猫8匹目 時差
区切りがいいので、少し短めに
僕は急いで帰宅すると、フルダイブVRにインするための準備を始めた。
まずは昼食代わりの栄養補助食品のゼリーと水分補給。
脱水症状はもちろん、血糖値が基準以下に下がっても強制ログアウトになるので、簡易でも栄養補給は必要だ。
母は僕がたまに口にするこのゼリー状で1分かからずに摂取できる栄養補助食品を体に良くないと嫌っているが、栄養バランス自体はいいはずだ。
食事をする喜びによる精神的なものがないとか唾液が分泌されないなどの変な理屈をつけているが、時間がないからとまったく食事をすっ飛ばすよりはいいはずだ。
トイレも済ませ、各種センサーを装着してログインシークエンスを始める。
昨日はセカンの街でログアウトしたので、当然周辺環境は《グリーン(安全圏):街中》だ。
ログインしてすぐにマップを開いてたまみさんの位置を確認すると、町の北西の住宅街辺りをゆっくりと移動中だった。
おそらく、町の中の縄張りを巡回中なのだろう。
NEOではフレンドの位置情報は町中で許可してある場合のみ表示できる。
街の外については許可してある場合は現在いるエリア名だけ表示できるようになっている。
たまみさんにチャットはできるかな?と思いながら、フレンドリストからチャット要請を飛ばす。
『にゃにゃ~』(遅いわよ、透 とチャットで答えてる気がする。)
チャット申請の許可はできるらしい。
昨日の転職の確認で、点滅するものはクリックしてみるを覚えたかな?
「とりあえず、中央の広場で合流しましょう。」
『…にゃ~』(まぁ、いいでしょう、いくわ と少し迷ってから答えを返した気がする。)
こっちに来なさいと呼び寄せるかどうか、少し迷ったのだろう。
僕がいた場所がやや南側だったのもあるが、街中で合流するならわかりやすいところが無難だ。
マップに相手の位置が表示される状態でも、移動してる相手と街中で合流するのは意外と大変だ。
マップの縮尺がそれほど大きくできないせいで入り組んだ路地の詳細や通り一本違う場合の見分けがつかないのだ。
ゆえに、フレとの合流は転移門のある中央の広場か、友人の家や店、そしてこれから街の外に行くなら向かう方面への門の前で行うことが多い。
さて、先に到着できたかな?と広場を見渡したところで、背後からお尻に猫パンチを食らった。
「にゃにゃ~~」(遅いわよ、透、なにしてたの と少し怒ってる気がする。)
「いや、たまみさん、僕はまだ大学に行ってる時間ですって。以前に大学に行ってるときは我慢して家で過ごしててくださいって話はしましたよね?」
「にゃにゃにゃ? にゃ~」(あれ、おかしいわね? もうとっくに帰ってきてる時間じゃないの? とりあえず、ご飯をよこしなさいよ と言ってると思われる。)
僕はとりあえず、この前買った猫用の餌入れにキャットフードを適量入れて、たまみさんに差し出した。
早速食べ始めるたまみさんを見ながら、何かおかしい気がするなと考える。
たまみさんがうちに来た当初こそ僕が決まった時間まで帰ってこないことに腹を立てていたが、僕が学校に行かなければいけないということは理解してくれたはずだった。
さすがに猫が怒るので学校に行きませんというわけにはいかない。
まぁ、あまり帰りが遅いとたまみさんが不機嫌になるからと、結局まともに部活はやらなかったんだが。
たまみさんも、自分の用があるときに僕がいてくれればいいだけで、帰宅した後ずっと僕を拘束するわけではない。
その結果、僕は早く帰宅するけどたまみさんの世話をした後暇になるのでネトゲを始め、そのまましっかりとはまってしまったのだ。
たまみさんが特に僕を絶対呼び出すのは週末の縄張りの見回りと水浴びの時間(たまみさんは猫の割りにお風呂は好きだ。ただし湯加減にはうるさい。)そして、餌の時間である。
僕はそこで、何がおかしいのかに気付いた。
「たまみさん、NEOの中は外とは少し一日の長さが違うんですよ。」
「にゃ?」(どういうこと? と餌を食べながら問い返してる気がする。)
「NEOの中では一日が20時間なんですよ。4時間ほど外の世界とは長さが違うんです。」
「にゃ~~」(よくわからないわね と首をかしげてるように見える。)
たまみさんは猫であるがゆえに、時計を読むこともできない。
文字盤が読めないこともあるし、また時計というものは人の目の高さを意識して置かれているので猫の視線には入りづらい。
そして、時計が読めないと1時間がどのくらいの長さなのか?ということもわからない。
体内時計で今何時くらいとわかる人もいるが、それはあくまで基準となる時間をまず覚えてからの話だ。
では、どうやって一日の長さを猫は計るのか?
