猫39匹目 転職クエスト2
我々はスーの街にあるテイマーズギルド本部にやっとたどり着いていた。
スーの街のテイマーズギルド本部はドライやセカンの街の支部とは比べ物にならない立派な木造の建物で、ドライの街の冒険者ギルド中央支部と比べても敷地面積は2倍はあるだろう。
一応2階建ての建物だが、2階部分は1階の半分ほどの大きさと少し広めのバルコニーがあるだけなので、全体としては平屋に近い印象を受ける。
スーの街のほかの建物と同様に壁が赤く塗られ瓦屋根となっているが、よく見ると屋根は瓦に見えるように作ってあるだけで実はつながったひとつの板で作られていて、大きな振動で瓦が落ちないように工夫されている。
そして、入口が3m弱くらいと異様に大きく、天井も4mほどととても高く作られ、内部も柱の間隔が広く取られていて、受付カウンターも間が広く離れて配置されている。
ほぼ1フロアぶち抜きに近い構造となっているのだが、しかしながらその広い敷地と構造にかかわらずあまり空いているという印象は受けなかった。
大きなテイムモンスターを連れたプレイヤーたちで賑わっていたからである。
人の身長を超えるモンスターから手乗りできる小型のもの、連れている数も一匹から同時召喚の上限である5匹まで人により様々で、中には3mを超えそうなテイムモンスターを3匹も連れているテイマーも見受けられる。
大きな入口も高い天井も人よりも巨体のテイムモンスターを連れて訪れることを考慮しての構造だ。
通常街中では連れて歩けるテイムモンスターは一匹のみで大きさは2m以下と制限されるが、スーの街のこの一角だけは一匹だけなのは変わらないが大きさが2m50cmまで緩和されるらしい。
そしてこのテイマーズギルド本部内においては、大きさは4m以下まで緩和され数の制限も撤廃される。
なぜそのようになっているかといえば、テイムモンスター関連の業務を全て行うためには実際に呼び出して行わなければいけない処理があるためで、支部が小さいのは利用の少ない街でこれほどの規模の建物を維持することを端から諦めたためであるのだろう。
ゆえにスーの街のテイマーズギルド本部には近隣の街のテイマーたちほとんどが集まっており、その中はテイマーたちが呼び出したモンスターたちで溢れていた。
内部時間的には昼二時過ぎのギルドの空いている時間のはずだが、リアル時間的にはそろそろ多くの人が就寝する前にログアウトする時間であるため、ギルド内はほぼプレイヤーたちだけで混雑している。
テイマーズギルド経由のクエストの報告の他にモンスターたちの状態確認や、給餌、ログアウト中の一時預かりを行うために、この時間のテイマーズギルドは混雑する。
ちなみに、預かり所に預けずにモンスターを送還したままログアウトすることも出来るが、マイホームなどのしっかりした施設に預けると状態が回復するほか呼び出した時にステータスにボーナスが付くのでまだホームを作っていないテイマーは積極的にテイマーズギルドに預けに来るらしい。
そんな混雑したテイマーズギルド本部の中をたまみさんが颯爽と歩いていく。
まるで海が割れるようにテイマーとテイムモンスターたちが道を開け、たまみさんの行く手を遮らないように気を使ってくれている。
恐らくスーの街中で散々決闘を吹っかけて暴れまわったことが伝わっているのだろう。
喧嘩を吹っかけた相手はみなテイマーなのでその情報がテイマーズギルド本部に伝わっていてもおかしくはない。
たまみさんはあくまで普通の猫のサイズでしかなく、後衛型のリスや小鳥、小妖精などのモンスターならたまみさんよりも小さいサイズのものもいるが前衛で敵と殴り合うモンスターとしてはたまみさんは最も小さい部類に入るといってもいいだろう。
そんな小さなたまみさんに対して3m近い大きなモンスターたちも揃って道を譲るのだから、たまみさんも非常に気分良くドヤ顔で練り歩いている。
その存在感と今までの武勇伝とさまざまな噂話がたまみさんに道を譲らせているのだろうが、同時にいままでテイムできなかった猫というモンスターへの興味がテイマーたちにあるのだろう。
食い入るような、そして少しぎらついたテイマーたちの視線を、たまみさんはゆらゆらと揺れる尻尾の先の白で気持ちよさそうに受け止める。
「たまみさん、道を譲ってくれるのが気分がいいとしても、ちゃんと受付の列には並びましょうね?」
