猫47匹目 忍者シノブ
シノブの装備更新を終え、僕たちは再びスーの街郊外へと来ていた。
「うーん、攻撃力3倍の苦無に変えてもそれほど変わった感じがしませんねぇ…」
まずは僕でもソロで倒せるフィールドの戦いやすい通常モンスター相手に試運転。
しかしながら、単発の攻撃力が3倍になったとは言っても投擲武器は元の攻撃力が低いのでそんな急に攻撃力が上がったりはしない。
「もちろん、投擲武器の種類を変えたぐらいでそんなすぐには変わりませんし、シノブさん単独で撃破してもらう必要もありません。
たまみさんの圧倒的な攻撃力の前には、僕の魔法のダメージもお飾りでしかありませんしね…」
僕がソロで倒せる敵はイコールたまみさんがソロで簡単に圧倒できる敵に過ぎず、僕やシノブの援護がなくてもたまみさんは全く困らない。
「ただ、あまり効果がなくても遠慮せずにどんどん投げ込んでください。
まず大事なのはシノブさんが持ち替えた投擲武器や新しくした防具に慣れることなんです。
そしてダメージよりも牽制を目的とした攻撃というものに慣れることも重要です。」
「はぁ、そうなんですね…」
「にゃにゃ!!」『どんどん攻撃してもいいけど、あたしに当てないでね!!』
「そこは大丈夫です。狙って投げてもとてもたまみ様には当たりそうにはないので!」
狙って投げて当たらなくても攻撃のタイミングが悪いと偶発的に当たる危険性はあるから大丈夫じゃないんだぞとは思ったが、今のところシノブの投擲のタイミングはそれほど悪くない。
「まぁ、狙って投げてたまみさんに当てられるかはともかく、今のところ攻撃のタイミングは悪くないですね。
ポイントはたまみさんが攻撃を当てて一度距離を取るところ。
僕も同じところを狙ってるので攻撃が被ることがありますが、僕の魔法とシノブさんの投擲は遠距離攻撃同士で被っても問題はないので気にすることはありません。
苦無の損失も気にすることはないので、積極的にどんどん投げ込んでいきましょう!」
「はい、どんどん行きます!」
幸いにして棒手裏剣と苦無の扱い方はそれほど変わらないので、少し遠慮して固くなっている部分が取れてくればすぐにでも使いこなすことができるだろう。
「にゃー!」『ちょっと、シノブを気にしすぎてトールの魔法があたしの方に飛んできたわよ!』
僕もスキルを組み替えたあとの魔法にはだいぶ慣れてきたが、3人での戦闘という部分にもう少し慣れていかないとうっかりミスをしてしまうので注意しなければいけない…。
「さて、次は飛行型モンスターと少し戦ってみましょうか。」
「ひ、飛行型ですか…」
以前のパーティーの編成を考ええれば、飛行型に尻込みするのは仕方のないことだ。
近接物理職にとって飛行型モンスターは物理攻撃無効のモンスターの次に相性の悪い相手と言っても過言ではない。
「な~~~~…」『飛ぶ奴らかぁ…あたしもあいつらはちょっと苦手なのよね…』
たまみさんも闇の爪と空中二段ジャンプを覚えたとはいえベースは近接物理職であり、リアルの時も散々鳥たちには嫌な思いをさせられた。
特にカラスは頭がいいためけしてたまみさんの爪が届くところまでは近付いては来ず、遥か頭上からカァーカァーという耳障りな鳴き声でたまみさんを威嚇してたまみさんの神経を逆なでしていた。
「大丈夫ですよ、まずはスーの街周辺の飛行型モンスターの中でも戦いやすいホワイトファルコンから始めますから。」
飛行型モンスターといってもピンからキリまで様々で、ただモンスター扱いされているだけの無害な小鳥からイヤラシイ状態異常を使ってくるモンスター、そして強烈な遠距離攻撃を使ってくる強敵まで存在する。
もっとも、中でも一番きつい強力な遠隔攻撃持ちの飛行型モンスターはもう少し先のエリアにならないと出てこないため、今すぐ慌てて対策を取る必要はない。
「ホワイトファルコンは上空から獲物を探し、急降下で襲いかかってくるモンスターです。
その飛行速度が非常に速いので注意が必要ですが、攻撃手段が鉤爪と嘴の近接攻撃しかないために近接職でもカウンターで攻撃することが容易です。
ただ、上空にいるときはたまみさんの闇の爪もシャドウステップも届かないので、向こうがこちらを見つけて仕掛けてくるまでたまみさんは攻撃できないからたまみさんが嫌うタイプでしょうね。
今までだとこちらから仕掛けるなら僕の魔法で攻撃して釣るしかなかったんですが、この距離だと簡単に回避されてしまうのではじめの一発は無駄撃ちして二発目から狙うしかないのでその効率の悪さから忌避していたモンスターです。