それは太陽が昇り一度夜が来てまた太陽が昇って朝が来れば一日なのだ。
日中は太陽の高さで時間を大まかに感じることもあるだろうが、基本的にはなんとなくこのくらい程度であくまで一日ごとが基準だ。
となれば、一日が20時間である分だけ時間の感覚がずれても不思議ではない。
フルダイブ型VRゲームにおいて、リアルの時間と内部の時間の比率をどうするべきかは、それぞれのゲームによって違ってくる。
フルダイブVR黎明期においてはリアル1時間で内部が24時間経つような無茶な設定をしようとしたゲームも存在した。
だが実際はそこまでの比率になると脳の処理が全く追い付かず、24倍の時間経過を目指したゲームはクローズドベータの段階で複数の昏睡者を出し、そのうち3名の死者が出た時点で閉鎖。そのまま再開することなく被害者への賠償の負担で会社は倒産してしまった。
そこまで極端ではなくとも高倍率で長期間接続するとやはり問題が起き、VR法成立時には接続時間の規制と合わせて、最大倍率4倍以下、一日にゲーム内時間で24時間が上限とされた。
例えば、3倍の時間経過のゲームだと一日8時間しかINできないということである。
また一日のリアルでの総接続時間は16時間が上限で、数時間ごとの小休止の設定が推奨されている。
それだけフルダイブ型VRは脳や体への負担が大きいということだ。
結局VR法の規制から考えて、リアルの時間と等倍の、内部の時間と外部の時間の経過が同じゲームが現在のフルダイブVRMMOの主流となっている。
では、NEOはどうかと言えば、基本は等倍の時間経過としながら一日の長さを20時間としたのだ。
24時間としなかったのは社会人が平日夜しかINできない場合も常に内部時間が同じにならないようにするためだ。
内部の時間経過が等倍のまま一日8時間で回しているように極端に一日の長さを短くしているゲームもあるが、NEOではそれではNPCの負担が大きいと考えたのだろう。
プレイヤーや冒険者NPCならともかく、普通の一般住人NPCは夜になったら家に帰る。
昼間に作業できる時間が1/3になると作業が細切れになりすぎて困るNPCが出てくるのだ。
一日8時間労働ならともかく、3時間弱しか労働できる時間がないのに移動と準備に時間を取られるとまともに作業する時間が残らなくなる職業はいろいろとある。
その点で、一日20時間であればやや短くなる程度で済むのである。
「う~ん、なんと説明すればいいですかね…。
4時間という差はわからないでしょうけど、僕がリアルで常に同じ時間にINしたとしても、NEOの中では少しずつずれて遅くなっていくということなんですよ。
だから、僕が常にNEO内の時間で決まった時間にINするのは無理です。」
「にゃ~?」(それじゃ、あたしのご飯の時間はどうするの? と聞いてきてると思う。)
「むしろ、今までどうしてたんです? NEO内で復活してからもう4日目なんですよね?」
昨日は猫缶+餌購入後に適量の餌を与えたが、亡くなった直後からNEO内にいたとすれば三日は経ってるはずだ。
「にゃにゃ~~~」(自分で狩ったり街で無料でご飯をくれる場所に行ってたわ。だけど、どっちも味がいまいちなのよね と言ってる気がする。)
NEOでは料理を推奨するために生の食材を直接食べても味はいまいちと感じるようになっているし、野良ペット用に街中で無料で出している餌は所詮汎用の安物だ。
それを考えるとただの空腹を満たす食事では満足できず、猫専用の餌が欲しくなるのだろう。
「でも、NPCの店に預けてってのもめんどくさいですよね?」
「にゃ~」(ごはんのたびに戻ってくるのは嫌 と拒否してるような気がする。)
NEOでの移動は、結構時間かコストがかかる。
始まりの街とセカンの街の間こそ短いが、他は徒歩なら数時間から数十時間かかり途中のセーフゾーンを使いながら数日かけて移動することもあるほど。
街間の転移も利用は一瞬だがそれなりに距離に応じた金額を要求される。
とてもじゃないが、餌のために毎日決まった店に戻ってくるのはやってられない。
「思い出しましたけど、たまみさん、インベントリ普通に使えましたよね?」
「にゃ?」(使えるけど、それが? と聞き返された気がする。)
「キャットフードを自分のインベントリに入れておいて、自分で出して食べればいいんじゃないです?」
「……」(…… と沈黙まで表現しなくてもいい気がする。)
