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第7話 散りゆくものとは知りながら

 結局次の日、ブラキカムがカナメとエリアEに行くことになった。瑞樹がお昼にあたる食事をとる為に管理棟に向ってミントと歩いている時にカナメとブラキカムはやってきた。ミント自身は食事を摂らないが、瑞樹に気を使っていつも一緒に食事について来てくれるのだった。

「やあ」

 カナメは瑞樹に気づいて手を上げた。瑞樹はカナメを見詰めたまま反応がない。

「もう僕のこと忘れちゃった?」

 忘れてくれてた方がありがたいけどとカナメは内心思う。

「ああ、そうだった、まだハル語は無理だよね」

 カナメが最後まで言う前に瑞樹の言葉が飛んできた。

「カナメって、もっとおじさんだって思ってた!」

 目を丸くしてカナメを指さす瑞樹にブラキカムが吹き出した。カナメは絶句する。

「……随分ハル語が上手だな」

 憮然としながらもカナメは瑞樹のハル語に驚く。

「すごく覚えるのが早いんですよ」とミントが自慢げに言った。

「君の教え方がいいんだろうね。コブに頼まなくて良かったよ」

 カナメはミントに微笑んだ。

「おじいちゃんに任せたら聞き取れない言葉をたくさん覚えて大変なことになるわ」

 ミントは吹き出した。

「お祖父ちゃん? って、この子コブの孫なの?」

 ブラキカムが目を丸くした。カナメはミントをブラキカムに紹介する。

「お祖父ちゃんって言っても、ご先祖様クラスのお祖父ちゃんですけど」

 ミントはころころ笑った。


 ファームの民も森の民と同様に三つのタイプに分かれている。寿命が非常に長い樹木族と一般人と同じくらいの寿命の多年族と短い寿命の短年族だ。普通の植物がそうであるように、樹木族の寿命は長い。千年をも超える命を永らえている者もいる程だ。一方、短年族は次の世代を生み出すと間もなくその寿命を終える。


 コブは樹木族なので、カナメやイブキが八回程分解再生をした頃でさえ、その長い寿命をただ黙々と生きていた。

「コブに似なくて良かったな」

 ブラキカムがニヤリと笑う。

 コブときたら、大木はこうあるべきとでも言うようながっしりした体躯と大樹にふさわしいぎっしりと茂った葉ならぬ、髪の毛を持っていた。

「私はお祖父ちゃんに似たかったんですけど」とミントは悲しそうに肩を竦めた。

「ママに似てしまったみたいで……お祖父ちゃんも短年族じゃないかって心配しているんです」

「大丈夫だよ。君はパパに良く似てる」

 カナメがフォローする。ミントの父親は多年族で今も元気だ。

「ありがとうございます。カナメさんってもっと怖い人かと思ってました」

 ミントはにっこりする。

「随分エリアEをうろつき回っていたからね。怖がらせたんだったら申し訳なかった」

 カナメもにっこりした。

「ところで、一般人のドクターが一緒ということは、瑞樹に用事ということですか?」

「そうなんだ。展望台にある診療室は使えるかな?」

「私、訊いてきます。ところで皆さんはお食事はもうお済みですか?」

 カナメもブラキカムも首を横に振る。

「まだなら、瑞樹と一緒に済ませていただけませんか。瑞樹は一人で食事をさせるとちょっと問題があるので」

 ミントはそう言って悪戯っぽく瑞樹を見つめた。

「へ? 問題? 何かあったっけ?」

 瑞樹は腑に落ちない顔をする。モルオープンの操作はすでに完璧だ。時々間違えて得体のしれないメニューを選んでしまうことはあったが。

「あら? そうかしら? とにかく、ドクター達と一緒に食事に行ってね。じゃあ」

 ミントはそう言い残すと足早に去って行った。


「問題って何だろ?」瑞樹はブツブツ言ってから「さて、じゃあよろしかったら、私を一緒に食べに行きましょうか?」とにこやかにブラキカムに話しかけると、再びブラキカムが吹き出した。

