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猫38匹目 港町猫町

 無事にスーの街にたどり着いた僕たちは早速テイマーズギルド本部に・・・まだ向かっていなかった。



「ぅにゃ~~~ん♪」『ここはなかなか良い街ね♪』

 たまみさんは上機嫌にスーの街を絶賛見回り中。

 僕がそんな上機嫌なたまみさんの邪魔をして目的だったテイマーズギルドに早く行こうと急かしても聞いてくれるはずがなかったし、無駄だと分かっている地雷を踏みにいくほどマゾでもなかった。


 スーの街はなだらかな斜面に作られた街だった。

 東洋風の町並みではあるが日本風というより中国風で、赤く塗った壁に瓦屋根で統一され大きな楼閣がいくつも建てられている。

 道には小さな石造りの門が建てられ、なだらかな坂に沿って大きな港へと続いている。


 スーの街は港町である。

 グランド王国最大にして唯一の港町で、小さな漁村はいくつかあるが交易船が入港できるのはグランド王国ではここだけだ。

 外国へと向かう船もグランド王国ではここにしか寄港しないため、海路で国外へ出ようと思うならこのスーの街の港から船に乗る必要がある。

 大きく張り出した半島に抱えられるようにできた湾は天然の良港であり、大きな交易船がいくつも投錨している。

 湾の半島側には小さな漁船が停泊する漁港もあり、港に出入りする船や沖で漁をしている漁船が見える。

 色や様式の統一された町並みと大きな港、湾を行き交う大小の船が合わさって、とても風情のある景色だった。


 そして僕たちにとって興味深いのは、スーの街中に猫が多いことだ。

 漁港があるがゆえにおこぼれで貰える魚があるためか、それともこのなだらかな丘にある中国風の街並みがすごしやすいのか、あるいはスーの街の住人に猫好きが多くて飼っている人間が多いのか…。

 単位面積あたりの猫との遭遇率が高いのはもちろん、ドライの街の半分位の規模しかないのにそのトータルの猫の数はスーの街の方が多いだろうと思う。

 ただ、残念なのはその猫たちが全てNPCタグの猫か、ペットタグの猫であるということ。

 テイムモンスターの猫は一匹もいないし、街の周辺も含めてアクティブモンスターの猫もいないので新たにテイムすることもできない。

 もしかすると野良猫NPCの中に街の外まで狩りに出かける豪の者がいるのかもしれないが、今のところ出会ったのはのんびりと塀の上で寝ているか、たまみさんに恭順の意を示して道を譲る猫ばかりだ。

 まだ2次転職はこれからとはいえ、既にレベル40に達したたまみさんの強さは、NPC猫たちにはすぐわかるようだ。


 また、テイマーズギルド本部があるためなのか、スーの街には従魔を連れたテイマーたちの姿も急に増えている。

 NEOのゲームシステムの問題点の一つであるのだが、テイマーは少し不遇な職となっている。

 パーティーに参加する場合は連れて歩けるのは一匹に限定される上に従魔に経験値を吸われるために成長が遅れ、初めからテイマーをやっていると初期から中堅の頃は固定パーティーに入りづらいのだ。

 ある程度進んだ頃になると一匹でも十分戦力となる強い従魔を従えることが出来るようになるしレベルの差がそこまで大きく戦力の差とならなくなるので受け入れられるようになるのだが、そこに至るまでが辛すぎるので大抵はほかの職業である程度鍛えてからテイマーに転向するのがセオリーだ。

 NEO自体もすぐにテイマーとして活動しないことを前提として開発されているようで、本格的にテイマーズギルドが役に立つのはスーの街以降でそれ以前の街にはほとんど機能していない交番のような小さな支部だけとなっている。

 それゆえにテイマーを目指す者たちはほかの職でスーの街に達してからテイマーを始めたり、初期の頃にテイマーになったものの一時的に封印しスーの街に来てから再始動することにしていたりするので、スーの街で一気にテイマーが増えるのだ。

 もちろん、プレイヤーの中にはこだわりがあって初めからテイマー一本で頑張り続けている人もいるが、初期の頃は弱いモンスターしかテイムできるモンスターがおらずドライの街までのテイマーズギルド支部でも弱いモンスターしか販売していないため、かなり茨の道である。