ここにシノブさんの投擲が加わればもう一手増える事になるのでもう少し効率が良くなるでしょう。」
「ニャ~~…」『それでもあたしが先に攻撃できないのは変わらないからめんどくさいわ…』
たまみさんは基本的に先手必勝で、相手がこちらに敵意を向けていない犬猫でもとりあえず一度引っ掻いてから考えるという飼い主に迷惑な判別方法を取ってきた。
故に明らかに敵とわかっていながら自分で先手をとることができず、相手が仕掛けてくるのを待つか自分以外に先手を任せるしかないのが気に入らないらしい。
「これはあくまでシノブさんに飛行型モンスターを攻撃させるための訓練なので我慢してください。
さて、それではシノブさん、行きましょうか。」
「はい、頑張って撃ち落とします!」
やっと役に立てる時が来たとシノブさんは鼻息荒く苦無を握り締めているが、そんなに緊張すると当たるものも当たらなくなる。
「あくまで初手として引き付けるのが目的なので当たらなくてもいいですし、ましてや翼に当てて墜落させなきゃいけないってわけじゃないんで気楽に攻撃してください。
よほど大外れじゃなければホワイトファルコンがこちらを敵と認識して突っ込んでくるはずですから。」
ホワイトファルコンまでの距離は30m弱と射程の長い単発の攻撃魔法でもぎりぎり届くかという距離。
弓で止まった的を狙うならまだ当たる距離だが、苦無ならギリギリ届くという程度の距離で相手がゆっくりとはいえ動いているので当てるのは難しいだろう。
「とぉりゃ!」
しかしながら気合とともに投げられたシノブの苦無は、吸い込まれるようにホワイトファルコンに見事に突き刺さった。
外れても構わないとはいったが、当たるのならもちろん当たったほうがいいのは間違いない。
苦無の攻撃力程度ではそれほどのダメージではないし翼にも当たっていないのでその飛行速度には変わりがないが、僕たちが魔法の詠唱と闇の爪のチャージをして待ち構えるには十分なタイミングだ。
「エアカッター!」
「にゃ!」『それ!』
あとはこちらに向かって直線的に急降下してくるホワイトファルコンに、カウンターで攻撃を当てるだけの簡単なお仕事。
僕とたまみさんの攻撃によってホワイトファルコンはHPが全損し、光の欠片となって散っていった。
「よし、いい感じですね。どんどん行きましょう!」
「は、はい!」
その後もホワイトファルコンを見つけてはシノブが苦無を投げて引きつけ、僕とたまみさんでカウンターをとって倒すというのを何度か繰り返した。
苦無の攻撃だけでホワイトファルコンを墜落させるのはたまたま翼にクリティカルで当たった一度だけだったが、全体的にその命中率は高く僕たちは余裕を持ってカウンターを当てることができた。
「思っていたよりシノブさんの投擲の命中率が高いのは嬉しい誤算ですね。
投擲スキルのレベルは3でそれほど高くないのに、大したものです。」
「スキルを上げるポイントの余裕がなくて上げてありませんけど、NEOを始めてすぐぐらいからずっと投擲を使っていますから流石に上手くなりますよ。
リアルの方で手裏剣の練習をしようとして怒られたことがありますけどね。」
NEOにおけるスキルは、ポイントを振らないと上昇しない代わりにスキルが低いからわざと失敗させるというような方向には作用しない。
当たらないはずの剣を当てたり回避できないはずの攻撃を回避させたり命中しないはずの投げナイフを当てたりする方向で補正が掛かるだけで、本来命中するはずの苦無を外させたりはしないのだ。
ただし、攻撃される相手の方にもスキルによる補正が掛かっているので、もとよりそれなりのプレイヤースキルがあって元の回避力+回避スキルによる補正が高ければこちらもスキルによる補正が加わらなければ命中しない。
スキルポイントを使わずに努力だけでプレイヤースキルを上げることは意味があるが、それだけでは相手によっては限界があるのがNEOにおけるスキルである。
「これで飛行型モンスターもそれなりにいけそうなことが確認できましたね。
遠距離攻撃持ちや群れで襲ってくるタイプなど問題のある飛行型はまだいますが、シノブさんの投擲の一手があるだけでだいぶ違いますし、この調子ならとりあえずスーの街周辺では大丈夫でしょう。」
「にゃーー!」『でも飛んでる奴はめんどくさいから嫌いよ!』
