ミケ40匹目 スゥエマオ爺
翌日、僕は朝8時過ぎにログインした。
快眠、快○で絶好調である!
まぁ、快○は冗談としても、しっかり睡眠はとっておかないとバイタルに異常値が検出されてVR接続禁止になるので注意が必要だ。
僕にとっては適度な睡眠と適度な休憩でゲームを楽しんでいる認識だが、母からすると最近VRの接続時間が長すぎると少し心配になってきているらしい。
以前と比べるとたまみさんに使っていた時間をそっくりNEOに使っているので僕としてはそこまでVRゲームにべったりという感覚ではないのだが、リアルで縄張りの見回りと称するたまみさんの散歩に付き合って歩き回るのとNEO内でたまみさんの見回りに付き合うのではリアルの運動量が変わってくるので注意が必要だ。
そして逆にたまみさんからするとNEO内では僕にやらせたいことがいろいろと多いので、僕を必要としている時間よりも僕のIN時間が短すぎると思っているらしい。
「フニャ!」『遅いわよ、トール!』
INした瞬間にお尻にジャンピング猫パンチ。
ただ、ここは昨日ログアウトしたテイマーズギルド本部前で安全圏内なのでダメージは発生しない。
「昨日ログアウトするときに8時すぎにINするって言ったとおりにINしたじゃないですか。ずっとここで待ってたわけじゃないですよね?」
「ニャニャニャ!」『もちろん、そんなわけないじゃない。でも、8時を3分も過ぎてるじゃない!」
たまみさんが文字を読めるようになったのに伴ってシステムウィンドゥに表示されるデジタル表示の時計が読めるようになったらしい。
始めの頃はそんなもの気にせずに大体の感覚で一日を過ごしていたが、NEO内の一日とリアルの一日がずれていることで僕のINする時間を予測するのに必要になったから覚えたらしい。
ただ微妙なニュアンスの違いにはまだ不慣れで、8時前と8時ちょうど、そして8時過ぎが全て8時0分0秒になっているようだ。
「8時すぎっていうのは8時を少し過ぎたくらいを示しているので、3分くらいはその範囲内ですよ。
今日は日曜なので母たちもそのつもりでのんびり動いてるので、朝食が終わる時間が少し遅れたりするから8時過ぎにしてあったんですがね。
そんなに急かすってことは転職クエストが結構楽しみなのにたまみさんだけで進めたりはしてないってことですよね?
僕のログアウト中は何してたんです?」
「にゃーーー」『街の外で狩りをしてたわ。ちょっといやらしい敵が多かったけど、はじめての奴ばかりで楽しかったわ。』
転職クエストは基本的に一人で進める前提で設計されているのでたまみさんだけで進めることも可能だったが、たまみさんからするとクエストの戦闘以外の面倒な部分は全て僕に押し付けるのが当然なので後回しにして周囲で狩りをしていたらしい。
僕が少し甘やかしているから一向に覚えようとしないのだが、スパルタで無理に覚えさせようとしてもクエストを放置するようになるだけなので無駄なことだ。
「では、早速、スゥエマオ爺さんを探しに行きましょうか。」
「にゃ!」『れっつごーよ!』
颯爽と坂を下っていくたまみさん。
ただ、スゥエ爺がいるはずの港は坂をまっすぐ下ればたどり着くからわかりやすいはずなのに、たまみさんの進路が微妙にずれているところが困ったものである…。
そして、テイマーズギルド本部前を出発してから30分、僕らは港にたどり着いた。
僕とたまみさんの移動速度ならまっすぐ来れば10分ほどの距離だったが、途中2度ほど決闘を仕掛けたために時間がかかってしまった。
ユニコーンのテイムモンスターは決闘を拒否してたまみさんの縄張り主張を受け入れたが、シロサイは受けてきたので少々時間がかかった。
動きは遅いのでこちらが攻撃を受けそうな気配はなかったが、とにかく防御力が高いうえにHPもあったので削るのに時間がかかってしまった。
