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猫42匹目 常夜の森

 目的のクエストアイテムであろうサバ缶を手に入れて早速スゥエマオ爺さんのところに戻ろうと思ったのだが、ここでたまみさんが少しごねた。


「にゃ~~~?」『ねぇ、トール、その『サハギン印のサバの水煮』ってどんな味がするか、気にならない?』

 たまみさんの食い意地が突然暴走し始めていた。


「残念ながら、これは転職クエストに必要なアイテムなんで、つまみ食いしちゃダメですよ。

 それにこれは人間用に味付けされたサバ缶なので、たまみさんが期待するような味ではないと思いますね。

 猫のために作られた猫缶の方がたまみさんの口に合うと思いますよ?」


 最近いろんな味の猫缶を口にしているため、同じ缶詰である『サハギン印のサバの水煮』がどんな味がするのか、気になってしょうがないらしい。


「魚も特に好きってわけでもなかったし、リアルでサバ缶を食べてひそかに気に入ってたってわけでもないですよね?

 どうして急にサバ缶の味が気になったんです?」

「うにゃにゃーー?」『最近、『幻のあらほぐし金目鯛の誘惑』とかの魚を使った猫缶を食べて、魚でも悪くない味のものがあるってわかったのよ。それも缶詰だし、もしかしたら魚でもイケル味かもしれないじゃない?』

「これも缶詰であるため、少し味見するってことができないんですよ。

 一度開けてしまえばそこから劣化していきますし、もう一度蓋をしなおすということはできません。

 手土産として持っていくという話ですし、ここで開けてみることはできないんです。」

「なーん…」『ふぅーーーん…』


 たまみさんはイマイチ納得していないようだが、ここでクエストアイテムに手を出させて転職クエストの前提クエストを失敗させるわけには行かない。

 転職クエストゆえに一度失敗してもやり直せるだろうけど、そうなるとまた時間が余計にかかることは確定だからだ。


「にゃにゃ?」『ならば、もう一回あの魚もどきを倒せばいいんじゃない?』

「転職クエストのボスなので普通のボスよりリポップは早いでしょうけど、それでも1時間以上は待つことになりますよ? それに雑魚はもっとリポップが早いので、ボスが復活するまで延々と雑魚と戦い続けることになりますよ?」

 NEOのボスはその個体ごとにリポップまでの時間が異なるが、徘徊型のボスが長く、位置固定のボスが短め、さらにクエスト関連のボスは短くなり、その中でも転職クエスト関連のボスは特にリポップまでの時間が短くなっている。

 とはいえ、一番短いボスでも最低1時間はかかり、雑魚敵はそれより確実に早くリポップする。

 モンスター討伐イベントの時のグリリフォンのリポップはイベントゆえの早さだったのだ。


「ぅにゃ~~~ん」『うーん、それはちょっとめんどくさいわねぇ。』

「また今度、パーシヴァル達の手が空いてる時に手伝ってもらって周回しましょう。

 ヒカリさんの範囲魔法やLILICAのトラップがあれば、もっと簡単に雑魚を倒せて、ボスのリポップ時間の確認も簡単でしょうから。」

「にゃー…」『仕方ないわねぇ…』

 渋々ながらもたまみさんが了承してくれて、ほっと胸をなでおろす。


 実際のところサハギンは転職クエストのボスなので転職関係なしに討伐に来て遭遇できる保証はなかったし、サバ缶が必ずドロップするとも限らない。

 またパーシヴァルたちもGは苦手で、特にLILICAが以前にGと似た動きをするモンスターに遭遇しただけでパニックを起こして暴れまわっていたので、フナムシ討伐に来てくれるとは思えなかった。


