猫6匹目 逆たま
リアルの話を少々短めに。
僕は久しぶりに大学の講義を受けに来ていた。
たまみさんの具合が悪化してから少しサボっていたから、一週間ぶりだったか?
「よぉ、透、久しぶり。」
「久しぶり、透。猫は元気になったのか?」
大学の友人が声をかけてくる。
ただ、その多くは一週間見なかったらいないなと気付いてくれる程度の付き合いで、たまみさんが亡くなった時にメールで知らせるほどの関係ではない。
「みんな、久しぶり。飼ってた猫のたまみさんは四日前に亡くなったんだよ。しばらく落ち込んでたんだけどね…」
「うわ、ごめん、空気読めないこと言っちまって。」
「あらら、ご愁傷様です。」
「ご愁傷様。透も元気出してくれよ。」
友人たちが慰めてくれるが、昨日の衝撃の再会のせいで今は全く悲しくはない。
「みんな、ありがとう。でももう元気で大丈夫だから。それにたまみさんとはNEOで再会したしね…」
後ろのセリフはみんなには聞こえないような小声でぼそりとつぶやいた。
NEOをやってる大学の友人もいるが、グループチャットで少したまみさんの死について触れただけでNEO内で復活したたまみさんについて相談するほどではなかった。
大学でNEOの話題が出てフレンドになった友人もいるし、NEOでの付き合いから実は大学同じなんだと繋がりができた友人もいたが、リアルが割れてる友人とはそこまで突っ込んだ関係をNEO内ではなるべく築かないようにしていた。
NEO内の親しい友達にもたまみさんのことを話してみたが、実際に見た四人以外は誰も信じてくれなかったし…。
昨日、セカンの街の見回りが終わったところでログアウトし、夕食や風呂を済ませたあと寝る前に一通り攻略サイトを調べてみたがこれといった有力な情報はなかった。
現実のペットや人間が死んだあとにNEO内に現れたなんて荒唐無稽な話はもちろん、猫をテイムした話や、他に安全圏外で暴れまわっている猫の話もなかった。
テイマーたちの間では猫のテイムは永遠の課題らしく、必死に探しているが未だにテイムできた話はないらしい。
最前線に近い常世の森というところに一匹いる夜叉猫というモンスターが唯一の希望らしかったが、徘徊型ボスの一種で、あまりの強さに未だに討伐成功の話もないそうだ。
普通の小型の猫のサイズでカンストAGI極型の忍者をも上回る速度で動き回り、さらに遠隔攻撃や瞬間移動系のスキルも使ってくるらしい。一部では一発攻撃を当てただけで英雄扱いだとか。
なんか、たまみさんに似た話だとは思ったが、夜叉猫の能力もまた全くの謎だらけなので、全く参考にならない。
NEOの街の中にNPCの猫は存在する。
ただ、非戦闘系のNPCらしく、テイムはトライすることもできない。
ペットとして飼う事はできるらしいが、NEOでのペットはどの職でも持つことができる代わりに安全圏外には一切出せない。
マイハウスを持ってその中に複数のペットを持つことはできるらしく、猫派の人たちは現状はハウスの中でペットと戯れるだけか大型猫科のモンスターをテイムするしかないらしい。
大型猫科獣でも立派な肉球があるし、短いなめらかな肌触りの毛皮や長毛のモフモフな毛皮のテイムモンスターもいるんだから十分だろうという話もあるらしいが、思い出したように小型の猫のテイムモンスターが欲しいねという話が出てくるらしい。
まぁ、僕はテイマーがやりたいわけではないし、猫にこだわっているわけでもないんだけどね。
ただ、NEO内にたまみさんがいる以上はこれからも付き合っていくことになるんだろうと思う…。
それは3限目の講義が終わったあとに来た。
『ピロンッ』
メールの着信音だ。
ただし、他人にも聞こえる外部に対しての音ではなく、端末の所持者にしか聞こえない音声だ。
骨伝導を利用した特殊なスピーカーを使っているらしく、マナーモードでの通話着信も周囲には一切の音が聞こえない。
2048年の現在、すべての人が外出時になんらかの携帯端末を持つ義務がある『国民皆端末法』が施行されている。
人によって持つ携帯端末の形状を選ぶことはできるが、何らかの端末を所持した状態で外出する必要がある。
また、スペアの端末を持つこと自体はできるが、ひとりの人間が稼働させられる端末は常に一つであり、他人の端末を借りて連絡することは非常時のみに許されていて、無許可に他人の端末で通話、連絡する行為は犯罪とされている。
それに関連して、安全な生体チップが体の無害な場所に埋め込まれていて、体から一定以上の距離離された端末は一切の動作をしないようになっている。
この『国民皆端末法』導入に当たっては、端末を追跡することによって居場所の特定などができるため、管理社会の始まりだと批判するものがいたらしいが、携帯の爆発的な普及に伴ってもはや全ての国民が何らかの端末を所持していること、また携帯を悪用した犯罪の増加などを考慮して法案が通過した。
結果的にこの法案によって携帯を悪用した犯罪のみならず、広い範囲の様々な犯罪が減少した。
この位置情報を悪用した例も多少はあったが、それ以上に犯罪発生時に確かなアリバイが発生することで、迅速な犯人特定につながったのだ。
