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猫36匹目 転職クエスト1

「どうか、探求者だった弟のニコライの霊を成仏させてください。」

 彼の兄、アレクセイは深々と私に向かって頭を下げた。



 探求者転職クエストはまず人探しの依頼として行方不明となった探求者ニコライの捜索を兄である商人のアレクセイから受けるところから始まる。


 商人の家に生まれながら冒険の道に憧れたニコライは、しかしながらあまり才能には恵まれなかった。

 剣などの武器に天賦の才があるわけでもなく人並み外れた魔力があるわけでもなく…。

 また実家が商家であったから子供の頃から武芸の訓練をしていたり魔法の訓練をしていたりもしなかったし、街の中の裕福な人々が集まっている地域で過ごしていたから野外での経験もスラムでの過酷な生存競争も経験してこなかった。

 あるのは後継者ではないけれどそれなりに与えられた小遣いによる財力としっかりと子供の頃から施された教育に基づく知能。

 彼はまずそれを用いて、魔術師になるべく隣国アナスタシア魔導教主国の魔術学園に入学した。

 まずは一人前の魔術師になってから冒険者になろうと考えたのだ。

 しかしながら魔術学園の教え方は宮廷魔術士を目指すものであまり実戦的ではなく、その教え方に不満を覚えたニコライは魔術学園を中退してすぐに冒険者になる道を選んだ。

 思えばそれが大きな判断ミスであり、たとえ実戦的な教えでなくとも魔術学園卒業という肩書きは必要で中退したニコライを加入させてくれる冒険者パーティーはほとんどいなかった。

 ソロでの活動を余儀なくされたニコライは拙いながらも剣を使うようになり魔法剣士となる。

 思うようにいかない魔法剣士としての冒険の中で神に救いを求めるようになり、いつしか神聖魔法も使えるようになり、剣と攻撃魔法と神聖魔法の三つを使いこなす探求者となったのだった…。


「というバックストーリーですが、どう見ても中途半端になった言い訳ですよね。ただ、それでも二次職までたどり着いたNPC冒険者として評価するべきでしょうが。」


 冒険者としてそれなりに活躍するようになっていたニコライだったが、2か月前から消息不明になった。

 冒険者なら数ヶ月音信不通でも当たり前なのだが、どうもドライ以外の街に立ち寄った形跡がない。

 村もないフィールドやダンジョンの中で野宿することもあるとは言え、2ヶ月街に入らないのはさすがに長すぎる。

 ニコライの身に何かがあっただろうと案じたアレクセイが捜索を依頼してきたのだが、その足取りをたどるとどうやらドライの街の北にあるダンジョンの一つに向かったらしいという目撃情報が出てきた。

 本来ならここからさらにそのダンジョンを特定するための聞き込みとフィールドの調査が必要となるのだが、その過程を省略して目的とするダンジョンの位置と名前は既にわかっていた。


 ドライの街の北にある限定ダンジョン、”オルトリンデの死者の柩”


 なぜ簡単に特定できるかといえば、魔法剣士の2次転職クエストが全てそこで行われているからだ。

 中に入ったあとの目的とするダンジョンのコースこそそれぞれの職で違うが、サムライの臥捨髑髏も魔剣将のアンデッド100人斬りもバトルソーサラーの10階踏破もその入口は共通。

 そうであるなら、当然魔法剣士系の一つである探求者も同じである可能性があるだろうと情報を確認したら、二か月前にニコライが入っていくのをダンジョンの門番が確認したとのこと。


 オルトリンデの死者の柩は少し特殊な限定ダンジョンで、ソロ限定のダンジョンである。

 なかに出てくる敵は全てアンデッドで中には物理攻撃が一切効かない幽体系のモンスターもいるので魔法などの攻撃手段が必須であるが、それなりの数の敵が出てくるため純粋な魔法職では捌ききれなくなる。

 つまり、ほぼ魔法剣士系専用のダンジョンだ。

 一部の戦闘狂な純魔法使いや近接武器と神聖魔法を両立させた神官騎士なども入ってくるが、基本的にはぼっちの魔法剣士用でダンジョンの難易度もそれ用に調整されている。

 ただ、オルトリンデの死者の柩はソロ限定のダンジョンを転職クエストに使っているというより、転職クエスト用に用意したダンジョンをソロ向けに開放しているといったほうがいいのだろう。