シロサイはいいタンクになりそうだなぁと思うが、単独ではたまみさん相手は少しきつい。
後で主人のテイマーに聞いたところ、普段は前衛をシロサイ一匹に任せ後衛型のテイムモンスター4匹で後ろから遠距離攻撃を撃ち込む形で戦っているという話だった。
ただ街中では召喚数が一匹に限られているため連れて歩いているのが一番見栄えのするシロサイ一匹だけなのは仕方のないことだ。
「余計な決闘してないでさっさとスゥエ爺さんを探してくださいね。」
「にゃにゃん♪」『ふふーん♪』
見た目がかっこよく体も召喚制限ギリギリくらい大きなシロサイと決闘できたため、たまみさんはご機嫌だ。
ただ街中での決闘は名目だけの縄張り以外に全く得るものはないので、ちょっと暴れて気持ち良くなりたいだけなら街の外でモンスターを相手にして経験値とドロップアイテムを得てほしいものである。
さて、スーの街は全体的に猫NPCの多い街ではあるが、その中でも港はその密度が高い。
我々がいる辺りは交易船用の桟橋周辺なので漁船が捕ってきた魚が直接手に入るわけではないだろうが、積み替えられる荷物の中に魚を加工したものが多いしそれ以外にも食料品が大量に扱われているのでそのおこぼれがあるのだろう。
普通のプレイヤーならこの大量にいる猫の中から猫の長老を探し出すのに苦労することになるのだろうが、我々は既に一度遭遇しているためにスゥエ爺の容姿を知っているし何より猫に直接訪ねることができる。
「にゃー!」『ちょっと、スゥエマオがどこにいるか教えなさいよ!』
「すいませんねぇ、長老のスゥエ爺さんの居場所を教えてくれると助かるんですが?」
「にゃ~~ん…」『そうだねぇ、どこにいたかなぁ…』
木箱の上で日向ぼっこをしていた虎猫がけだるげに目を開ける。
猫たちは人の言葉を直接話ことはないが、人間たちと一緒に暮らしている猫たちは実は人間が何を言っているのかわかっていたりする。
僕はたまみさん以外の猫が何を言っているのかはあまりよくはわからないが、今はたまみさんの首についている猫語翻訳機から相手の猫が言っている言葉を翻訳したものが聞こえてくるので理解することができる。
丸々と太っていて老獪な雰囲気を持つ虎猫の思わせぶりな態度をみて、僕はあらかじめポケットの中に忍ばせておいたキャットフードをわざと地面にぽろぽろっとこぼした。
「にゃーー」『今朝は3番桟橋辺りのライムの樽の上にいたのを見かけたような気がするな。』
「なるほど、ありがとうございます。」
僕はさらにポケットの中からジャーキー2本を取り出してわざと落とし、3番桟橋と思われる方向へと歩き出した。
基本的に猫を懐柔するのにもっとも手っ取り早いのは餌であり、お礼もまた餌でするのが最も喜ばれる。
自分が飼っている猫を褒めるときや懐柔するときに毎回おやつを与えてしまうと太る原因になってしまうが、通りすがりのNPC野良猫の体重など気にする必要はない。
ちなみに僕が猫を懐柔するのに猫用の餌を使っているのにたまみさんは気付いているが、それが普通の雑貨屋でいつでも買える安めの市販品であることにも気付いているので僕のさりげない餌のこぼし方に気付かない振りをしてくれている。
3番桟橋にたどり着くと、樽の上に寝そべっていたスゥエマオ爺さんは直ぐに見つかった。
白い猫というのは意外に目立つものだ。
ここが雪原の中とか周囲が真っ白な場所ならともかく、薄汚れた港であればなおさらだ。
スーの街の港はきちんと定期的な補修がなされてゴミなどもちゃんと掃除されていたが、それでも頻繁に海水を浴びる石材や木材は暗めの色が染み込んでしまうし、こんなところに真っ白な建材などは使われていたりはしない。
『ほっほっほ、思っていたより戻ってくるのが遅かったのぉ?』
「シャーー!!」『じぃさんが意地悪するから無駄に坂を上ることになったじゃない!!』
