった。大地からエネルギーが体の中に入り込んでくるのを感じる。この大地は豊かではないが植物を育むエネルギーは持っているようだ。何故木が育たないのか……考えているうちに意識が反転するのを感じた。


 ハニーが出てくる……そう思った瞬間に意識が無くなった。


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