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第10話 ミズキA、ミズキB(3)

「おい、ニシキギ、また来てるぜ」

 同僚の冷やかし声に振り返ると瑞樹が立っている。瑞樹はミズキAの人格になると、ここエリアEにニシキギを捜してやってくる。最初は追い返したり、仲間の冷やかし声に抗議して不機嫌になっていたが、最近はすっかり諦めモードになっている。ああ、また来たのかと言った状態だ。

 瑞樹自身に話しかけてもみたが、言葉が通じないのか反応がない。誰の言葉にも反応しない。ニシキギの瞳ばかり見つめている。ニシキギは仕事が終われば、なんとなく行きがかり上、医療センターまで送り届けるという日々を送っていた。


その日、仕事が終わって瑞樹を送り届けようと見渡した時、瑞樹は近くに見当たらなかった。人格が入れ替わって突然いなくなることは珍しいことではなかったので、そのまま帰ろうとしたときに、エリアGで一緒に働いている女性に声を掛けられた。

「ねぇ、あの瑞樹って子なんだけど……大丈夫かなぁ」

「なにがだ?」

「さっきヒースとホスタが話しかけてて、しばらくしたら連れて行かれたんだけど……」

 同じエリアGで働いていてもどこか孤立している風情のニシキギには友人と呼べる人間がいない。そのせいで仲間内の噂話などにも疎い。そのニシキギでさえ、ヒースとホスタについては良くない噂を聞いていた。

「どっちに行った?」

 どこか落ち着かない気持で訊き返す。

「エリアHの方だから、もしかしたら医療センターに連れて行ったのかもしれないとは思ったんだけど……」

 ニシキギの動揺した気配に女性は少し引き気味に答えた。

「分かった」

 ニシキギは走った。

――こんなのは馬鹿げてる。俺はなんでこんなに追い立てられるみたいに走ってるんだ?

 なのにく気持ちを抑えられない。


 エリアGはエリアHの隣だとはいえ、それぞれにスペースが必要なエリアなのでかなりな距離がある。

 周りの人が驚いた表情で振り返るのにも構わずニシキギは走り続けた。エリアGからエリアHまでの間に疑わしい部屋を一つ一つ覗いて回る。

 あんな連中が瑞樹を大人しく医療センターに送り届けておしまいということがあるだろうか。考えれば考えるほど気がいてしまう。見つからないことに焦って、指先が冷たくなっていく。

――どうしてだ?

 自分でもよく分からない。


 医療センターの先、一番先端の部屋まで確認してから医療センターまで再び走りながら戻った。見つからない。ブラキカムに手を貸してもらった方がいい。ニシキギはそう判断して医療センターに駆け込んだ。

「ブラキカム! 手を貸してほしいんだ! 瑞樹が……」

「瑞樹がどうかしたか?」

 ブラキカムの前にはぼんやりした様子の瑞樹が座っていて、何かの手当をしてもらっているようだった。その隣にはカナメもいる。

「瑞樹……」

 ニシキギは肩で息をしながら呟いた。

「もしかして、探してたか?」

 ブラキカムが驚いて訊いた。

「なんだかエリアGのやつらに絡まれてたみたいで、カナメが助けたらしいんだが、少々乱暴に扱われたらしい。まあ、打ち身程度だから湿布貼ってるだけだがな」

 ニシキギはブラキカムの言葉に安堵の息をついたが、次の瞬間、猛烈に怒りが込み上げてきた。瑞樹の腕や顔は打ち身で赤くなっていた。

「あいつら……」

 取って返そうとして部屋を出たところで、ニシキギはカナメに呼び止められた。

「僕がいない間、瑞樹が随分面倒を掛けていたみたいで、申しわけなかった。いつも瑞樹を医療センターまで連れてきてくれていたんだってね」

「別にあんたの為にやったわけじゃない。それとも瑞樹はあんたのものなのか?」

「いや、そうじゃないよ。行きがかり上というだけだ」

 カナメは苦笑する。

「なら、俺も同じだ」

「……ホスタとヒースは、確かに品行方正とは言い難いやつらだよ。しかし、彼らにも言い分があるようだった。君が彼らを無能扱いしたんだそうだが、それは事実かな?」

「馬鹿だから馬鹿だ、役に立たないと言っただけだ」

 ニシキギの頑なな言い方にカナメは溜息をつく。

「君が、彼らと同等の立場ならばそれでも構わないさ。しかし、君はあのグループのリーダーだろう? 指導する立場の者が指導しないで罵倒してどうするんだ? それで彼らが君の言うことを聞くようになるとでも思ったか?」

