家族
その狭い部屋を、キョロキョロと見渡し、自分の服を見る翼。
(これって、コンビニの服だな。HISONの…ここ、コンビニの事務所か…)
そう思い、自分の名札を見る翼。
《店長 馬一》
(え?!て、店長なの?!俺!?イッエーイ!店長始めて、イッエーイ!)
その時、急に後ろのドアが開く。
驚く翼。
「店長!おはようございます!」
とても可愛い子だった。しかし、髪はボサボサとしている。顔立ちが日本人ぽくは無い。
その子は、簡易の更衣室の様な場所で、カーテンを閉めて、着替えを始める。
しばらくして、カーテンの中から顔だけ出して。
「覗かないで下さいよ」
と、舌を出して翼に微笑みかける。
(か、可愛い…なんだ、この子は…)
そして着替えて出て来た、女の子の名札には
《ロッシー》
と書かれていた。
(あ、やっぱり日本の子じゃないんだ…)
「それじゃ!今日も1日頑張りまーす!」
と言って、コンビニ店内へと出て行った。
― 数分後 ―
翼は、焦っていた。
「や、やべぇ…コンビニ店長って…何すんの…」
灰色の机に向かい、資料やらを見ている。
《ここで解説しよう!》
翼の頭脳は、興味の無い事には動作しない仕組みなのだった。
(とりあえず表、出てみるか…)
「いらっしゃいませー!」
レジにロッシーちゃんと、もう1人、男の子がお弁当やパンを棚に並べている。
「お疲れ様、調子どお?」
(て、店長って…こんな感じ、かな?)
「え?!あ、はぁ…別に、普通っす」
(な、なんだ…作業中、急に声掛けたのがダメだったのかな…)
「あ!ご、ごめんね!作業中に声掛けて…が、頑張っ!あ、いや、なんか手伝おうか?」
「ええ!キモイっすよ!店長!どしたんすか!?俺、なんかしました?!」
「ええ!なんで手伝うって言ったのに、そんな反応?!」
翼は、黙って事務所に戻った。
事務所の窓から、外を除くと、さっきの男の子がレジに行って、ロッシーと何やらコッチを指さし話していた。
(な、何…言われてんだろ。俺。)
するとロッシーちゃんが、こちらに向かって歩いて来ている。
翼は慌てて、椅子に座りペンを握って、わけのわからない資料を開く。
「う、うーん。わからんなぁ…わかるんだけど、わからんなぁ…」
などとブツブツ言っている。
ロッシーが、事務所に入って来る。
「あ、あの…店長…」
「はっ!はいっ!!なんでしょうか?!ロッシーちゃん!」
翼は勢いよく起立し、そのままの体勢で、後ろを向く。
「あ、あの…帰らないん、ですか?」
「え?」
「いつも私が来たら、帰ってますよね?店長…。今日は何か他に用事ですか?何かあれば手伝います。あと田所君が、怯えてましたよ。気持ち悪いって…」
(か、可愛い~!けど、最後の本人に言っちゃダメなやつだからね!ロッシーちゃん!)
「あ、いや…そのぉ…じゃ、帰ろう、かな?」
「あ!はい!どうぞ。後は私たちにドーンと、お任せして下さい!」
そう言ってロッシーは、胸を張り、両手を腰に当てるポーズをする。
(漫画みたいな子だな…この子…)
そこで翼は、我に返る。
(帰るって…ど、何処に…?)
帰ると言いながらも、突っ立っている翼に、ロッシーは店長のカバンを手渡す。
「はい!本当に大丈夫ですか?それか、私たちに任せて帰るのが、そんなに心配ですか?確かに、私はまだここで働いて日は浅いですけど…。田所君、ベテランさんってヤツだし!ささっ!今日はもうお休みして、明日また元気に来てください!」
そう言って、ロッシーは翼の背中を押して、事務所から押し出す。
(こ、こんな風に、人を押して来る子…ホントに居るんだぁ…!!)
翼の感覚は、少しズレていた。
外へ出ると客がレジに並んでいる。
「ロッシーちゃん!レジお願いしまーす!」
「はーい!それじゃ、店長!お疲れ様です!」
そう言って、レジへと走って行くロッシー。その途中、並んでる男性客に声をかけられている。
「ロッシーちゃん、今日も可愛いし、元気いいねぇ!」
「オジサンもイケてるよ!お並びの人~コッチどーぞー!」
(…なんなんだ、あの子は…)
翼はそう思いながら、邪魔してはならないと思い、そそくさと外に出る。
が、途方に暮れた。
知らない町、知らない場所。
自分の家すら分からない。
しかし翼はふと思いつき、自分が持ってる鞄を、コンビニの前の椅子に座って確認する。
(あった…)
鞄から財布を取り出し、中を確認する。
(ポイントカードに…キャッシュカード…ポイントカードに、ポイントカード…あ、あった!)
