ぬこ5匹目 決闘と転職
ちなみに、ぬこは誤字ではありません
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僕とたまみさんは、セカンの街をゆっくりと見回っているところだった。
「シャーーー!」(なによあんた、生意気な! と威嚇しているように見える。)
「グルルルルルッ!」『生意気な小童め、身の程を知れ!』
今現在、通りの真ん中でテイムモンスターのフロストウルフとにらみ合っている最中だ。
ちなみに、相手のフロストウルフの言葉はたまみさんと主人のテイマーには理解できているらしく、僕は相手のテイマーさんから聞いただけだ。
テイマーに相当する基礎職は存在せず、すべての基礎職においてテイムスキルが取得可能となっていて、過去にテイムしたことがある者が一次転職でテイマーを選べるようになるらしい。
そして、一次職のテイマー以上になると、自分のテイムモンスターの言葉がある程度分かるようになるということだ。
なるほどと感心していると、相手のテイマーからテイム関係なしにたまみさんの言葉を理解している僕のほうが凄いと驚かれた。
僕がたまみさんの言葉をある程度理解できるのは、僕やたまみさんにテレパシーがあるわけでも、僕が猫語を習得しているからでもない。
たまみさんによって猛特訓が行われたためだ。
そりゃ、下僕として使役するのに言葉が理解できたほうがはるかに効率が良い。
うちに来た直後から猛特訓が行われ、正しく解釈できるまで猫パンチが飛んできた。
だからと言っても、正解を出すまで徹底的に猫パンチを叩き込んで繰り返せば、分かるようになるはずなんて誰が思うのだろう?
そして、しっかり分かるようになってしまっているのだから、まったくわけがわからない…。
そのような経緯で習得された特殊技能なのでたまみさんにしか通用せず、他の猫の言葉はさっぱりわからない。
NEOの中でもこの特殊技能が通用するのは助かるところではあるのだが。
まぁ、『降参』関連の言葉だけは猫と犬のものはだいたいわかるが、それはたまみさんにやられたあまりに多くの犬猫たちを見てきたからに過ぎない。
フロストウルフも犬っぽいので、また新たな1ページが刻まれそうな気もするが…。
「なぁあぁぁあ?」(こうなったら力で解決しましょう? と挑戦している気がする。)
そして、たまみさんからフロストウルフに向かって『決闘』が申し込まれた。
「できそうだと思ってたけど、やっぱり決闘申し込めるんですね、たまみさん…」
僕は頭を抱えたくなったが、たまみさんが縄張りの見回りとしてセカンの街を歩き出した時からこうなるような予感はしていた。
リアルで縄張りの巡回をしている時に挑戦してくる猫や犬がいた場合、たまみさんは相手の飼い主が目の前にいようと問答無用でその爪をお見舞いしその全てを屈服させてきた。
当然NEOにおいてもそうしようとするだろうが、セカンの街は安全圏なので街中で攻撃してダメージを与えることはできない。
そこで出てくるのが、安全圏でもダメージを与えることができ、安全圏外でプレイヤーやNPCを攻撃しても犯罪者にならない『決闘』というシステムなのだ。
NEOにおける決闘は両者の同意によって行われるPvPであり、基本的には勝敗によるデメリットはない。
しかし、争いごとをお互いの力によって解決する方法として活用できるようになっており、お互いの同意によってアイテムを賭けたりなんらかの誓約を賭けたりできる。
そして、NEOにおいてはNPCも決闘を行える。
冒険者などの戦えるNPCに対して揉め事の解決を決闘で行おうと提案したり、逆に申し込まれたり、NPC同士で決闘を行っているところに出くわしたりすることがあるのだ。
相手が同意すれば決闘で解決することは合法であり、それに賭けたものが誓約である場合はシステム的な拘束はないけれども誓約は神聖なものとして扱われ、NPCは滅多なことでは破らないし従わないプレイヤーはNPC全体から軽蔑され村八分にされる。
