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猫44匹目 テイマーたまみ

 NEOにて大型アップデートが行われた。


 事前に情報が開示されていたとおり、レベル70までのレベル上限引き上げと3次職及び3次転職クエストの開放。

 約半年ぶりに引き上げられたレベルキャップも重要ではあるが、それ以上に重要なのは3次職の実装。

 NEOでは職によるステータス、スキルの攻撃力および魔法の威力に対する補正が大きいので、職業が変われば強さが大きく変化する。

 系統の違いによる職の強弱については様々な意見があるので一概には言えないが、基本職と1次職そして2次職の階位の違いにおいては明確な差が存在する。

 当然、3次職と2次職では大きく強さに差が出てくるだろう。

 ガチの最前線組はもちろんそこまでガチ勢ではなくてもレベルキャップに達する程度にNEOをやり込んでいる人間ならばすぐにでも3次職に転職しようと思うはずだ。

 ここで問題のなるのが3次転職可能レベルだが、なぜか引き上げた後のレベル70ではなく以前のレベルキャップであったところのレベル60から転職可能になっていた。

 これはアップデート後すぐに転職を始められるようにした運営の親切と捉える人もいたが、レベル60で開放しつつも70まで上げないとクリアできないほど転職クエストの難易度が高いんだとか転職クエストに挑む人間がバラけるようにするための配慮だとか勘ぐる人たちも多く存在した。

 何はともあれ、多くのプレイヤーがこの大型アップデートを待ちわびていたのは確かだ。



 2時間ほど時間を拡大して定期メンテナンスの日に行われた大型アップデートは、特に問題なく時間通りに終わったらしい。


 らしいというのは、定期メンテナンスが行われるのが平日であり、2時間拡大しても大学の授業に出ていた僕の帰宅時間よりも2時間半も前の話だからだ。

 もちろんネットゲームの中には大型アップデートの度に延長延長と予定通りメンテナンスが明けないゲームもあるが、NEOは大型アップデートでも予定時間通り終わらせるしいままで致命的なバグを出したこともほとんどない。

 まぁ、予期しない行動から致命的なバグが発見されて緊急メンテナンスが入るのはネットゲームの常なので多少は仕方ないが、延長しまくったアプデのあとに緊急メンテを乱発しまくってあげくにメンテナンス終了時間未定で日をまたぐようなゲームとはNEOは違うということだ。


 予定通りの時間に大学から帰宅しNEOの公式掲示板でメンテナンスが時間通りに終了していることを確認した僕は、いつもどおりに水分補給とトイレを済ませ、NEOにログインした。


 今日の大型アップデートを心待ちにしていた人の中には仕事を休んでまでメンテナンス明けのスタートダッシュに備えていた人がいるらしいが、僕は至って平常運転だ。

 そして、たまみさんもまた、呼び出しのメールを送ってこなかったことからわかるように平常運転であるはずだ。

 なんといっても僕もたまみさんも2次転職を済ませたばかりであり、今回のアップデートのレベル上限開放も3次転職もまだまだ関係がないからだ。

 アップデートのほかの部分についても3次転職開放に伴う最前線領域の拡張や街やダンジョンの追加がメインで、僕たちに関係する追加はほとんどない。


 そう、今回の大型アップデートは、僕とたまみさんには関係ない()()()()()




「それで、たまみさん。その子は何なんですかね?」


 ログインして待ち合わせ場所であるスーの街の北側にある広場に行くと、たまみさんのそばに一人の小柄なプレイヤーが控えていた。

 もちろん、NEO内の僕はたまみさんの飼い主ではないしたまみさんが他のプレイヤーと行動を共にすることに関して口出しするような立場でもないので、最近ぐっと積極的にアプローチするようになってきた追っかけの一人がそばにいたとしてもそれに意見する立場にはないはずだ。

 しかしながら、いまたまみさんのそばに控えているプレイヤーには、ただそばにいるとは言えないような一つの特徴があった。


「にゃ~」『拾ったのよ』

 たまみさんの応えは素っ気ない。

 いえいえ、捨て猫拾ったんじゃないですから、それじゃ全くわかりませんって。


「私はこの度たまみ様に拾っていただき下僕となったシノブと申します。お付の人のお噂はかねてより聞き及んでおります。これからは同じたまみ様の下僕としてご指導の程宜しくお願いします。」

 片膝を着いてのキリリとした挨拶。

 小柄だと思ったらどうやら女の子だったようで、外見上は僕より年下か?