 本音としては、なんとしてもフナムシともう一度戦う事になるのだけは勘弁して欲しかったのだ。


 サハギンがリポップするまでどのくらい時間が掛かり一回にどのくらい復活するかはわからなかったが、サハギンが出てくるまで延々とフナムシと戦うなぞ、冗談じゃない。

 また今度きましょうとは言ったが、その言葉は心のお引き出しの奥の方へそっとしまい込み、絶対に思い出さないことを密かに誓うのであった…。



 それから僕たちは元きた海沿いをそのまま戻っていった。

 新しい敵を求めて半島の反対側を北上してから森を横切って港に戻るという経路も考えられたが、たまみさんはもちろん僕でも道に迷いそうな予感があったので、素直にクラゲとセイウチとカニと戯れることにした。


 港に戻るとスゥエ爺は変わらず三番桟橋の樽の上に寝そべっていた。

『どうやら、無事に戻ってこれたようじゃの?』

「えぇ、おかげさまで。目的の手土産というのは、この『サハギン印の鯖の水煮』でよかったですよね?」

『うむ、それで間違いない。

 あやつはなぜかそれが無性に好きでのぅ。

 わしからすればそんなものより新鮮な魚の方がうまいと思うんじゃが…』

「にゃぁん?」『あら、爺さんはこれを食べたことあるのかしら。美味しいの?』

『好き好きといったとこかの?