ゆえに決闘はそれなりに神聖なものとして扱われていた。
ちなみに、ただの腕試しで行われることもあるが、ドライの街に闘技場があるため、普通に不特定多数の相手と腕試しをしたい者たちはそっちに集まって行うようになっている。
「ウォン。」『二つ言っておくことがある』
フロストウルフは一度決闘を拒否した。
「ウォンウォン。ウォン。」『一つは私は主人に従う従魔であるため、単独で決闘はできない。主人に対して申し込んでもらうことになる。』
「あー、なんか、従魔だけで決闘はできないみたいですね。」
「やっぱり、テイマー本人も巻き込まれますか…」
「まぁ、私はいつもユキ君には助けられてもらってる方なので、ユキ君が決闘したいというなら付き合ってあげたいと思いますけど。」
「その場合、テイム系のバフはいいですけど、直接たまみさんに攻撃するのはやめておいたほうがいいです。いろいろ危険なので。」
システム上、テイマーは決闘においてモンスター頼みだけではなく本人も直接攻撃が行える。
ただし、テイマーが倒されればテイムモンスターが健在でも負けとなるし、たまみさんの速度ならどんなモンスターの防御もかいくぐってテイマー本人を狩るのは余裕でできるはずだ。
「やっぱり、テイムモンスターじゃないんですよね? ペットという感じでもないし、なんで純粋なNPCに見えるんですかね?」
「リアルで一応飼い主という立場でしたが、実際は下僕でして。NEO内ではなんとか逆にテイムされるのだけは勘弁してもらいましたが、システム上の繋がりではただのフレンドなんですよ。」
「リアルで? あまりよく関係がわからないのですが?」
「すいません、僕もよくわからないんですよね…。とりあえず今は、ただの単独のNPCが従魔とその主人であるあなたに決闘を申し込んでると思ってください。」
「はぁ…」
相手のテイマーは困惑しているようだが、僕の方もたまみさんについては説明のしようがない。
「ウォン。ウォォォン。」『もう一つの問題はお前の職業だ。もうLv20になっているなら転職を済ませてからにすべきだ。それでもLv32の私とは差が大きいが、基礎職のまま挑んでくるのはあまりに私を舐めている。』
「もうLv20なのに基礎職だから、転職してから挑んでこいって言ってますね。」
NEOで決闘を申し込むと、相手に名前とともにLvと職業が開示される。
あまりにLv差がある状態での決闘を防ぐとともに、職による相性の悪さをあらかじめ示しておくためだ。
「あー、やっぱり、たまみさんもLv20で転職できるんですね?」
セカンの街を巡回中に調べてみたのだが、どうやらテイムモンスターやサモンモンスターもプレイヤーと同じLv20とLv40で転職できるらしい。
転職するとその職に合わせてステータス配分が変わるが、その数値の総合計は増加する。
特に基礎職から一次職への一次転職ではそのキャラの特徴が方向付けられるせいもあって、ステータスの上昇幅が大きい。
「にゃあ?」(トール、転職ってなに? と聞いている気がする。)
「職業を上位のものに変えることですよ。システムのステータスの中のLvの横に点滅してるアイコンはありませんか? あったら、一度押してみてください。」
「にゃあ。」(あぁ、なにか点滅してるこれね? と気付いたようだ。)
たまみさんが前足でちょいちょいと操作する。
「いくつ転職候補が出ました?」
「にゃ。」(二つでたわ と答えたように聞こえた。)
前にも言ったがたまみさんは字が読めないので、なんの職が出たかを聞くことはできない。
またテレパシーではないのでそれが何かをたまみさんが理解していないものを発音だけで僕に伝えることはできない。
NEOにおいて従魔などのモンスターは基礎職はその種族に依存する一つだけ。
そして、転職先は基本的には2つないし3つ示されるらしい。
特殊な条件をクリアしている場合転職先が増えることがあるらしいがその条件はとても厳しく、人気のあるモンスターで見つかっていればいい方。
