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第4話 心の扉を開ける鍵(3)

「」は日本語、[]はハル語、『』は脳内共通語という設定です

 惑星ハルには、一般人の他に緑色の肌を持ち光合成を自らの皮膚で行う「ファームの民」と、見かけは一般人と変わらないが、特殊な能力を持ち植物を操ることのできる「森の民」が存在した。


 恒星ジタンの周りを回っていた惑星ハルは、ジタンの終末とともに崩壊した。崩壊直前まで植物を操り、過酷になっていく環境を整え、ハル文明を永らえさせていたのが「森の民」だった。

 森の民は短命だ。力を使う時に命を削ってしまうのがその原因だった。アイリスもディモルフォセカも森の民だった。

――こいつが新惑星の先住民ならば、新惑星にも森の民が?


「いたたたたた。やっちゃったよー。子供のころは木登り得意だったのになぁ」

 瑞樹は腰をさすりながら起き上った。目の前に背の高い怪しい人が立っている。

 銀色の髪で、顔がほとんど隠れているので男なのか女なのか、若いのか年寄りなのか、さっぱり分からないが、びっくりするくらい肌の色が白かった。

「誰?」

 もの思いに耽っていたカナメに、鋭い言葉が飛んできた。カナメはハッとして瑞樹を見つめる。

『誰?』

『誰?』

 アレオーレが繰り返す。

[君こそ誰なんだ?」

 カナメはムッとして聞き返した。

『君こそ誰なんだ』

『君こそ誰なんだ』

 アレオーレは律義に繰り返して通訳してくれる。

「私は日向瑞樹……だけど……」

『私はヒュウガミズキ……だけど……』

 アレオーレが繰り返す。

――あれれ? この人もアレオーレがしゃべることが分かるんだろうか? もしかしてここの人は誰でもこの子の言葉が分かるのかな。

 瑞樹が考えている時に返事が返ってきた。

[僕はカナメ・P・グラブラだ]

 瑞樹は確信する。

「あなたもアレオーレと話せるんだ。ここの人は誰でもアレオーレと話せるの?」

 勢い込んで確認する。

 アレオーレが通訳するのを待たなくてはいけないので、地球の裏側にいる人と電話で話しているみたいだと瑞樹は思う。

[僕は話せる。でも誰でも話せるわけではないよ。君はアレオーレの言葉が分かるのか?]

 カナメの問いに瑞樹は頷いた。


 森の民の一部は、植物の言葉がわかる。カナメは森の民ではなかったが、植物の言葉を聞きとることだけができる特殊なハル人だった。


[君、どこから来たの?]

 あまり長い文章だとアレオーレ通訳では時間がかかり過ぎるので、手短に話す。

「私は……地球から」

 日本からと言うか、地球からと言うか迷って、ムラサキの言葉を信用してみることにした。ここが地球ではないとするならば、どこから来たかと問われれば地球と答えるのが妥当だろう。

[地球?]

 カナメが面白そうに笑ったので、やっぱりここは地球で、からかわれただけなんだろうかと瑞樹が思い始めた頃、ムラサキの言葉を裏付ける返答が返ってきた。

[それはどこにあるの? 君の住んでる国の名前?]

 銀色の髪をかき上げると、真紅の鋭い瞳が出てきた。鼻筋が通っていて薄い唇。アニメに出てくる宇宙人みたいだなーと瑞樹は思わず見入ってしまう。

「地球を……知りませんか?」

 紅い瞳を呆然と見ながら瑞樹が問う。

[知らない]としばらくの間の後、その人は言った。

「じゃあ、アースは? テラは? ガイアは? それから……」

 貧弱な知識の中から、世界中で呼ばれている地球の名前を羅列する。

[一体いくつ名前を持ってる国なんだ?]

 あきれ顔で呟くと、

[こっち、来て、面倒くさい]と言って瑞樹の手首を引っ張った。


 瑞樹は、カナメに引っ張られながら自問する。

――地球という言葉を例え知らなかったとして、どこかの国の名前と思う地球人がいるだろうか。

 頭の中で、43パーセントがYes、44パーセントがNo、13パーセントがよく分からない、と色分けされた円グラフが浮かんだ。


 湖の側にテントのような半月形の小さなドームがあった。瑞樹は手を引っ張られたままドームの中に入る。

「ここで暮らしてるの?」

 肩に留ったアレオーレが通訳してくれる。カナメは首を縦に振った。

 肯定の仕草は地球と同じだ。コブやミントの時にわかっていた。


 カナメの住居は実に簡素で何もない。奥に打ち捨てられたように小さなラジオのような機材や工具らしいものが落ちていた。

――これipod? じゃないよねぇ。

 瑞樹が一人呟くと、カナメはそれを拾い上げてヘッドホンのように自分の頭に取り付け、もう一つの同じものを瑞樹の頭にも取り付けた。スイッチを入れると、瑞樹の頭の中に声が聞こえてきた。