「にゃ~~~?」『あら、譲ってくれるなら列に並ばなくてもいいんじゃないの?』
「さすがに割り込みはマナー違反です。相手が譲ってくれそうだとしてもです。」
さきほどから道を譲ってくれてるのはあくまでフロアに雑多にたむろしていたテイマー達で、受付に並んでいるプレイヤーはたまみさんのほうに注目しながらも列を乱してはいない。
受付のお姉さん達もこちらをちらちらと気にしながらも淡々と業務をこなしている。
少したまみさんの存在感に怯んではいるので無理矢理割り込めば入れてくれそうだが、そんなところで評判を落としてもつまらない話なので暴挙に出ないように止めておく。
「さて、受付ごとに列の長さが違うので業務が違うのでしょう。われわれが聞きたいことを教えてくれるのはどの受付ですかねぇ…」
われわれの用事は黒猫の転職について、情報が聞きたいだけ。
実際のところ、たまみさんはテイムモンスターではないのでテイマーズギルドの通常業務の域からは微妙に外れてそうな気がする。
ただ、ここに何らかのヒントがあるという情報は掴んでいるので、いずれかの受付ではそれに関することを処理してくれるだろう。
「とりあえず、一番空いてる受付に行きましょう。こういうイレギュラーな業務を受けるとこは人が多い時間には逆に空いてるでしょうから。」
「にゃにゃー!」『忙しい時間に空いてる受付の職員なんてきっとだめな職員よ!』
「いや、ただ業務内容が違うだけでしょう。あっちの三つならんだ受付の真ん中の列が少し短めのところはちょっと怪しいですけど…」
冒険者ギルドの受付でもたまに受付嬢のルックスやスタイルで列が偏ることがあるが、ここでは明らかに窓口の配置が違うので業務が違うだけだろう。
けして、受付のお姉さんがちょっとふくよかでベテランっぽいせいではないはずだ。
「すいません、ちょっと転職の情報について教えて欲しいんですが、窓口はここでいいですかね?」
「えぇ、こちらでいいですよ。
こちらではテイマーさんのサポート業務全般を行っていて、テイマー本人の転職の案内の他とテイムモンスターの購入、売却、進化のサポートなどを行っています。
テイマーへの転職をお望みですか?」
「いえ、僕ではなくて、黒猫のたまみさんの転職情報を知りたいんですが…」
受付はカウンター越しに椅子に座る形で出来ており、受付近くまで来るとたまみさんの身長では向こうからは姿が見えない。
たまみさんがカウンターの上にひらりと飛び乗って初めてその姿を認識できる。
「なぁ~~!」『あたしを無視するとはいい度胸ね、おばさん!』
「あら、失礼しました、この黒猫ちゃんのための情報なのですね?」
受付のおねぇさん(?)は申し訳なさそうに頭を下げているが、若干おばさんという呼び名に青筋を立てているように見える。
ま、たまみさんからすると女性の年齢に気を使う必要がないから全く遠慮がないが、僕はそんな危険な橋を渡る気はない。
「そうなんですよ、お姉さん。
たまみさんはもう2次転職のレベルなんですが、思ったような転職候補がなくて情報を集めているところなんですよ。
知人に情報を集めてもらったら、こちらの方になにか黒猫の転職に関する情報があると言われまして…」
「あら、ここ数日、黒猫の転職情報を聞きに来る人が居ると思ったら、この猫ちゃんのためだったのね?
所持していないテイムモンスターやこちらで販売していないモンスターの情報は開示できないから、お断りしていたのだけど…」
そう言いながら受付嬢はいくつかの資料が並んでいるのとは別の棚からひとつの資料を取り出してきた。
ちなみに、このテイマーズギルド本部ではいくつかのテイムモンスターの販売も行っており、人気どころのいくつかは展示販売まで行っている。
販売してるモンスターについてはその初期能力だけでなく転職候補とその職に就いた時の能力最大値までまだテイマーに転職していないプレイヤーにも教えてくれる。
その能力値を見てテイマーとして戦っていけるかを判断するひとつの材料となるので、それがスーの街まで来てから本格的にテイマーを始める人間が増える一つの要素でもある。
「後衛の魔法系小型種のいくつかが転職可能となっている『シニアファミリア』についてはもう表示されているわよね?
シニアファミリアの転職クエストは魔法使いギルドでの講習を受けるだけだけど、興味があるならテイマーズギルドまで探しに来てないわね?