 いやいや、そんなことより、拾われて下僕になったとかおかしいから。

 そもそも僕をたまみさんの下僕扱いしてるとこもおかしいし、同じじゃないから。


 実質僕がたまみさんの下僕扱いだとしても、僕は()()()されてないから。


 そう、そのシノブと名乗った子のネームタグは確かにプレイヤーの色だったけど、そこにはテイムモンスターを表す紋章が付けられていた。

 非表示に設定されているのか名前もテイム主もネームタグには表示されていなかったが、だからこそテイムモンスターの紋章がよく目立つ。


「そういえば、NEO内でたまみさんに再会した時、いきなりテイムを申請されましたもんね~~」

 もうすっかり忘れていたが、テイムを申請してきたということはたまみさんはテイムスキルを持っているということを意味する。

 強いモンスターを強制的にテイムするにはそれなりのテイムスキルレベルが必要とされているが、レベル1のスキルを取るだけなら最低限のポイントで取得できる。

 そしてレベル1のテイムスキルでも、相手のモンスターが積極的に受け入れてくれるならどんな強力なモンスターでもテイムできるというラノベ的都市伝説が存在する。


 恐らく、僕がたまみさんにテイムされそうになった時に出てきた承認を受け入れるかどうかの確認が重要だったのだろう。


 同じようものがプレイヤーがモンスターをテイムしようとした時に存在するのかは不明ではあるが、モンスターやNPCからプレイヤーがテイムスキルを使われたという話はほかでは全く聞いたことがないので確認のしようがない。

 もちろん、プレイヤーがテイムされていたという話もいままでは皆無だったんだが…。


「それがシステム的に合法なのかが問題ですし、そう少し話を詳しく聞いてみないと……」

「お、お付の人は私がたまみ様の下僕になることに反対なのでしょうか?」

「い、いや、けして反対というわけでは…」

 先程までのキリリとした態度を一変させ目の端に涙を浮かべながら詰め寄られると、僕としては強く出ることができない。

 元よりたまみさんにさんざん振り回されてる僕が、気持ちが強くて周りに流されない正確だといっても誰も信じてはくれないだろう。


 それに年下の女の子を泣かせているというこの状況…どう見ても案件発生です…。

「と、とりあえず話を、詳しい話を聞かせてください。」

「はい……」

 ぐいぐいとパーソナルスペースを縮めてくるシノブをなんとか押し返し、僕は事件発生を未然に防いだ。



 そして、シノブを落ち着かせて話を詳しく聞いてみたところ、どうやらいままで固定パーティーを組んでいたメンバーから戦力外通告を受けて追放されて途方に暮れていたところをたまみさんに拾われたということだった。


 そのパーティーは元はリアルの知り合い4人で結成していたらしい。

 しかしながらその4人が4人とも近接物理職で、タンクとアタッカーの違いこそあれど回復魔法も属性魔法も使えず、更に索敵も罠解除もできなかったという話。

 普通ならそこで仲間同士で相談して転職するなりサブ職業的にスキルを補えばいいのだが、彼らは自分たちのスタイルを一切変えずに残り2枠にそれを補うメンバーを入れることで解決することにしたらしい。


「自分は斥候系の職業希望でNEOを始めたんですが、始まりの街でそのパーティーから勧誘を受けまして。

 活動時間的にも問題ないと加入することにしたんですよ。

 ちょうど同じ時期に始めた神官職志望の女の子と一緒にパーティーに参加したんですが…」


 加入した当初は攻撃は自分たちに任せて、君たちは索敵と回復だけしてくれればいいからと言われていたらしい。

 彼らの方がレベルが高かったこともあり初めのうちは戦闘は彼らに任せて神官の子は純粋な回復職に特化し、シノブも索敵や罠外し、鍵開けなどの補助的なスキルを中心に上げていた。

 ところがパーティー全体のレベルが上がり活動場所も先の街へと移っていく中で、パーティーバランスの悪さがどうにもならなくなってきた。

 シノブたちにも攻撃参加するように要求され、それなりに頑張ったがどうしても必要な攻撃力が出せない。


 そう、明らかに魔法攻撃力が足りなかったのである。


 パーティー人数6人という枠の中で近接物理職4人というのは誰が見てもバランスが悪く、当初はゴリ押しで何とかなっていたのが極端に物理防御力が高い敵が増えてきたことで思うように進めなくなった。