「たまみさんがそんな態度だから、初めに素直に教えてくれなかったんですって…。
スゥエ爺さんはどうやらたまみさんのこともよくわかっているようですし、僕たちが知りたいこともおそらく知っていそうですしね。」
樽の上から余裕たっぷりに見下ろすスゥエマオ爺と威嚇しながら見上げるたまみさん。
指摘すると怒るだろうけど、どう見ても年季と貫禄の差が大きかった。
それにごく当たり前のように念話を使って僕にも直接語りかけてくることを考えるとやはりスゥエ爺は2次職以上の高レベルNPCなのだろう。
「僕からお願いするのも変な話かもしれませんが、どうかたまみさんの無礼を大目に見て黒猫固有の2次転職クエストの情報を教えていただけませんかね?」
僕は『幻のあらほぐし金目鯛の誘惑』をそっと開封し、樽の上に差し出した。
「ゥナー!」『ちょっと、それ、あたしの猫缶じゃない!』
市販品の餌を差し出すのは目を瞑っていたが限定高級猫缶となると目くじらを立てるらしい。
だが、モンスター討伐イベント中にCKファンガスを狩りすぎたために、この高級猫缶はあまりに在庫数が多すぎた。
この猫缶は栄養バランスが悪いために毎日食べさせるわけにもいかないし、同じ味が続くとそのうち種類を変えるように要求するのはたまみさんのほうだ。
これはイベント限定の猫缶だとは言え、他にも露店で購入した高級猫缶やたまみさんファンが献上してきた猫缶があるので、ローテーションさせることを考えると数年単位で在庫は持つだろう。
いま手元に有る幻のあらほぐし金目鯛の誘惑を全て消費するまでを考えると賞味期限を超えてしまいそうなので少しくらいほかで消費するほうがいいのだ。
『ほほぅ、殊勝な事じゃ。本来ならば本人の態度が改まるまで保留とするところじゃが、お主に免じて教えてやろう。』
スゥエ爺の前足が素早く猫缶をキープする。
普段日向ぼっこばかりでほとんど動かなくなったような老猫でも、いざ餌となるとびっくりするほどに素早く動くものだ。
不摂生で太ってしまった猫でもその猫パンチの素早さだけはそう簡単には失われない。
『フガフガ、ふむ、これは変わった味の猫缶なれどなかなか良い歯応えじゃな。
フガフガ、やや栄養のバランスは悪いようじゃが、じじぃでもたまには体に悪くても味を優先していいじゃろう。
フガフガ、今まで見たことのない猫缶じゃから、新商品か限定品かの?』
「フー!」『いいから、転職クエストの情報を教えなさいよ!』
スゥエマオ爺さんはわざとゆっくりと咀嚼しながら幻のあらほぐし金目鯛の誘惑を味わう。
たまみさんをからかっているのだろうが、わざわざ咀嚼音まで念話に乗せる必要はないだろうに…。
『で、黒猫固有の2次転職クエストじゃが、とあるモンスターと話をする必要があるんじゃ。』
スゥエ爺は顔を掃除しながら語り始める。
猫缶は蓋を開けただけの状態で猫が直接食べるとどうしても顔を突っ込まざるを得ない。
舌を使って器用に舐めとるのだが、舌だけで食べれるような長さはない。
そして長毛種となるとその汚れ方もさらに酷くなる。
それでも舌と前足でしっかりと綺麗にしていく。
「そもそも黒猫固有の2次職ってどんなモンスターになるんでしょう?」
「にゃ~~」『そうよ、苦労して転職クエストだけこなしたけど気に入いりませんでしたじゃ困るわよ』
『ほっほっほ、会えば黒猫固有の2次職どのようなモンスターかはわかるじゃろうが、あらかじめ教えることはしないようにと言われておる。
そして、どこに行けば会えるかを教えると耳敏い者は予想できてしまうじゃろうが、その前に前提となる課題をクリアして貰わねばならん。
強きものに教えを請いに行くのじゃから、手土産を持っていかねばな。』
「ほー、それほど黒猫固有の2次職の情報は厳重に秘匿されていますか。
その前提クエストをクリアできないものにはその2次職を推理するきっかけすら与えないということですね?