 たしかに骨まで柔らかくなっていて食べやすいんじゃが、少し味付けが濃いし栄養のバランスがちと偏っておる。

 それにわしらスーの街の猫はいつでも新鮮な魚が食べられるんじゃから、わざわざ缶詰にする必要はないからのぅ。』

「なぁー…」『そうなのねぇ…』

 たまみさんはさんざん否定的なことを言われてもまだサバ缶の味を見てみたくてたまらないらしい。

 僕としては引き出しに仕舞ったものを出したくはないので、早めに忘れて欲しいのだが…。



『それで、手土産を持っていく場所じゃが、スーの街の北西に『常夜の森』と呼ばれる一日中闇に閉ざされた森がある。

 その中央付近にある小さな社にサバ缶を備えれば、缶を開けずともその匂いを嗅ぎつけてあやつが現れるはずじゃ。』

「『常夜の森』ですか…」

 僕はその目的地を聞いた瞬間にあるモンスターのことを思い浮かべた。

 それはある程度の知識を攻略版で得ていれば一度は聞いたことのある名前で、どうりで前提をクリアしなければ目的地を教えないのも納得のいく話だった。

 だが、あのモンスターが黒猫の転職先だとすると、それはそれでぞっとする話である。

『坊主のその様子じゃと常夜の森で何が待ち構えているかは多少は知っているようじゃな。

 じゃが安心せい、戦う必要はなくただ手土産を渡して会話をするだけでいいはずじゃ。』

「ぅなぁあ~~?」『あら、強い敵なら戦って倒してしまってもいいんじゃないの?』

『ほっほっほ、残念ながら条件を満たさねば挑むことすら叶わぬ相手じゃよ。

 それにこのワシですら若い盛りの体力のあった時ですら引き分けた相手。

 今の年老いた体ではとても相手にすらならぬであろうな。

 今のお主程度ではその眷属たちですらまともに相手にできぬよ。』


 相手のモンスターが僕の予想通りであるならばたまみさんでもまともに戦えるとは思えない。

 会話するだけで転職クエストがクリアできるのならば、それは助かったというべきだろう。

「フッーーー!」『端から敵わないって決めつけられるのは頭にくるわ!』

 苛立たしげに毛を逆立てて怒っているたまみさんを連れて、ぼくはスゥエマオ爺さんに別れを告げてスーの街の北東を目指した。




『常夜の森』


 それは難易度が上がって特殊なフィールドが増えるスーの街周辺でも特に難易度が高く厄介な場所だ。

 最大の特徴は一日を通して常に夜であること。

 リアルの時間もゲーム内時間も全て無視して、常に真っ暗闇だ。

 松明やランタンなどで照らすことはできるが、どうしても昼間に比べると視界が狭くなる。


 それに加えてこの森には隠蔽力の高いモンスターばかりがひしめいている。

 ジャイアントブラックバット、ダークヴァイパー、シャドウタランチュラ…。

 全身真っ黒のモンスターが多い中で白い色が混じっている縦縞フクロウでさえ、目視はできるが羽ばたき音を全くさせずに無音でいきなり飛んでくるという恐ろしい仕様である。

 ここでは見えない敵がいきなり奇襲してくる可能性があるのではなく、常に襲って来る敵は見えない敵ばかりで常に奇襲されると思っていなければいけない。

 そしてそれらの通常の手ごわい敵だけではなく、この森には非常に恐ろしい徘徊型ボスモンスターが出現する…。


 スーの街までたどり着いていたとはいえ、ソロで戦いやすい場所を選んで活動していたぼくは常夜の森で戦った経験はない。

 だけれども、そんな僕の耳にもこの森の悪名は轟いていた。


「シャー!」『また出たわね!』

 たまみさんの三角蹴りジャンピング猫パンチが木の上から奇襲しようとしていたダークヴァイパーの頭を叩き落す。

 まだHPが残っていたため僕がすかさずシルバーソードで串刺しにし地面に縫い付ける。

 一撃で残りのHPを削り切ることはできなかったが、わざと貫通させて地面に縫い付けることによって継続ダメージが入りそのまま全損となって光の欠片になって消えていく。

 さらに背後から音もなく近づいて来ていた縦縞フクロウをたまみさんが闇の爪で迎撃し、体勢が崩れて速度が落ちたところに僕がアイスジャベリンを二本三本と打ち込んでいく。

 瀕死になりフラフラになったところにたまみさんが空中二段蹴りジャンピング猫パンチでトドメを刺す。


 常夜の森は常に夜で索敵が困難だったが、それは人間である僕の話。

 猫であるたまみさんは元より夜目が効き、さらに気配での索敵もできるから敵を見つけるのには苦労しなかった。

 まずはたまみさんが敵を見つけて奇襲を仕掛けてくる相手を迎撃し、勢いが止まったところを僕が追撃、それでも倒れなかった敵を二人でトドメを刺しにいく形で順調に進んでいた。

 さすがにこの辺りの敵になるとたまみさんの一撃でも倒しきれないので二人で連携して追撃していく必要があるが、ここの敵はどいつこいつも奇襲に特化しているのでその初手さえたまみさんが迎撃してしまえばそれほど苦労する敵ではなかった。


 ただし、ここの敵は気を抜くとたまみさんでも見落とす危険性があるほど隠蔽力が高いので、常に気を張っていなければいけない。


「にゃーー!」『ここの敵はどいつもまっくろけでイヤラシイわね!』

 休憩として僕の差し出した猫用ミルクをちろちろと舐めながら、たまみさんが愚痴る。

 ちなみに猫用のミルクは牛乳より脂肪分が少ない猫用に調整されたもので、人間が飲むと少しコクが足りないように感じるだろう。

「だいぶ奥まで来ましたから、目的の社はそろそろ見えてきてもいいんですがねぇ。」

 僕も水筒に入れた葡萄酒をちびちびと飲みながら、周囲を警戒する。

 NEO内においてはアルコール飲料も存在するが、未成年だったり場所が悪かったりするとアルコールの味がする酔わない液体として処理される。

 僕はもう二十歳にはなっているのでお酒はお酒として飲めるが、街中やセーフゾーンでなければアルコールとしての酩酊感は得られないし、ゲーム内ではどんなに飲んでも泥酔状態にしてはいけないとVR法で決められているのでどんなに強い酒をがぶ飲みしてもほろ酔い気分にまでしかなれない。

 まぁ、僕は小遣いのほとんどをVRゲームとたまみさんい注ぎ込んできたので、外で酔っ払うほどお酒を飲むなんてことはリアルでもしたことがないのだけれど。


「今のところ順調ですが、アレがまだ出てきていないからとも言えます。

 黒猫の転職クエストはアレに会いにいくものだと思うので道中には出てこないのかもしれませんが、常夜の森では徘徊型であるはずなのにアレとの遭遇率が高いことで有名ですからね。