 残念ながらNEOでは初期エリアのウサギやスライムのような弱いモンスターでも鍛えれば大化けして急に強くなったりするということはないはずだった。


 そのセオリーを覆しかねない存在が、たまみさんだ。


 たまみさんの存在とその強さはテイマー業界に大混乱をもたらしたが、結局テイムできる黒猫が発見できなかったこととテイムモンスターとは一線を画するたまみさんの突拍子もない行動から、たまみさんがあくまでユニークな存在であるが故であるという結論に達し事態はほぼ沈静化したらしい。

 そう、小型猫をテイムするために血眼になって探し続ける猫派極右の人たちを除いて…。



 さて、本格的に活動しているテイマーが多くいるということは、同時に高レベルで既に2次職になっているテイムモンスターたちも街の中にいるということだ。

 NEOのテイムモンスターたちは作りこまれたNPCたちに準じていて、頭が良く個性がありそれなりに自己主張がある。

 2次職のテイムモンスターともなれば当然主人とは念話で会話できるし他の従魔たちとも会話ができる。

 一部の賢い従魔は1次職でも主人と念話できるし、高位のモンスターならば主人以外の人間とも会話できると言われている。

 そして、知能があり個性があり会話ができるとなれば、それなりにプライドが高いテイムモンスターも当然いる。

 するとどうなるかといえば、街中であっても縄張りを主張しようとするたまみさんと争いになるのだ。


「にゃ~~ん♪」『ふふん、大したことなかったわね♪』

『ぐぬぬ、たかが猫ごときに遅れを取るとは…』

「にゃーーー?」『あら、無駄に図体がでかいだけであんたも猫の一種じゃないの?』

 決闘に負けてうなだれるベンガルタイガーにたまみさんのドヤ顔と煽り文句が突き刺さる。


 スーの街を見回り始めてから、これが既に三度目の決闘だった。

 たしかにプレイヤー間の些細な揉め事を解決するのに決闘を行ってその勝敗で決めるという手法は一般的に認知されているが、システム的に有りもしない街の縄張りを主張してそれに反発するテイムモンスターを主人のテイマーまで巻き込んで決闘を申込み打ち負かすというのは少しやりすぎではないだろうか?

 テイムモンスター同士では直感的に相手のレベルや職業がわかるらしくたまみさんよりもレベルが下のテイムモンスターたちは素直に従ってくれるのだが、たまみさんよりレベルが上で2次職になっているテイムモンスターだとそうもいかない。

 今負かした虎系の2次職のベンガルタイガーなどになると自分はテイムモンスターの中でも強い方の種類であるという自負もあるし体も大きく攻撃力も高いのだから、たとえ縄張りの主張を認めてもなんらデメリットがないとは言えどもはいどうぞと認めたくなくなるものだ。

 本来ならば街中で戦闘はできないのでどんなに主張が食い違ってもにらみ合って終わりなのだが、たまみさんが決闘システムというものを知りそれを使って街中で戦って力で認めさせることを覚えてしまったがゆえに始末が悪い。

 ドライの街でも見回り中にテイムモンスターを見かけて決闘を吹っかけるということは何度かあったが、スーの街では歩いているテイムモンスターたちの強さが一回り違うために、決闘に応じてくる頻度が跳ね上がったのだろう。

 ただ、テイムモンスターの方は激しく威嚇してくるが、その主人のテイマーの方はにこやかにたまみさんの行動を受け入れ決闘を受諾しその敗北を認めてくれていた。

 どうやら、セカンの街やドライの街のなかでたまみさんが暴れていたことはテイマーたちの間では既に有名らしく、テイマーでもゲーム内の飼い主でもない僕が申し訳なく説明するのを笑って聞いてくれていた。



「決闘もほどほどにしてくださいね?

