猫9匹目 冒険者ギルドとクエスト
新たな餌入れを手に入れ、さぁ行くわよと気合を入れたたまみさんを見ながら、僕は一つの疑問を感じた。
「そういえば、たまみさん。冒険者ギルドに登録してます?」
「にゃ?」(冒険者ギルド? と全くわかってない気がする。)
「その様子だと登録してないようですね。先にギルドに登録しに行きましょう。」
たまみさんは昨日僕と別れたあとも狩りに行ったようでセカンの街周辺のモンスターの素材を昨日と同じように渡されたが、納品系のクエストを行った形跡がなかったのだ。
ちなみに、たまみさんのLvは22まで上がっていた。
NEOにおいて、プレイヤーは他のゲーム同様に自分で登録しなければ冒険者ギルドに登録されない。
もちろん、ギルドに登録することによって様々な恩恵があり、またギルドに発注されているクエストを受けられるようになるので普通のプレイヤーは開始直後に登録しに行く。
変な縛りプレイをしていて登録せずにモンスター狩りだけでLvを上げようとする猛者もたまに出るようだが、システム上冒険者ギルドに登録してランクを上げないと先に進めなくなるので、結局登録することになる。
ではNPCの冒険者は?というと、普通に冒険者ギルドに登録されていてその実力に応じたランクを持っている。
ただ、NPCの場合は既に登録してるがゆえにNPC冒険者なのであって、いままでただの住人NPCだったのが新規で登録して冒険者NPCになる場面になどお目にかかるものではない。
掲示板には犯罪者だったNPCを捕縛し改心させ、脱色まで手伝って目の前で冒険者に登録させたという話があるが、普通は犯罪者は捕縛して収監しても出てきたらまた犯罪者に戻るので、改心させて冒険者にさせたというのは都市伝説並のレアケースだと言われている。
では、たまみさんは登録してあるか?といえば、たまみさんがそんな事務的なめんどくさいことをやっているはずはなかった。
「ここが冒険者ギルドです。どの街でも中央広場の近くに似たような建物で冒険者ギルドが置かれているはずです。」
「なぁ~~」(なんか古臭い建物ね とあまり関心がないように見える。)
冒険者ギルド入口の西部劇で出てくるようなスウィングドアを、たまみさんがくぐっていく。
もちろんたまみさんは猫の身長なので、かっこつけてドアをわざわざ押し開けたりはしない。
リアルではまだ平日昼間なこともありプレイヤーの姿はまばらだ。
僕は空いてるカウンターに座り、職員のお姉さんに話しかけた。
「すいません、冒険者ギルドへの新規登録をお願いしたいんですが。」
「あら、外界の人がセカンの街のギルドで登録なんて珍しいわね。」
全てのプレイヤーは始まりの街からスタートするため、普通は始まりの街の冒険者ギルドで登録する。
まぁ、セカンの街までは登録しなくてもエリアボスさえ倒せば到達できるので全くいないというわけではないだろうけど、普通は登録した上でクエストをこなしながらレベルを上げる。
「いえ、私じゃなくて、たまみさんの登録をお願いしたいんですけど、可能ですかね?」
僕がふらふらと掲示板の匂いを嗅いでいたたまみさんを手で示すと、職員のお姉さんは今度は本当にびっくりしていた。
「え? たまみさんってあの猫ですか? 猫が冒険者登録するんですか? というか、あの猫は内界の猫ですよね? どうして外界人のあなたがその手続きを?」
流石にセカンの街で登録するプレイヤーと違って、冒険者登録する猫というのは驚くだろう。
僕もこれがたまみさんじゃなかったら、こんな無茶は言わない。
「ほら、たまみさん、こっちに来てちゃんと登録してくださいよ。このままじゃ僕がイタイ人になっちゃうじゃないですか。」
「にゃ~?」(登録なんて面倒じゃない? とまだめんどくさがっているように見える。)
「残念ながら、次のドライの街に入るためにはギルドに登録して冒険者のランクを上げる必要があるんですよ。」
「にゃ?」(あらそうなの? と少し驚いてる気がする。)
やっとその必要性がわかってくれたのか、こちらに関心を示しカウンターの上に飛び乗ってきた。
たまみさんにとってはドライの街に入ること自体よりも、ドライの街も自分の縄張りにすることが重要なことであろう。
NEOにおいて冒険者ギルドのランクというのは結構重要で、先に進むために必須となる。
登録時は最低ランクのGであるが、3番目の町であるドライの街に入るためには二つ上げてEランクにしなければいけない。