 もしもアレに遭遇したならば、たまみさんの索敵能力でも気付く前に一気に距離を詰められる危険性があるので、油断はできません。」

「にゃ?」『アレってなによ?』

「ふっふっふ、おそらく今から会いにいくのがアレなので、まだ秘密です。

 たどり着いてからのお楽しみってことにしておきましょうよ。」

「ニャ!」『トールのくせに秘密にするなんて生意気よ!』

 たまみさんのおしかりの猫パンチを受けながら、アレに遭遇した時にどんな反応をするかを想像して僕はニヤニヤしていた…。


 手早く休憩の後片付けをして探索を再開すると、程なくして小さな社が闇の中に浮かび上がった。


 それは高さ1mにも満たない程度の小さな木製の社で、真っ白な木で作られているために闇の中に光が佇んでいるかのようにぼぉーっと光って見える。

 このような森の中に建てられているにしては手入れは行き届いているようで、表面は磨かれ作りはしっかりとしている。

 その社の手前にお供えを置くためと思しき台があったので、僕は『サハギン印のサバの水煮』をそっと置いた。



 すると開けてもいないサバ缶の匂いを嗅ぎつけたのか、闇の中に浮かび上がる二つの丸い光。


 それはたまみさんと同じ位の大きさの猫の瞳だった。

 猫の瞳というと縦に細長い瞳孔を思い浮かべるだろうが、あれは明るいところで網膜に入る光の量を絞っているためにあのような形になっている。

 暗闇の中では猫の瞳孔は開くので丸い瞳になる。

 また暗闇の中では猫の目が光って見えるが、あれは目の中に光を反射する膜があってそれによって光を網膜に集めてより暗闇の中で見やすくするため。

 猫は夜行性の生き物なのだ。


「さ、いよいよ出てきましたね。

 あれがこの常夜の森の徘徊型ボスモンスター、『夜叉猫』ですよ。」

「にゃ~?」『夜叉猫? モンスターにも猫がいたの?』

「前にちょっとだけ話題に出たのを聞き流してたのかもしれませんね。

 NEO内で唯一見つかっている家猫サイズのモンスターなんですよ。

 ただし、そのあまりの強さに討伐することも弱らせてテイムすることも不可能なことでも有名です。

 NEOにおける三大難関ボスの一匹ですよ。」


 NEOほどの人気のあるVRMMOでサービス開始からもうそろそろ2年近くになるというのに、実はまだ討伐されたことのないボスモンスターが存在する。

 普通MMOとなると多くの人間が研究するためにあっという間に討伐されその攻略法が確立してしまうものだが、それでも今尚未討伐ということはそれらが異常な強さを持っているということになる。

 それが三大難関ボスだ


 夜叉猫はその異常な速さと高い隠密性から全く攻撃を当てることができず、3次転職が実装されてもっとAGI補正の高い職が出ないと追いつくことができないとか、もっと強力な魔法が実装されてから範囲魔法の物量で追い詰めなくてはどうにもならないとか言われている。


 三大難関ボスのもう一匹は『リヴァイアサン』で、その名の通り海洋型のボスモンスター。

 南の海のある海域に行くと積極的に侵入者を排除しようとするため遭遇は容易だが、現状使うことのできる船では大きさも強度も武装も足りないので、どうにもならない。

 今後のアプデでもう少し船舶関係の要素が追加されないと討伐は不可能だと言われている。


 そして、最後の一匹であるが、以前はその地位を『レッドドラゴン』が務めていた。

 グランド王国の北東の国境近くの火山に生息し、その住処からはあまり移動しないので遭遇しやすいが、ドラゴン特有の硬い鱗と強力な爪と牙としっぽ、そしてブレスを吐き空を飛ぶという高難易度ボスのお手本のような存在であった。