 確かに揉め事を解決するために認められた方法ではありますけど、テイムモンスターに出会うたびに決闘を申し込んでたら、キリがありませんから。」

「うにゃ~~ん?」『あら、縄張りってものは戦って勝ち取るものよ?』

 昔から実力を持って縄張りを主張してきたたまみさんには当たり前のことだろうが、近所の飼い猫や飼い犬に引っかき傷を作られて苦情を言ってくる飼い主に謝る僕の立場も少しは考えて欲しいものである。

「ニャーーー!」『それにしても大きな船がたくさんあるわね!』

 僕たちは坂を下り港まで来ていた。

 桟橋には見上げるような巨大な交易船が並んでいたが、現代の船ではなくNEOの時代設定に合わせた帆船ばかりである。

 蒸気船やスクリュー船は存在しないが、海を渡って他の大陸まで行ける船なので嵐にも負けない丈夫な船体とそれだけの危険を冒すに値する利益を生み出すための積載量がある。

 ちまみにたまみさんはNEO内で初めての港ということもあるがリアルで住んでいた場所も内陸の方だったので本格的な港を見たのは初めてのはずである。

 大型トレーラーや電車などはそれなりに見ているが、巨大な船というのはそれらとはまた違った迫力が備わっている。

 まぁ、少し偉そうな事を言っても僕もリアルで船を間近に見たのは3回ほどでしかないのでこの威容には圧倒されるものがあるし、少年のようにワクワクさせられる。


「交易船は確かにすごいですが、我々の目的は船を見に来たのでも外国に渡航することでもありませんからほどほどのところでテイマーズギルドの本部に行きましょうね?」

 このまま放っておくと半島の先にある漁港まで見回りに行こうと言い出しかねないのでそろそろ軌道修正が必要である。

 テイマーズギルド本部はスーの街の北側の端の方にあり、今まで下ってきた坂を逆に登っていかなければいけないのだから。


『おや、高レベルの黒猫とはまた珍しいものがおるのぅ…』

 もう少し船を見て回りたいという気配を全身で発していたたまみさんをなだめすかしてやっと方向を代えさせたところで、不意に声をかけられた。

 いや声ではなく何かが頭の中に直接響いてきた感じか?

「にゃにゃにゃ?」『あら、あたしよりレベルの高そうな猫とは珍しいものがいるわねぇ』

 にやりと笑いながら、たまみさんは積まれた樽の上から声をかけてきた猫を振り仰ぐ。

 ちなみに、先ほど決闘で負かした自分よりレベルの高いベンガルタイガーを大きな猫扱いしていたが、あれはたまみさんの中ではノーカウントらしい。

 二段に積まれた樽の上に寝そべって僕たちを見下ろしているその猫は、その雰囲気から察するにかなりの老齢の真っ白な長毛種だった。

 たまみさんの言葉通りならかなり高いレベルのNPCの猫ということになるが、どっしりと樽の上に寝そべり簡単に動かせそうにない雰囲気からはあまり強そうな気配はしない。

 いや、僕にまで分かるように念話を飛ばしてきたことを考えると、2次職にまで至った強いNPCの猫なのだろうか?

『ほほぅ、どうやらそろそろ昇格しようというところか。

 このスーの街に転職クエストを探しに来たのか?

 人間を従えて使いっぱしりをさせているとは大したものだ。』

「シャーー!」『あたしはこの街を縄張りにするために来たのよ! あんたがここのボスなら決闘で勝負しなさい!』

「いやいや、たまみさん、僕たちは転職クエストをするためにきたんですって。

 それに相手はNPCなんだから、勝手に決闘申し込んじゃダメですって…。」

『ほっほっほ、血気盛んなことじゃのぅ』

 白猫は笑いながら申請された決闘のウィンドウのキャンセルを押す。

『儂ならば決闘を受けられなくはないが、縄張り争いのためというならお断りじゃ。

 個々の小さな縄張りはあるが、スーの街全体はすべての猫たちによる共同管理をしておる。

 儂は相談役などをしておるが、儂の独断でスーの街全体の縄張りを認めてやるわけには行かない。

 たとえそれがただの名目だとしてもな。』

 老齢の白猫はにやりと若者を見下ろす。

 長毛種の猫はその表情がわかりにくいが、さすがにこれだけのセリフとその偉そうな態度を見れば、この白猫がかなりの高齢で偉くてそして高レベルであるということがなんとなくわかる。