もとよりIT社会の急速な発展で管理社会的に個人の位置情報の特定などは時間の問題でもあったところを、合法的に、確実に特定する方法を確立しただけに過ぎない。
そのような端末であるが故に、間違いメール位はあるが、迷惑メール等の不特定多数にばらまくようなものは既に根絶されていた。
誰からだろう?とメールを端末で開いてみると、そこにはキーボードを適当に叩いたような、全く読めない文字が並んでいた。
そう、間違いメールはまだあるしイタズラメールも存在するが、当然出した相手はすぐに特定できる。
今時はもうネットの匿名性などというものは一切ないのだ。
そして、そのメールの差出人は『たまみ』となっていた。
VR法との絡みもあり、今はネットゲームといえどそのユーザーの個人情報は運営会社は完全に把握している。
もちろん、ユーザー同士では相手のリアルをいきなり特定できるようにはなっていないが、ネットゲーム内での犯罪行為はそのまま運営を通じて相手を特定し、罪に問えるようになっている。
そのような環境であるが故に、ゲームの中からリアルの端末にメールを送ることや、逆にリアルの携帯端末からゲーム内のフレに直接メールを送ることも可能になっていた。
それを考えると、僕に対してメールを送ってくる『たまみ』はNEO内のたまみさんしかいないということになる。
僕は今まで貰ったことはないが、NEOのNPCとフレンド登録している相手ならば、外界であるリアルの方へメールを送ってくることもあるらしい。
軽々しく外界と接触してはいけないという掟はあるらしいが、NEOのNPCの中には掟を破るものも少なからず存在するし、破ってもすぐ犯罪者まではいかないらしい。
重要な案件ならば目をつぶるという話であっても、たまみさんならほんのつまらない用事でも平気でメールを送ってきかねない。
たまみさんにメールが送れるか?という問題については、フレンド登録されているから可能ではないか?と推測される。
今、フレンド登録されているのは僕だけだろうし、リストに一人だけなら文字が読めなくてもメールを送ること自体は可能か?
もちろん、件名や本文を書くことはできないので、適当にソフトキーボードを叩いたのだろう。
しかし、ちょっと水をこぼして拭き取って欲しいとか天気がいいから散歩に行きたくなったとか、本当につまらない理由でとても重要な局面でのNEOからたまみ落ちをさせられてた僕としては、またこれもつまらない用事の気がするなぁという気がする。
…
……
………どんなつまらない用事でも、たまみさんに呼び出されている以上は一度説明しに行くしかないか?
それこそキャットドアを付ける前に僕を呼び出すためにバリバリたまみさんに引っ掻かれたねぇちゃんのように、たまみさんの呼び出しを無視したとなればその後が怖い。
「ごめん、ちょっとたまみさんからメールで呼び出されたから、帰るわ。」
「え? たまみさんから呼び出された? 死んだんじゃなかったのか?」
「そいえば、NEO内でたまみさんと再会したとか言ってたな。あれ冗談じゃなかったのか?」
「NEOの中からメールってこと? え? ちょっと意味がわからないんだけど…」
大学内のNEOやってる友人にはNEO内でたまみさんに会った話はしたが、やはり信じてはいなかったらしい。そして、もちろん、呼び出されたって意味も不明だろう。
「たいした用事じゃないかもしれないけど、放置したら怒るからね。ってことで、あと代返ヨロシク!」
僕は慌てて道具を片付けると、4限が始まる前に教室を後にした。
「代返って今の時代端末で出欠とってるんだから、出来るわけないだろうに…」
「ちょっと慌てすぎだよな…」
取り残された友人たちはその背中を呆れたように見送る。
「しかし、透のやつ、単位が怪しくなりそうだよな。」
「え? 2回欠席したくらいじゃまだ大丈夫だろ?」
「でも、あいつの帰り方、たまみ落ちみたいだったろ? 今後も頻繁に呼び出されて出席足りなくなりそうだとは思わないか?」
「あー、ありそうだね。NEOでのあいつのたまみ落ちの頻度は酷かったもんな…」
「これって、逆たまみ落ちじゃない?」
「「「それだっ!!」」」
友人たちの声がハモる。
「これは透の留年確定か?」
「酷い言い草だな。まだ確定ではないだろう。」
「いや、あのたまみさんの理不尽さを分かってないだろ。」
「おまえ、リアルでたまみに会ったことあるの?」
「犬の散歩中にな。そして、うちの犬はたまみさんの姿を見ただけでションベンちびるほどビビってた。」
「近所の犬や猫は、たまみさんの姿を見ただけで気絶するって有名だぜ?」
「そりゃ、やべーな。透終わったか…」
「学年が違っても友達でいようぜ。」
「いや、だから、まだ確定してないから。」
言ってることはみんな酷かったが、透の帰り方を見てると、ありえるなと思えてしまう。
「逆たまみ落ちだから、逆たま?」
「誰がうまいこと言えと…」
友人たちは他人事とのんきな話をしていた…。
一応、これは未来のお話です。
フルダイブVRって、まだまだそのくらいかかると思ってるんですよね。
そしてその位未来なら、携帯を皆持つのが義務になってても不思議じゃないかと…。
ちなみに現代の話で、ブクマ、評価、感想などよろしくお願いします。
評価についても、思った通りに気軽にしてくださいね。