僕はため息をつきながら、インベントリから一度仕舞ったたまみさんの餌入れとキャットフードの袋を取り出した。
「にゃにゃにゃ?」(でも、ごはんを用意するのは透の役目じゃない? と誤魔化そうとしてるように見える。)
「わかりました、僕がいるときは僕が出しましょう。ただ、僕がいないときに食事の時間になったら自分で引っ張り出して食べてください。
そいえば、インベントリから取り出して餌入れの中にキャットフードを入れたり、クイックスロットを使ったりできます?」
僕は少し嫌がるたまみさんに餌入れとキャットフードを押し付けながら、どこまで操作できるかを確認してみた。
餌入れを地面に出し、その中にインベントリの中のキャットフードの袋から適量を直接乗せることも普通にできるようだし、クイックスロットに登録して取り出すこともできるようだった。
「ついでにクイックスロットにヒーリングポーションなども登録しておきましょう。瓶を取り出さなくても自分になら直接使えますよね?」
「にゃにゃ」(できそうだわ と答えてる気がする。)
ついでに確認した形だが、実は重要なことだった。
VRMMOではたまにリアリティー追及のためにポーションを一度手にもって飲まなければいけないゲームもある。
その場合、麻痺したら麻痺用ポーションは自分で使えないし、部位欠損で手が使えないと一切のポーションが使えない。
そしてたまみさんのように人間用の瓶を持てないキャラクターはポーション類を使えないということがあったりする。
ではNEOではどうか?というと、自分で使う分には瓶を取り出さずにクイックスロットやインベントリから直接使えるようになっていた。
他人に使うときは?となると少し難しく、瓶を取り出して飲ませたり瓶の中身を振りかけて使う形がまず基本で、インベントリから出さずに使用もできるがその時は相手に確認のウィンドウが現れて了承が必要となるので操作が煩雑なうえに相手の意識がある必要があった。
まぁ、たまみさんの場合、他人にポーションを使ってあげる状況があるか?というと微妙なので、とりあえず自分に使えることが重要だった。
今までの戦闘は圧倒的過ぎて回復の必要はなかったかもしれないが、この先どんどん敵が強くなっていくので必要になる場面が出てくるだろう。
「ということでスロットに登録したので、攻撃を受けてダメージを負ったらポーションを使うことも考えてくださいね?」
「にゃ」(わかったわ と一応返事をしてる気がする。)
「あと、わかってると思いますけど、自分で餌を取り出せるからって食べ過ぎないようにしてくださいね。NEOでは極端に体重が増えて長期的に動きが鈍るなんてことはありませんが、過食という状態異常で一時的に動きが鈍ることはありますからね。」
「にゃにゃ」(それはもちろんわかってるわ と答えてると思う。)
実は昔たまみさんがうちに来てしばらくして食べ過ぎで太ったことがある。
野良だったころは運動量も多く収穫が多いときは子分たちにおすそ分けしてたこともあって太る様なことはなかったらしいが、うちに来たとたん餌は要求すればいくらでも出てくるようになったので調子に乗りすぎてしまったのだ。
なんといっても、僕は要求されれば断れなかったし、うちにある餌を食いつくしても爪を出して母を脅せばいくらでっも追加で買ってくるのだ。
つい調子に乗って食べ過ぎてしまうのは仕方ないかもしれないが、体重が倍以上になったらさすがに動きが鈍る。
そして、太って動きの鈍ったたまみさんを調子に乗った姉が馬鹿にしてからかったのだ。
怒ったたまみさんは速攻でダイエットして適正体重に戻し、姉をばりばり引っ掻いていた。
まぁ、姉もたまみさんも自業自得である。
それ以降、たまみさんも太らないように餌の量を自制するようになっていた。
みなさんも猫が要求するからと餌を与えすぎないように注意しましょう。
「さて、それじゃ、一度アリスの店によって予備の餌入れとキャットフードを買っておきましょうかね。」
「にゃにゃ」(実はもう一つ気になる可愛い器があったのよ と少し機嫌が直ったように見える。)
VRもので時間経過が違いすぎるものがありますが、
やっぱり、人間の脳はそこまで処理速度を上げてられないと思うんですよね
赤く塗れば三倍の速度になるかもしれませんが(嘘ですw
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