「もちろん、そこまで遠距離火力が上がったわけではないので、積極的に飛行型モンスターを狙う必要はありません。
今回はあくまでシノブさんを交えて飛行型と戦った時の確認のためですから。
ただ、今後飛行型モンスターと戦う必要がある時や敵の一部に飛行型も混じってくるような時でも、忌避する必要がなくなったということです。
飛んでる敵が出てきたら途中で諦めて帰るじゃ悲しいですからね。」
もっとも、たまみさんはとても諦めが悪いので途中で飛行型モンスターに道を阻まれたら、今までなら僕一人で魔法でぺちぺちと落とすことになっていただろうけど…。
「次はよりシノブさんの技能が必要とされるクエストです。
比較的重要なクエストですが、僕とたまみさんだけではクリアは難しいと思っていたんですよね…」
それはインベントリ拡張とCランク昇格への足がかりのひとつとなるクエスト。
しかしながら条件が特殊で力押しだけではクリアできないことは攻略板でもさんざん注意されていて、クリアを目指すなら助っ人を友人に頼まなければいけないなと思っていたところ。
しかしながら、下忍転職クエストを戦闘なしでクリア出来るシノブがいれば問題なく行けるだろう。
「先ほどのクエストNPCの話のとおり、クエストの目的はこの屋敷の中に潜入して囚われている人質を救出することです。
最終的には見つかってもいいですが、屋敷の人間に発見されて騒ぎになってから一定時間経つと警邏の兵士が駆けつけてきてその時点で人質を確保していなかった場合はこちらが賊として捕縛されるので注意してくださいね。」
「お任せ下さい。なんでしたら、人質を見つけて外に脱出するまで見つからずに終わらせますよ!」
依頼主はさる高貴なお方の使いと称する身なりのいい家令といった雰囲気の男性。
怪しさ満点だが身元は冒険者ギルドの方で保証してくれた。
ただ、囚えられていると思われる屋敷までは特定できたのだが表立って救出に行けるほどの証拠がないため、やや非合法的に潜入して人質を確保してから犯人を捕らえたいとのことで、もしも先に捕まった時に言い訳できるように外部の冒険者に救出を頼みたいという話だった。
それって冒険者が先に捕まったら見捨てるって話だよね?とは思ったが、それが政治的思惑というやつらしかった。
このクエストの厄介なところは人質を確保するまでは相手が犯罪者だという証拠がこちらにはないこと。
真正面から力ずくで乗り込むとあっという間に人質を隠されてしまい、見つける前に街の警備の兵士が駆けつけてきてこちらが悪人とされてしまうことだ。
人質を見つける前に屋敷の人間に見つかってもまだすぐならリカバリーは効くが、そのときは兵士が来る前に移される途中の人質を見つけることができるかのタイムアタックになる。
「それではシノブ先生、お願いします。」
「は、はい、頑張ります…」
僕の冗談と役目の重さに少し頬を引きつらせながら、鈎付きのロープを使って3m近い塀を軽々と越えていった。
その腕前は見事なもので、ロープを引っ掛ける時も塀を乗り越える時も向こう側に着地するときもほとんど音を立てない。
ちなみに、たまみさんだけならば音を立てずに塀を越えることは可能なのだが、僕にはとても同じようなことはできない。
そしてたまみさんだけが塀を越えても屋敷側の扉を開けることができず、また裏口を開けて僕を中に入れることもできないのでそれ以上進行させることができない。
僕はシノブの手際の良さに感心しながらも無言でシノブの開けてくれた裏口を通りそのあとに続いた。
実のところ、一番隠密性に問題があるのは僕だ。
シノブはもちろん、たまみさんも元から黒猫で隠密性が高かったところに小夜叉猫に転職してさらに見つかりづらくなっている。
僕は少しでもましになるようにといつもの防具を外した上で上下真っ黒な服を身につけ、その上から隠蔽率が少しだけ上昇する黒マントを身につけていた。
武器だけは装備してきたが防御力は皆無なので、本格的な戦闘に入るときつい。
なのでできれば人質が見つかるまでは敵に発見されないで欲しいと祈っていたが、それは全くの杞憂だった。
鍵のかかった扉はシノブが音もたてずに一瞬で開錠し、見張りや見回りはたまみさんがシャドウステップからの一撃で声も出させずに倒す。
人質となっていたのは戦闘技能など全く持たない子供が三人ほどで僕よりも隠密性は低かったが、たまみさんが露払いをした上でシノブが安全なルートに導いたので子供たちもなんの苦労もなく屋敷を脱出できた。
