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第9話 再生不良(2)

 徐々に再生されていく瑞樹を見ながらブラキカムは溜息をついた。まだ親指ほどの小さな胎児だ。心臓や脊椎が透けて見える。再生装置はカナメが速攻で修理した。

「やっぱり色素定着率が悪いみたいだな」

 ニシキギが呟いた。

「仕方ないさ。一旦完璧に死んでしまうとこうなるんだ」

 ブラキカムは再生データをチェックしている。瑞樹の再生が完了するまで一月以上はかかる。



* * *


 

「どういうことですか? 地球へ降り立つ計画が全く進んでいないわ」

 アーマルターシュはラークスパー教授を問い詰めていた。

「しばらく延期だ。月と火星に地下都市を建設することを優先したからね。火星の地下都市は大規模だが、かなり早くから着手していたから、もうだいぶ出来上がっているはずだよ。一度君も視察に行って来るといい」

 ラークスパーは穏やかに微笑んだ。

「どうして? どうしてですか? 目の前に地球が……あんなに昔のハルにそっくりの地球があるのに」

「ムラサキが言っていたことを検証してみたのだよ。ハルの植物とファームの民は地球上では生きて行けない。一般人でも色素の薄いものは地球の昼を耐えることができないだろう。我々の使命はすべてのハルの民を無事に植民させることなのだよ」

「そんな……月はともかく火星は遠すぎます」

「月はロケーションとしては良いところだよ。しかし重力が小さすぎる。長く滞在すればそれだけ体に影響が出る。月はエネルギー基地として使い、定住するなら火星か、難易度は上がるが金星の環境を整えることも考えている。金星なら十分な重力がある。火星でさえ地球の重力の半分以下なのだからね。もしくは別な惑星を太陽系外で探すか……」

「ファームの民の為だけに地球を諦めると言うのですか? 一般人は問題ないんでしょう?」

「いやいや、全く問題がないという訳ではないよ。さっきそう言っただろう? アーマルターシュ」

 ラークスパー教授は榛色の穏やかな瞳でアーマルターシュを見つめた。口調も駄々っ子をあやすように穏やかだ。

「一般人だって地下暮らしが長いから色素が失われているし、君みたいに三度以上再生をしたものは特に色素が薄い。恐らく君が地球に降り立って太陽の光を直接見ることはできないだろう」

「私は……地球に降りたいんです。あの青い海を風を雨を自分の目で見て肌で感じたいんです。地下都市なんかでは駄目なんです」


 何のためにハルを捨てて、こんなところまで来たのか。何のためにあんな汚れた仕事に手を染めて、あんな……人を踏みにじることをしてまでこんなところへ逃げてきたのか。すべては第二のハルで、その大地の上に降り立ち、昔の豊かな自然の中で根を張って暮らすためではなかったか。


「それは追々考えてゆこうじゃないか、地球に降り立つことは最終目標だ。まずは我々の足元を固めたいのだよ。地球とコンタクトをとるのはその後だって構わんよ。交渉が友好的に行くか敵対的になるかわからないのだからね」

「地球人なんて滅ぼしてしまえばいいんですよ。地球を全然大事にしていないんだから。地球人の聖書に載っているように一旦滅ぼしてしまえばいいんだわ」

 

 我々はすでに多くのハル人を踏み台にしてここにこうして立っているのだ。地球人を踏みにじることなど、それに比べればまだましな方ではないか。彼らにとって我われが宇宙人であるように、我々にとって地球人は宇宙人なのだ。


「アーマルターシュ、君は我々を侵略者にするつもりかね。しかも地球人は同朋かもしれないと言うのに?」

「同朋ならば堕落したんですよ。神ならば、かつてそうしたのでしょう。当然の報いです。一体、地球上で一日にどのくらいの森が焼き払われているか教授はご存知ですか?」

「地球人から得た情報はすべて記憶しているよ」

「それでも地球人が同朋だとお思いになりますか?」

「同朋であろうとなかろうと、感情を持っている生物が文明を築いているならば、それを易々と破壊するのは道を外れることではないのかな? 私の経験上、生物は弱いようでいて実は強い。生き残った地球人が、いつかその憎しみを踏み台にして我々に復讐する時が来るとは考えられないかね? その証拠に我々は生き残ったではないか? 母星を破壊されて尚、我々は生き残っているではないか。神でさえ我々を殲滅することができなかったのだとは考えられないかね? いずれにしても我々は神ではないし侵略者にもならない。それが我々ハルのやり方であり方針なのだよ」

 ラークスパー教授は静かだが毅然と言い放った。


 アーマルターシュの目から涙が一筋流れ落ちる。

――ならば……どうしようと言うのか。



* * *



 宇宙船ナンディーは再び静かに月面から浮かび上がった。月の重力圏から外れると人工重力装置が回転し始める。

「体が重くなって疲れるな」

 太り気味のブラキカムは小さく呻いた。

 重力が変わると一時間くらいは体の調子が悪くなって運ばれてくる人で医療センターは溢れかえる。

 月に着陸した時も軽くなった重力に適合できなかった患者で医療センターはごった返していたが、逆の作用でも同様の状況になるのだった。

「ドクター、こっちにも具合が悪い人が……」

 ブラキカムを手伝っているイベリスも休みなしだ。


 患者の波がおさまってしばらくした頃、イベリスは使用した機材を分解する為に奥の部屋へ入った。そこはいつも物置として使われていたが、今日はパーテーションで区切られていて奥で誰かが横たわっている気配がした。寝込むほど具合の悪い人がいたかなと疑問に思いながら、中をちらりと覗き込んでイベリスは驚愕した。

「……ディモルフォセカ?」

 イベリスは静かに近づくと顔を覗き込む。もう随分前にアール・ダー村で見たきりだけど、間違いないディモルフォセカだ。

――どうしてこんなところに?