エリアボスさえ倒せば街に入らなくても行けるぜぇといきがってる猛者も、その先の国外に出るためにCランクが必要になるところで行き詰まるのだ。
全くランクを上げずに行き詰まってから慌ててあげようとすると結構苦痛に感じてしまうものなので、わかっている人は日頃からコツコツと自分の好みのクエストを受けて上げている。
ちなみに僕はこの間やっとCランクに上がったところである。
「とりあえず、鑑定させていただいてよろしいでしょうか?」
登録時にギルド職員が鑑定を行うのは当然の業務ではあるが、一応相手に確認を取ってから鑑定を行うのが当然のマナーである。
ちなみに、NEOでは鑑定スキルが使われた場合、相手に鑑定が行われた旨のメッセージが成否によらず表示される。
当然、無断でいきなり鑑定を行うのはとても失礼な行為であり、相手によっては以後敵対的な反応を示すことになる。
「にゃ~~」(いやよ、なぜ見せなきゃいけないの と嫌がっているようだ。)
「たまみさん、そう言わずに鑑定させてあげてくださいよ。これも登録時のギルド職員のお仕事なんですから必要なんですって。それに、ギルド職員は守秘義務があるので、ほかの人に教えたりはしませんよ?」
「…な~」(…仕方ないわね と渋々納得してくれたように見える。)
「鑑定することを了承してくれたみたいです。」
「はぁ…。貴方は猫の言葉が分かるんですねぇ。」
職員のお姉さん、そんな如何わしい者を見るような目で僕を見ないでください。
「残念ながら、僕がわかるのはたまみさんの言葉だけです。ささ、たまみさんの気が変わらないうちに。」
「では、失礼してっと…あれ、鑑定失敗した? おかしいな、わたし鑑定Lv8あるのに…っと、今度はいけた。え? もうこんなLv? この子ほんとに猫ちゃんです?」
「たまみさんを猫と侮ってはいけません。
たまみさんは相手がとんでもなく大きかろうと大勢であろうと国家権力であろうとまったく恐れたりしないんです。
もちろん、魔術師ギルドの職員だから安全などということはありません。
敵対する者には情け容赦なく猫パンチを叩き込む、それがたまみさんです。」
ですが、流石にパトカーに爪を立てようとするのはやめてください。
そして公僕の皆さんも根負けしてたまみさんから逃げ出してちゃダメです。
おかげでたまみさんが調子に乗ってしまっているので…。
「と、とりあえず、冒険者ギルドへの登録を認めます。こちらが冒険者カードです。」
渡されたカードにたまみさんが右前足を置くと、カードはインベントリに収納された。
冒険者カードは身分証であるので当然譲渡不可であり、インベントリに入ってはいるが専用枠を使っていて枠を専有しないようになっている。
「まずは納品クエストを今ある素材で行けるだけ終わらせましょうか。とりあえず、今あるのは…」
僕が先ほど渡された素材で納品できるものを戻そうと整理していると、たまみさんからパーティー加入申請が飛んできた。
「いまある素材はたまみさん一人でとってきたものですし、個人で納品したほうが経験値とお金は多いですよ? ギルドのランクに関するポイントは同じですけど。」
納品クエはパーティーで受けても必要素材数は変わらないが、経験値と報奨金は人数で割ることになる。
ゆえに個人で素材を出すときはパーティーを解散してからクリアするのが一般的だし、新規加入者をパワーレベリングするときもパーティーでクリアするのではなく集めた素材を全部渡して個人でクリアさせる。
「にゃ~~」(面倒だから、この状態で透がやってちょうだい と丸投げしてるように見える。)
「まぁ、たまみさんがそれでいいなら、別にいいですけど。」
実際のところ、たまみさんの狩りの速度なら経験値やお金はクエストに依存しなくてもいいかなと思う。
即時クリア可能な納品クエストを一通り終わらせると、たまみさんの冒険者ランクはFにあがった。
もともとGからFに上がるのは始まりの街周辺のクエストで十分な位の難易度なので、セカン周辺の素材の納品クエストなら余裕だ。
ただ、Eランクへの昇格試験を受けられるまでにはもう少し足りなかったようだ。
「うーん、Eランクに上げるのにもうちょっとだけ足りないですね。とりあえずセカンの街周辺のモンスター討伐のクエをまとめて受けて、あとおすすめのクエを受けていきましょうか。」
