徳レベル1
転生の儀を行う為、既にアルテアは杖を頭上に上げていたが、翼の叫びで一時停止していた。
「あ、あの!女神さま!お願いです。僕を地球に戻して下さい!」
「だから、それは無理なんですよ。異世界でスーパーパゥワァを使って、少女と子犬を守りながら、新しい人生を歩んで下さい」
「だから!それが!嫌なんです!あ、いや、嫌というか、駄目なんです」
「何故ですか?」
「だって、考えても下さいよ。僕には友達も家族も居るんです。みんなの傍に居たいじゃないですか…」
女神アルテアは、不思議そうな顔をする。
「あの…みんなは、あなたの事、傍に置きたいと思ってると、思いますか?」
「え?」
「スマホのデータが潰れたくらいで、連絡を途絶えさせ、仕事もリストラされたからとニートをし、貧乏で、実家には居候、彼女もいない。性格はそんなだし。そんな人間を、傍に置いておいて、周りの事、考えた事ありますか?」
「…うっ、胃が…」
その時だった、本当の女神が現れたのは。
「でも、このオジサン、ジョージを助け…運んでくれました!いい人ですよ!」
「きゃわん!」
女神アルテアは、少女と子犬を見る。澄んだ眼差しで、見つめられアルテアは動きが止まり、杖を下ろす。
そしてアルテアは、少女と犬に近寄り声をかける。
「…騙されないでね」
それだけ言って、再び杖を天高く振り上げる。
「ちょ!ちょっと待ってってば!!」
「んもう…なんなんですか…」
翼に制され、また女神は動きを止める。
「じゃあ、なんで、そんな男に少女と子犬を守れ。なんて言うんですか!?」
「…え?」
女神アルテアはまた、杖を下ろした。
「そんな役にも立たない人間に、スーパーパゥワァ、を与えたって、守れないでしょうに!!」
「そ、それは…な、なんなんでしょうね…」
その時だった。
翼は少女と子犬に、アイコンタクトを送る。
そして3人は一斉に合掌する。
(なむなむ…)
(なむなむ…)
(きゃうきゃう…)
「ふわっ!あっ…ああああっ!!!さ、3人同時は…は、始め…て…んんっ!!」
すると女神アルテアが、杖で翼の頭を殴った。
「だからやめなさいってば!」
(そんなんなる方がおかしいのに…)
涙ぐむ翼。
「それじゃ、行きますよ!異世界転生っほほいのほいっ!」
「くっ!諦めねぇぞ!!女神さま!!」
その時だった。
翼は、再び少女と子犬に、アイコンタクトを送る。
そして3人は一斉に合掌する。
(なむなむ…)
(なむなむ…)
(きゃうきゃう…)
「あっ!!あひん!んんんんんんっ!!あ…しまった…それに2人と1匹だったわ…」
翼と、少女と子犬は、黒い空間を漂い、気を失っていた。
気がつくと、翼は机に突っ伏して寝ていた。
(ん…んん、俺は…)
「おい!何やってんだ新人!誰が寝て良いって言った!」
「えっ?!あ、はい!」
翼は勢い良く起立した。
「たくっ、使えねぇ新人だな。ちょっと自販機で飲み物買って来い!コーラ2本と、コーヒー微糖が3本、無糖が2本と、あ、俺のタバコが切れた。マリボロメンソールの8ミリの、ボックスのロングな!」
「え…ちょっとメモ…を…」
そう言って、自身の身体をあちこち触る。
見ると工事現場の人が着ている作業服を、着ていた。
(え…なにこれ…)
「早く行け!休憩終わっちまうだろ!」
「は、はい!」
そう言って、現場の休憩所を飛び出す翼。
(…え、金は?てか自動販売機どこ…)
そう思い、またポケットを探る翼。
(あ、ズボンのポケットに小銭と千円あるわ。これで買えそう…かな…えーと、買うものなんだっけ…)
《ここで解説しよう!》
翼は、物事を覚えられるのが、同時に3つ迄なのだった!
(やべぇ、忘れた…。ま、自販機まで行けば思い出すだろ…)
自販機の前まで来た、翼は。
(やべぇ、全然思い出せない…えーと、コーヒー3本だっけ…)
この時、不思議な事が起こった。
何も覚えていない翼の脳が熱くなり、突然、頼まれていた内容を全て思い出したのだ。
(え?分かるぞ…)
そして、全てを買い揃え、休憩所に戻ろうとした時だった。
近くを歩く、少女と子犬の姿が目に入る。
その時
「危ないぞぉおぉぉぉぉぉっ!」
という声が聞こえ、翼は声のする上の方を見ると、クレーンに釣ってある、鉄筋が数本落ちて来るのである。
「あ!危ないぞ!!」
そう言って、翼は走り出した。
今度は本当に、走っている。
買ったジュースの束と、タバコを捨てて、少女と子犬へ全速力で走る。
翼は少女と子犬を庇うように、上から覆い被さる。
― 数分後 ―
「ちょっと!翼さん!何やってるんですか!」
アルテアは、地面に杖の下を、強く叩く。
「オジサン、ありがとう。でもまた死んじゃったね」
「きゃうん」
寝そべる翼の横で、ニコニコ笑いながら、少女と子犬が座っていた。
「なんで助けなかったんですか!あそこは完全に助ける所だったでしょう!」
「助けられるかぁ!なんだよ!スーパーパゥワァって!パシリか?!パシリの能力が、俺のスーパーパゥワァなのかぁ?!」
「…私も…予想外でした…と、言うか!転生の儀を邪魔するからじゃないですか!ちゃんと能力付加が出来なかったし、異世界転生の筈が、地球にまた戻しちゃったでしょう!?」
(俺のせいかよ…)
「でもオジちゃん、今度はちゃんと助けてくれたよ!」
「きゃうん!」
「まぁ、死んだけどな…」
翼はセルフでツッコミを入れた。
その時、女神アルテアが何かに気付く。
「…あら…徳が…」
翼の頭の上にある数字が、0から1に上がっていた。
徳レベル1の翼が、誕生した。
「良かったね!オジちゃん!」
「きゃわん!」
(いや、1って…)
女神アルテアが考えている。
「恐らく…スーパーパゥワァを、差し引いてたポイントなんでしょう」
ドヤ顔をしている。
「だからそのスーパーパゥワァ意味ねぇって!!」
見るとアルテアはまた、杖をかかえている。
「それじゃ、今度こそ、ちゃんと行きますよ!異世界転生っほほいのほいっ!」
「ちょ!話を聞けよ!女神さまぁ!!」
その時だった。
翼は、再び少女と子犬に、アイコンタクトを送る。
そして3人は一斉に合掌する。
(なむなむ…)
(なむなむ…)
(きゃうきゃう…)
「今度はそうは、い、いきっ、いきまあああああああああっす!!!!」
そして翼が目を開けると、何やら見慣れない、石像の様な物が、そびえ立っていた。