「やっぱ、ディモルフォセカだと思うか?」

 突然後ろからブラキカムの声がしてイベリスは飛び上った。

「え? ディムじゃないんですか?」

「……違う」

 ブラキカムは心底困り果てた顔で否定した後、急に表情を変えた。

「君、ディモルフォセカを知ってるの?」

「知ってますよ。ディモルフォセカ・オーランティアカでしょ? アール・ダー村で家が近くだったんです」

「そうか、君は森の民だったんだ」

「え? ええ」

 忘れていたのかとそっちの方にびっくりする。一般人と森の民の間の垣根はハルにいた頃に比べると格段に低くなっている。ファームの民と比べれば外見上は一般人と森の民は全く変わらないし、その上、今この船の中で森の民の力を持っている正しい形での森の民など存在しないのだから、忘れてしまうのも無理はないのかもしれなかった。


「で? これは誰なんですか?」

「ミズキ・ヒュウガだ。あの地球人だよ。昨日再生が終わったばかりなんだ」

 ベッドから出ている瑞樹の白い手をブランケットの下に入れながらブラキカムは呟いた。

「ええ?」

――あの地球人?

「どうしてこんな姿に?」

「分解再生したんだ、少々具合の悪かった遺伝子を操作した。色素定着が悪いのは彼女が完全に死んじまったせいだ。色素が薄いのは仕方がないんだ。でも、ここまで面変わりする程遺伝子はいじっちゃいない。分からないんだ。どうしてこんなことになったのか」

 ブラキカムは本当に途方に暮れている様子だった。

「こんなのカナメに見せられるわけがない……俺はどうしたらいいんだ?」

「カナメさんはこの子を地球に帰すって言ってましたからね。こんな姿じゃ、地球に帰っても家族がそれと分からないですよね」

「それだけじゃねぇんだよ」

 ブラキカムは頭を抱え込む。

「それだけじゃないって?」

「ニシキギがどこにいるか、知ってるか?」

 イベリスの質問は全く無視してブラキカムはイベリスの腕をつかんだ。

「エリアGでしょ?」

「連れてきてくれるか?」

 ブラキカムに縋るような目で見つめられてイベリスは首を傾げながらもエリアGへ向かった。


「再生が上手くいっていないってどういうことだ?」

 ニシキギは明らかに不機嫌そうに医療センターにやってきた。

「ニシキギ……どうにかしてくれよ」

 ブラキカムはニシキギを見るなり泣きつくように言った。ニシキギはベッドに横たわる瑞樹の顔を覗き込んだ。

「これは……誰だ?」

 ニシキギは見覚えがあるような気もするその女性を見つめた。

「昨日再生が終了して再生装置を開けたらこの子がいたんだ」

「瑞樹なのか? これじゃあ、別人じゃないか」

 ニシキギはモニターを覗き込みながら慌ただしく再生データをチェックし始めた。

「意識は?」

 ニシキギはデータをチェックする手を休めずにブラキカムに問いかけた。

「まだ戻っていない。脳波は異常ないからそのうち目を覚ますだろう。どうする? もう一度分解再生しなおすか?」

 ブラキカムが溜息をつく。

「駄目ですよ!」

 それまで黙ってなりゆきを見守っていたイベリスが鋭く口をはさんだ。ブラキカムもニシキギも驚いてイベリスを見詰める。

「ディムはタイプオリジンだったはずなんだ。分解されたらもう再生できない」

「こいつは何を言ってるんだ?」

 ニシキギは怪訝そうにブラキカムに問いかけた。

「イベリス、落ち着けこの子は瑞樹だ。ディモルフォセカじゃない」

「ディモルフォセカ?」

 ニシキギは再度瑞樹を食い入るように見つめた。

「そっくりなんだ。俺も知ってる」

 ブラキカムは溜息をついた。

「ディモルフォセカ……グラブラ?」

 ニシキギの目が細くなる。

「ディモルフォセカ・オーランティアカですよ」

 イベリスが訂正する。ブラキカムは複雑な顔でニシキギとイベリスを見つめた。

「……顔は似ていても中身は瑞樹だと思う。でもイベリスが言っていることを検証するのは簡単な事だ。今から彼女の組織を採取して検査にまわそう。その結果を待ってからでも遅すぎるということはないよ」

 ブラキカムは疲れ果てたように言った。


 ニシキギがいなくなった医療センターでブラキカムはイベリスに囁いた。

「カナメが月から帰還したら俺にすぐ知らせてくれ。こんな状態を見せるわけにはいかないからな……どこかに隠しとくか?」

 否、それもまずいかとブラキカムはぶつぶつと呟いた。

「ドクターは……ディモルフォセカ・グラブラっていう人を知ってるんですか?」

 この名前がニシキギの口から出た時のブラキカムの驚いた顔が気になって仕方がなかった。

「ああ、知ってるよ」

 ブラキカムは用心深く答えた。

「それはディモルフォセカ・オーランティアカと同一人物なんですか? カナメさんの姓と同じですよね。何か関係が?」

「イベリス、医者には守秘義務というものがあることを忘れないでくれよ」

「……」

 イベリスは眉間に皺を寄せて黙り込んだ。

 


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