あとは猫系のモンスター全般に可能となっている職業に『猫又』があるけど、こっちは前提の情報をとってからテイムモンスター限定の特殊ダンジョンに単独で潜ってもらうことになるわ。
それぞれの職の転職後のパラメータ補正と最大レベルまで行った時の最大値がこちらにあるけど…」
僕らは示された資料のそれぞれの情報を見せてもらったが、どちらも芳しいものではなかった。
シニアファミリアについては完全魔法寄りであくまで後衛からの補助を中心とする職業ではじめから候補から外れるのは分かっていたが、猫又も近接戦闘職ではあるのだが猫の正統進化というより少し妖怪系の方に踏み込む上に、サイズが1m近くと急に大きくなるとの話だった。
猫又のおまけの尻尾が二本になることはまったく影響はなく、妖怪化はHPが大きく増えた上で自動回復が付いてくると少しお得ではあったが、サイズアップは現状のたまみさんのアドバンテージである類まれな素早さを殺す事になるので戦闘スタイルを大きく変えることになるだろう。
妖怪化によって闇の属性が少し付くらしいので補正が下がるものの闇魔法が使えるままにはなるだろうしAGI頼みの回避中心のスタイルは変わらないだろうけど、1mほどの体になれば全て回避し切ることはできずにそれなりに攻撃を受けながらもより強化された攻撃力で殴り倒す形に…。
しかし、それはたまみさんが散々蹴散らしてきた普通の前衛型テイムモンスターとあまり変わらないスタイルであり、それに何より……、
「猫又は確かに猫ではあるんでしょうけど、1m近い大きさになると可愛くなくなる気がしますね…」
「ニャーー!」『見た目のことより遅くなることを心配しなさいよ!』
思わず出た僕の本音に、カウンターの上からの怒りのダイビング猫パンチが僕のおでこに炸裂した。
安全圏内であることを意識した久しぶりに手加減の一切ない一撃に、ダメージこそないがちらちらと星が目の前をちらつく。
「まぁ、可愛くなくなるは半分冗談ですが、今のたまみさんの最大のアドバンテージである圧倒的な素早さが失われるのはいただけませんね。
転職して弱くなってしまっては意味がありませんからねぇ…」
「なぁ~~ん?」『いっそのこと、転職しないでこのままでもいいんじゃない?』
「それも選択肢かもしれませんが、基本的に1次職と2次職とでは大きく補正値が変わりますから、そのうちに差が大きくなっていくはずではあるんですよねぇ…」
転職後のステータスの値を見て唸っている僕たちはその転職先に不満なのがはたからみても明らかだった。
「実は、これらの明示できる転職情報とは別にもう一つ不確かな情報があるらしいのですが…」
「え? それはどういった職です?」
受付嬢の助け舟に思わず食いついてしまう僕。
「もしも黒猫が転職情報を求めに来てシニアファミリアと猫又に満足しなかった場合は、ギルドマスターの方に話を通すようにと言われています。
今の都合を確認してくるので、少しお待ちいただけますか?」
そして、程なくして僕たちはギルドマスターの部屋に通されたのだった。
「わざわざ、わしの部屋に来てもらってすまなかったのぉ。わしがテイマーズギルドのギルドマスター、鷲羽じゃ。」
僕たちを出迎えたのは、見事な白い髭と白髪をたたえたのやや小柄な老人だった。
ともすれば顔を完全に隠してしまいそうな豊富な量のその髭と髪は、小柄な体格と組み合わさって一種のモンスターのようにも見えるが、れっきとした人間のNPCだ。
「たまみ殿の噂はかねがね聞いておるよ。
やれNPCの猫が闘技大会を制しただの、テイマーたちが街中で決闘を挑まれて惨敗してるだの、多くの街を縄張りとしているだのとな。」
「にゃー?」『あら、あたしの顔が見たくてこんなところに呼び出したのかしら?』
「それも少しはあるが、不確かな情報をだすのがテイマーズギルドとしては少し憚られるので内密の話にしたかったのもあるのじゃ。
知っておるかもしれんが、現在テイムできるモンスターに猫のモンスターはおらぬ。
またペットには出来るものの、テイマーズギルドで販売できるモンスターにもなぜか猫は存在せぬ。
NPCの猫で街の外まで出かけていく猫がかつてスーの街にいたがゆえに猫の転職について猫又などの僅かなデータがあるものの、黒猫についてはNPC猫についても過去に存在したという記録が残っていないのであいまいな情報しかないのじゃ。」
「まぁ、それも仕方ないでしょう。
僕たちもいろいろと情報を集めていましたが、まったくその断片すら見えていませんでしたから、曖昧な情報でも手がかりとなるだけましというものです。
そもそも黒猫の職についてはいまの1次職のナイトキャットについても情報がなかったんですから。」
「そう言ってもらえると、助かるのぅ。
テイマーズギルドはテイムモンスター達の命を預かるギルドじゃ。
モンスター達の未来のためにも、本来はしっかりしたデータを揃えてやりたいんじゃが…」
口惜しそうに髭をいじる仕草はまるで木の老精霊のようだが、この人は一体いくつなのだろう?