 だが、三大難関ボスの中では一番与し易く力押しでいけるかもしれないと、フロントライナーたちが総力を結集してついに討伐に成功した。

 歓喜に沸くフロントライナーたちだったが、そんな彼らの前に姿を現したのが『カイザードラゴン』だった。

 見た目はレッドドラゴンを一回り大きくした程度の変化だったが、より強く、より硬く、より速く、そしてより賢く、しまいには火炎魔法をブレスと並行して使うという鬼畜の所業によってフロントライナーたちは紙屑のように蹴散らされた。

 これは後に『カイザー事変』と呼ばれ、この時から三大難関ボスは『カイザードラゴン』が務めることになった。



「転職クエストでNPCとして出てくるとは言え三大難関ボスの一角ですからね、けして油断しないでくださいよぉ。」

 僕は夜叉猫のタグがアクティブモンスターではなくNPCのものであることを確認しながらも油断なく警戒していた。

 ただ、警戒はしていたがこれから起こることを予想することはできなかった。


 闇の中に光る光が四つ六つと増えて行き、僕らを取り囲むように出現したのだ。


 その数はなんと20。

 ランタンに近いところにいた一匹の姿を見ることができたが、たまみさんと同じくらいの黒猫なのは確かだったがその体に纏っているオーラは桁違いだった。

 そんな桁違いの強さの三大難関ボスが実は10匹もいた?