「ほんとに君を食べちゃっていいの?」

 ブラキカムが悪戯っぽく瑞樹の目を覗き込む。

「は?」

 きょとんとする瑞樹の頭をカナメはパシッと叩いて、すたすたと管理棟に向って歩き出した。

「何何? 私、なにか変なこと言った?」

 カナメは返事もなしで歩き去り、クスクス笑い転げているブラキカムと一緒に瑞樹も管理棟へと歩き出した。


 唐突にカナメの呆れた声が飛んできた。

「おい、問題はそれだ!」

 明るい日差しが降り注ぐ展望台にあるランチルームで食事を摂る。各々の料理をモルオーブンから取り寄せた。トレイをテーブルに乗せたと同時にカナメが指摘する。

「何が問題ですか?」

 瑞樹はむっとする。

「バランス悪すぎ。ほとんどデザートじゃないか」

 瑞樹のトレイにはパウンドケーキに似て甘く仕立てたパンと果物とジュースが乗っている。

「これはデザートじゃなくてパンでしょ、主食じゃないですか!」

 瑞樹が言い終わらないうちに、カナメは席を立つと具がたくさん入ったスープをモルオーブンから取り出して、瑞樹のトレイに乗せた。

「これはなんですか?」

「それも食べなさい」

「ええー、そんなに食べられないんですけど」

「だったらその果物をやめればいい」

「ええーそれはちょっとー」

 果物は外せない。果物だけはこのエリアEで採れたリアルものだ。実を言うと、瑞樹はモルオーブンから出てくる食べ物が少し苦手だったのだ。味が悪いわけでも、口触りが悪いわけでもないのだが、それでも実際に木に実っているものと食べ比べた時に、どうしても命から生み出された方を舌が選んでしまう。


「いつもこんなメニューを選んでるのか?」

 カナメは呆れて訊く。

「いつもはミントが選んでくれてるって言うか……私にあんまり選ばせてくれない」

 久しぶりにミントの監視がない食事、瑞樹はホクホクして自分の好きなメニューばかりを選んでいたのだった。

 ミントめーこんなガミガミおやじと食事をさせおってー瑞樹は唸る。

「ミントが正しい」

 カナメはしゃらりと言うと食べ始めた。


 それまでニヤニヤしながらカナメと瑞樹を眺めていたブラキカムが口を開いた。

「君たち仲がいいねー、兄妹か長いこと付き合ってる友達みたいだ」

「誰がこんなのと!」

 カナメと瑞樹は同時に言って、ふんとお互いにそっぽを向いた。カナメはジャングルの緑を見ることになる。日に透ける緑色の葉脈に目がとまりカナメはふと昔を思い出す。


 目を離すとディムも甘いものばかり……そして胸がズキリと痛む。忘れたいのに忘れられない。


 診察室は展望台の片隅にあった。さっきミントが使っていい旨を知らせに来たのだった。瑞樹は診察台に横たえられて診察を受けていた。診察は簡単なものだった。聴診器で体内部の音を確認もなく、血圧を測ることもなく、喉を見るから口を開けてとも言われなかった。空港で使われる金属探知器のようなものを体中にかざす。その器械と体の間には三センチほどの空間があるはずなのに、何かフワフワしたものが体中を這いまわっているような感触がした。


 ブラキカムは難しい顔でモニター画面を見ている。瑞樹も顔を傾けてモニターを覗き込もうとしたら、モニターをさりげなく見えないようにされた。

「ここは痛くない?」

 ブラキカムは左腕の上腕の辺りを指で押した。

「痛くないです」

「ここは?」

 鎖骨の辺りを押す。

「いえ」

 嫌な言葉が頭をよぎる。

――転移……してる?

「何か、薬を飲んでいる?痛み止めとか……」

「いえ……でも……」

 瑞樹は唇を噛みしめる。間違いない、病状が良くない時のドクターの表情ってのはどこでも同じなんだなと妙な所に感心する。

「でも、何?」

「ちょっと前に痛かったんです。針でちくちく刺されているみたいに。エリアEに連れてきてもらってすぐの頃でしたけど……あの、私をここに連れてきてくれた人は……問題とかないんですよね?」

 ここに連れてこられた経緯はわからなかったけど、正規の手順ではないだろうと感じていた。彼女が人ではないということは分かったけど、瑞樹にはアンドロイドだから許されること、許されないことがあるのかどうか判じることができなかった。迷惑をかけてしまうことになるのだろうか。なにしろ裸のまま袋に入れられて連れてこられた訳だし……普通ではないよね。


「名前を出すことで、その人に迷惑が掛るかもしれないと君は心配している訳だね?」

 ブラキカムの問いかけに、瑞樹はこくりと頷いた。

「君たちの惑星もしくは国ではどうか知らないけれど、医者というものは個人のプライバシーに深く関わることが多いものだからね、守秘義務というのがあるんだ。連れて来た人の名前を無理に言う必要はないけど、聞かされたところで、その情報は治療以外には使わないよ」

「そうですか……その連れてきてくれた人に痛み止めが欲しいって言ったら、痛い所に手をかざして……そうしたらフワリって温かくなって痛みを感じなくなったんです。不思議なんですけど」

 それでもムラサキの名前を出すことをためらった瑞樹は状況だけを話した。

「それって……」

 ブラキカムは眉間にしわを寄せる。


 そんなことができるのは彼らだけだ。しかし、ラークスパーにはその機能が備わっていない。

――ムラサキかトウキか……。

 そうであるならば、瑞樹は完璧に痛みを感じることなくここまで症状が進んだことになる。痛ましい目で瑞樹を見る。彼らなら痛みを感じる神経だけを麻痺させることなんて朝飯前だ。警報を切られた状態でこの子はもう随分長い時間を過ごしてしまったのだろう。ブラキカムは憤りを感じる。


