猫45匹目 シノブ
一応とはいえ運営とテイマーズギルドに認められたので、シノブをたまみさんの従魔として扱っていくことにした。
まずやるべきは、シノブの能力の把握。
昨日テイマーズギルドでの確認を終えたあと運営の返事が予想できたので少し現状確認を行ったが、とりあえず行えたのはヒアリングだけ。
カフェでお茶とお菓子を注文しながら話を聞くことにしたのだが、そこからいきなり脱線した。
「ふぇぇぇぇ、NEOの中のこんなお洒落なカフェがプレイヤーに利用できたんですねぇ…」
「ここもそこまで高級な店というわけではないんだけどね。テイムモンスターも連れて入れる店となると、どうしても割高になるからね。」
スーの街だけあってテイムモンスター同伴可能な店というのが結構あるが、どの店も普通の店よりもどうしても割高になってしまう。
モンスター用のテーブルと椅子があるわけではないが、どうしても机の間隔を広く取っておく必要があるので座席数が少なめになってしまうためだ。
「そうですよね…私、テイムモンスターになっちゃんですもんね…。
いままでもこんな店にほとんど入ったことがありませんが、これっきりになっちゃうんでしょうね…」
「いえいえ、シノブさんが従魔だからこの店にしたんじゃなく、たまみさんを連れて入るためにここを選んだんですからね?
テイムされたとは言えシノブさんはれっきとしたプレイヤーですから、普通にお店はいれますから!
普通に稼いでいれば、このくらいの店は普通に入れるようになりますよ。」
「でも私、こんなカフェに入れるほどお金は持ってないんですよね…」
シノブがまたどんよりとして落ち込み始めたので、僕は慌ててこの店で一番豪華なパフェをご馳走した。
「こ、こんな凄いの食べちゃって大丈夫ですかね? あとで払えって言われても絶対出せませんよ?」
「大丈夫です、従魔の食事代ってのは全て主人が出すものですから。」
とはいえたまみさんにお金の勘定はできないので、僕がたまみさんが集めてきた素材を売却した代金のプールからお金を引き出して払う事になるのだが…。
NEOには満腹度を満たすという意味もあるが、普通に食事するための店がそれなりにある。
それはプレイヤーたちが食事を楽しむためでもあるが、同時にNPCたちも普通に食事するためである。
そして今時のVRでは当たり前だがNEOでもしっかりと味覚が再現されていて、食べれるけど安いだけであまり美味しくない店から現実では実現困難なような素晴らしすぎる味の高級店までが存在する。
そして、ゲーム内で食道楽を追求することもできるが、それには当然それなりのお金がかかる…。
シノブも初めのうちは安いながらも宿屋に泊まらせてもらえて食事が付いてきたのだが、そういう宿の食事は客単価を上げるより数をこなすことを目的とした安くてまずいもの。
レベルが上がって資金に余裕が出来たならもっといい宿に泊まれるようになるはずだが、逆にどうせログアウトするのだからと宿屋を使わせてもらえなくなったらしい。
食事も安宿の食事から保存重視の携帯食、味はともかく栄養重視のレーションへと変わり、最後はより安く満腹度を回復すること優先の乾パンばかり食べていたという話。
高級店での食事はもちろん、普通の飯屋でもほとんど入ったことがないとのことだった。
「にゃ~~~!!」『ちょっと、このケーキ、全然甘くないわよ!!』
たまみさんはといえば、テイムモンスター用にと出されたケーキの味に文句をつけていた。
テイムモンスター同伴可能をうたっているだけあってこの店にはモンスター用のメニューがある。
ただ、リアルのペット同伴可能のカフェのペット用メニューでもよくあることだが、ペット用のケーキなどは”ペットが食べても大丈夫なこと”や”ペットの健康にいいもの”にこだわってばかりで、あまりペットが食べて喜ぶ味には重きを置いていない。
たまみさんは野良の時に人間からスイーツなどを横取りして食べていたし、僕のところに来てからはたまに姉のオヤツを横取りして食べていたため、人間用のお菓子の味を知っている。
もちろん、人間用の食べ物はペットにとっては味が濃すぎるし体にも良くないと言えるのだが、では人間が食べているスイーツは人間の体にいいのか?と言われれば必ずしもそうではないのが困ったものである。
「と、とにかくこのカフェにはお菓子を食べに来たんじゃなくシノブさんの話を聞きに来たんですから集中しましょうよ!」
その後も僕は話を進めようと一生懸命足掻いたが、すぐにシノブの不幸話へと話が逸れたりたまみさんが僕のケーキを強奪したりと全く進まず、最低限の情報をやっと引き出したところで僕の就寝時間を迎えてしまったのだった…。
「さて、それでは本格的にシノブさんの能力を確認していきましょうかね。」
「はい、よろしくお願いします、トールさん!」
日を改めて実戦での確認作業を始める。
とはいえ、僕は大学から帰ってきてからのゲーム開始なので、その前にたまみさんとシノブの二人で少しフィールドで狩りをしていたらしい。
「少し狩りをしていたようですが、どうでした? たまみさん?」
「にゃ?」『え? シノブの戦い方なんて見てないわよ?』
まぁたまみさんはそんなものだろうと予想はしていたが、期待を裏切らない回答である。
「すいません、私、たまみ様の狩りに同行させていただきましたが、ほとんど戦闘せずに後ろをついていくだけで経験値を分けてもらっていました。
これじゃ、以前のパーティーのお荷物とおんなじですよね…」
シノブさんはといえば、またすぐネガティブモードに入ってしまう。
「いえいえ、シノブさんは今は従魔なんですから、主人の経験値を吸うなんて当たり前ですよ。
それに僕と二人でパーティーを組んでる時も、たまみさんは後ろなんか全く気にせずに勝手に索敵してどんどん撃破していきますからね。
僕でも気が付くと全く戦闘せずに付いて行ってるだけで経験値だけ貰ってたなんてことは何回もありますから…」
「でも私、今日はたまみ様に食事と水を出すこととお店の扉を開けることしかしてません!