僕はちょいちょいとクエスト受領の手続きをすると、たまみさんとともに冒険者ギルドを後にした。
GランクからFランクにあげるときはクエストクリアで手に入る貢献ポイントを満たすだけで昇格できるが、それ以降の昇格には試験が必要になってくる。
まぁ、Eランクへの昇格試験はギルドが用意した相手との模擬戦なので、たまみさんなら余裕だろう。
だが、それ以降の昇格試験は見つけにくいモンスターの討伐だったりダンジョンの踏破だったりするので、何も考えずの力技が少し難しくなっていく。
そのためにも、たまみさんにももう少しクエストがどういうものかを知っておいて欲しいと思う。
「あまり考えなくてもいい、単純にモンスターを狩るだけのクエストを中心に受領してきましたが、いくつかはきちんと段階を踏む必要のあるものを受けてきました。まずはその内の一つを進めるために街の東にある農村に行きますよ。」
「にゃにゃ~?」(そんな面倒なのはほっといて、モンスター討伐だけでいいんじゃない? とずぼらさを発揮している気がする。)
「このクエストは、貢献ポイントや経験値だけじゃない、特別な報酬があるんですよ。」
僕は嫌がるたまみさんを連れて、村へ向かうべくセカンの街の東の門を出た。
「娘が薬草を取りに森に入っていって昨日から戻ってこないんです。どうか探していただけませんか?」
農民の女性が心配そうにお願いしてくる。
NEOのNPCとはいえ、よくある定番のクエストというものを出してくることはよくあるのだ。
さすがに、ひとりひとり別のクエストを発生させるわけにも行かず、また同じクエストを何度も繰り返すという矛盾も避けられない。
特にこのクエストは重要なものであり、この農民の女性の子供も何度危険な目にあっても懲りずに森へ出かけて行ってることになる。
「森のどの辺りに行ったかはわかりますか?」
「切り傷に効く薬草を取りに行ったので、森の北西側に行ったはずです。ただ、最近薬草の数が減っていてもっと奥にまで探しに行ったのかも…」
「わかりました、まずはその辺から探してみましょう。」
ただし、NEOのNPCはほかのゲームのテンプレなNPCとは違い、こちらが質問すればきちんと答えてくれるし、なんらかのヒントを聞き出すことも容易である。
まぁ、相手も人間の言葉で話すので、たまみさんにそこを聞き出せというのもちょっと難しいけれど。
森に入ると、さっそくとばかりにたまみさんがモンスターを狩り始めた。
この森はゴブリン系が中心で3~5匹程度が常に群れで出てくる。
セカンの街にきたばかりのプレイヤーはきちんとパーティーを組んでいないと数で押し切られて危険になったりするのだが、たまみさんにはあまり関係がなかった。
というか、僕にも少しは相手を残しておいてください…。
「にゃ~」(遅いわよ、透 と急かしている気がする。)
たまみさんは僕と合流してから狩りに出るまでの前置きが少々長かったせいで少しストレスが溜まっていたようだ。
普通のプレイヤーなら受けたクエストの敵を優先したり、必要のない敵は見逃したりするんだが、たまみさんは目に付いた全てのモンスターをそれこそ虫一匹逃さず殲滅していく。
ほんとはその子蜘蛛のモンスターはしばらく放置しておくと成長してもうちょっとまともにドロップが落ちるようになるんだけれどと思っても、たまみさんには関係のないことだ。
「あぁ、たまみさん、目的地はもっと北…いえ左の方です。右の方の敵を深追いしないでください。」
たまみさんは散歩などの時は自分の行きたい方向に行くのが基本だけど、多少はそっちにはいかないで欲しいというのは聞いてくれる。
市役所のある辺りの官公庁の区画を制覇されても困るし、ラブホが建ち並んでるあたりを連れ回されたりされても困るからだ。
今も目的の森の北西への誘導をなんとなくではあるが聞き届けてくれている。
「ありました、この籠がまず出発点です。」
北西からやや東に入ったあたりの薬草の群生地に、薬草が少し入ったカゴがひっくり返っていた。
手早く散らばった薬草を集めて籠を持つと、そのそばにあるモンスターの足跡を探す。
「この足跡を追いましょう。その先に探してる子供がいるはずです。」
僕はもちろんこのクエストを一度やっているので、このあとの展開は知っている。
薬草を採集している途中でモンスターに襲われて逃げ出したという設定だ。
「にゃ~~お?」(襲われたんならもう手遅れじゃないの? と足跡を追跡しながら聞いてる気がする。)