どうりでテイマーズギルドや情報屋にもろくな情報がなかったわけです。
前提クエストはその手土産を手に入れて来いというものなのですね?」
『そのとおりじゃ。返礼くらいならば他のものでもいいかもしれんが、すくなくとも呼び出すときにはある特定の土産が必要となる。
かの者の好物であるのだが、生半可なものでは手に入れることができず、かの者とその眷属たちは今の住処を離れることができぬ。
故にそれを手土産に参ずれば普段は敵対的なモンスターとして現れるかの者と会話することができるという寸法じゃ。』
「普段はモンスターとして襲いかかってくるということなのでしょうか?」
「シャー!」『敵として出てくるなら叩きのめせばいいのよ!』
「おそらく1次職ではとても相手にならないほどの強敵なのでしょう。
相手が黒猫の進化の先にいるということを考えれば、たまみさんよりも速くタフで圧倒的な攻撃力を持っているかもしれませんよ?」
『かの者は今まで負け知らずよ。
そしてかの者だけでなくその眷属たちも今まで一度も外界人に遅れを取ったことはない。
いくらお主が今世間を騒がしておる無敵の黒猫だとてかの者の相手にもならぬだろうな。』
「フーー!」『そんなこと、戦ってみないとわからないじゃない!』
たまみさんは全身の毛を逆立てて戦う気満々だ。
この前TKファンガスにやられたばかりでもあるし、もう少し世の中には強敵が数多く存在するということを考慮して欲しいものである。
『血気盛んなのはよいが、まずはその前提クエストをクリアしてもらわねば会うこともできぬ。
これとて、なかなかの強敵であるぞ?
どれ、お主だけではたどり着けるかわからぬから、そこの青年にも猫缶の例として位置を教えてやろう。
そこにある洞窟の一番奥にかの者の好物を落とす敵が生息しておる。
無事に手に入れて戻ってこれたなら、かの者の住処を教えようぞ。』
ピロリンという効果音とともにマップに位置情報が書き加えられる。
自分でクエストを受けている時に位置情報のガイドが付く時とは少し違った情報表示だが、スーの街から海に向かって張り出した半島の岬に近いところにマークが付いているのが分かる。
おそらくたまみさんの方には既に転職クエストが開始されていてその前提クエストの情報とともに正規の位置情報として表示されているのだろう。
「にゃにゃーー!」『前座くらい軽くひとひねりして手土産とやらを手に入れてくるわ!』
フンスと歩き出すたまみさん。
「ご配慮ありがとうございます。とりあえずまずは前提をクリアしてまた戻ってきますね。」
『気をつけて言ってくるが良い。』
いままで活動していたドライの街周辺と比べると、このスーの街周辺はいきなり強くなるような感じを受けるほどぐっと敵が強くそしていやらしくなっていく。
そんな中で強敵であると忠告されているのだから、たとえそれが前提クエストであっても一筋縄ではいかない敵であると思ったほうがいいだろう。
戦うのはたまみさんになるかもしれないが、僕は気を引き締めて先を行くたまみさんを追いかける。
ただ、半島の先ゆえにガイド通りに直進しようと思うと海の中になるので回り込まないといけないのは分かるのだが、どうしてたまみさんは坂を登っていこうとしているのだろうか?
ガイドがなくても半島の先というだけで分かり易いはずなんだがなぁと思いつつ、たまみさんの進路を修正するトールであった…。