あとは無事に人質の子供たちを街の警備の兵士に引き渡せば、残りの犯人の逮捕は全てお任せでクエスト完了である。
結局、僕は人質の子供たちと一緒に二人のあとを付いていくだけで、ほとんど何もせずに終わってしまった。
「いやー、実に簡単にクリアできましたね。
いままでどうやってこのクエストをクリアするか頭を悩ませていたのが嘘のようです。
シノブさんの技能があればいけるのではと思っていましたが、予想以上に技術が高くて助かりました。
素晴らしい腕前でしたね、シノブさん!!」
「いえ、私なんかの腕じゃまだまだです。
今回楽だったのもたまみ様が見張りを音も立てずに倒してくれたからですし…」
シノブは褒められ慣れていないのか、耳まで真っ赤になりながら僕の褒め言葉に照れている。
「なー!」『トールが言ってたほど大変なクエストでもなくて楽勝だったじゃない!』
「それはシノブさんがたまみさんはもちろん僕でも開けられない扉をあっさりと開けてくれたからですよ。
そういう扉を誰に開けてもらうかでいままでさんざん苦労してきたでしょうに…」
特に今回のクエストでは敵はあまり強くないのだけれど潜入の難易度は高めというところが問題だった。
パーシヴァルたちでは過剰戦力である上に彼らはあまり潜入系の隠密ミッションは得意ではない。
僕の他の友人もフリーの盗賊系の職業の人間はおらず、野良の盗賊系の職業の人を臨時で雇うか、たまみさんの追っかけの中から助っ人を頼むかと考えていたところだ。
そうなると当たり外れの激しい野良を雇うのも、一度頼むとそのあとが厄介な問題が起きそうな追っかけに頼むのも不安要素が付いてくるところだった。
「これでこれからはいままで敬遠気味だったダンジョンの扉も、家屋への潜入ミッションでの鍵のかかった扉もシノブさんに任せ放題ですよ!
もちろん、街中のお店の扉も開け放題です!!」
「いや、扉を開ける以外のお仕事も欲しいんですが…」
「にゃにゃにゃ!」『なにいってんの、扉を開けるのはとても重要な仕事よ!!』
そりゃたまみさんにとって扉は天敵なのでそうだろうと思ったが、鍵もかかっていない天敵を倒すために僕が急かされていたことを思えばシノブに頑張って欲しいとも思う。
「たまみ様がそうおっしゃるのであれば、これからも頑張ってバンバン扉を開けます!」
ほんの些細なことでも頼られ褒められて自信をつけることは今のシノブには必要なことなので、頑張ってもらいたい。
「そういえば、そのピンク色の忍び装束、夜だとあまり目立ちませんね。
もう少し暗い色の方が隠蔽率は高いですし昼間は目立ちまくっていますが、夜でこの程度なら潜入ミッションでも問題なさそうですね。」
そのショッキングピンクの忍び装束が隠密の妨げになるのでは?と少し心配していたが、暗いところではそれほど目立たないことが分かってひと安心した。
昼間はこれでもかというくらい目立ってしまうが、ほかの忍者服も昼間は結構目立つので潜入する夜さえ目立たなければ問題はない。
「そ、そうですか、自分ではどれくらい目立つかわからないのでトールさんから見てそうならば一安心です。
これでもう少し裾が長ければ、もっと良かったのですが…」
潜入中も時々出てしまっていたが、時折裾を気にするのがクセになりつつある。
とくにたまみさんは目線が低いので常に下から見上げる形だ。
「大丈夫です、その忍び装束はプレイヤーメイドなので、しっかりとローアングル設定がされています。
たまみさんから見上げても絶対下着は見えませんから。」
ゲームの中には無意味にパンチラが見えるようなものも存在するがNEOは厳密に健全な設定となっており、プレイヤーやNPCに対するセクハラはきついペナルティーがつくしどんなに裾が短いスカートでもけして中が見えないようにローアングル設定がなされている。
以前一度イベント衣装でローアングル設定が外されていて騒ぎになったことがあるのでしっかりと確認は必要だが、プレイヤーメイドではどうやってもローアングル設定は外せないので僕の友人の残念なデザインでもパンチラの危険性はない。
「大丈夫だと分かっていても、やっぱり気になっちゃいますよね…」
大丈夫とはいっても気になってしまうのが乙女心というもの。
裾を気にして頬を赤らめるその仕草はなかなか萌えるなとは思ったが、残念な友人には消してみせてはいけないなと決意するのであった…。