あ、でも索敵範囲は私のほうが少しだけ広くて先に見つけられるんですよ?」
「ほほぅ、それは大したものですね。」
たまみさんの索敵スキルは単独で効率よく狩りをするためにそれなりに上げられているので、それを上回るとなれば僕の友人の中でも1、2を争う索敵範囲だ。
「でも、初めに少し方向を示すだけですぐにたまみ様の索敵範囲に入ってしまうので、私の索敵がなくてもあまり変わらないんですよね…」
「しかしながら、索敵持ち同士の戦いでは索敵範囲の差が勝敗を分けることがありますから、索敵範囲が広いというのは大きなアドバンテージですよ。
それにたまみさんは索敵こそしっかり持っていますが、その索敵結果を後ろの僕たちに伝えることなんか全くしないので一緒に行動するのにとても役立ちます。」
「は、はぁ、そうなんですか…」
僕は当然索敵系のスキルを取る余裕はないのでまったくもっていないが、それでもたまみさんに置いていかれないのはたまみさんがこちらを気遣って位置を教えてくれるためだ。
たとえその気遣いが完全に戦闘が終わったあとにもたらされるものだとしても…。
「ところで気になったんですが、たまみさんの食事の世話もしたってなんですかね?
シノブさんにオヤツを用意させて間食したんですか?」
「うにゃ~~」『だってお腹がすくんだもの仕方ないじゃない。』
たまみさんは下僕なんだから言われるとおりにオヤツを用意して当然という態度だ。
「まぁ、狩りで運動して小腹がすくのはわかりますが、肥満にならないように夕方の分は減らしてトータルの量は変えませんからね。
それよりシノブさんに昨日渡したお金をたまみさんのオヤツに使ったことが問題なんですよ。
あれはあくまでシノブさん自身が使うために渡したんですからね?」
「はぁ。でも、たまみ様の要求には逆らえませんし…」
「必要なところは逆らってください。たまみさんのテイムモンスターだとしても主人の要求に全て無条件で答えるのがテイムモンスターではありませんよ?」
「はぁ、善処します…」
シノブがたまみさんの言いなりなのはテイムされてるためというより自身の性格によるところだなと思えるのだった…。
そして、シノブさんの戦闘力を見るために単独で戦わせてみようとしたのだが、そこで恐るべき事実を知った。
「え? スーの街周辺だと最弱の敵でも一対一で倒せないんですか? 一応もう二次職にはなってるんですよね?」
「す、すいません…(泣)」
なんと、シノブ単独ではスーの街周辺には倒せる敵が全くいないほど戦闘力が低かった。
では今までどうしていたかといえば、ソロの時はドライの街やセカンの街まで転移して狩りをしていたらしい。
そしてパーティーからお呼びがかかった時には主戦場となっているスーの街まで転移してくるのだが、当然転移代は自腹である。
ソロで倒せる敵は収入的にも低いため、あまりパーティーに参加できない上に呼ばれるたびに転移していれば、そりゃ懐事情は苦しいに決まっている。
ならば野良パーティーにでも参加すればいいのだが、スーの街まで来ると完全な野良パーティーは組みにくく、いざいつものパーティーに呼ばれた時に野良に入っていると困ると敬遠し、そしてなにより本人の気の弱さから声をかけづらく、野良のパーティーにはほとんど参加したことがなかったらしい。
シノブの職業は2次職の『下忍』
より戦闘面に特化した上忍と比べると諜報系や隠蔽系の能力に重きが置かれているが、本来はけして近接戦闘が全く行えない職ではない。
しかしながら前のパーティーでは近接物理としての攻撃力は一切求められていなかったため、近接スキルには一切ポイントを振っていない。
また装備も、忍者系はもとより軽装だとは言え店売りの安物の革鎧でしかなく、使い古してボロボロになったものでとてもスーの街周辺で戦うのに十分なものであるとは言えない。
そして、武器は何を使っていたかといえば、投擲武器を使っているとのこと。
NEOにおいて投擲武器は大きく三つに分けられる。
一つは投げナイフや手裏剣などの普通の投擲武器。
NEOにおいてはこれら普通の投擲武器は戦闘終了後に自動的にほぼ回収される。
つまり、戦闘中は手持ちの投擲武器を投げきったら戦闘終了後まで数が回復されないので攻撃できない。