「フンッ!」『ただ偉そうなだけなのね!』

「相談役となれば実際に偉いんでしょうけど、決闘で倒したからトップに立てるというわけにはならないでしょう。

 スーの街の猫たちが共和制だとすれば、指導者に近い猫を決闘で負かしたとしてもそれでスーの街全てを手に入れることはできないということでしょうね。

 まぁ、今のたまみさんなら自分の縄張りにしたところで何をするというわけではありませんが。」

 野良猫だった時には自分の餌場を確保するために縄張りが必要だったが、僕の家で飼い猫に近い状態になって以降は餌自体は僕のところで十分確保できるのでただ自分の縄張りだと主張して見回るだけだった。

 NEOの中でもそれぞれの街を自分の縄張りと主張して時折転移してまで見回りをしているが、気に入らない相手がいたら威嚇する程度で特別なにかをしているわけではない。

 ただ、縄張りの確保はいざという時の食料を確保することであり、猫にとっては本能に近いもの。

 だから十分な餌の確保が僕によってなされている状態でも縄張りを確保しようとするのは仕方ないなと思ってはいるが、回りきれないほどの縄張りを既に確保していてなお拡張し続けようとするのは単純にたまみさんが欲張りなだけである。


「シャー!」『決闘しないなら用はないわ! トール、寄り道なんかしてないでさっさとテイマーズギルド本部とやらに行きましょう!』

 さきほどまで散々寄り道していたのはたまみさんなんですけどねと思いながらも、テイマーズギルド本部に行く気になってくれたのならそこは何も言わずに従っておこう。

「色々と失礼しました。

 僕はたまみさんの元飼い主のトールといいます。

 今は飼い主でもテイマーでもないし、下僕であることも認めたわけじゃないんですが下僕のようなことをやらされています。」

『儂は雪猫(スゥエマオ)

 スーの街の相談役でスゥエ爺などと呼ばれておるよ。

 いつも港のどこかで日向ぼっこをしておるから、何かあれば来るといい。』

「ありがとうございます。」

「シャー!」『あたしはたまみよ! さぁ、トール行くわよ!』

 スゥエ爺の余裕たっぷりの態度が気に入らなかったのか、たまみさんがいらいらと歩き出す。

 ただ、このスーの街はたまみさんが初めて来た街でもあるので当然道など知らないので、あさっての方に歩き出した。

 ま、慣れた町でも普通に迷子になるのだが…。


 たまみさんを追いかけてトールが立ち去ったあと、スゥエマオはその後ろ姿を目を細めてみていた。

『あれが噂の黒猫か。なるほど、まだまだ若造なれど、なかなかの強さじゃの。

 性格には少し難があるようじゃが、あれはどんどん強くなっていきそうじゃ。

 なるほど、面白そうじゃのぅ…』

 好々爺というには少し若者のようなやんちゃの混じった笑みを浮かべるスゥエマオ。

 若かった頃とは違ってほとんど街の外にはでなくなっていたが、情報収集はお手の物。

 NPC冒険者やNPC行商人の情報なども入ってくるが、実はプレイヤーにテイムされているモンスターたちも街の外の情報収集に一躍買っていることはあまり知られていない。

 街同士の長距離情報伝達手段などもしっかり整備されていて、実はNPCたちは大量の情報を持っていた。

 そしてその情報の中継点でもあり集積点でもあるスゥエ爺は、街の相談役であると同時に長老のひとりでもあった。

『黒猫が2次転職しようと思うのなら、また儂のところに戻ってきそうじゃの。

 ま、本当は先ほど教えてやっても良かったのじゃが、態度が悪かったでの。』

 スゥエマオは相手が動物型であればそのレベルと職を鑑定することができたので、たまみが2次転職するレベルであることは初めから分かっていた。

 そのためのヒントと思って声をかけたのだが、たまみの態度が少し悪かったので意地悪して詳細は教えないことにしたのだ。


 そう、このスーの街は港街であり猫の街であるとともに、坂の街でもあるのだから。


私は中国語などさっぱりなので、スゥエ爺の名前は適当です

中国では猫にどんな名前を付けるんでしょうねぇ…。

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