「何故そんな説教を今聞かなきゃならない?」

「彼らは君に仕返しするつもりで瑞樹に近づいたらしいんだ」

「……」

 ニシキギは瞠目する。

「瑞樹が君につきまとっている理由は大体分かっている。その理由を取り除かせてもらうよ。悪く思わないで欲しいんだが……」

「悪く思う訳がないだろう? そんなことができるなら、もっと早くやってくれれば良かったんだ」

 ニシキギは吐き捨てるように言った。

「……そうか、分かった」

 溜息をつくカナメをニシキギは睨みつけるとエリアHを出て行った。


 カナメは再度診察室へ入って行った。

「しばらくの間、瑞樹をエリアGに行かないようにしてもらえるかな」

 カナメはブラキカムに言った。

「分かった……だがな、カナメ、これ以上この子に関わるのはやめろ」

 瑞樹の治療が終わったブラキカムがカナメを真剣な目で見上げた。

「瑞樹には地球での記憶がない。もう帰す意味がないだろう?」

「……それだけの理由で関わるなと言っている訳じゃないんだろうな?」

「この子はディモルフォセカにそっくりだ。こんな状態でお前の傍に置いておきたくない」

「前から気になってた。ブラキカム、なんでディモルフォセカを知ってるんだ?」

 ハルにいたとき、カナメはディモルフォセカをブラキカムに会わせたことはなかった。

「……ハルを脱出する直前、彼女は俺の患者だった」

 ブラキカムの言葉にカナメは目を見開く。

「ディムはどこか具合が悪かったのか?」

 そんなことをディムから一言も聞いていない。

「いや、そうじゃない。少し……その……相談に乗っていただけだ」

 ブラキカムはカナメから目をそらした。

「……それで?」

「今となっては、イブキの気持ちが良く分かるぜ」

 ブラキカムは大きな溜息をついた。

「俺はお前を失いたくないんだ。この船に、一体何人俺たちほど長く生きている者がいる? 俺はお前を失いたくない。俺を昔から知っている人間がいなくなってしまうのがなんだか心細くて怖いんだ。この子に関わって、お前がまた危うい生き方をするんじゃないかと俺は心配している。法を破れば、せっかく与えられている半永久再生の権利を失ってしまうんだぞ」

「僕はそんなもの望んでいない」

 カナメはうんざりしたように言った。

「やっと新天地を見つけたのに? これからなのに? お前は未来を見てみたくないのか?」

「僕が欲しいものは、そんなものじゃない」

 欲しいものはすべて過去に置いてきてしまった。もう取り戻せない。

「……イブキが言っていた。ニシキギは森の民のタイプオリジンを再生する方法をひどく熱心に研究していたらしい」

「それはニシキギ本人から聞いた」

「それともう一つ、彼はディモルフォセカ・オーランティアカの情報を異常な執着をもって集めていたらしいんだ」

「……何のために?」

「それは知らない。それでイブキはとても心配していた。お前とニシキギが出会わないように細心の注意を払ってね。カナメに会えばディモルフォセカのことを何か感づいてしまうかもしれないと言ってた」

 森の民の再生に執着するものがディモルフォセカを捜すのだとすれば、それは彼女が森の民だと知っていてのことに違いなかった。

――イブキが……だからニシキギのことを見かけたことがなかったのか。

 イブキの下で働いているにもかかわらず、面識がなかったことを不思議に思っていたカナメはようやくその理由が分かったのだった。

「しかし、ブラキカム、君の情報量には舌を巻くな。君に秘密を持とうなんて浅はかな考えだったよ」

 カナメは苦笑する。

「とにかく、瑞樹の為に危ないことをするのはやめてくれ。ニシキギにはディモルフォセカのことを嗅ぎつけられないようにしろ。あいつは悪い奴じゃないんだが、多少……いや、かなり屈折しているところがあってな。あいつに初めて会ったのは十歳のガキの頃だったが、まるで手負いの獣みたいだったよ。あれでも丸くなってきた方なんだがなぁ」

 ブラキカムはふふっと小さく笑った。

「しかし、今日のやつは見ものだったな。誰かを心配して走り回るあいつなんて初めて見たよ」



* * *



宇宙ステーションで長期滞在している宇宙飛行士は、自分の国の上を通過する時の方が他の国を通過している時よりも心拍が安定したり緊張がほぐれたりしているというデータがあるという。心の拠り所なのだろう。太陽系を離れていった米国の探査機ヴォイジャーになった気持ちを時々想像する。土星の輪をくぐり、海王星を超えても終わらない旅。だんだん小さくなる太陽……途方に暮れる。いつか見たアメリカ映画のように、ヴォイジャーが何かの間違いで心を持ったりしないことを心から願う。


(第10話 ミズキA、ミズキB終了)


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