通常の投擲武器一つの攻撃力はそれほど高くはなく持てる量にも限界があるため、普通はメインではなく補助的な使い方をするものだ。
もう一つは炸裂玉や毒薬(瓶)などのアイテム系。
ものによっては非常に高い攻撃力や強い効果をもたらすが、使えば使っただけ消費し戦闘後に回復はしない。
また、効果の高いものは当然値段も高価であり、もしもの時に赤字覚悟で一発逆転を狙うときに使うものだ。
そこまで値段の高くないものでも攻撃すればするだけアイテムは減っていくので、普段使いするには向いていない。
そして最後は投擲した後戦闘中に手元に帰ってくる投擲武器。
このタイプで唯一店で売っているものにブーメランがあるが、残念ながら攻撃力は低い。
掲示板ではこの他に乾坤圏やバトルチャクラムなど手元に戻ってくるレア投擲武器の情報があるが、どれも高価なレアドロップ装備でとても万年貧乏の投擲使いが手を出せる値段でもない。
お金の余裕のある上位プレイヤーが予備で持っているか、お金に困っていないプレイヤーがコレクションとして死蔵してるものばかりだ。
シノブは片手で扱える遠距離武器として投擲武器をメインに据えた。
最も安価な物のうちのひとつの棒手裏剣を中心に、もう少し効果で攻撃力の高い鍵手裏剣少々に焙烙玉とシビレ薬のアイテム系を織り交ぜて戦うスタイル。
しかしながらパーティーで攻撃力が足りないとなった時に近接物理攻撃が通りにくい物理防御力の高い敵には通常の投擲武器ではほとんど役に立たず、仕方なくアイテム系を使うと出費がかさみ、ついには資金が回らなくなってアイテム系どころか通常の投擲武器の補充にまで手がまわらなくなるという悪循環の中でさらに攻撃力が低下していく…。
結局、シノブ個人としても、パーティーとしても求めるスタイルが間違っていた。
個人としてならあくまで攻撃は牽制の範囲で満足するべきだし、パーティーとしてより高い攻撃力をシノブに求めるならばアイテム系をパーティーで負担して用意してやるべきだった。
「しかし、よくこれで2次転職クエストをクリアできたねぇ…」
2次転職クエストはどうしてもソロでクリアしなければいけない部分があるので、ここまで戦闘力が低いときついと思われるが…。
「下忍の転職クエストはとある屋敷から極秘の巻物を盗み出してくることだったんです。
戦闘力の高い人なんかはほぼ真正面から力ずくで奪ってくることも可能らしいんですが、私はひたすら隠密で隠れて戦闘を一回もせずにクリアしました。
クリアできるまで何回も何回もチャレンジしてやっと転職したんですから!!」
「なるほど、徹底して戦闘せずに転職クエストをクリアしたのか…」
職業によっては戦闘に不向きなものもあるため、戦闘を極力回避して転職クエストをクリアできるものが存在する。
専業回復職の司教などの転職クエストが戦闘なしで終わらせられることで有名だが、それなりに近接戦闘能力があると設定されている下忍で一切戦闘せずにクリアするとは大した徹底ぶりである。
「ほんとはより攻撃力の高い『上忍』の転職クエストも何回もチャレンジしたんですが、最終目標の要人の暗殺がどうしてもクリアできなかったんですよ。
要人の寝所にまで潜り込んで寝ているところを奇襲したのに、ほとんど装備のない要人を一対一でも倒せる気配がなかったんですよね…」
上忍はより戦闘力の高い職業であるため転職クエストで求められる戦闘の機会はより多いはずであるので、戦闘をせずに最終目標のところまでたどり着いたというのも大したものである。
ただ、そこまでやっても要人を倒すことができなかったというのが残念なところであるが…。
「さて、現状はだいぶ把握できました。それで今後の方針なのですが…」
あまりの戦闘力の無さに本人はとても否定的ではあるが、僕の中でのシノブの評価はだいぶ上がっていた。
確かに戦闘力は低すぎるがバランスの偏ったパーティーで索敵と隠密、鍵開けなどの補助的な役割に徹していたのならば仕方がないレベルで、補助的な分野についてはかなりの熟練といっても良さそうである。
フルパーティーならこれほど補助に徹底したプレイヤーが一人混じっててもいいだろうが、バランスの悪かった前のパーティーではシノブの良さを生かせなくても仕方がない。
自分たちで偏ったスキル構成を求めておいてパーティーのバランスが取れなくなったからとシノブを追い出すのは見当違いだ。