 同様に魔法一切禁止の物理ソロダンジョンや全て飛行系モンスターが出る遠隔ソロダンジョンなどもドライの街周辺やスーの街周辺に存在する。

 その特殊性ゆえに同様の設定のダンジョンを複数設置するのが困難で使いまわすことになり、結果として情報収集のショートカットとなってしまっていた。


「転職用ダンジョンとはいえ、勝手知ったる我が庭よ。」


 そう、転職用とは言え魔法剣士がソロで攻略するために作られたダンジョン。

 たまみ落ちのためにソロ活動が多かった僕がソロで入れる数少ないダンジョンの一つとなれば当然何度も訪れていた。

 10階踏破コースはもちろん、100人斬りコースや臥捨髑髏コースも体験済み。

 ただしレベル40用に作られたダンジョンであるので難易度はやや高めで、100人斬りコースはなんとかクリアしたことがあるもののそれなりの攻撃力が必要とされる臥捨髑髏にはいまだ勝てていない。

 とはいえ入る者の職を選ぶソロ限定ダンジョンはかなり美味しく、ソロが多い魔法剣士用ダンジョンであってもここでしかドロップしないアイテムや他で手に入れにくい素材などは高く買い取ってもらえた。

 ゆえにかなり通いつめた時期もあり、臥捨髑髏以外ならここでの探索など造作もないことだった。


「通い慣れているとはいえ、あいつがニコライだったのは目からウロコだよな。」


 探求者転職クエストではまずニコライが入ったダンジョンを特定した上でダンジョン内でニコライの遺品を見つけてアレクセイに届けることが求められた。

 そのニコライの遺品を見つけるための手がかりを特定するのに苦労するだろうと予想していたのだが、なんのことはない、既に僕はニコライの遺体がある位置を知っていたのだ。

 オルトリンデの死者の柩8階にいる幽霊NPC。

 限定ダンジョン内であることと中年男性(おっさん)であったがゆえに人気は出なかったが、魔法剣士の間では有名な妙に明るいおしゃべりな幽霊NPC。

 僕もダンジョン攻略中の息抜きにと何度か世間話をしたことがあり攻撃不可能な幽霊NPCがなぜそんなところにいるのかずっと謎のままだったのだが、まさか転職クエスト用のNPCだったとは。

 以前からなにかの意味があるのだろうと多くの魔法剣士たちが関連クエストを探しながらもまったく見つからなかったのは、探求者という職の人気のなさを端的に表している。

 オルトリンデの死者の柩はインスタンスダンジョンで毎回マップが変わるのでそのうち転職クエの時だけ出てくるギミックがあるのだろうと一階から丁寧に探索していたのだが、そういえばそんな幽霊がいたなと途中で8階に直行して確認してみれば、自分がニコライだと答えるではないか。

 そこから『兄に自分が死んだことを伝えてくれ』と一言で済む内容を自分の生い立ちから今までにこなしていた冒険、このダンジョンで死ぬに至った経過までを事細かく1時間に渡って説明されたのはさすがにおしゃべりすぎだろうと思ったものだ。

 長いおしゃべりの末に幽霊の足元にある白骨死体が身につけているブローチを持っていけば兄への証明になるだろうと聞き出した時にはもういい加減ぶん殴ろうかと思った程だ。

 もちろん攻撃不可能な幽霊NPCであるので、ぶん殴れないのだが…。


 そこからストレス発散を兼ねて10階まで探索してダンジョンボスを倒してから脱出し、ドライの街のアレクセイの屋敷まで戻ってニコライの死を報告し、改めてニコライを成仏させてくれという依頼を受けたのだ。