 その声は、アレオーレやムラサキさんがしゃべっている時のように頭の中で響いた。

『見せてよ。地球を……目を閉じて』

 瑞樹は、ごくりと唾を飲み込むと目を閉じた。

『ひゃあ!』

 目を閉じただけのはずなのに、瑞樹はいつの間にか自分の家の前に立っていた。

『帰って来たの? 私……帰れた?』

 呆けたまま辺りを見回すと、すぐ横に背の高いカナメが立っている。

『ひゃあ! ああああなた、こんな所まで付いて来たの?』

 カナメも周りを見回している。

『これは君の記憶の中のイメージだ。実際にそこにいる訳じゃないよ。君が頭の中で思い出した記憶が鮮明に見える。だから目を閉じてはっきり思い出して……』

 そう言われて、瑞樹は必死に思い出そうとする。遠くの景色や周りの木々が、前よりも鮮明になってきた気がした。


『ここが地球?』

 カナメは瑞樹の家を見て、その隣を見て、さらに通りを見て、さらに遠くの山を見た。空を見て、太陽を見て、木を見て、家の前の舗装されたアスファルトの道路を見た。

『ここが地球?』

 カナメは瑞樹の目を見て繰り返す。

『地球……だけど、日本の、私の家の前だよ。地球は惑星の名前、その中の日本という国に私は住んでる。だから、そんなに、いつも自分が地球にいるなんて考えたことなかったよ』

『空気が違う、なんだか嫌な匂いがする』

 カナメはくんくんと匂いを嗅ぐ。

『なんか焼いてる匂いするね。冬のはじめの落ち葉たきだと思うよ。本当は最近外でゴミを燃やしたらいけないらしいんだけど……どっかの人が燃やしてるんだろうね』

 匂いまでリアルだ。

『燃やす? 落ち葉を燃やすの?』

 カナメは訝しげに訊いた。

『そう。他のものを燃やしたらダメなんだよ。有毒ガスが出る場合があるからね。ここでは葉っぱ燃やさないの? 緑の肌の人たちは落ち葉とかを集めて籠に入れてるのは見たけど……あれ、どうするんだろ?』

――腐葉土でも作るのか?

『燃やさない。燃やしてはいけないから』

『ふーん、じゃ、ゴミはどうするの?』

『ゴミって何?』

 カナメは怪訝そうに問い返した。

『ゴミって……要らなくなったもの……かな?』

『必要がなくなったものという意味なら、全て分子分解して再利用する』

『ひゃー、エコロジーだねぇ。早いとこ地球にきて掃除してくれたらいいのに。地球は大助かりだよ。その時はついでに私を家まで連れてってくれると助かるんだけどなぁ。宇宙人なら宇宙船とか持ってるんでしょ?』

 半信半疑のまま、ここが異星人の星だと仮定して、冗談めかして言うとカナメはびっくりしたように瑞樹を見た。本当に僕たちが宇宙人だと思ってるの? とかなんとか言ってくれることを心の半分で期待する。

『僕たちが地球に行っても構わないの?』

 笑いで返されることを半分期待していた瑞樹は肩透かしを食らってうろたえる。

――おお! 大真面目だ。マジヤバくない?

『そうかー、構う人がいるだろうね。エイリアンっていうのは大抵悪者で、地球を侵略しに来るものだもんね。あなたたちも今いる地球人を滅ぼしてから地球を乗っ取ろうとか考えてるくちかな?』