ではフルパーティーには程遠い僕とたまみさん二人のパーティーにどう活かすかという問題ではあるが、それを考える前に示さなければいけないものがある。
「シノブさんの戦闘力を改善するにはいくつかの方向性があります。
一つは職業をリセットして一から鍛え直す方法。
これは有料アイテムが必要なこともありますけど、今まで稼いだ経験値の一部が失われて転職も一からやり直しになるデメリットがあります。
メリットはどんな形にでも育て直すことができることですが、今までと全く違う職業を選べば数値としての経験だけでなくプレイヤースキルとして鍛えてきた経験も失う事になるのであまりお勧めはしません。
もう一つはスキルリセットを使って、下忍のままスキルだけ組み替えて戦闘力を上げる方法。
こちらはゲーム内通貨で買うことが出来るのでたまみさんのプール資金から出すことができますし、今まで稼いだ経験値の減少もありません。
今までと同じ感覚でスキルが使えなくなるとか、また一からスキル構成を考える必要が有るとか、後天的に学習したスキルが消えるなどのデメリットがあります。
装備も大幅な変更が必要になるというのもありますが、今のシノブさんの装備ならそうでなくても買い換える必要はありそうですね。
もっと戦闘力が欲しいなら、このスキルリセットがお勧めですね。
最後は今の職業、スキルのまま、装備の更新や新たなスキルの追加でもう少し向上していく方法。
この方向のデメリットはそれほど劇的な変化は望めないということですね。
メリットはもちろん、今までどおりの職業と今までどおりのスキルで、今までどおりの行動は全てできるということ。
戦闘力の向上はともかく、それがそこまで悪いことだとは僕は思っていないんですよね。
どの方向性がいいと思いますか、シノブさん?」
「は、はぁ、まぁ……」
突然大幅なスタイルの見直しの話をされても戸惑うのは当然だろう。
「こちらからこうしろと要求することはできればしたくないんですよね。それではシノブさんを困らせていた前のパーティーと同じですし。」
「そういわれても、私じゃよくわからないんですよね…。どうしたらいいと思います、たまみ様?」
「にゃ~~?」『さぁ、あたしはそういうことはさっぱりわからないわよ?』
そういうことを積極的に自分で決めることができたのなら、シノブの状況もここまで悪化はしていなかっただろう。
そして、たまみさんにどうすればいいかと相談しても答えは帰ってこない。
なんといっても、僕のスキルリセットや2次転職にも一切口を出してこなかったし、ましてや自分自身のスキル構成についてもその一部を僕に任せてしまうほどなのだから。
「ちなみに『下忍』という職業にはこだわりはあるんですよね?」
「それはもちろんあります!!
本当は上忍にも少し心残りはありますがあちらは無理なので諦めました。
しかしながら、忍者にはなりたいと思っていたので、下忍からあまり変更したくはないのですが…」
やや上目遣いに僕の反応伺うその姿はなにかの小動物を思わせる。
僕が強く要求すれば職業の変更を受け入れてしまいそうなほど弱々しいが、僕もそんなところで無理を言うほど鬼畜ではない。
「そうですね、多少のこだわりは大事ですから、下忍という職業はそのままで考えていきましょう。」
僕はそこまで鬼畜ではないので、その言葉にそこまでほっと安心したため息をつかないで欲しい。
「ちなみに、忍者にこだわるのはやっぱりそういう動機ですよね?」
「えぇ、お恥ずかしながら…。その動機はみんなすぐわかりますよね?」
「まぁ、普通はすぐわかるでしょう。名前は親が付けるものではありますが、やはり自分の名前というものは気になるものですから。」
シノブはそのわかりやすい動機に少しはにかみながら微笑む。
そういえば、この子の笑顔を見たのはこれがはじめてじゃないだろうか?
「にゃにゃ?」『え? どういうこと?』
たまみさんだけはその分かりやすい理由に思い至らないようではあったけれど…。
シノブちゃん改造計画がまだまだ途中ですが、あまりに更新間隔が空いているので途中で投入です。
もう少しぱっぱとシノブちゃの状況を良くしてあげたいんですが、
思うように進みません…。