 ここでもまた彼ら4人は自分たちのスタイルを見直すこともなく、ほかのメンバーにしわ寄せを行かせた。

 とはいえ、魔法を使ってくる敵も増えて自分たちの被ダメージも上がっていたので回復職は外せない。


 結局のところ、シノブが一人で割を食うことになった。


 初めは魔法に弱い敵が出るフィールドに行くときにシノブの代わりに野良の魔法職を入れるようになっていった。

 だんだんとその頻度があがっていったが、すぐにはシノブはお役御免とはならなかった。

 ダンジョンの中になると罠関連のスキルと鍵開けは必要なのでシノブが呼ばれていたのだ。

 それでも、結局ダンジョンの中でも魔法攻撃力が必要な敵が増えていく。


 最終的に彼らは、ダンジョンの中でもシノブに代わって魔法職を連れて行くことを選び、シノブを戦力外としてパーティーから追放した。


 索敵なしにフィールドで戦うことも危険だが、斥候なしでダンジョンに潜るのは無謀でしかない。

 斥候専門の人間なしでもパーティーで協力して必要なスキルを分担すればなんとかできなくはないが、それがいかに大変かを僕はパーシヴァルたちのパーティーで見てきている。

 魔法攻撃力を増やすために自分たちのスタイルを変えることができなかった彼らには、きっとその苦労を乗り越えることはできないだろう。

 そして、残り2枠に斥候と魔法攻撃力と回復魔法とを求めるのは無謀というもの。

 なんといっても魔法が使える斥候職というのはあまりに特殊で、スーの街まで来ているソロプレイヤーの中から見つけ出すことなど不可能に近いからだ。


 彼らはきっと、ダンジョンの中で罠や鍵に悩まされながら、今まで以上に進まない事態に陥ることだろう…。




「にゃにゃ~~ん!」『で、捨てられて広場でメソメソ泣いてたのをあたしが拾ったってわけよ!』

 と、たまみさんはドヤ顔をしているが、どうせ僕が来る前はろくに話も聞いておらず今の話も仲間に捨てられたくらいしか理解していないだろう。


 だが、シノブの境遇を考えれば、救いの手を差し伸べたこと自体はファインプレイというべきだ。


 僕からすればそれだけのことをされてよくNEOをやめてしまわなかったものだと思うくらいだが。

 おそらくそれだけの思い入れがNEOにあったりするのかもしれない。


「ただ、問題はこのプレイヤーをテイムしているという状態なんですよね。テイム自体はシノブさんが自ら受け入れたんですか?」

「はい。はじめいきなりテイムを受けたときはびっくりしてしまいましたが、今にして思えば普通にパーティーに誘われるよりもこの方が良かったと思っています。

 ただのパーティーメンバーとして連れて行かれるよりも、より深い絆で結ばれている気がしますから…」


 そう、今のシノブをただパーティーに誘ったとしても、その不安を完全に取り除くことはできないだろう。


 もちろんモンスターテイムも主人が一方的に解除することが可能だが、ただの固定パーティーよりもシステム的な繋がりは強く当然主人がゲームにINしていればそのことが分かる。

 いまのたまみさんが常にオンラインであるということは抜きに考えても…。


「それとテイムされて初めて知ったんですが、従魔のほうからは常に主人の位置が分かるんですね。

 フレンド登録だけではここまで詳細に表示されませんし、パーティーを組んだ状態でも同じエリアにいれば表示されますがエリアが変わるとわからなくなりますから、ホントにこれはすごいです。」