 不安になって少し泣きそうな気分だったけど、それでも軽くいなして、窺うように紅い瞳を見上げる。

『さあね、僕には分からないな』

 カナメは不機嫌そうに言い捨てた。

『そ、そうだろうねー、こんな所でテント暮らしやってるおっちゃんが分かることじゃないよねー』

 最後まで冗談にしてしまいたい瑞樹が必死にたたいた軽口に、カナメはストレートに反応した。パシッと小気味よい音がして頭をはたかれた。

『いたっ! 何すんのよ! 叩くことないでしょお? あのね、いいこと教えてあげようか?』

『いらない』とカナメは言ったけど、瑞樹は構わず続けた。

『人間ってね、本当のこと言われたら怒るんだって。じいちゃんが言ってたよ。宇宙人だかなんだか知らないけど、同じじゃん!』

 思いっきりむくれる。

『もう少し遠くから見た映像ないの? 地球の全体像が分かるような』

『地球に住んでるんだよ。そんなの分かるかい……って、待って、ついこの前テレビで見たよ。月から撮影した地球だってニュースでやってた。そんなのでもいいの?』

『いいよ』

『こんな感じ……』

 その時のニュースを思い出す。


 月の地平線から登る地球と沈む地球、白黒の月面から見る極彩色の地球は、まるで過去から現在を見ているように、鮮やかに丸く浮かび上がっていた。


『この手前の灰色の地平線は何?』

『これは月から見た地球なんだってば……あ、月は地球の周りを回っている唯一の衛星だよ。ボコボコのクレーターだらけなんだって。地球から見たらこんな感じ』

 今度は、地球から見る月を思い出す。

『国によって違うらしいんだけど、日本って私が住んでる国ではね、お月さまでウサギがお餅ついてるってお話があるんだよ。月ってね、常に同じ面を地球に向けてるんだって、そんでもって、その見える方の月面の模様がウサギがお餅ついてるように見えるの。私、子供のころは本当にウサギさんがいるんだって信じてたのに、ウサギどころか空気もないて学校で教えられて、ガッカリしたよ。ま、いくら私でもウサギが餅をつくとは思ってなかったけどね』


 カナメは無表情を必死に装って、心の動揺をひた隠していた。地球は惑星だった。それもハル……昔のハルにそっくりだ。しかしハルには衛星が三つあった。ルシフェルとウエスペルとフォボス……どれも地球の月とは全く似ていない。

――この子は自分の出自を地球だと名乗った。それならば、ここが地球ではないことを知っているのだ。

――要警戒。

 カナメは心のシールドレベルを上げる。

――誰かがこの地球人に接触して情報を与えている。誰が? もし地球から送り込まれたスパイならば、意識のある状態の彼女がここまで簡単に地球の情報を明け渡すだろうか。

 そうであるならば、この女の記憶自体だって本物だという保証はない。


『ねぇ、聞いてる?』

『うん?ああ聞いている。ウサギと餅がなんだか分からなかったけどね』

 カナメは用心深く瑞樹を見下ろした。

『ウサギは耳の長い動物、餅はもち米をついて作る食べ物です、他に質問は?』

 上の空っぽいカナメに、瑞樹はガミガミと説明する。ほんの一瞬、カナメの考えていることが瑞樹の頭の中に入ってきていた。

 それはほんの一瞬で、流れ星のように定かでなかったけど……それはとても切ない感情だった。

――ハルへの思慕? 失った哀しみ? なんて切ない。

 たくさん泣いて鼻の奥が痛くなったときに嗅いだ夕方の匂いみたいだ。

――ハルって……この人たちが居た惑星なんだろか。失ったって、どうして?

『ねぇ、あなたたちが居たっていう惑星を見せてよ。これって一方通行の映像じゃないんでしょ?』

 それを見れば、ムラサキの言葉もカナメの言葉も信じられる気がする。

『だめだ』

 カナメは冷たく拒否した。

『なによ、ものすごいケチじゃん。地球だって見せてやらなきゃ良かった。もったいない、損した』

 悲しみにも似た怒りがこみ上げてくる。なによりもカナメの豹変ぶりが腹立たしかったのかもしれない。

 いい人かもしれないと思って話をしていたら、何かのセールスだったと気付いた時のような……そんな裏切られた気分だったのだ。

「いりません」と答えた途端にセールスマンが纏う空気のように、器械を通して伝わってくるカナメの心の波動が、突然金属にでも変ったかのように冷たくなったから。


『君から情報を貰わなくたって、いずれ見られてたよ』

 カナメは無表情に言った。

『こーんな森の中にいて、そんな情報を誰から貰うんですかねぇ』

 瑞樹はムッとして厭みたらしく言い返した。二人してしばらく睨みあう。

『君、ムラサキから何を頼まれてる?この森で何をしてる?』

 探るような紅い瞳が瑞樹を睨みつけた。

『いーっだ、絶対、教えないよー』

 教えようにも教えられないのだと素直に言える状況ではなかった。

 瑞樹は頭の器具を引きはがすとドームの外へ走り出た。あっけにとられたカナメは一人テントの中で呆然と瑞樹を見送った。


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