 恐るべき事実に僕はパニック寸前だったが、これはまだ序の口だった。


『ほほぅ、これを上納するモノがいるとは久しいな。

 久しぶりにわしの好物が食べられて嬉しいぞ。』

 社の上にもうひと組の強烈な光が現れたと思ったら、そこからヒュンと影のようなものが伸びてきてサバ缶の蓋を開けた。


 そう、相手は猫であるようなのにサバ缶の蓋を開けたのである。


 それは人間がやるようにプルタブを引いて開けるようなやり方ではなかったが、蓋の部分だけを綺麗に切り落として開けていた。

 力任せに缶を破壊するのではなくその蓋だけを切り落とすというのはなんと鋭い攻撃であるか。

 さらにもう一度影がサバ缶に伸びると、社の上に居る存在のもとに引き寄せていた。


『ほむほむ、やはりサバ缶は格別じゃのぅ。

 スゥエのやつは味が濃いとか熱で栄養がどうとか言うが、森から離れられぬ我にはこの缶詰がなにより便利じゃて。』

 美味そうにサバ缶を貪る姿は確かに猫なのだが、僕にはそれが猫だという確信は持てなかった。

 大きさはたまみさんの1.5倍程度で体重もそのままなら2倍くらいだろう。

 ただ、その色は黒よりもさらに暗い色の闇というしかなく、輪郭も何重かにぶれていてはっきりとしない。

 真っ白な社の上にいるがゆえにそこに居ることがわかるが、もし闇の中にいたのなら目の前に来てもそこにいるかどうかの確信が持てなかっただろう。

 そしてその身に纏うオーラはこの場にいる夜叉猫すべてのオーラを足しても足りぬほど、王者の風格を備えた強烈なものだった。


『ふぅ、久しぶりにわしの好物を味わうことができた、礼を言うぞ。

 わしは『黒夜叉』

 この森のすべての夜叉猫、そしてこの世界すべての黒猫を統べる者じゃ。

 お主はワシの配下になりに来たのか?』

「シャー!」『そんなわけないじゃない、あたしは誰の部下にもならないわよ!』

 黒夜叉のあまりの迫力にフリーズしていたたまみさんだが、そこから再起動して食ってかかっていけるところはさすがだ。

 さすがに尻尾の先まで毛が逆だって体が倍に膨らんで腰が引けていたが、それでも逃げ出さないところは見習いたいものだ。

 僕はといえば、あまりの恐怖に腰が抜けて逃げ出せないでそこにヘタリこんでいるだけだ。


「シャシャー!」『あたしはここに黒猫の転職の情報を知りに来ただけよ! さっさと教えなさいよ!』

 少し腰が引けたままながらそこまで強気に食ってかかっていけるところはさすがだとは思う。

 ただ、少しは相手を見て考えて欲しいと、いつもの届かぬ願いを感じる。

『ほっほっほ、なんとも強気なことじゃな。

 それでこそ外からこの世界に飛び込んできたイレギュラーというべきか。

 ま、サバ缶に免じて転職は授けてやろうかのぅ。』

 黒夜叉が前足でひょいひょいと空中を引っ掻く。

 するとたまみさんのウィンドウに何かが点滅したのであろう、たまみさんもシステムウィンドウを操作するために空中をひょいひょいと引っ掻いた。


「シャシャー!」『ちょっとこの転職先の『小夜叉猫』って何よ! この『小』って!』

『それは夜叉猫見習いという意味じゃ。

 まだ未熟ゆえに夜叉猫を名乗るにはまだ早いからのぅ。

 夜叉猫となりたければ、まずは小夜叉猫になって精進することじゃ。』

 黒夜叉はそれだけを言うとすぅーっと闇の中へと溶けていった。

 周りに居た夜叉猫たちもいつの間にか姿を消していた。


 僕は背中にびっしょりと冷たい汗をかきながらも、無事にたまみさんの転職クエストが終了したことに安堵した。


 帰り道はそれまで頻繁に奇襲を受けていたことが嘘のように敵が現れなかった。

 おそらく黒夜叉が現れた気配を感じて逃げ出して隠れているのだろう。

 あれは森全体を覆うほどの強烈なオーラだったのだから。


 そんな中近付いてくる気配があって、半ば放けていたぼくとたまみさんは慌てて戦闘態勢を取ったが、現れたのはジョン=スミスだった。

「お疲れ様です。それで、無事に転職クエストは終わったんですか?」

 どうやらジョンは遠くから僕たちのことを見守りつつもクエストの邪魔をしないようにと距離を取ってくれていたようだ。

 僕はそのことに全く気付いていなかったのでさすが スパイというべきか?

「にゃ~~ん」『あら、私は付いてきてることには気づいてたわよ? でもいつものことだから言わなかっただけよ』

 たまみさんの探知範囲は結構広いのでそうであっても不思議ではない。

 それで敵の尾行と間違えたら困るので区別できるようになっているんだとか。


「それで、結局たまみさんは何に転職したんですか? 詳しく話を聞きたいんですが…」

「え? もう転職しちゃったんですか? 転職クエスト完了させたあとでもその職の内容を検討して転職するかどうか考えることが出来るはずですけど…。」

 ふと見るとたまみさんは大きさこそ変わっていないが、その外見の所々がぶれるように霞んでいる。

 黒夜叉のように全身とまではいかないが、夜叉猫たちもこんな感じに所々霞むような気配があったと思い出す。

「にゃ~~~?」『あんなふうに言われたら小夜叉猫になって鍛えて見返してやるしかないじゃない? 夜叉猫はもちろん、あの生意気な黒夜叉もいつか倒してやるわよ?』

「そう言う流れになるんですね…。

 たまみさんらしいといえばたまみさんらしいですし、ほかの転職先のことを考えれば選択肢はなかったでしょうしよかったのかもしれないですけどね。

 ジョンさん、たまみさんが転職したのは『小夜叉猫』と言いましてね…」


 それから僕はたまみさんの転職クエストの途中であったことを細かく説明し、その内容の一部についていくつかの掲示板に情報を流したいという要望を承諾した。



 その中の情報のいくつかが大型アップデートを控えたNEOのプレイヤーたちに大混乱をもたらすとも知らずに…。


ちょうどいい切れ目がなくて少し長めになっちゃいましたね

2次転職先も予想しようのないものになってしまったあたり、

自分のひねくれ具合を感じますw



じわじわとブクマが増えてやっと100pを超えたようですね、感謝です(-λ-

ただ、更新ペースが悪いのでたまにブクマが減ったりしてますけどねw

ランキングに入る上位のは平気で数万pこえてるので、まったく世界が違いますが…

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