「ムラサキか? トウキか? 彼らはそんなことをするべきじゃなかった」

 ブラキカムは低く唸るように言った。

 痛みを消してしまえば、体は楽になるかもしれない。でも、代わりに退きさしならない状態まで気付かないことになってしまうのだ。そうなる前に治療を受ける、その為の痛みなのだ。

「私、ムラサキさんだなんて言ってませんよ」

 瑞樹は目を見開いた。

「ムラサキなんだな。そんなことできるのはやつらだけだ」

 ブラキカムは怒っているようだった。

「どうかムラサキさんを責めないでもらえませんか。実際私、助かったんです。痛いのは嫌だし。こんなに自由に体を動かせながら、意識もはっきりしたままで、最後まで過ごせるのって……ありがたいことだって思ってるんです」

 瑞樹は静かな瞳でブラキカムを見詰めた。

「君……」

 ブラキカムは不思議な思いで瑞樹の深い茶色の目を見つめる。


 女性とは元々こんな風に強くできているのかもしれない。かつてこんな風に静かにブラキカムを見詰めた翠色の瞳の女性がいた。ハルを脱出する少し前のことだ。



*   *   *



「カナメ、彼女はもう地球に帰ることはできないだろうよ」

 それまで押し黙っていたブラキカムがエリアEを出たところで言った。先に歩いていたカナメはブラキカムを振り返る。

「もって地球時間で三か月、シビアに言えばいつ死んでもおかしくない状況だ」

「そんな……」

「地球人の記憶採取プロジェクトは終了している。ナンディーは、この先どうなるかは知らんが地球に近づくことはしばらくないと聞いている。地球に帰そうとすると小型脱出艇を使うくらいしか手がない。それで月から地球までどのくらいかかるか、お前に言うまでもないだろう?最悪、脱出艇の中で彼女は死ぬことになるかもしれない」

「ハルの医療でどうにかできないのか?」

 ブラキカムは首を横に振った。

「分解再生すれば……」

「彼女の問題は遺伝子にある。分解再生しても多少生きる時間が延びるだけで、また同じ病気と闘うことになる。それは森の民のタイプオリジンを分解再生することと同じじゃないのか? 俺が彼女だったら、そんな治療は望まない」

「遺伝子を操作すれば……」

「それじゃ、もう彼女じゃないだろう?」

「じゃあ、ここで死ねと? 彼女には何の落ち度もなかったんだろう? それとも宇宙人に拉致されたいと星に願いを掛けていたとでも言うのか? こんな形で連れてきてしまった僕たちに責任はないのか? 死に際に家族に会えないんだぞ」

 最後の言葉を絞り出す。最期に会えないこと、それがどんなに辛いか分かっているから。

「生きていれば、どうしようもないことって必ずあるんだよ。ガルダを見ろよ。あんな風に隕石が当たっちまうなんて誰も思わなかった。あれは誰の責任だ? その結果何人が死んで、再生もされない状態だったか、お前知ってるか?」


 人を再生する為には決まりがいくつかある。大雑把には以下の四つがその条件になる。

一、犯罪等による刑罰の為、再生を制限されていないこと


一、森の民(リセプタータイプーを除く)ではないこと


一、死体が三分の二以上残っている、もしくは明らかに死亡していると確認できる部位が残っていること


一、再生する為の社会的理由があること


 三番目は同一人物が複数存在することを禁止している為だ。ガルダでは死んだ者の

ほとんどが船外に放り出されて、その遺体を回収することすらできなかった。


「ガルダの話をするな」

 カナメはブラキカムを睨みつけた。

「たくさんのファームの民が死んだ。ほかにも救援に向かった他の船の人間も巻き添えをくったんだ。そいつらはそれを望んでいたと思うか? 最後に家族に会えたと思っているのか?」

「うるさい! ガルダで誰が何人死のうが僕には関係ないし責任もない。瑞樹とは明らかにケースが違う」

 カナメは低い声で叩きつけるように言葉をぶつけてブラキカムを睨みつけた。

「それが君の本音なら俺だって言うぞ。地球人の女の子が一人死ぬくらい俺には何の関係もない。責任もない!」

 どなり散らした後ブラキカムは溜息をついた。

「君は関係ないなんてちっとも思っていない。だから自分を責め続けているんだろう? どうしようもないことって確かにあるんだよ……君も俺も神じゃない」

「……僕は自分が神だなんて思ったことは一度もないよ」

 カナメはひどく暗い瞳で、痛みを堪えているように言った。


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