「NEOのNPCは時折モンスターに襲われるのに懲りずに森に入るんですが、どうやったら逃げ切れるかを結構知っているんですよ。たまに手遅れの時もありますが、そのときは探している人物の遺体なり遺品なりを回収しればクエストがクリアできます。まぁ、この手の子供はほとんど殺しませんが。」
足跡の先には6匹のゴブリンがいて、虚のある木を取り囲んでいる。
ファイターが二匹、アーチャーが一匹、マジシャンが一匹のホブゴブリンが二匹見える。
まぁ、たまみさんにとって相手の数などほとんど関係なく、あっという間にマジシャンの背中に爪を立てていた。
僕が遅れないようにとアーチャーに剣で切りつけている間に、さらにファイター二匹がパーティクルをまき散らしながら消えていくところだった。
奇襲で耐久の低いアーチャーの背後から切りつけたはずだったのに、僕がアーチャーを倒す頃には二匹のホブゴブリンも既に光になっていた。
まぁ、まだアーチャーにトドメを刺すことができただけマシだというべきか。
「にゃあ?」(これで終わり? と物足りなさそうにしていると思う。)
「いえいえ、ちゃんと子供は生きてます。ちゃんと家に帰るまでがクエストですよ?」
僕が木の虚の中を覗くと、そこにはうずくまって泣いている女の子の姿があった。
虚の入口自体はゴブリンでも入ってこれる大きさだが、ここは簡易のセーフゾーンになっているためにどんな小型の魔物でも入ってこれない。
NPCたちもこのようなセーフゾーンのことは知っていて、危険な時は逃げ込めるようにちゃんとその位置を常日頃から把握している。
「もう大丈夫だ、ゴブリンは全部退治したよ。」
「うわぁああん。」
声をかけると泣きながら飛びついてきた。
「お母さんに頼まれて探しに来たんだ。さぁ、帰ろうか。」
昨日から隠れていたせいで空腹であろう女の子に携帯用のパンとハム、それと水の入った水筒を渡し、空腹度を回復させる。
一日くらいではHPは全損しないが、NPCにも空腹度が設定されていて徐々にHPが減っていき、餓死することもあり得るのだ。
昨日から帰ってこないというクエを受けてから一週間以上も放置していても元気に生きているなどということはない。
「でもお父さんが怪我しちゃったから、薬草を取って帰らなきゃいけないの。」
「落とした籠も拾ってきたよ。まだ足りないなら手伝ってあげるから集めてしまおうか。」
「うん、お願い。」
僕たちは先ほどの薬草の群生地に戻り、切り傷に効くはずの薬草の採集を行った。
ちなみに、たまみさんは薬草を引き抜けないので、周囲の警戒だ。
必要以上に広い範囲を警戒して時折モンスターに襲いかかっていたが、気にしてはいけない。
「あぁ、よかった。無事だったのね。」
村に戻ると、農民の女性が女の子に抱きついてよろこんでいた。
「冒険者のお兄ちゃんと猫ちゃんが助けてくれたの。心配かけてごめんなさい。」
クエストが進行し、無事にクリアされた。
そしてクリアとともにインベントリが少し拡張された旨のメッセージがたまみさんの方には表示されているはずだ。
そう、これはインベントリ拡張クエストなのだ。
僕は一度クリアしているから増えないが、いくつかあるインベントリ拡張クエストはとても重要だ。
ちなみに、このクエストは女の子が死んでいたり薬草が不十分な状態で帰ったりするとインベントリの拡張が行われないが、完全クリアするまでチャレンジできるようになっている。
どういう理屈で拡張しているのかは謎だが、NEOではこのような原理不明のRPGのお約束は普通に存在している。
「にゃ~~」(なるほど、こういうことなのね と納得しながらインベントリをいじっているように見える。)
たまみさんもここまで来ると少し面倒でもこのクエが重要であることを理解してくれたようだ。
ただ、やはりNPCと会話できないとこういうクエはたまみさん単独でクリアは難しいだろうなとは思う。
「さ、それじゃ、どんどん討伐対象のいる所を回ってしまいましょうか。」
「にゃにゃ~~」(さぁ、どんどんいくわよ とわかりやすいクエストに気合を入れてるように見える。)
「あ、ただ一つだけ採集しておきたい素材があるので、そこには寄りますからね?」
「にゃ」(それは透にまかせるわ と丸投げしようとしているようだ。)
たまみさんは相変わらずだなと思いながら、次の討伐対象のいる村の南東の方向へと歩き出した…。