「へー、そういう機能が付いてるからテイムモンスターが主人がオフラインのときに勝手に動いたり、すぐに主人のもとに駆けつけたりできるわけですね…。

 ちなみに、テイムモンスターを召喚して近くに呼び寄せる機能は生きていそうですか?」

「従魔のほうからジャンプすることはできないですが、主人の方からいきなり呼び出すことはできるようですね。

 ゲームの中ならトイレやお風呂の最中に呼び出されることもないでしょうから、たまみ様がお呼びとあればいつでも参上しますよ!!」

 シノブさんも従魔としてやる気満々である。




「シノブさんが自分の意思でテイムを受け入れたのは分かりました。

 ですが、これがシステム的にバグではないかの確認は必要です。」


 というわけでやってきました、テイマーズギルド本部。


 GMの方にも仕様確認のメールを送付したが、そちらはいつレスポンスがあるかわからない。

 であるならば、ゲーム内でも確認できることはしておこうと、テイマーズギルド本部にやってきたわけだ。

 なんといっても、今回の待ち合わせはテイマーズギルド本部のすぐそばのスーの街の北側の広場で、ギルド本部まであっという間だ。

 今回のことも一応テイムスキルの話なので、ギルドでも何らかの回答が得られるだろう。

 他のゲームならともかく、NEOはNPCの思考ルーチンが柔軟でどんな質問にもそれなりの答えを考えて返してくれるのだから…。


「うわ、めっちゃ見られてますね。さすがたまみ様、テイマーたちからの注目度No.1ですね!!」

 テイマーズギルド本部に足を踏み入れるなり、周囲の視線が一斉に僕たちに突き刺さる。

「いや、確かにテイマーズギルドでのたまみさんの注目度は高いけど、今の視線の何割かはシノブに注目してるよ…」

「え? なんでですか???」

 シノブは不思議顔だが、僕からするとむしろ何事もないようにこのテイマーズギルド本部に入ってこれるほうが不思議である。

 彼らのほとんどはテイマーであり常にテイムモンスターのネームタグにある従魔の紋章を見慣れているので、シノブのネームタグに付いている従魔の紋章にもすぐ気が付く。


 その事態の異常さは、受付嬢が驚きで目を見開いて、慌ててこちらにやってきたことからも明らかだろう。


「あ、あのこれは一体……」

 受付嬢は戸惑いながらもシノブのネームタグの紋章を二度見する。

「少しお伺いしたいことがあるのですが、いいでしょうか?」

 僕は受付嬢を落ち着かせるため、わざとゆっくりと平静を装って話しかける。

「あの、お知りになりたいことはこれのことでしょうか?」

「えぇ、これのことです。できれば、すぐにでもギルドマスターに取り次いでもらえないでしょうか?」

 僕たち二人の視線がネームタグに向いたことでシノブもやっと自分も注目されているのだということに納得したようだ。

「え?? なんで私が注目されるんですか?」

「ま、詳しい話はギルドマスターも交えてしようか。」


 テイマーズギルドのギルドマスターは僕らが黒猫の2次転職に関する情報を提供して親密度を上げておいたおかげか、すんなりと面会に応じてくれた。

 まぁ、これだけ異常な事態が起こっているのだから、まったく面識がなくてもすぐに面会してくれたかもしれないが。


「なんとも、これは驚いた。本当に外界人がテイムされておる…」

 受付嬢だけではなく、ギルドマスターもシノブのネームタグの従魔の紋章には驚きを隠せない。

「やはり、これは異常な事態なんですよね?」

「うむ、今まで外界人はもちろん、内界人であっても人間が直接テイムされたという話は聞いたことがない。

 しかもその主人がただのね…げふんげふん、たまみ様だというのだから、さらに驚きじゃ!」

 ただの猫にと言いかけてやめたことを僕は聞かなかったことにしたが、たまみさんは自分を侮る発言が聞こえたのか、シャキンと爪を伸ばして威嚇している。

 いや、いくら相手に失言があったとしてもNPCのギルドマスターに攻撃しようとしたらここが安全圏内でも犯罪者行きなのでやめてください。


「うーむ、前代未聞の出来事じゃが、しっかりテイムは成立しておるのぅ。」

「私の方にも完全にプレイヤー向けに書かれている注意事項が確認できますし、これは仕様なんじゃないでしょうか?」

「うーん、仕様なんでしょうかねぇ…。

 以前に私に対してテイムが試みられた時に確認しておけばよかったんですが、そのときは他にいろいろあって運営やGMに報告しなかったんですよね。

 今回はもうGM、私たち外界人側の管理者に仕様確認のメールは送っていますが、とりあえずは時間がかかると予想されるのでまずはテイマーズギルドで確認しておこうと思いまして。」

 なんといってもNEOのGMは大型アップデート直後の確認と監視のために今は猫の手も借りたいほど忙しいはずだ。

 もちろん猫の手とは言ってもたまみさんの猫パンチを貸したりするとかえって混乱を招くことになるだろうけれど。


「まったく前例のない事態ではありますが、われわれテイマーズギルドとしましてはきちんとテイムスキルが使われた上でテイムされている以上はそれを認めざるを得ません。

 引き続き情報の収集を行い確認作業を行っていきますが、本部にない情報が急に判明するとも思えませんのであまり期待はしないでください。

 テイマーズギルドの機能としましても従魔の一時預かりや解約後の引取りなどの一部のサービスを除いて普通に使用可能となります。

 なにか困ったことがあればまたいつでもご相談ください。」

「はぁ、分かりました…」

 結局、驚くべきことだけどきちんとシステム的にテイムされているから認めるということだった。

「うーん、これでいいのかねぇ…」

「まぁ、これでテイマーズギルドは認めてくれたってことでいいじゃないですか。」

「にゃ~~!」『そうよ、トール、難しいこと考えないで認めてくれたってことにしちゃいなさい!』

 たまみさんの返事は快いが、これは自分に僕よりも便利そうな下僕ができるからという理由にほかならないだろう…。


 その日の夜にGMから返答が来たが、後ほどもう一度詳しく確認して検討するが、とりあえずは現状のままで構わないという内容だった。

 その裏には、今忙しいんだからそんなめんどくさそうな問題は後回しだ!と書いてあるような気がした。


新キャラ登場です

シノブちゃんが今後もパーティーに呼ばれ続けるかはまだわかりませんが

(ここですぐリストラしたら怒られそうw

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