そして、狙って出そうとするとよほどの縛りプレイをしなければいけないらしい。
猫の転職についてはどうか?といえば、特殊な転職の条件どころか小型の猫のモンスターをテイムしたことがあるという情報すらなかった。
大型猫科のモンスターは、豹や虎などの人気モンスターがいくつかあり、その特殊転職情報もいくつかあったが、主に特殊転職は2次からで1次転職ではデフォルトのものしか見つかっていないらしい。
モンスターの一次転職の中でデフォルトで示されるのは、物理強化、属性付与、魔法職寄りの3種類が基本であるとのことだ。
一部のモンスターでは攻撃特化や防御特化もあるらしいが、黒猫の1次転職と考えるなら一つは魔法職寄りだろう。
「二つあるなら、片方は魔法寄りだと思います。一度選んでみれば、決定する前にステータスの変化と習得可能になるスキルが見れるはずですよ。もうひとつの方は物理特化ですかねぇ?」
「にゃ~~」(なるほど、こうなっているのね と関心しているように見える。)
たまみさんはひょいひょいと前足で操作していく。
そのまま、速攻で確定してしまったようだ。
そして、ピロンッとたまみさんのアイコンに『夜猫』という職業が表示された。
僕にも見えるように一時的に表示してくれたらしい。
ちなみに僕たちには知りようがなかったが、もうひとつの職業は『使い魔猫』で予想通り魔法職寄りの魔法を使うための猫の職業だった。
「やっぱり、魔法系じゃない方の職にするんですね。」
「にゃ~」(回りくどいのは嫌いなのよ と言ってる気がする。)
たまみさんの性格から言って、魔法は好きじゃないだろうなと思っていた。
リアルでのたまみさんは、大型犬相手でも真正面から向かっていき、あまりトリッキーにからかうなどの行動はしなかった。
セカンの街に来る途中の戦闘でも、回避や安地の利用こそしていたが物理攻撃で相手を圧倒していた。
その体格で物理寄りでも大丈夫ですかね?とは思うが、魔法に頼るたまみさんではない。
「にゃにゃ~」(さぁ、これで文句はないでしょう と気合を入れているように見える。)
たまみさんは追加のステータスポイントの割り振りも新しいスキルの習得も一気に終わらせてしまったらしい。
もう少し慎重に割り振ってもいいのでは?とも思うが、もともとたまみさんは何事も直感で即決、即実行なタイプだ。
それに今の最優先事項は目の前の生意気な犬を一刻も早く蹴散らすことだった。
「たまみさんの要求はセカンの街における縄張りの主張ですね?」
「にゃ」(そうよ と同意していると思う。)
「グルルルッ」『別にこの街は我の縄張りではないが、その生意気な態度は控えてもらおう。』
「ユキ君はこの街は縄張りじゃないけど、生意気な態度をとられるのが嫌みたいですね。」
「では、敗者は相手の主張に法った態度を今後するという誓約でいいですかね?」
そして、たまみさんから再度決闘申し込みがテイマーに対して行われ、受理された。
「Lv差があるからといって格下と油断しないようにしてくださいね。」
決闘開始までの60秒のカウントの間に相手に対して一言アドバイス。
たまみさんはそんな僕の態度を、敵に塩を送るような心境でフンスと見送っていた。
「グルッ」『もとより格下とて全力で叩き潰すのみ。』
「ユキ君は全力で行く気満々のようですよ。」
フロストウルフは気合が入ってはいるが、まだ余裕があるように見える。
「たまみさんは、始まりの街西のシニアシルバーウルフを単独で撃破してるんで。」
「えぇ??」「ウォン??」『なに??』
本当は始める前にいうのがフェアだと思う一言に一人と一匹が驚きの声を上げる中、カウントが終わる。
フロストウルフは、ウルフの上位職で属性持ちの1次職だ。
そして、ウルフの他の1次転職先は、攻撃力と耐久重視のブラックウルフと速度重視のシルバーウルフ。
つまり、フロストウルフはシニアシルバーウルフの下位種であるシルバーウルフと同格である。