そう言って見つけたのは、免許証だった。
馬一 翼。と書かれた住所が、記載してある。翼は、鞄の中からスマートフォンを取り出し、その住所を調べる。
(へぇ…ここが俺の、家なんだ…)
翼は、ふと自分の手を見た。
(指輪は…無いな…結婚はしてなさそうだ…)
そして翼は、スマホのナビを頼りに家へと帰る。
歩いて10分程、とナビは告げる。
帰り道の途中、道路の脇に、花束が置いてあるのに気付く。
(事故…かな…)
そしてすぐ横にも、花束が置いてあり、その横にも小さい花束が置いてある。
(ええ!?どーゆー事?!)
しかし翼は、それほど気にせずにと言うより、帰ることに集中していた。
(な、何としても、家に辿り着かねば…)
歩く事、20分。
翼が住む、マンションらしき場所へと辿り着く。翼は自分の免許証と、マンション名を交互に何度も見返す。
(よ、よし!あ、合ってるよ…な?)
そして自分のズボンのポケットを漁り、鍵を取り出す。
10階建てのマンション。オートロックだ。インターホンに備え付けてある鍵穴に、自分の鍵を差し込む。
(よっしゃ!刺さった!!)
ガッツポーズをとる翼。
回すと、扉が開く。
(な、なんで自分の家に帰るのに、こんな疲れなきゃなんねぇんだよ…帰ったらとりあえず風呂入ろうっと…)
そして、自分のマンションの部屋の前まで辿り着く。
(802…こ、ここだよな…)
鍵を差し込み、回す。
鍵が、解除される音がする。
(フフッ…俺にかかれば、こんな鍵なんてイチコロだぜ…)
もはや意味不明であった。
ドアをゆっくりと開けて、中を覗く。
すると、玄関の先の扉の向こうに明かりがついていた。
(え?!誰かいるのか?!)
そう思って、聞き耳を立ててみるが、物音はしない。
「なんだ、俺がつけて出てたのか…もったいねえ奴だな。俺は。」
そう言って、靴を脱いで部屋のドアを開ける。
10畳ほどある、リビングが広がる。
そしてドアの隣には、すぐキッチンがあった。
喉が乾いていた翼は、冷蔵庫を開け、お茶を取り出し、グラスに注ぐ。
それを飲みながら部屋を見ていると。
お茶を霧のように、吹き出した。
その視線の先には、ソファがあり、その上に見知らぬ少女と、子犬が寝ているのである。
(うぇ!えええええっ!!な、なんで?!結婚してるの?!え?!ここ、俺の家なんだよね?!間違えた?!いや、鍵は開いたし…てか、奥さん?!奥さんは?!)
そう思って、2LDKの部屋を走り回る翼。中を見て、明かりをつけ、クローゼットを開け、ベランダも見る。
(ほ、他には誰も居ない…共働きなのか?)
またリビングへ戻る、翼。
すると声が聞こえる。
「お帰りなさい…パパ」
「きゃわん」
眠そうに目を擦りながら、こちらに歩いて来る少女と、子犬。
「…た、ただいま…あのぉ、ママは?」
「え…ママ…?」
「きゃうん?」
(ん、何だか思ってた反応と違うぞ…これは…もしや…)
少女の目が、じわじわと涙ぐんで行く。
子犬が少女の周りを、グルグルと回っている。
(や、やばいぞ!これは?!)
「うええええん!ママぁ~!!」
「きゃわ~ん」
少女は、大声で泣き出してしまった。
何故か犬も吠えている。
「お、おー!よしよしよし!ほらぁ!パパだぞぉっ!!」
そう言って翼は、少女を抱き上げる。
すると少女は、泣き止んで、パパの首にしがみつく。
(ね、ねぇ、苦しい、首が苦しい…)
「パパだぁ」
「きゃわん」
少女は、喜び子犬は足にしがみつく。
(この犬なんなんだよ…)
2人と1匹は、夕飯を食べている。
翼が、冷蔵庫にあるもので作ったようだ。
「…ところで娘よ。名は何と申す…」
出来る限り、自然に名前を聞き出そうとした翼だが、完全に裏目に出る。
「なんともうす?…何それ?」
「あ、え?ご、ごめん。名前はなんて言うの?」
「私は美月って言います。オジサンは?」
「オ、オジ…えーと、パパは翼って言うんだよー覚えてねぇ、あとオジサンじゃないからねぇ」
「翼って言うんだ。さっきは寝ぼけてパパだと思ったけど、よく見たら違ったの」
「え?!何それ?!複雑!!」
「それに…パパとママの顔も…分からないの…」
(いやいやいや、こ、これは、参った。まさか孤児の子を引きとって育ててたんじゃねーだろうな、俺)
「そ、そっか!パパも…」
(ん、俺の…親…?)
「…思い出せない…」
「えー!パパもなのぉ?ママは?」
「知らない…」
「じゃぁ!美月と一緒だね!」
「え?!あ、ああ…そっか!一緒だな!俺たち!」
「きゃうん!きゃうん!」
こうして馬一家が、誕生した。
何も思い出せない父親と、何も分からない娘、あとやたら空気を読む子犬。
奇妙な一家の、生活が始まる。