「それで、そのあいまいな情報というのは?」
「うむ、このスーの街には多くの猫のNPCが存在するんじゃが、その取りまとめというべき長老の猫が黒猫を含めたいくつかの猫の2次転職情報を持っているらしい。
その猫自体が仙猫という2次職らしいんじゃが、これもテイムモンスター経由の噂話だけで確認できていない話じゃ。
猫のテイムモンスターを探して回っているテイマーたちの情報から拾い上げた断片のような噂話じゃが、少なくともテイマーズギルドよりも詳しく知っているNPCの猫が居るのは確かじゃ。」
「ほほぅ、仙猫様ですか…」
「…な~~~」『…なんか、さっき出会った生意気なじじぃ猫を思い出すんだけど…』
「おや、奇遇ですね。僕もそう思っていたところですよ。
その長老の猫って、港の辺にいる長毛種の白猫だったりするんじゃありません?」
「もうお会いになっておりましたかな?
いかにも、白い長毛種のスゥエ爺と呼ばれている猫です。
相談役などもやっていてテイムモンスターたちとはそれなりに情報交換してくれるそうですが、プレイヤーからの質問に直接答えてくれるのは希だと聞いております。
既に顔見知りであるというなら、何か教えてくれるかもしれませんな?」
僕たちと遭遇した時に訳知り顔で声をかけてきた事を考えると、こちらの事情を既に知っていたのかもしれない。
「たまみさんを見て2次転職にまで達した黒猫とわかっていたんでしょうね。
ただ、たまみさんが縄張りを主張して決闘を申し込んだのですぐは教えてくれなかったんでしょう。」
「にゃーー!」『あの余裕ぶった態度にイラついたのよ!』
「そんな態度だから、無駄に坂を昇り降りする羽目になったんですって…」
テイマーズギルドはほぼ坂を登りきったスーの街のはずれにあるので、僕たちは坂道の一番下から一番上まで登ってきたことになる。
そして、これから下りとは言えもう一度スーの街を横断する必要があるのだから…。
「黒猫の転職情報の詳細がわかったら、ぜひお教えいただきたい。
1次職のナイトキャットの情報と合わせてギルドから情報料をお支払いしますゆえ。」
「えぇ、わかりました。
黒猫をテイムできたという話がないようなのでどこまで役に立つかはわかりませんが、今後の役にたつかもしれませんし。
僕たちもテイマーとそのテイムモンスターという関係ではありませんが、またテイマーズギルドにお世話になることがあるかもしれませんしね。」
「よろしく頼むのじゃ。」
僕がテイマーになることはないだろうけど、テイマーズギルドにはモンスター達のケア用品などの売り場もあってテイマーではなくても今度ゆっくり見に来てもよさそうなところだった。
「さて、ここでひとつ残念なお知らせがあります。」
「ニャ?」『あら、なに?』
テイマーズギルド本部を出て早速坂を下りていこうとしていたたまみさんが足を止める。
「これからもう一度港に戻ってもう一度スゥエマオ爺さんを探そうと気合が入っている頃かもしれませんが、僕はそろそろログアウトする時間です。」
「にゃにゃ!?」『なんですって!?』
「だって今日はセカンの街から移動してエリアボスを倒して、そこからさらにスーの街を見回りしていたんですから当然でしょう。
明日も休みの日とはいえ、さすがに接続限界時間も近いですしもうそろそろ寝る時間です。
たまみさんの転職クエストでそれなりに明日も時間がかかるでしょうし、明日は朝の8時からゆっくりと進めるとしましょうね。
僕がログアウトしている時にもう少しスーの街を見回りするなり、周辺に狩りに行くなりしていて結構ですが、テーマーに決闘を申し込むのはほどほどにしておいてくださいね?
では、おやすみなさい、たまみさん。」
「フーーー!」『まったく、これからだって時に!』
僕はたまみさんの不完全燃焼のジャンピング猫パンチをお尻に受けながら、ログアウトして行くのだった。
むむ、テイマーズギルドを細かく書いてたら膨らんだw
予定ではもう一度スゥエ爺のところまでたどり着くつもりだったんですが…
相変わらず、黒猫の2次職についてはいろいろと悩みます。
あまり固有の職業があると数が大変なことになるんですがね…