 そして再びオルトリンデの死者の柩8階の幽霊NPCニコライのもとへ。

 二度手間ではあるが、こういう手順を踏まないとクリアしたことにならないのがチェーンクエストというもの。

「ということであなたの兄であるアレクセイにあなたの死を伝え、改めてあなたを成仏させるように依頼を受けてきました。」

『おぉ、わざわざすまなかったね。

 元はといえば私の身勝手と不注意から招いてしまった事態だが、君にも兄にも大変迷惑をかけた。

 兄のアレクセイは私と違ってとても優秀な人で、商売の才能が有り堅実でしっかり地面に足をつけた上で親が残してくれた商会をさらに繁盛させて……』


 そこから30分ほどニコライによる兄のアレクセイ自慢が30分ほど続く。


『…ということで兄が考案した小物入れは大ヒットしたのだよ。あれは私ではとても思いつかない発想だったね…』

「あの、そろそろ成仏させてもいいでしょうかね?」

 やっと兄自慢が一息ついたところですかさず話を切る。

 殴れないのは仕方ないとしても途中で強制的に成仏させられないかと何度か考えたが、アイコンがNPCの状態では強制的には無理だったのだ。

『あぁ、すまない、話が長くなってしまったね。

 兄の話になるとついつい長くなってしまって…』

 あなたの生い立ちや冒険の話も長かったですがと思ったが、そこを蒸し返すとまた長くなりそうなので黙っておいた。

『最後に私の探求者としての知識を君に授けていこう。

 私を成仏させてくれる君なら、きっと役に立つだろう。』

 ニコライの手から淡い光の玉が放たれ、僕の頭へとすぅーっと染み込んでいく。

 何らかの知識が頭の中に浮かんでいくのを感じながら、探求者としての心得をくどくど言葉で説明されなくて助かったなと思った。

「それでは行きますね。『ターンアンデッド』!!」

『ありがとう、君のこの先の冒険に幸多からんことを!』


 そうして僕のターンアンデッドを受け入れたニコライは淡い光となって昇天していった…。


 ただこのニコライ、今回のクエストでは2か月前に行方不明になったことになっているが、それ以前からオルトリンデの死者の棺の中にいたことが確認されている。

 そして、僕の前に出るかはともかく、これからもオルトリンデの死者の棺の中に潜った魔法剣士たちの前に現れたわいのない世間話を続けていくだろう。

 MMORPGの宿命であり、NPCにこだわりがあるNEOといえど同じNPCを使い回し何度も成仏させることは避けられない。

 それにもしかしたら一度昇天させた僕が再び潜った時にまたそこにいても何ら不思議ではないのだから。



 ニコライの昇天を見届けた僕は再びドライの街に戻りアレクセイに無事に成仏したことを報告、これにて一連の探求者転職のチェーンクエストは終了した。

 転職を実行する前にもう一度確認することができたのでしっかりと比較してみたが、ジョン=スミスたちが集めてきたバトルソーサラーの情報と比べると剣についてはほぼ同じだったが攻撃魔法については若干威力が落ち、その分神聖魔法習得のスキルポイントは軽減されていた。

 攻撃魔法の補正が劣るとは言え2次職同士で比較した時の話で1次職のバトルメイジよりも確実に威力は上がるし、スキルポイント的にはもう少し余裕ができるので魔法レベルをもう一つずつ上げることができそうだった。

 転職クエスト中のニコライの話が少し長すぎたのは問題だったが、それ以外は概ね希望通りだったので僕は魔法剣士系2次職:探求者へと転職した。



「さぁ、これで僕も今日から2次職。

 これまでよりもぐぐっと強くなりますよぉ!」

 僕は小さくガッツポーズで気合を入れながら、()()()をつぶやいた。


 なぜさきほどからちょくちょく独り言を言っているかといえば、隣にたまみさんがいないからである。


 探求者転職クエストが会話と情報収集が中心となるシティーパートが長いこととその先のダンジョンがソロ限定であることを知ると、たまみさんはさっさと一人で別の場所に狩りに行ってしまった。

 元より戦闘を伴わないクエストが嫌いだったし、僕がソロダンジョンに潜っている間に待ってもらうわけにもいかないのでそれは仕方のないことだった。


「それでも自分の転職クエストの時は平気で僕を待たせるんでしょうけど…」


 猫語翻訳機を手に入れた今でも交渉や情報収集は全て僕任せであり、たまみさんのために行っているクエストでも基本的に会話は全て僕の役目。

 転職クエストはあくまで個人のものであるので、2次転職クエストにはソロで挑戦する部分が多くなっているが、たまみさんはそんなことも気にせず僕を呼び出し僕を待たせるだろう。

 黒猫の転職クエストの内容は未だに見えてこないが、テイマーが連れている従魔用のクエストだとすれば僕が同伴して何らかの情報収集をする必要性があるかもしれない。


「それでも呼び出されれば行くしかないし、待てと言われれば待ってるしかないんですけどね…」


 先ほど僕の探求者転職クエストが終わったとフレンドチャットで連絡したときは、

『ニャーン!』『今いいところだから、後でね!』

 とブチッと切られてしまった。

 タイミングが悪かったとは思うが、僕を放置してたまみさんは何と戦っているんだろうか?



「ともかく、スーの街に行くための準備をしますか…」


 僕はオルトリンデでドロップさせた物を整理しスーの街に向かう途中のエリアボスと戦うための消耗品を補充するために雑貨屋へと足を向けた…。


転職クエストを書きながらふと思いましたが、

これ武器ごとに職業の名前変えてたら数がとんでもないことになるんじゃね?と気付きました(いまさらw

ところがいままで魔法剣士と書いてたところを魔法戦士と書き換えるとなると、

修正部分がとんでもないことになると予想されます…


なので、心の中で魔法剣士→魔法戦士と読み替え、

魔法剣士が剣以外の武器を使ってても暖かくスルーしてください(^^;;;


ま、素直に書き換えるべきでしょうけど、それはまた落ち着いた時にまとめて…w

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