そこに12のLv差があるとはいえ、基礎職の状態で上位種のシニアシルバーウルフを倒したたまみさんに敵うはずがなかった。
決闘はほぼ一方的に推移した。
属性持ちとは言えど、ウルフ系は物理攻撃を当ててなんぼだ。
Lv差の上でテイマーのバフがついているとはいえ、シニアシルバーウルフの攻撃が当たらないたまみさんに速度重視ではないフロストウルフが物理攻撃が当てられるはずがない。
最後の方に範囲攻撃の凍結で一矢報いていたが、2次職のブリザードウルフならともかくフロストウルフの凍結でたまみさんを倒せるはずもなかった。
フロストウルフのユキが大量のパーティクルとともに光となって消えたところで、相手のテイマーが降伏を申請し受理された。
たまみさんは凍結を食らったはずの左前足を少し舐めながら、ドヤ顔でふんぞり返っている。
僕はリアルで見慣れたその態度を横目に少しため息をついた。
「なんか、たまみさんがいろいろ申し訳ないです。」
「ウォゥゥ」『まったく面目もない…』
ユキの尻尾は力なく地面にぺったりと垂れている。
「なんか、ユキ君がすっかり落ち込んでますが、たまみさんは強かったですねぇ。僕なんかは動きが全く見えないくらい、速かったです。あれで直前に転職したばかりでまだスキルとかに慣れていないだろうって事を考えると、ちょっと恐ろしくなりますね…」
「僕もどのくらい強いのかすらまだわかってないですからね。猫のテイムモンスターの情報もなくて、なんであんなに強いのかもさっぱりわからないんですよ。」
比較する情報がないので猫として強いのかはわからないが、Lv20でレイドボス単独撃破やLv32テイムモンスターを一方的に蹂躙は明らかにおかしい気がする。
まぁ、それがたまみさんということかもしれないが…。
「ちなみにですが、今回たまみさんが要求したのは、セカンの街の縄張りに過ぎません。」
僕は負けてがっくりと尻尾を垂らしてしまっているフロストウルフとその主人にこっそりと声をかけた。
「というと?」
「つまり、セカンの街以外では、別に畏まる必要はないってことですよ。Lv的にセカンの街を拠点にしてるのではないでしょう?」
「ウォン?」『なんとそういうことでいいのか?』
「あー、そういう解釈ができるんですか…。でもそれでいいんですかね?」
「それでいいんですよ。今のたまみさんが気にしているのはセカンの街の縄張り。ほかの街に行ったらそこでまた改めて縄張りの主張を始めるだけに過ぎません。まぁ、ほかの街で遭遇しても、次は決闘は受けないことをお薦めしますがね。」
「そうですね、あの速度を見ているとちょっとLvを上げたくらいで1対1で勝てるようになるとはとても思えないですしね。」
「僕はトール。バトルメイジをやってます。たまみさんをテイムしてるとかではないですが、今後も行動を共にすることが多くなると思うので、お見知りおきを。」
「僕はマツリ囃子。こちらがテイムモンスターのユキ。一匹特化型のテイマーを目指していく予定です。」
僕はマツリ囃子さんと握手を交わし、フレンド登録した。
たまみさんは倒した相手とフレンドになるなどということはしないので、何事もなかったように背筋をピンと伸ばしてセカンの街見回りを再開した。
今後またユキ君と何かあれば、僕の方に連絡をくれるだろう…。
その後、たまみさんとユキとの決闘を見ていたせいか、他のテイマーたちは慌てて逃げ出し遭遇することはなかった。
また、セカンの街に住み着いているNPCの犬猫も、たまみさんに向かってこようとするものは一匹もおらず、たまみさんの前でその頭を垂れた。
たまみさんも、恭順を示す犬猫たちをむやみに攻撃するようなことはしない。
そうして、セカンの街は完全にたまみさんの縄張りとなったのであった。
セカンの街、陥落(ほんとかw
まぁ、ゲーム内で犬猫が街の縄張りを争うとは思えませんがね。
ギャングっぽいNPCが縄張り争いしてる可能性があるかもですが、
その時はどうしましょうかねぇ…